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第二十二話 考察

「一時期、流行(はや)りましたよね、死者を鬼に変えるというの」

「成功したという話は、聞かないがな」


 背後から小鞠と弁柄の会話が聞こえてくる。

 珍しく、花梨が不安の表情を(あらわ)にしていた。


「成功、しないんですか?」


 花梨は後ろの二人では無く、隣を歩く芹菜に視線を向けて質問する。


「実のところ、成功したらしい例は幾つかあります」

「ほう」


 弁柄から、驚きの声が上がった。


「表沙汰にはされませんでしたし、すぐに処理されましたから」


 つまり、隠密の間でも、失敗する物だと認識されている。


「普通、鬼は負気に侵された者が死に至り、そのまま負気を取り込んで変化したのだと言われています」


 芹菜は前を向いたまま、花梨に答える。


「それを勘違いした人が、負気溜りに遺体を持ち込み、鬼でも良いから愛する人の復活を、などと願う訳だけど」


 ふうっと一つ、息を吐く。


「十中八九。百中九十八九は失敗します。亡者になる可能性の方が遙かに高いですね」

「亡者でも良いって人も居たみたいですね」

「襲われて死んだだろうがな」


 小鞠たちの会話は聞き流す。


「多分、違いは負気の量と意思」


 これに関しては長らく研究が成されている。結論ではないが、有力な仮説として、負気に侵された者の意思が関係していると説かれている。

 事実、鬼は成りたかった姿に近いように変化している。


「だから、死の直後に、強烈な負気溜りに入れた場合、かつ、死者が強い意志、願いを持っていた場合、成功する可能性もある、かも知れないとは言われていますが、確かな事は解りません」


 ただ強い負気さえ在れば鬼に成るというのなら、負気溜りを作る為の遺体も鬼に成るはずだ。しかしそれらは、亡者に成っても鬼には成らない。


「姉さんは……」

「遺体の損傷具合から考えて、無理なはずです。そもそも、鬼に成ってまで生きたいとは願ってないでしょう」


 柘榴は、鬼に成る事を拒んで殺されたはずだ。


「実際には、自分の意思で、鬼に成りたくて負気溜りに入って死んだ者ですら、必ず鬼に成る訳では無くて、可能性はあるという程度です」


 確実に鬼に成る、鬼にする方法は、存在しないはずだった。


「それに……、そう、負気、か」


 言い掛けて芹菜は考える。

 町の近くには人が鬼に成るほどの負気溜りは無い。だが、鬼の村には強力な負気溜りが作られている。


「アレが鬼の村に関わる者なら、遺体を村に持ち込むはずですね」


 しかし、それだけでは鬼に成る事は無い。他の遺体と同様、負気溜りの()しにしか成らない。

 なのに、あの鬼は、成功させる自信があったように見える。

 何か、確実化させる方法があるのだろうか。


「あの鬼の言う事が本当であれば、柘榴さんの遺体は清彦さんが隠しているそうですから、現在は町の中か、すぐ近くにいるはずです」


 出来るなら、あの鬼より先に接触したいが、おそらく難しい。


「私たちより先に湯川に戻ったとしても、鬼の村に向かうなら、途中鉢合わせする事になります」


 それはそれで、別の覚悟が要る事になるが。


「そこで、説得してみましょう」


 アレには敵意が無かった。会話が出来る、知能も高い鬼だ。

 それに、清彦の願いで柘榴を鬼に変えるというなら、清彦を説得出来れば良い。


「あ、閃きました」


 突然小鞠が声を上げた。

 嫌な予感がする。


「あの鬼から溢れ出す、あの負気で、人を鬼に変える事が出来るんじゃ無いですか」


 芹菜は急に足を止める。

 小鞠がぶつかりそうになったが、そんな事はどうでもよい。

 口元に手を当て、その可能性を考える。

 前例は無い。少なくとも聞いた事は無い。


「まさか……」


 鬼が自分の意思で、自分自身の負気を他者に注ぎ込む。

 出来るのか?


