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第十八話 岩性鬼

 村には柵も無く、道沿いの、少し上がった所に建物があるだけで、当然ながら、のこのこと歩いて行けば、向こうからは丸見えである。

 四匹の鬼がゆっくりと体を起こすのが、芹菜の方からも見えた。


 若い女性二人とみて、雑魚どもは好奇の目を向けてくるが、反面、大きな鬼は警戒、と言うよりも、明らかな敵意をもって睨み付けてくる。

 腕力に特化した鬼かと思っていたが、人並み程度の知能はあるらしい。


 鬼は、鬼で居る期間が長くなると、どんどんと馬鹿になっていく者が多い。

 ほとんどの鬼が、知性も無く、暴力のみで事に当たろうとする。

 ただ、逆に知識と経験を蓄え、老獪(ろうかい)になる者も、ごく僅かながらいる。

 その辺り、おそらくは資質の差だとは思われるが、本所でも研究対象とされている。

 もっとも、現場で敵対する芹菜たちにとっては、単なる優先討伐対象でしかない。


 あれは危険な鬼。


 だが、芹菜の口元には笑みがこぼれた。

 その事を自覚すると、先ほど、鬼を見て笑う花梨が危険かも知れない、などと考えていた自分が可笑しく思えた。

 結局は、同じなのだ、自分も。

 芹菜はその笑みを隠す事無く、真っ直ぐ鬼に向かって行った。




「こんにちは。少しよろしいでしょうか」


 芹菜は町中で道を尋ねるかのように、軽やかに声を掛けた。

 鬼たちは既に立ち上がって、待ち構えている。

 距離は二間少々という所か。


 雑魚三匹は人よりも二回り大きい程度であるが、残る一匹は倍するほどの巨体である。特に腕は、一本が人一人分ぐらいありそうだ。

 その鬼が、酷く重く、くぐもった声で応えた。


「お(めえ)ら、何者(なにもん)だ。……いや、うちの(もん)()ったのはお前らか」

「さあ、知りません。そんな事より、湯川の町を襲った清次という鬼が、そちらにいらっしゃいませんか」

「何?」

「清次?」


 大きな鬼と、続いて脇に居た鬼が反応する。予想通り、清次の遊び仲間だったという、あの鬼だ。


「そちらの鬼は、ご存じのようですね」


 芹菜が言葉を向けると、大きな鬼も釣られてそちらを向いた。


「何だ、何の話だ?」

「いや、清次って奴ぁ、一昨日会ったアイツですよ。新しく鬼に成った」

「ああ? ソイツが? 湯川を襲ったってか」


 再び鬼の視線が芹菜に向けられる。


「ええ。それで、この子の依頼を受けて、その清次という鬼を探しております」


 事態が飲み込めずオドオドとする鬼の中で、大きな鬼の視線だけが厳しく、鋭くなる。

 普通の人間ならば震え上がる所だろうが、芹菜はやはり笑みを浮かべてしまう。

 振り返りはしないが、花梨も、笑っているのでは無いかと思えた。


「探して、どうする? 殺すのか? 殺せるのか?」


 昨日の鬼と同じように、この鬼も清次の行動について把握していないという事は判った。

 湯川を襲ったのは清次の単独行動。個人の判断によるものである可能性が高い。

 鬼の質問には答えず、逆に質問する。


「清次を鬼に変えたというのは、あなた? ……では無いですよね」


 鬼もそれには答えず、拳を握りしめ、腰を落として構えた。

