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第一話 さんまやいたぞー

がんばるぞー!!

 


 ここはゲームの世界

 とある事情で、現実世界の住人が仮想世界へと迷い込んできた。


 ゲームの中で過ごしている。

 魔物との戦い。

 繰り返されるクエスト。


 一度消滅したはずの身体。

 だが、目が覚めると再びゲームの世界にいた。


 チャットが残っている。

 現実世界に帰る方法だ。


 この世界には四つの大陸が広がっている。

 その大陸のどこかに「神の指輪」というアイテムが新しく実装されたらしい。


 その指輪を四つ揃えると、現実世界へと帰れるというのだ。


 しかも、今までのように人数限定のクエストもなければ、期間限定のクエストもない。

 ただ、漠然とこの世界で生きているだけだった。


 帰りたい。現実へ。


 どうやら【アウトオーバー】と呼ばれる消滅したプレイヤーは全員蘇っているようだ。

 ギルドメンバーもフレンド登録したプレイヤーとも連絡が取れる。

 見覚えのある他のプレイヤーも見かける。


 話しを聞くと、誰かがGMを倒し、クリアしたおかげらしい。

 一体、どんなプレイヤーなんだろう。


 我々は現実へ帰るべく四つの指輪を探し始めた。


 だが、簡単にはいかなかった。

 その指輪は、ダンジョンの宝箱にあるか、魔物が持っているかわからない。

 毎日ランダムで配置されている模様だ。

 ある者はクエストの報酬として獲得したと証言している。

 フィールドで歩いている最中に道に落ちていた指輪を拾った者までいる始末だ。

 だが、どんなに時間がかかっても、現実世界へ帰るためには仕方ない。

 幸いこの世界で流通している金貨はそこそこ所持している。

 毎日宿屋へ泊っても困らないほどはある。


 問題は、その毎日の過ごし方だ。

 日中はゲームをしている時同様に狩りなりクエストに勤しむことで時間は過ぎていく。

 寝る所にも困らない。


 先程述べた問題とは「食事」なのだ。

 この世界の食事は食えないほど不味いわけではない。

 だが、どの宿屋の食堂でも、レストランであろうとも味が同じなのだ。

 例えばカレー。

 味はもちろん、辛さやとろみまで一緒。

 先程も述べたが、食べれなくもないがお世辞でも美味しいとはいえない。

 正直、一回食べただけで飽きてしまう。

 さらに言えば、メニューが少な過ぎる。

 社員食堂にある定番メニュー以下のレパートリーだ。

 せめて、日替わり定食くらいあってもいいだろうに。


 あぁ、現実世界で食べた料理が懐かしい。

 旬のもの。

 ラーメンやパスタ。他の麺類

 ジャンクフード。

 寿司や焼き肉。

 なんでもいい――美味いものが食べたい!


 叶わぬ思いに憤りを感じながら街を歩いていた。


 夜


 ここは、この世界で「ピンズ」呼ばれる経済都市。


 様々な店が立ち並ぶ

 武器や防具、アイテムの他、宿屋というよりホテルのような宿泊施設もある。

 勿論、料理店も


 だが、どこも行き尽くした

 もう、飽き飽きだ。


「いい匂いがする」


 街外れに近い場所


 小さな料理屋が建っている


 おかしい


 つい数日前までは確かにこんな店はなかった。

 ここは空き地だったはずだ……

 それが、今目の前にひっそりと建っている




 新装開店 なのか

 店の名前は「ボンズ」か……変わった名だな。

 それにしても、いい匂いというより、懐かしい匂いだ



 米とみそ汁の匂い

 店先には小さい立て看板がある。

 そこには「今日のオススメ サンマ」とだけ書かれていた。

 思わず、店に飛び込んだ


 目に飛び込んだのは小さな子ども……幼児といってもいい二人並んだ人形だった。


「へい、らっしゃい」

「いらっちゃいませー」


 なんかちっちゃいのが喋った! 人形じゃないのか。

 こんなNPCノンプレイヤーキャラクターいなかったよな。

 と、いうことはプレイヤーなのか!?