「聞いた事はありませんが、あの鬼が持つ負気は、私の知る最大の負気溜りより強力です。あり得るのかも、しれません」


 今回は、想像を上回る出来事が頻発している。常識は通用しないと考えた方が良い。


「だとしても、今は湯川に戻りましょう。直接会ってみない事には、確かな事は解りません」


 頷きあい、再び歩き出す。


 走り出したい気持ちもあるが、長距離の移動時は、体力の配分が非常に重要だ。

 半時一里で休憩を入れる、来た時と同じ時間を掛けて帰るように、既に話し合っている。

 ちょうど、木こりの村が見えてきた。

 ここで一旦息を整え、阿刀の待つ廃村まで向かう。

 湯川まで概ね三里、休憩込みで二時(ふたとき)ほど。先はまだ長い。




 薬師は職業であると同時に、御役目でもある。

 何時いかなる時も、町人の為に薬を用意しておかなければならない。

 それこそ、家族の葬儀に際しても、一人は店番に残るくらいである。


 長兄、次兄が行方不明の為、父か自分が店……河鹿亭に構えた仮店舗に詰めなくてはいけない。

 清人は最初、午後の寄り合いと葬儀の時は、自分が店番をするものだと思っていたが、道具の整備、調整、配置など、父でなければ出来ない急ぎの仕事がまだあるらしく、寄り合いへの出席を任された。