 爪では無く、拳による打撃で戦うのだろうか。

 芹菜は片手で、花梨に下がるように合図する。


 鬼は更にグッと体を沈めた。

 巨体に見えるが、下半身はそれほど大きくなく、踏み込んでも芹菜には届かない、ように見える。

 だが、相手は当てるつもりで構えているはずだ。


 芹菜は半歩下がり、相手の踏み込みに合わせて、大きく左に飛び退いた。

 ゴゥッと音を立て、鬼の拳が伸びる。

 猛烈な風圧を放っているが、目算通り、芹菜の居た位置には届いていない。


 今の一撃で、こちらの反応を見たのか。

 牽制攻撃を入れてくる鬼など、久しぶりに見た。


「お前ぇっ!! 何者だぁっ!!」


 先ほどと同じ質問が来る。

 だがそれは既に、答を求める物では無い。


「土顎っ」


 芹菜は懐に用意していた札を地面に叩き付け、放つ。

 目に見えない何かが地中を走り、畳ほどの大きさの土の顎が、狙った鬼の真下から跳ね上がって、バクっと挟み込む。

 殺傷能力は高くないが、首から下を牙の付いた土で挟まれた鬼は、無様に悲鳴を上げた。


 そちらには見向きもせず、大鬼が連続で拳を叩き込もうと迫り来る。


「どおぉうりゃぁあああっ!!」


 芹菜は、左、後ろ、左、と軽快に避ける。


 この鬼、体の上下が(いびつ)で、上半身が持つ本来の打撃力を活かせていないのはないだろうか。

 もちろん、当たれば即死の攻撃ではあるし、驚異的な速度で放たれてはいるが、間合いが分かり易すぎる。


 芹菜は、ダンッと左足を踏みならして叫ぶ。


鳴雷命(なるいかづちのみこと)っ」 


 目の前の地面から、轟音と共に雷が天に駆け上がる。


「ぬぉおっ」


 両腕で頭部を庇い、大鬼が距離を取った。

 小さな雷火がパチパチと音を立てて、鬼と芹菜の体の表面を走る。


 気持ち良い。

 芹菜は笑みを浮かべながら、懐から青銅鏡を取り出した。


「降神、建御雷命(たけみかづちのみこと)


 顔の前に翳した鏡の中で、もう一人の芹那が微笑んでいた。

 真っ白な光に包まれた世界で、その瞳が金色(こんじき)の光を放つ。


 ごうっと爆風をまき散らし、迅雷が渦を巻いて、芹菜の体を包み込んだ。

 全身に雷が走り、駆け回る。

 それに合わせて、猛烈な神気が体を取り囲み、流れ込む。

 結んでいた髪が自然に解けて、ふわりと浮かぶと、その一本一本に神気が染み込み、金色の輝きを与える。

 そして、身に着けた衣服や武具にも神気は流れ込み、溶け込んでいった。


 轟音と衝撃が通り過ぎた後、雷火の衣を纏った、金色の髪の少女が、ふわりと浮かんでいた。

 その左の瞳もまた、金の雷光を宿している。


「さあ、始めましょうか」


 あなたたちの終わりを。


「なっ、……化けたっ!?」


 もうちょっと言い方があるだろう。

 心の中で苦笑する。

 とんっと地面に足を付けた芹菜は、即座に短刀を抜き放った。


「雷火烈空斬っ」


 抜き打ちの短刀から雷の刃が放たれ、ボサッと立っていた雑魚鬼を襲う。


「おぎゃうっ!」


 最初から最後までオドオドしていただけの鬼が、雷の刃に撃たれて燃え上がり、負気をバラ撒きながら炭になっていく。

 一匹はわざと逃がすので、これで後は大鬼を倒すだけだ。


若雷命(わかいかづちのみこと)