 プレイヤーが狩りもクエストもしないで料理屋を経営しているなんて、考えられない。

 しかも、こんなに小さい子どもなのに。


 二人は人形のような小ささと真っ白い肌をしている男の子と女の子。


 男の子は逆立った金髪に黒豆のような瞳。

 黒い上下の甚平に、真っ白いねじり鉢巻きと前掛けを着ている。


 女の子は真っ赤に輝くビー玉のような真ん丸な瞳が特徴的だ。

 その女の子は着物姿で、上は淡い桜色に下は濃い桜色の着物を着用し、上着と同じ色の淡い桜色で作られた可愛らしい三角巾で頭をすっぽりと覆っている。

 腰からさげている小さな前掛けは下の着物と同じ色の生地に白い文字で「かんばんむすめ」と書いていた。


 二人の共通点は小ささや肌の色もそうだが、何よりも緩やかなUの字を描いた楕円形の口であり、その姿は初めて来店した緊張感をほぐしてくれた。


 ただ、こんな子どもが店を経営しているのか……しかも料理屋を。

 美味いものどころか、食える物など出てくるのだろうか。


 ただ、いい匂いをしていたのはこの店で間違いない。

 本能に逆らう事が出来ず店の中へと足を運び、辺りを見回す。

 客は俺一人のようだ。

 店の大きさは十坪あるかないかの広さ。

 夕日を思わせる赤みをおびた白熱灯の光が焚き火を連想させ、木目の壁と良い感じで合わさり店内を照らし、ほっとした安心感を生みだしている。


 店内の構造は玄関から入ると左側に四人用の木製のテーブルと椅子が二セット置かれ、右側には八人ほど座れるカウンターが設置されている。


 カウンターの奥にはのれんで隠された部屋があるようだ。

 恐らくは冷蔵庫や調味料などが置かれているのだろう。

 気になるのは、カウンターで主な調理をするのだろうけど、その背後に設置されている五段ほどの棚に洋酒や日本酒が所狭しと並んでいることだ。

 幼児が何故「酒」を用意できるのだろうか。


 そして、テーブル席の奥の天井付近には神棚がある。

 飲食店なので神棚自体は不思議ではないが、神棚には小さな犬と猫のヌイグルミのような物体が奉られている。

 招き猫ならわかるが、猫は明らかに長毛種。更に犬が並ぶなんて意味不明だ。


「ゲームの世界」

 この台詞である程度の常識外のことは片付くが、これほど雰囲気の良さと、奇妙な光景がマッチングした店は見たことがない。


 あれこれ悩んでいると。

「ごちゅーもんは?」

 女の子が注文を聞いてきた。

 上目遣いで、――と、いうより上を見上げながら何を頼むか待ちわびている様にも見える。

「そうだな、取り合えずメニュー表を見せてくれないか」

 そういうと、女の子は不思議そうな顔をする。

「メニュー?」

「は? メニューだよ、メニュー。この店にはどんな食べ物があるんだ」

 すると、すでに台所に移動し立っていた男の子が声をかけてきた。

 ちなみに、男の子の足場はかなり高そうだ。

 先程見た身長と、カウンターの高さを比べると、とても上半身が見えるとは思えないからだ。

「お客さん。店先で看板は見なかったのかい?」

「いや、サンマと書いてあるのは見たけど」

「それがメニューだよ」

 唖然とした。

「まさか、サンマだけなのか!?」

 一品料理どころか、一品しか扱っていない店なのか。いくら子どもが経営している店だからって、もう少しレパートリーがあってもいいだろう。

 店に入ったことを後悔していると、再度男の子が話しかけてくる。

「この店にメニューはないよ。強いて言うなら壁を見てよ」

「壁?」

 男の子が指さす方へ視線を移すと、木製の板に確かにメニューが書いてあった。

 だが――


 ・米

 ・みそ汁

 ・玉子

 ・酒


「外れだ……」

 心からそう思った。

 いい匂いにつられて来てみれば、やはり子どもの店か。

 それより「玉子」ってなんだよ。

 まさか生玉子がそのまま出てくるのか?