 交代ついでに言伝(ことづて)をもって来てくれた友人に後を任せ、薪小屋の横で手と顔を洗う。


 空は青空。早朝に比べると少し雲が出ているが、眩しいほどの好天である。

 清人は太陽の位置から概ね巳の時くらいかと判断し、寄り合いまでの時間を計算する。


 今まで、旦那衆の寄り合いになど、出た事が無い。

 忌み事用の灰色がかった装束で参加する訳にも行かないだろう。着替えと、寄り合いで何をどうすれば良いのか聞く為に、一旦、父の居る河鹿亭へ戻らなければならない。


 町に向かって下り始めた時、視界の隅にキラリと光る物が見えた。それは太陽とは反対方向の、北西の方角。

 よく見ると、湯山の左側、川の上流の方で、何か大きな物ががチカチカと光を放っている。

 眺めているうちに、その雷鳴が届き、ゴオオォーッと余韻を響かせた。


 既に、光は消えている。

 振り返ると丘の上の何人かは湯山の方へ向かって手を翳し、音の原因を探っているようだが、光に気付いた者は居なかったようだ。

 清人は一度軽く目を閉じ、何事も無かったかのように歩き出した。


 あの感じには、覚えがある。

 そう、芹菜が放った雷だ。

 先ほどの物は、昨日見た雷より更に巨大だったように思える。

 それが放たれた理由は……。


 清次兄さん……、死んだ、かな。


 鬼に成り、大浦屋の家族を殺した兄。

 その兄が、鬼の討伐を目的とする皇儀の隠密によって、討ち取られた。

 たぶん、そうなのだろう。


 なんとも、実感は湧かなかった。

 そもそも、清次が鬼に成った姿を見た訳では無い。それが真実かどうかすら、定かでは無いのだ。


 ただ、もう二度と会う事は無いだろう。

 漠然とそう思えた。

 何となく、悲しいような、寂しいような、何とも言えない虚無感が胸に広がった。


「鬼に、成るほどの事だったんだろうか」


 花梨が他人の妻に、兄の妻になったとすれば、それは酷く辛い事に思えたが、それでも、だからと言って鬼に成るほどの事では無い。

 少なくとも、自分にとっては。

 何より、それが花梨の幸せに繋がるのであれば、祝福すらするつもりであった。


「どうして……、清次兄さん」


 呟きながら視線を落とす。

 その先をふと見ると、坂の下、町人橋の手前側に、牛に引かせた大八車が二台、止まっているのが見えた。

 その脇に騎馬が二人。

 川崎屋の御大は騎乗せず、斜面の途中の岩に登り、北西の方を眺めていた。


 よく、あの方角だと気付いたものだ。それとも光が見えたのか。


 御大は岩からひらりと飛び降りると、こちらを振り向いた。


「見えたか?」


 まだ距離は離れているのに、よく通る声で問いかけてくる。

 何が、とは言えそうも無い。


「大きな(かみなり)でしたね」

「そうか。どちらに見えた?」

「先ほどご覧になっていた、町の北西、湯川の上流の方でした」

「ふむ。……ありがとう」


 御大は杖を持っていない左手を掲げ、清人に礼を言うと商隊へ向かった。


「では行け。急いでな」

「ははっ」


 騎馬は馬上のまま返答し、鐙を蹴った。

 指示通り、確かにいつもよりは足早に、牛たちも歩み出した。


「川崎さん、馬は?」


 坂を下りて見ると、御大の為の馬がいなかった。


「ん? 儂の馬は宿に預けてあるよ」


 では、ここまで大八にでも乗ってきたのだろうか。

 それに、供回りの人が居なくなっている。

 今の隊で二人とも下りたのだろうか。


「寄り合いは昼からだったな」

「はい。正午に神社の参集所だそうです」


 それは御大も知っているはずだ。


「俺も父の代わりに参加する事になりました」

「そうか」


 御大は清人に視線を向け、少し笑ったあと背を向けた。


「儂はちょっと散歩してくる。最近、運動不足でな。時間には参るよ」


 手に持った白杖を振りつつ、しっかりした足取りで町の下手へ向かって歩き出した。

 その姿は、とても運動不足の老人には見えなかった。


 清人は僅かに違和感を覚えたが、それが何かを考える事も無く、橋を渡って河鹿亭へ向かった。




 降神は、それなりに体力と霊力を消耗する。

 変な言い方だが、降ろした神に、自分の霊力を少し喰われるのだ。

 これが、同じ神を降ろしても力に差が表れる原因にもなる。


 花梨の疲労は、霊力の消耗か、それとも精神的な負担によるものか。

 なんにしろ、休ませる必要があった。

 木こりの村に到着後、来た時に利用した部屋に入ると、何も言わずとも小鞠がお茶の用意をしてくれる。

 芹菜は花梨に少し横になるように促した。

 ついでに、自分も横になる。


「出来るなら、降神した後は少し休んだ方が良いの。もちろん、大概の場合は無理だけど」


 湯を沸かす、僅かの間だけでも良い。

 特に花梨は霊力の地が大きい。少し休めば(なら)されて落ち着くはずだ。

 芹菜の方は慣れたもので、歩いている内にある程度調子は整えている。

 板間に横になり、目を閉じて大きく息を吸い、吐き出す。それを繰り返すだけで充分だった。


 やがて、小鞠がお茶を淹れて戻ってくる。