 ドウッと音を立てて、左手から紫電が延びる。

 一瞬の攻撃を、しかし鬼は腕を交差させて受け止める。


「ごおぉぉっ!」


 鬼の絶叫が響く。

 雷は腕を、その後ろの体を貫いたが、鬼は踏鞴(たたら)を踏んだだけで、倒れない。


「頑丈なこと」


 芹菜は()も楽しい事が起こったかのように(わら)う。


「おおおっ、このっ、化け物がぁ!」

「お互い様でしょう」


 さあ、どうやって殺そうか。

 チラリと、花梨の様子を伺う。

 充分な距離を取り、手を組んでこちらを見ている。その表情まではよく見えなかった。

 折角だから大きな術を使うか、派手な剣技を使ってみせるか。

 いっその事、わざと攻撃を受けてみせるのも面白いかも知れない。

 花梨にどのように見せるか、そんな事を考えながら、開いた距離をゆっくり詰めていく。


「ああ、お互い様、かぁ」


 警戒も無く近付く芹菜を睨みながら、呻くように呟いた鬼が、ふと、笑う。


「確かに、お互い様だなぁ! 小娘がっ!」


 叫びながら、ドガンと体の前で拳を突き合わせる。


「うおおおおぉっ!!」


 その拳を高々と掲げ、自分の体の両脇に叩き付けた。

 ズズンッと地面が揺れるほどの衝撃が走る。

 芹菜はとんっと軽く地面蹴って、浮かぶように後ろへ下がった。


「見せてやる、俺様の、本当の力というヤツをぉおおっ!!」


 地面にめり込んだ拳が、大きく振動し始める。

 それを中心に、波紋状に大地がひび割れ、ザワリと、波のように鬼へと動きだす。


「おおおっ!」


 叫びながら振り上げた両の拳は、先ほどまでの二倍近い大きさに変化していた。

 更に、足下の地面が鬼の体に這い上がり、その表面を覆っていく。

 それは筋肉のようでもあり、鎧のようでもあった。


()(しよう)()。……いや、(がん)性鬼か」


 元々の巨体を、更に一回り大きく変化させた鬼を、芹菜は冷静に、目を細めて見つめていた。


「ゆくぞっ、小娘ぇっ」


 岩の鎧を纏った鬼は、しかし先ほどとは打って変わった飛ぶような踏み込みで、一足に間合いを詰ると上段から拳を打ち下ろす。


 速い、そして深い踏み込み。

 その勢いを殺さず、自重も合わせて大地を穿(うが)つ剛拳。

 これが、この鬼の本来の強さか。


 芹菜は先ほどよりも大きく回避する。

 しかし、逃すまいと、鬼が一気に肉薄する。


 ズズンッと地響きを立て、鬼の足が大地を掴み、大きく体をしならせるようにして、大上段から岩の拳を打ち落とす。

 芹菜はそれを、短刀を握ったままの右手で殴り返した。


土雷命(つちいかづちのみこと)っ」


 互いの拳がぶつかった瞬間、無数の雷が鬼の腕を駆け巡る。

 反面、巨岩の拳から放たれた衝撃が、芹菜の体を突き抜け、ズシンと大地に広がる。


「うおぉっ」


 声を上げたのは、鬼の方だった。

 拳を覆った岩塊にはヒビが入り、小さく煙を吹き出している。


「せやっ」


 気合いと共に放った芹菜の足刀が、丸太のような脚に入る。

 普通であれば、傷つくのは人の脚の方であるはずだった。


伏雷命(ふしいかづちのみこと)っ」


 ズバンッと小さな雷が、今度は鬼の両脚を駆け巡る。

 それは岩の脚を、無数のノミで穿ったかのように、削り、割っていった。


「おおぉ」


 ガクリと、鬼が膝を突く。


「なんだ、こりゃぁ、なんで、こんなっ」


 力を解放する事で、自分の有利を確信していたのだろう。あり得ない、という風に、鬼が呻いた。


「私は鬼を狩る者。鬼の力では私には勝てない」


 膝を突いて、なお、鬼の方が背が高い。

 冷たい目で見上げる芹菜を、化け物を見る目で見下ろしていた。


「さあ、死になさい」

「だああぁーっ!」


 鬼は芹菜の指し示した運命に抗うように、片膝を立て、渾身の力で拳を振り下ろす。

 しかし、芹菜の方が早い。


「雷陣っ飛天翼っ!」


 金色の翼がその背に広がり、雷を纏った芹菜が大地を蹴って飛び立った。

 両手に握りしめた短刀からは雷火の刃が伸び、鬼の胴を下から逆袈裟に斬り上げる。

 翼に掠った鬼の腕が、炸裂して弾け飛んだ。


 電光石火。

 一瞬にして鬼を斬り裂き、通り過ぎた芹菜は、勢い余って空へと舞い上がる。

