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3. 悪魔のエサ

 朝日が差し込み、自然と目が覚めた。

 時計を見ると朝の7時過ぎだった。十分に寝たはずだけど、まるで徹夜明けのように頭が重たく体もだるさを感じる。

 この日は土曜日で、特に済ませなければならない用事もなかったので、まだ寝ててもよかった。

 しかし、わたしが体を動かしたはずみで隣で寝ていた少女の目を覚ましてしまったようだった。

 

「あうー」

 

 むずがるように、服をぎゅっとにぎり体をこすり付けてくる。

 その甘える仕草は、かつて家にいた一匹の猫を思い出させるものだった。

 

 小鳥のさえずりが聞こえ、数日ぶりの陽光が部屋を満たしていく。

 

「さて、起きるか」

 

 名残惜しさを感じながらも、少女の背中を優しくポンポンと叩き、抱き起こす。

 少女は目をこすり、頭をぐらぐらと揺らしている。

 寝室から出て行こうとすると、少女もついてくる。まるでカルガモの親子のようだ。

 

 居間に入ると、ねそべっていたフサタロウが体を起こす。ワンッと、一声鳴いてしっぽを振る。

 

「朝ごはん用意するから、ちょっと待っててね」

 

 自分の分はトーストを用意しテーブルに座る。足元ではフサタロウが、エサ皿に顔をつっこんでドッグフードを食べている。

 もうおじさんからおじいさんになる年だった。以前にくらべると食も細くなっている。

 後何年一緒に居られるかわからないが、そのときがくるのがとても怖かった。

 

 

 横からジッと見る視線を感じ、顔を向けると少女がわたしたちの食事風景をながめているようだった。

 

「食べたいの?」

 

 昨日は、一応、子供がすきそうなものをあげてみたが首をふって食べようとしなかったというのに。

 もしかしたら、人間のすることに興味があるのかもしれない。

 ためしに、わたしのもつトーストを二つに割って半分渡してみた。

 狐色になった表面を眺めながら、少女鼻を近づけてくんくんとかぎ始める。

 

 わたしが残ったトーストをかじってみると、少女も口にはこんでいった。

 かじっている最中はおいしいのかまずいのか特に表情を見せようとしなかったが、飲み込んだ後わたしに向かって笑顔を見せる。

 

「ちゃんと食べられて、えらいね」

 

 頭をなでてやるとくすぐったそうにしながらうれしそうに目を細めていた。

 

 

 食事の後片付けを済ませると、お日様が出ているうちに洗濯をすませることにした。

 ぽいぽいと洗濯機に洗いものをほうりこみ、ボタンを押す。やがて水で満たされ、洗濯機が回り始めるまで少女はずっと後ろでわたしの手元を見ていた。

 ジッと見られていると落ち着かない。一人で生活するようになって日は浅く、まだ家事炊事に慣れていない。もしも、母がいたらいろいろと文句を言われていただろう。

 

「えっと……、うーん」

 

「あうー?」

 

 少女とコミュニケーションをとろうと何か話題を考えるが思いつかず、頭を掻くわたしの姿を少女が小首をかしげながら見ていた。

 

 

 部屋の掃除、洗濯干しを終えたわたしの前に、フサタロウが現れた。

 ワンと一声鳴くと、玄関までのしのしと進み待てのポーズをする。

 

「散歩かぁ。行きたいけど、どうしようね?」

 

 休みの日の習慣でいつもこの時間になるといくため、フサタロウはいまかいまかと期待のまなざしを向けてくる。

 しかし、少女のことが気にかかった。おとなしい子とはいえ、家に一人で残していくことが心配だった。

 

 

 太陽がのぼり鮮やかな景色の中、リードを握りながら歩いている。隣にはフサタロウ、そして背後に少女。

 少女の今の姿は、パーカーのフードを目深に被り、サングラスで目元を隠すというものだった。幼い子供がとるにはちぐはぐな格好で、逆に目立ってしまうかと自分のセンスのなさを呪った。

 

 いつもの近所の散歩コースを歩いていると、少女と出会った場所に行き着く。

 少女の前の持ち主はもしかしたらこの近所のひとなのかと、ぐるりと見回してみた。

 なんの変哲もない普通の家が立ち並び、そこには普通の家族の人たちが暮らしているようにしか見えなかった。

 

