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第三十三話 葬儀

 清人が部屋に入った時に、ちょうど祭壇の上に遺骨の納められた箱が安置されている所だった。

 白い布に包まれたその箱の前に、それぞれの名前が書かれた霊璽(れいじ)が置かれる。

 中央にご主人、向かって右に奥方、そして左には空間が空いている。おそらく、柘榴の遺骨が置かれる予定だったのだろう。


 上段が整えられると、次に、先ほど神社で見かけたご婦人方が、白木の三方にお供え物を載せて運んできた。

 それを祭壇の前で瞳子が受け取り、中段に並べていく。


 瞳子は神社で穿いていた緋袴(ひばかま)では無く、葬祭用の鈍袴(にびばかま)を身に着けていた。髪も白と鈍の布で、一つにまとめている。

 神祇官の姿は見えず、祭壇の準備は瞳子が指揮を執っているようだった。


 そちらの邪魔にはならないよう、清人は隣組の組長の姿を探し、声を掛ける。


「遅くなりました。引き続き、父の代わりを務めさせていただきます」

「おう、よろしく」


 隣組は、言葉の通り、隣り合った五軒から十軒程度の家の互助組織で、持ち回りで組長を務める事になっている。

 現在の組長は飴釜屋の上手の家である。


「柘榴さんは結局見つからないままらしいな」

「そうですか……」


 組長は、本来は遺族が行う骨揚げを代わりに務めていたので、昼の寄り合いには顔を出していない。

 柘榴の遺体と清彦が行方不明なのは焼き場で話したが、結局という言い方をした辺り、その後に衛士か誰かから話を聞いたのだろうか。

 何にしろ、清人も見つかったという連絡は受けていない。

 依然、何の手がかりも掴めていないのだろう。


「この後は?」

「ああ。そうだな、受付を用意しておくか」

「はい」


 応えて、清人も受付の準備を手伝い始める。

 普段、流通している貨幣は銅の(ぜに)であるが、葬儀には金、銀を供える者が多い。また、米を用意して目録だけを上げる者もいる。

 他にも、乾物や酒を持ってこられる場合もあり、受付はそれらを預かり、管理しなければならない。

 葬儀を行う広間の隣り、次の間とは反対方向に一部屋借りて、そこを仮置きとさせて貰う。


 程なく、参列者が集まり始めた。

 勝手知ったる者で、皆、滞りなく受付を済ませ、斎場へと入っていく。

 郷司と川崎屋が入室した辺りで、入れ違いに瞳子が退出する。

 おそらく神祇官が控えているのだろう、次の間に声を掛け、一礼して玄関へ向かっていった。


「始まるみたいだな。清人も中に入れ」

「はい」


 葬儀が始まれば、受付に一人だけ残り、他は参列するのが通例である。

 本来なら最年少の清人が留守を預かるべきだが、飴釜屋の名代という立場上、中に入る事を勧められた。




 葬儀は、特定の神に祈ったり、救いを求めたりする物では無い。

 お供え物は死者に手向けられ、神祇官は遺体と霊魂に対して祓い清めを行い、生前の行いを称える言葉を奏上する。

 儀式自体は非常に簡素なもので、四半刻少々で取り収められた。

 通常なら、この後、棺に花などを納めて火葬するのであるが、今回は先に済ませたので、花も供える事ができない。


 そう言えば、川崎屋さんは芍薬や杜若を、どこで手に入れたんだろうか?


 まだ、少し時期が早い。清人自身も、今年は咲いているのを見かけていない。

 国府の方では咲いているのだろうか、それを、たまたま持ってきていたのかも知れない。


「埋葬は明日の朝だ。俺はこのまま泊まるんで、後は任せてくれて良いぞ」


 組長が、清人を呼び止めて声を掛けてくれた。

 葬儀に来られなかった方々が今晩お参りされるので、その対応に残るらしい。

 他の隣組の者も何人かが泊まり込むそうだが、清人はここで失礼させて貰う。


 祖父と、その養子である伸次に挨拶だけ済ませ、若旦那衆と一緒に、鶴屋を後にする。

 道を下りながら、話題に上るのはやはり、清彦の事だった。


「で、どうなの?」

「まだ何の連絡も無しです」


 葬儀に出ていたからかも知れないが、なんの知らせも受けてはいない。


「そうか」


 そう呟くように応え、質問した若旦那も口を(つぐ)む。

 暫く、沈黙のまま歩き続ける。


「お前らんところ、もう槍とか出した?」


 沈黙に耐え切れなくなったのか、別の若旦那が違う話題を振る。


「うちはずっと長押(なげし)に掛けっぱなしだよ」


 更に別の若旦那が応える。

 湯川の町に限らず、どこの家も、弓矢と槍、刀は置いてあるものだ。

 ただ、常時使う物では無いので、普段は蔵や物置に納めている事が多い。


「そう言えば、飴釜さんは槍とか有ったっけ?」


 勿論、飴釜屋にも槍は置いてあった。

 しかし。


「……見かけてませんね」


 口元に手をやり、暫く考えた清人が応える。

 薬師の道具や日用品を優先させたので、槍も弓矢もまだ瓦礫に埋もれたままだ。


「要るんじゃね?」

「そうですね……」


 町が鬼に襲われ場合、基本、衛士が対応するが、最終的には自分たちの身は自分たちで守る事に成る。


「今なら手が貸せるが、掘りに行くか?」


 清人は足を止め、更に考える。

 必要だろうか?

