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第三十六話 集結

 日が沈んだからといって、すぐに暗くなってしまう訳では無い。

 裏山を警戒している人も居るかも知れないと考え、芹菜と弁柄が先行し、少し離れて小鞠と花梨が続く。

 町を出た時と同じ、獣道のようになった場所を進んで、赤壁亭を目指す。

 スッと何気なく蜘蛛の糸を払いのけた弁柄が、足を止めた。


「どうしました?」


 周囲の気配を探りつつ、芹菜が声を掛ける。


「いや、知り合いが、……国府の隠密が来ているようだ。道に糸が張ってあった」


「糸?」


 先ほどの、蜘蛛の糸と思われた物は、隠密の張った糸だったらしい。

 芹菜の知らない術で、言われた今でも、蜘蛛の糸との区別は付かない。


「何の為に、こんな所に?」

「我々が出ている事を知っていたのだろう、帰ってきたら判るように、それと、私に来ている事を知らせる為かな」


 恐らく、糸が付着しているのであろう右手を振って、弁柄は再び歩き出した。


「増援でしょうか。果たして、何人くらい出してくださったのか」


 独り言のように呟いた芹菜を、弁柄が片手を挙げて無言で制した。

 咄嗟に立ち止まり、やや身を低くする。

 下の館の裏戸口から、誰かが出てきたようであった。


「あれだ」


 弁柄が顎で指し示す。


「……今の話の、隠密ですか」


 現れた影は一人分。

 身を隠した芹菜達に向けて片手を挙げ、ゆっくりと斜面を登ってくる。


「遅かったな」


 そう声を掛けてきたのは、白髪頭の老人だった。

 ただ、手に持った杖は突きもせず、斜面を苦にする風もない。


「お待たせしたようで済みません。お早いお越し、ありがとうございます」


 丁寧に挨拶する弁柄に、その老人は悪戯っぽく笑って応えた。


「いやなに、文を受け取って急いできた……訳では無い。たまたま、昨日からこちらに来ていただけだ」

「そうですか。という事は、連絡は」

「留守の嬢ちゃんから話は聞いておる。先ほどの文も読ませてもらった」

「では」

「もう少し、詳しく聞きたい。そちらへ参ろう」

「はい」


 二人の話を聞いていた芹菜が、小さく手を挙げて質問する。


「よろしいでしょうか? 芹菜と申します。ご老人、それで、戦力は如何ほどお連れですか?」

「儂だけだよ」


 そんな気はしてた。


「入れ違いになってしまったな。まあ、他の者が判断するだろう。恐らく、明日にはそれなりの数が到着するはずだ」


 そう言いながら、老人は先頭に立って歩き出す。


「そう、それと、二、三日で国府の衛士か、国軍が来るやも知れん」

「え?」

「念のためにな。郷司の依頼で、船で下りる者に言付けた」


 町人からすればありがたい事ではあるが、芹菜にとっては、国軍が出てくると、面倒な事になりかねない。

 出来るならば、それまでに片をつけて、湯川を離れたい。


 芹菜達の接近をどうやって知ったのか、赤壁亭の裏口が開き、留守番の阿子が姿を見せた。

 僅かに安堵の表情を見せ、一礼をする阿子に、弁柄が片手をあげて応える。


「まず、飯を食いながら、現状の説明をしていただこう」


 杖を振りながら、楽しげに言った老人は、言葉とは裏腹に、真剣な面持ちをしていた。




 鬼の村の戦力は、思っていたほど強くない。

 数は多いのだが、鬼一匹当たりの強さが、(たか)が知れているのだ。

 だからそちらは、落ち着いて対処すれば現状戦力でもなんとかなる。

 現在、尤も重要な案件は、新たに発見された特級鬼の存在だった。


「特級というのは、確かか?」


 老人、川崎屋の御大が芹菜に問い掛けた。

 それを特級鬼であると言ったのは芹菜であり、そして、芹菜だけだ。


「甲種隠密、芹菜。等級認定役です」


 芹菜は改めて名乗った。

 等級認定役は、幾つか就いている役職の一つである。


「そうか」


 御大は簡単に納得を示した。

 そもそも、強力な鬼が現れた時、鬼の等級を定めるのが認定役の役目であり、その役人がそう言うのであれば、そうなのだ。


「で、どうするね」


 御大は、粥の御代わりを(よそ)いつつ問い掛ける。