 急に足元が暗くなり頭上を見上げると、そこには巨大なドラゴンが飛び去るところだった。

 隣に視線を向けると少女も同じように空を見上げている。

 

「ねえ」

 

 わたしの呼びかけに少女が振り向く。そこにはこれといった感情は浮かんでいないように見えた。

 

「この世界は好き?」

 

 少女からの返事はなく、わたしの顔をみているだけだった。

 わたしはどんな返事を期待しているのだろう。

 

 

 家に帰ると、この子についてもっと知る必要があと考え、パソコンを立ち上げインスタントラバーズについて調べた。

 新たに知ったことは二つあった。

 一つは、彼女たちを元の世界に還す手段について。

 それは、この世界における肉体を滅ぼすことだけだった。

 保健所が彼女たちを処分するというのは、元の世界に戻すという意味だったのだろう。


 このことについて、倫理問題についていろいろといわれることがあったけれど、呼び出したのは魂だけで肉体は現世にとどまるだけの仮初のものでしかないと、専門家は答えていた。

 でも、精神的な苦痛を無視して淡々とした口調で語る専門家を少し怖いと思ったのだった。


 ネット上でも残酷だといい続けるひとがいたが、召喚術によって得られる恩恵の前では、人でないものの権利は無視され続けているようだった。

 

 そして、もう一つわかったことがあった。

 パソコンの画面には、インスタントラバーズを()び出した後、7日以内に処分しなければ危険な状態になると書かれていた。


 アンダーグラウンド界隈で流行をみせたインスタントラバーズであったが、現在では国によって禁制品の対象とされている。

 麻薬のような中毒性はなかったが、しかし、確実に体を蝕む副作用があった。

 低級な悪魔といっても、悪魔としての性質ははっきりと出ていた。悪魔は取りついた相手の精気をえさとするため、インスタントラバーズを使い続ければ、やがて死に至る。

 政府による危険性の周知によって。インスタントラバーズの使用者は減っていったように見えた。

既に呼び出されたインスタントラバーズは保健所に連絡して引き取ってもらうことになっていた。しかし、使用していたことを知られたくないと思ったものが、彼女たちを野に放つようになる。

 その結果、野良悪魔が市内を徘徊し、保健所はやっきになって野良悪魔たちを回収していった。以前は街中でも見ることがあったその姿をもう見ることはなくなっていたはずだった。

 それでも、隠れてインスタントラバーズを使うものがいるため、完全に野良悪魔がいなくなることはなかった。



 現在もわたしの体からも抜き取られているのだろうかと、少女を見る。あどけなさの残る顔を見ても、恐怖はわきあがってこなかった。


 わたしの目には、ただの小さな女の子にしか映らなかった。

 

 

 昼食後、食休みのためにソファに深く腰掛け、ボーっとテレビを見ていた。

 

「あーう」

 

 少女は落ち着かないようにうろうろと辺りを歩き回っていた。

 やがて、ソファによじのぼり、何をするのかと見ているとわたしの太ももに手をかけて股の間にポスンと収まった。

 微妙に尻を動かして座りやすいようにスペースを作ってやると、わたしが腰掛けている辺りと同じ場所に腰掛けて満足気にしている。

 

 寄り添ってくっついてくる姿は微笑ましい。

 今日はまだ空の機嫌はいいようで、部屋に日が差し込み、部屋の暖かさが増してきた。

 お腹に感じる温かさとあわせて心地良い。

 

 このまま何もしないで時間を過ごせそうだった。

 実際に時間もどんどん過ぎていく。

 

 テレビの番組はニュースがおわり、料理番組に変わっている。

 わたしは胸の中にいる少女をときどき視線を送るだけで、ぼんやりとしているだけだった。

 

 フサタロウもあくびをして、絨毯の上で寝そべっている。

 暇で仕方ない時間のはずだった。いつもなら、何かをしてないといけないという罪悪感に追われるように動き回っていた。

 でも、今は特に退屈もせずに時間だけが流れていく。

 少女の首がこてんと傾き寝息が聞こえ始めた。そのかすかな音につられるように、眠気がやってくる。

 

 

 この少女と別れを告げるまで、残された時間はあと6日だった。


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