 だとすれば手抜きもいいところだろうに。


 帰ろうかと思ったが、あの匂いを見過ごすのも勿体無い。

 どうせ他の店で食べる料理も飽きていることだし、この店で食べることにした。


「それじゃサンマね。あと、ご飯に味噌汁も付けて」


「まいどあり!」

 男の子が元気よく返事をし、カウンターの裏にある炭火と網の上でサンマを焼き始めた。

 その間、包丁の叩く音が続く。

 なんとも懐かしくて、心地よい音だ。

 現実世界では聞きなれた音も、この世界に来てからは一度として聞いたことがない。

 まるで、一時でも現実へ帰れたかと錯覚してしまった。



 奥部屋で白米をよそっているのか。

 少し身を乗り出し覗く


「かまどで炊いている!」


 女の子がご飯とみそ汁を盛った茶碗を盆にのせて運んできた。

「どーじょ」

「あぁ、ありがとう」

 少し危なげに盆を運ぶ女の子から腕を下に伸ばして盆を受け取る仕草が、我ながら新鮮だった。

「へい、おまち!」

 同時に、陶器に盛りつけた焼きあがったばかりのサンマをカウンター越しに男の子から手渡される。

 これまた、腕を伸ばさないと届かない。

 不思議な感覚だ。

 だが、受け取った陶器に盛りつけられたサンマが顔に近付いた瞬間、そんな感覚など吹き飛んだ。

 焼きあがったばかりの脂がのったサンマに、ほのかに香るすだちが食欲を一気に掻き立てた。


「いただきます」

 思わず口にしてしまう。

 この台詞を言うのも久しぶりだ。


 カウンターに置かれている醤油もかけずに口にする。


「あ、やばい」

 不味いわけではない。

 あまりの美味しさに、褒めることよりも感情が先に声として出てしまったのだ。


「サンマって、こんなに美味かったか?」

 つい独り言をいってしまう。

 うっすらきいた塩加減がサンマ自体の旨みを引き出している。

 この引き締まった身。

 パリッと焼かれ、歯ごたえの良い皮。

 絶妙な焼き加減だ。


 陶器にはサンマの他に、定番の大根おろしが付いていた。

 これにも手を付けてみよう。いや、サンマを食べるのに大根おろしに手を付けないわけにはいかないな。

 今度は醤油を一たらし加え、大根おろしと共に食べる。


「これは、米でしょ!」

 こんなに米に合うおかずはない。

 サンマが大根の甘味とこれまた良く合うではないか!

 早速ご飯に手をのばす。


 白米もまた美味い。

 炊きたてのお米特有の甘さが口の中に染みわたる。


 みそ汁に手を伸ばすと、具は豆腐と大根の菜っ葉だ。

 美味い いや、懐かしい味だ。

 現実世界に帰ってきたかと錯覚してしまうような、そんな味。


「元の世界に帰りたい……」

 みそ汁を口にした途端、無意識に言葉を漏らした。

 この味が、苦しくとも幸せだった現実を思い出させてくれた。でも、それは今の自分にとって酷だった。



 落ち込んでいると、男の子からそんな私に対し「サービスです」と漬物を出してくれた。


 大根の昆布醤油〆。


 大根尽くしだ


 現実では質素ともいえるメニューなのに、こんなに堪能できるとは。

 いや、ゲームの世界でこの味に出会えるとは思わなかった。

 帰りたい気持ちを忘れたわけではないが、美味しかったという感情と、ありがたい感謝の気持ちが強く溢れてくる。

 寂しい気持ちを、紛らわせてくれた。


「ごちそうさまでした」

 両手を合わす。

「お粗末さまです」

 男の子が包丁を布で吹きながら応じた。



「そういえば、お代はいくらだい?」

「一品につき、金貨一枚だよ。でも、お米とみそ汁はセットで一枚だ。お茶漬けや炊き込みご飯だと、米でも金貨一枚もらうけどね」

「そんなのもあるのか!?」

「あぁ、だからメニューにかいてあるだろ。米って」

「そういう意味だったのね……それじゃ、今度来た時には炒飯を作ってもらおうかな。できるかい?」

「あたぼーよ!」

「そうか。それじゃ、またくるよ。おじょうさん、お勘定です」

 女の子に金貨を手渡す。

「まいどでちゅ!」


 店を出る時――

『ありがとうごっざいましたー!!』

 二人の元気な声が、背中に響いた。


「……あっ、しまった! 酒もあるのだからビールも頼べばよかった! ――まぁいいか。明日また来よう。炒飯も予約したしな」



おきゃくさん、きてくれるかなー?

どきどき!

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