 それを横目で見ていた芹菜が、自分の考えを答えた。


「姿も負気も消せるのであれば、捜索は難しいと思われます。差し当たっては、大浦屋の蔵を調べてみようかと思うのですが」

「蔵……」


 御大の箸が止まる。


「なにか?」

「先ほど、申の刻くらいか、一度、大浦屋の蔵に入った。……言い忘れていたが、刀を一振り借りて、清人に渡しておいたぞ」

「あ、はい」


 突然声を掛けられて、花梨が疑問交じりの返事をした。

 その疑問を受けたように、芹菜が質問する。


「清人君に、刀?」

「ああ、丁度、飴釜屋で武器を探しながら、大浦屋に業物があるとか噂していたのでな、ちょっと手を貸してやった」


 鬼が出た時に、武器を用意するのはおかしな事では無い。

 今はそれよりも気になる事がある。


「蔵に、変わった様子は無かったですか?」

「儂が入ったのは金蔵だけだ。二階にも上がってないので、敵が姿と負気を完全に消せるとなると、何とも言えん。ただ、人の気配は無かった」

「立ち去った後、と言う可能性も有りますね」


 小鞠が言う。

 それを聞いて、芹菜が考えながら言葉を続ける。


「だとしたら、もし昼間に堂々と蔵から出てこれるなら、アレは自分の姿だけで無く、他人も消す事が出来るという事になりますね」


 清彦すら発見できない状況に成ると、本当にお手上げかも知れない。


「よろしいですか」


 突然、阿子が言葉を挟んだ。


「誰か……、いえ、清人様がいらっしゃったようです」


 芹菜は気配を探るが、判らない。

 恐らく何らかの術で、赤壁亭に近付く者が判るようにしておいたのだろう。

 小鞠が無言で手信号を送る。

 その意味も芹菜には判らないが、阿子は一礼して退出していった。


「あれは、飴釜の清人はどういうつもりだ」


 改めて、御大が問い掛ける。


「どういう、とは?」


 芹菜は逆に問い返した。


「見所がありそうに思えたのでな、引き取って育てようかと思っておったのだが、そちらも同じような考えか?」

「止めてください」


 突然、小鞠が声を上げる。


「川崎さんは使えそうな人材を引き抜いては、大半を潰してしまいます。こちらの人間には手を出さないでください」


 成る程、そういう事か。


「等級認定役として、清人君は本所の丙種隠密候補、こちらの花梨ちゃんは甲種隠密候補に指定します。私の預かりですので、手は出されませんように」

「ほう」


 面白げに、御大が笑う。


「職権乱用ではないのかね」

「まさか。私の職務の内です」

「本所に引き抜くつもりか」

「ええ、最初から、そのつもりです」


 互いにニヤリと笑って睨み合う。

 正直に言えば、芹菜は御大が清人に目をつけた理由は判り兼ねていた。芹菜にとって本命は花梨で、清人はオマケだったからだ。

 だからといって、差し出す気は微塵も無い。下手をすれば花梨もそちらに付いて行ってしまう。


 そうこうしているうちに、部屋の外に阿子が戻ってきた。

 足音で、一人では無い事は判っている。


「失礼します」

「どうぞ」


 小鞠が応えた。

 スッと開いた障子の向こう、阿子の後ろに立った清人の腰には、成る程、一振りの刀が差されている。

 清人は部屋の中を見て一瞬驚き、花梨の姿を確認して安堵の表情を浮かべた。


「こちらへどうぞ」


 芹菜は声を掛け、自分と花梨との間に空間を作る。

 小鞠が何やら合図をすると、阿刀と阿子は食事の片付けを始めた。


「花梨、無事で良かった。怪我は無い?」

「うん」


 花梨がそっと手を伸ばし、当然のようにその手を取った清人が、花梨の横に膝を突く。

 そして、腰に差した刀を外そうとして、思い出す。


「あ、そうだ、この刀。ごめん、勝手に蔵から持ち出した」

「うん。聞いてる。大丈夫」


 清人は袴から刀を抜き、花梨とは逆の方、体の右手に置いた。


「突然お邪魔して済みません」

「いいえぇ、全然構いませんよぉ。寧ろ、今、清人ちゃんが誰の物になるか話し合っていた所です」


 恐縮する清人に、小鞠が楽しげに笑いかける。


「へ? 俺が?」

「清人君の身は、花梨ちゃんと共に私の預かりとさせていただきます。今後の事は、諸々片付いてから話し合いましょう」