 自分が弓を引くような状況にはなって欲しく無いが、もしもの時、逃げるだけ、守られるだけには成りたくない。


「では、お願いします」

(おう)よ」

「任せとけ」


 若旦那衆に笑顔が戻り、幾分脚が軽くなる。

 三人が手伝ってくれる事になり、清人たちは河鹿亭を通り過ぎ、そのまま飴釜屋へ向かった。


「清人は、槍か? 刀か?」

「どちらかというと、槍ですね」


 鬼に対抗するには、槍の方が良い。

 必然的に、町人が練習するのは一に弓矢で、二に槍である。

 勿論、男の子である。小さい頃はチャンバラごっこで遊んだものだが、だからといって、それで鬼と戦える訳も無い。


「後は、弓矢が無事だと良いですね」


 瓦礫に埋もれたのだ、下手をすれば槍でも折れている可能性が有る。


「で、どの辺りにある?」


 一人が先に立ち、飴釜屋の建物跡を見ながら問いかけた。


「裏の小屋です」


 そちらは物置であり、もう使わなくなった道具や、季節外れの日用品などが放り込まれている。


「なら、簡単そうだな」


 清人を含めた四人は、ひょいひょいっと瓦礫を飛び越え、小屋の在った場所へ向かう。

 屋根を捲り、上から順に物を退かしていく。

 誰かの言葉通り、いとも簡単に槍も弓矢も見つかった。


「一組だけか?」

「はい」


 飴釜の家族は男四人である。

 本来なら槍も弓矢も、もっとあってもおかしくない。

 ただ、これらを揃えたのは十年も前の話で、当時は長兄の清彦も十才になっていなかった。


「刀は?」

「刀は無いんですよ」


 以前は一振りあったが、七年前、母と共に失われた。

 清人は皆に礼を述べ、槍を受け取り穂先を確認する。


「そう言えば、刀、大浦屋さんが良いの持ってたらしいなぁ」

「ああ、業物だって言ってたっけか」


 清人に背を向け、他の三人が大浦屋の焼け跡を眺める。店舗部分は潰され、母屋などが焼け落ちた為、かなり広範囲が見渡せる。


「ほう。業物か」


 不意に声が掛かり、清人は視線を上げた。他の三人も振り返る。

 いつの間にか、川崎屋の御大が立っていた。


「川崎屋さん、これは、……こんなところに何用で」


 一番の年長者が慌てたように声を掛ける。


「いやなに、ちょっと見ておこうと思ってな」


 御大はニヤッと笑いながら応える。


「で、業物の刀があると言うのは、本当か」

「あ、はい。話には聞いていましたが、物は見ていません。……お前らは?」


 他の二人も首を振る。

 清人もそんな刀は見た事が無い。


「そうか……」


 言って、顎髭を撫でながら、御大の視線は焼け残った蔵の方へ向けられる。


「実は、郷司様より大浦屋の遺品の管理を言い渡されている。ちょうど確認しようと思っていたところだ、跡取り候補もいる事だし、立ち会ってくれるか?」


 目は蔵に向けられたままだが、言葉は清人に向けられている。

 しかし、清人には答えようが無い。


「跡取り候補と仰いますが、花梨がいての事です。大浦屋の物も花梨が引き継ぐ物で、俺が今、どうこうはできません」

「そうか?」


 振り向き、清人の様子を窺う。やはり川崎屋は何を考えているのかよく判らない。


「だが、業物の刀があれば、その花梨を助ける力になるかも知れんぞ」


 その言葉に、清人は目を見開く。

 いや、しかし、花梨は無事であり、清人の助けを必要としていない。


「なに、無事に戻ったのなら、ちょっと借りていたと言って返せば良い。別に文句も言われんだろう」


 そう言い残し、御大は杖をクルクル回しながら、瓦礫を乗り越え大浦屋の蔵へ向かった。

 若旦那たちは顔を見合わせている。

 清人は三人に槍と弓矢を預け、御大の後を追いかけて、背後から声を掛けた。


「錠が掛かってると思いますよ」


 そして、鍵はおそらく焼け跡の中だ。

 だが、扉の前に立っていた御大は、ひょいっと錠前を外して見せる。


「掛かってなかったぞ?」

「まさか……」


 そんな不用心な事があるだろうか。

 乾物を納めている蔵や、日用品を入れている蔵なら解る。だが、今、御大が開けた蔵は普段閉じられている、金蔵だ。

 金銀の他、重要な物が納められている、清人も入った事が無い場所だ。


「入るぞ」


 両開きの重い戸を開け、更に中の引き戸を開ける。

 止める間もなく、御大はずんずんと奥へ入っていった。

 清人も慌ててそれに続く。


 蔵の中は、少しひんやりとしていた。

 壁には棚が(しつら)えてあり、掛け軸や壺などが入っているであろう木箱が並んでいる。

 御大はそれらには目もくれず、真っ直ぐ奥へと向かう。まるで、目的の物がどこに在るか知っているかのように。


「これか」