 バサリと翼と袴を(なび)かせて振り返ると同時に、地響きを伴うような轟音を上げ、巨大な雷柱が天へ吹き上がった。


 無数の雷で作られた柱の中、岩性鬼は割れ、砕かれ、塵と化していった。




 ゆっくりと羽ばたき、ふわりと地上に降りる。


「さて」


 振り返ると、逃がす予定の鬼は腰を抜かしたように座り込んでいた。


 まさか立てないとか言わないだろうか。


 神気を凝縮して作られた金色の翼が、さらさらと崩れるように消えていく。

 芹菜はにっこりと笑って、短刀をその鬼に向けた。

 そして、土顎に挟まれた鬼の方へ、すっと視線を逸らす。


「ひ、ひえぇーっ」


 作られた一瞬の隙の逃さず、鬼は背を向け逃げ出した。

 悲鳴の上げ方といい、手足のバタつかせ方といい、演技では無いかと思うほどの逃げっぷりだった。


 芹菜はふうっと息を吐き、花梨を振り返る。


 花梨は、隠す事無く、にたあっと笑っていた。


 私もあんな表情をしているのだろうか。

 芹菜は一瞬、普段の我が身を省みる。

 小鬼を狩るのは、田畑を耕すように黙々とこなすが、鬼を相手にする時は、いつもニヤニヤと笑っていたような気がする。

 気を付けよう。

 客観的にみると結構怖いし、ちょっと気持ち悪い。




「お疲れ様です」


 鬼が逃げ去って充分時間が経った後、道から小鞠と弁柄が上がってくる。


「派手過ぎましたかね?」

「ちょっと、過ぎましたねぇ」


 芹菜の言葉に、小鞠が苦笑交じりに応える。


「鬼の村にまで、響いたんじゃ無いですかぁ」


 雷の柱はやり過ぎたかも知れない。あれは本当に天まで響く。

 鬼の村まで一里か二里か、山の陰だとしても、間違いなく音は聞こえただろう。


「さて、危険な敵が一人、向かって来ていると判断されるでしょうか」

「基本はそうだろう。そこから、防御を固めるか、逃げるか、芹菜君を狙って来るか」


 弁柄が顎に手を当て、考えながらというように答える。


「私が清次を狙っているという情報も、正しく伝わると良いのですが」


 清次を捨て駒にしてくれるとありがたい。


「清次が大浦屋を襲った理由は、何か判りましたか」

「いえ。やはり単独行動、独自の判断で動いたようです。先ほどの岩性鬼も知らなかったようです」


 小鞠の質問に答えながら、土顎に挟まった鬼を見る。

 まるで全てを諦めたかのように、ピクリとも動かず、虚ろな目でこちらを見ていた。


「では、少しお話を聞かせていただきましょうか」


 その前に。

 短刀を鞘に収め、右手を顔の前に翳す。


「昇神」


 その言葉に応え、芹菜に降りていた神霊が離れていく。

 金色の髪も元の黒さを取り戻し、雷火を纏って光り輝いていた袴も、落ち着いた弁柄色に戻る。

 パチパチと火花を散らす、小さな光の粒子が集まって、芹菜の手の中に、一面の青銅鏡が現れた。


 ズシリと、疲労感が伸し掛かるが、それは顔には出さない。

 鏡を懐に収めて、髪を結び直し、再び短刀を抜いた。


「さて、清次に関して、お聞きしたい事があります」


 ちょうど首から上が出ているので、その首筋に刃を当てながら問いかけた。


「あぁぁ、あうぁ」


 喋れないのか。

 芹菜は短刀の束頭(つかがしら)で鬼の米噛(こめか)みを殴った。

 ガツッと鈍い音がしたが、それを気にする事は無い。


「私の狙いは清次です。必要な情報を頂ければ、あなたは逃がしても構いません。喋れますか?」


 鬼は「はい」とは答えず、しかし、ガクガクと頭を縦に振り、了解の意を示した。


(かい)


 鬼を捕らえていた土の塊が、神気を失い、ただの土へと還って崩れ始める。

 示し合わせた訳では無いが、小鞠と弁柄が少し距離を取り、鬼を挟むように左右に立った。

 鬼の正面には芹菜と、隣りに花梨がいる。


「あなたは清次の知り合いね? 名は?」

「名は……三郎太。一応、知り合いっちゃあ知り合いだ」


 横の花梨を見る。

 花梨は無表情のまま、頷いて応えた。


「さて、何から訊きましょうか」

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