「……はい」


 自分の知らない所で、自分の身の上に関して他人が決めるというのは、あまり好ましい事では無い。

 清人は僅かな不審と不快を飲み込んで、まず、聞くべき事を聞く。


「諸々片付いて、という事は、まだ片付いていないんですね? 清次兄さんは?」


 芹菜はまず清人の向こうに座った花梨の様子を窺い、小鞠と目配せしてから話し始める。


「まず、清次さんは確かに鬼に成っていました。柘榴さんの頭も、彼が抱えていました」


 それは昨日聞いた内容が、正しかったという事だ。


「少し話をしてみましたが、まぁ……予定通り、討伐致しました」


 覚悟していた事だ。清人はその件については何も応えず、ただ目を閉じる。


「問題は、その後です」


 清人は顔を上げて芹菜を見た。

 清次の件は、これで終わりだと思っていた。


「清彦さんと、柘榴さんの遺体が行方不明になっていますね」

「はい」


それは清人に取っても気がかりな事ではあった。


「柘榴さんの頭部を取り返した後、非常に強力な鬼が現れて、それを奪っていきました。その鬼が言っていたんですよ。飴釜の清彦に頼まれて、柘榴さんを鬼にして生き返らせる、その為に頭が要ると」

「……え?」


 意味が、解らない。


「清彦……兄さんが?」

「そう。清彦さんが、鬼に柘榴さんの頭を取り返すよう頼んだ。いえ、ちょっと違いますね。生き返らせるよう頼んで、その為に鬼が頭を探しに来た、という事のようです」


 清人は軽い混乱の中、捻り出すように言葉を紡ぐ。


「清彦兄さんが、願ったのですか。鬼にしてでも、柘榴姉さんに生き返って欲しいと」


 そう言われてみれば、芹菜達はその点を確認してはいない。

 だが、まさか何にも無しに、人として生き返るとは思っていないだろう。

 そもそも、彼は鬼に願い出ているのだ。


「詳しくは判りませんが、清次さんを鬼に変えた鬼の村とは関係無しに、力の強い鬼が一匹、清彦さんと共にいて、柘榴さんを鬼に変えようとしている、という事です」


 普通の人間が、短期間にこんな風に鬼と関わる事はまず無い。

 清人が混乱するのは解るが、今は取り急ぎ聞きたい事がある。


「それで、柘榴さんの遺体の隠し場所に、心当たりは無い?」

「いえ。それが、衛士や町の人も探していた筈なんですが、結局見つかってないんです」

「そうですか」


 やはり、手詰まりか。


「兄も、清彦兄さんも……殺されるのでしょうか」


 不安げに清人が質問する。


「いいえ、人は殺しません」


 まあ、芹菜は人を殺す事もあるのだが、あえて言う必要は無い。


「探し出して、説得するのが目的ですね。……問題なのは、既に柘榴さんが鬼に成っていた場合」


 しんっと、辺りが静まりかえる。

 勿論、本当の問題はそこでは無く、特級鬼にあるのだが、厄介事が増える事に変わりは無い。


「鬼として生き返った柘榴さんを、我々が殺さなくては成らないかも知れません」


 清人は振り返り、花梨の横顔を見るが、その表情からは感情を読み取れない。

 まるで蝋細工のように、白く冷たく、無表情だった。


 静まりかえった部屋の外に、再び階下から人が上がってくる。

 障子を閉ざしたまま、阿子が声を掛けてきた。


「失礼します。衛士長様がお見えです」


 予想外の来訪に、芹菜はパチクリと瞬きをして、小鞠を見る。

 その小鞠は小さく頷いてみせると、声を返した。


「どうぞ上がってもらってください」


 小首をかしげてみせる芹菜に、続けて説明する。


「衛士長は、丁種隠密です。町付きというよりは、街道付きですが。……川崎さんも、国付きという事になってますが、こちらの街道筋担当みたいなものですね」

「仕事柄、な」


 川崎屋は湯川道を頻繁に往復する。

 情報の遣り取りや、秘密の荷物の運搬において非常に活躍している。


「お二人は、どの程度戦えますか」

「年寄りにあまり期待するな」


 芹菜の質問を、御大は一蹴する。


「若い頃は甲種を務めておったが、力が落ちて、今は乙任務だ。つまり、上級鬼には勝てん。衛士長は槍を持たせればかなり強いが、やはり、中級ならなんとか、という所だろう」