 その足音を聞きながら、周りに意識を向けていた。


「来てる、かも知れませんね」


 目を開き、誰にとも無く呟く。


「何がです?」


 応えた小鞠の声に、少し緊張が感じられる。


「鬼の村の負気が強くなりました。もちろん、鬼が増えたのでは無く、近付いて来たのだと思います」


 花梨が体を起こす。

 小鞠は淡々と、皆の前にお茶を配っていた。


「何か、口に入れる物が欲しいな」

「一応、(ほしいい)は持ってきてますよぉ」

「ああ、それで良い」


 お茶を配り終えた小鞠が、弁柄に小袋を渡すのを見ながら、芹菜も体を起こした。


「さて、どこで待ち受けましょうか」


 おそらく、相手の目的地はこの村だ。

 敵は、芹菜がここから鬼の村へ向けて移動していると考えているはずで、途中で出会う事になると判断しているだろう。

 もしここにも芹菜が居なければ、湯川まで現れるかも知れない。


「清次には気付かず(じま)いですねぇ」

「あっちで派手な剣技を使えばよかったかもですね」


 のんびり応えながら、湯飲みを手に取る。


「で、どの程度だ」

「数も程度もまだ何とも。ただ、速いですね」


 匂いが強くなるのが早い、つまり、高速で近付いてきている。

 ある程度力の強い鬼だけで来ているのだろう。敵ながら、賢明な判断だ。

 だが、愚策でもある。


「何というか、都合良く、勢力を小出しにしてくれているような気もしますね」

「変な感じですねぇ」


 何か、変だ。


「今来てる鬼の中に、私に認識出来ない、鬼の親方がいる可能性もあります」

「だったら全滅ですねぇ」

「私だけ残りましょうか」


 あの特級鬼が、鬼の村へまだ戻っていないのならば、敵はこちらの戦力を誤認しているはずだ。


「それも手ですねぇ」


 両手に抱えた湯飲みに視線を落とし、小鞠が応える。


「それでしたら、私も必要ですね」

「ですねぇ」


 真剣な面持ちで花梨が言うが、小鞠の返答は妙に軽い。


「コマさん?」

「思うのですけど」

「はい」

「アレは、鬼の村とは関係無いかも知れませんね」

「なぜ?」


 湯飲みから視線を上げ、小鞠は芹菜を見つめた。


「アレが、いつから私たちを見ていたか。鬼の村では無く、清次の方に来たからには、木こりの小屋の分岐点で既に居たはずです」

「そうですね」

「アレがどれほどの速度で移動出来るのか分かりませんが、ここで芹菜さんが戦った時、そう遠く無い場所に居たはずで、私の推測ではおそらく、あの雷柱で私たちの存在に気付いたんだと思います」


 確かに、その通りだろう。

 あの雷に気付かないはずは無い。


「なら、ここでの戦いの跡に気が付くはずですし、仲間が殺されたと認識するはずじゃないでしょうか」


 口元に手を当て、芹菜も考える。


「新しく鬼に成った清次の事は知らなかったとしても、自分たちの領域で、仲間と思われる鬼が殺されていれば、私たちには敵対的でないとおかしいです」


 その通り。だからこそ、アレが現れた時、鬼を殺した私たちに、敵対的でなかった事に疑問を感じたのだ。


「では、アレは、鬼の村とは無関係」

「私が思い付きで言った事ですが、アレは自分の負気で鬼を作れるのかも知れません。なら、負気溜りも必要無いです」

「それは可能性でしか無いが、アレは自分の事を通りすがりと言っていたな」


 弁柄の言葉に、芹菜も思い出す。聞き流してしまっていたが、たしかにそう言っていた。


「おかしな言い方ですけど、アレは、人情的だったような気もしますね」


 再び視線を湯飲みに落とし、小鞠が誰へとも無く呟く。

 人を鬼に変える、死者を鬼に変えるのは、人間からすれば邪悪な行いだが、アレは、それが親切であると確信してるように思えた。


「なにがおかしいって、あの鬼の存在自体がおかしいですよ」


 そう言って芹菜は苦笑いを浮かべる。

 アレの能力、物の考え方、行動、その全て。

 笑い事では無いのだが、笑うしか無い。

 そもそもアレは存在しなかったはずの存在だ。


「では、アレは鬼の村とは無関係、親方が特級鬼と言うのはあり得ない、という考えで良いですか」

「親方が特級鬼である可能性まで否定して良いのか」


 芹菜のまとめに、弁柄が異を呈する。


「特級鬼相当の負気は、現在感じられません。親方がアレと同じ能力を持っている可能性もありますが、少なくとも、伝え聞く特級鬼で、姿だけで無く、自分の負気まで消せる鬼はいません。あれはあの鬼固有の能力だと思われます」

「確かにそうだな」


 芹菜は顔を上流へ向け、再び匂いに意識を集中する。


「まだ遠いので不確かですが、一体だけだとしても、上級鬼です。むしろ、中途半端に数がいると面倒ですね」

「その時は、みんなで分けましょうか」


 小鞠の言い方に、お菓子じゃ無いんだからと思い、苦笑する。


「まあ、もう少し掛かりそうですし。のんびり待ちましょうか」


 そう言って、芹菜は再び横になった。

騎馬という言葉は、人が乗った馬ではなく、馬に乗った人の事。

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