 呟き、手を伸ばす。

 そこには幾つかの長い布包みがあり、おそらく刀剣だと思われる。

 御大はそれらの上に手を翳して行き、やがて一つの包みの上で止めた。

 他の物には手を触れず、それだけを持って踵を返す。

 清人が言葉を挟む余地も無い。

 通り過ぎた御大に、黙って付き従う。


 表に出てみると、若旦那衆が心配そうな面持ちで待っていた。

 考えようによっては火事場泥棒とも思える行いに、どう対処して良いか判らない風である。

 実際、清人も対応に困っている。


「お前たち、川崎屋が刀を一振り借り受けていったと記憶しておけ」

「あ、はい」


 応えるが、それで良いのかと不安そうな顔をしている。

 清人は蔵の戸を閉め寄せ、開いたままだったという錠を掛ける。

 これで、鍵を探し出すか、錠を壊さないと中には入れないはずだ。


「清人、付いてこい」


 清人の都合などお構いなしに御大が言う。

 飴釜屋から取り出した槍と弓矢は、若旦那衆に河鹿亭に届けて貰うようお願いし、清人は御大に付き従った。


 この人に付いて仕事をするというのは、結構大変なんじゃ無いだろうか。

 そんな事を考えながら後を追う。

 御大は若い者には決して負けない足取りで、手に持った杖はやはり地面に突いていない。


 河鹿亭の前を再び通り過ぎ、御大が曲がったのは、赤壁亭へ続く坂だった。




「どういう事だ、どうなっている」


 村に戻った親方は、そこに居た藤吉郎と古参の鬼たちに問い(ただ)した。


 清次が既に殺されている、自分たちが守る事のできない約束をさせられた事に気が付いた親方は、明光と共に村へと急いでいた。

 そして村の南の谷へ下りている途中で、清次の捜索に出発したばかりの一団と鉢合わせたのである。


 半ば倒れるように座り込んだ親方と明光を、周りの鬼たちは心配と驚愕を入り混ぜたような表情で見ている。

 聞かされていても、自分の目で見ても、まだ信じがたいのだ、親方が人に負けたと言う事が。


 渡された水を飲みながら、藤吉郎から説明を聞いた親方は、深い息を吐く。


「そうか、解った。……迷惑を掛けたな、藤吉郎」

「いえ、そんな……」


 親方は、村に残っていた者、途中で出会って連れ帰った者の顔をぐるりと眺めた。


「まず、すまん。藤吉郎に伝えた通り、村を捨てねばならなくなった。それともう一つ、俺はまんまと騙された」


 頭をさげた親方に、周りの鬼たちは言葉も無い。

 親方はやや俯き加減に、話を続けた。


「奴らの言う、村を山奥に移せば見逃すというのは嘘だ。それと、差し出すと約束させられた清次は、既に死んでいる」


 見つけた遺体が清次であるという証拠は無いが、確信を持っている。


「探しに出てくれた皆には申し訳ないが、無駄足を踏ませる事になった。……いや、無駄足を踏ませるのが奴らの狙いだったんろう。俺たちが逃げ出す時間を無くさせる為だ」


 鬼たちは驚きの表情を見せてはいるが、誰も言葉は発しない。

 親方も一旦黙り込み、思案する。

 そこへ、藤吉郎が声を掛けた。


「親方。外に出た者も、日没を合図に戻る手筈になっています。下の谷から湯山の裾の方へ、逃げ道の確認に出ている者も居ます。全員揃ったら、そっから北へ逃げませんか」

「むう」


 それは、親方も考えていた。

 だが、いずれ追っ手は掛かる。

 それを少しでも遅らせるには、やはり、明日、誰かが約束の場所へ行かねばならないだろう。


「誰か一人、残って奴らと会ってもらわにゃならん」


 初めて、鬼たちが(どよ)めいた。


「俺が残りたいが、俺は明日は来れんかも知れんと言ってしまった。俺が約束の場所へ赴けば、怪しまれる」

「なら、俺が」

「あほう。お前も一緒だ」


 明光が名乗り出たが、即座に却下される。

 重い怪我が原因で出てこれないと言うなら、明光も同じだ。


「できれば、頭の切れる者が良い。女どもと銀の筒を差し出した上で、清次は見つからなかったので、もう一日だけ待って欲しいと頼み込まにゃならん」


 それで、もう一日時間が稼げるはずだ。

 しかし、失敗すれば、即、追っ手が掛かる。

 この差は非常に大きい。


「俺が行きましょうか」


 藤吉郎が()()ずと手を挙げる。

 親方は、その顔を暫く見つめ、そして肩に手を置いた。


「すまん。頼めるか」

「はい。勿論です」


 鬼としては最弱級。

 知能も人並みでしか無い。

 だが、だからこそ、出来得る事が有る。

 藤吉郎は胸を叩いて言った。


「任せてください。きっと上手くやって見せます」 

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