「そうですか」


 それでも居ないよりはマシではある。

 ただ、特級鬼が相手になると、まず間違いなく即死。ある意味、足手まといにすら成らない。

 対応してもらうなら、鬼の村の方か。

 芹菜がそんな事を考えている内に、衛士長が案内されてきた。


「何だこれは、大所帯だな」


 開口一番そう言った衛士長は、そのまま入ってすぐの場所へ座る。


「話を聞かせてくれ。情報が全然無くて困る。それと、鬼湧谷の方に鬼が出てるが、把握しているのか?」

「鬼湧谷?」


 嫌な名前に、芹菜が聞き返す。


「湯山の南の谷だ、つーか、お前は誰だ」

「甲種隠密、芹菜です」

「ほう……って、小鬼を倒した薬師というのは、お前の事か」

「ええっと、まず、簡単に紹介だけさせていただきましょうか」


 小鞠が身を乗り出して提案する。


「その上で、順を追って情報を整理しましょう。落ちがあれば、その都度訂正をお願いします」


 全員の顔と役所(やくどころ)を知っている小鞠が中心となって、情報の確認と整理が行われた。

 ただ、小鞠も知らない情報があった。




「鬼の村、湯川の川上だと思っていましたけど、鬼湧谷の奥でもあるんですね」


 小鞠は紙に地図を描きながら言った。

 鬼の村は湯山の南西、御禁地の中にあり、その南の谷を東へ辿って行けば、鬼湧谷を経て湯川道へと出る。


「鬼は、清次を探していたのか、それとも、今夜中に逃げるつもりで道を確認していたのか」


 弁柄が、口元を隠し、考えながら言葉にする。

 芹菜達は、いきなり逃げる事は無いと判断していたのだが、衛士長は異を唱えた。


「人を鬼に変える道具とやらが、奴らにとって大事な物なら、渡す訳無いだろ?」


 確かにそうだ。

 命は助けてやると約束があっても、命と同じくらい大切な物なら、危険でも抱えて逃げるだろう。


「うーん、迂闊だったかな」


 あの時点では、既に鬼の村より特級鬼の方が重要案件だった。

 先延ばしに出来る方法を探っていたのが、裏目に出たか。


「何にしろ、鬼湧谷の様子を確認して欲しい。もしもの時は、迎撃してもらわんと」

「うー、では、こちらの特級鬼はお任せしますね」

「無茶を言うなっ!」


 考えながら適当な事を応えた芹菜に、衛士長は声を大きくする。

 しかし、衛士長の頼みを聞けば、戦力を分散する事になるし、何より、自分たち、特に初陣だった花梨には負担が大きい。

 だが、もし鬼たちが街道を通って逃げるつもりであるなら、衛士長や川崎屋の御大では防ぎきれないだろう。


「うーん、馬、ありますか」

「ああ、勿論」


 馬の移動速度は、人の五割増し程度である。

 駆ければ早いが、長くは保たない。半時に四里(一時間に十六キロメートル)が限界だ。

 何より、馬で町を出れば目立ってしまう。


「馬で行くにしても、奴らが日没から動き出したと考えるなら、そろそろ急がんと間に合わんぞ」


 衛士長は勝手な事を言うが、尤もな事でもある。


「花梨ちゃんとコマさんには、留守番をお願いしましょうか」


 花梨を表立って連れて行く事は出来ない。

 町付きの小鞠も、目立ってしまうと後々の事に障る。

 そう考えた芹菜に対し、花梨と小鞠は首を振る。


「いえ、私も行きます」

「残りの鬼が全部逃げると思えば、芹菜さんでも大変でしょう? 私も行きますよぉ」

「でも、人に見られると……」

「そこは任せてください」


 ポンッと胸を叩いて小鞠が言う。


「良いですか?」


 そこに、今まで黙っていた清人が言葉を挟んだ。


「俺も、一緒に行かせてください」

この世界の馬の移動速度は、時速六キロ。

短距離の最高速は時速三十キロ強。

作中にある通り、時速十六キロで一時間ほど走るとバテてしまいます。

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