5-2.館組からの伝文
前話のあらすじ:隣国ロングヒルにある大使館領に住むことになったので、大使に挨拶をしたけれど、思った以上にアキの行動はあちこちに波及効果を生んでいたようです。
ジョウさんとの対面の後は、館にいる皆からの伝文の内容確認をしてみる。ベリルさんが横に控えてくれているので、ある程度はベリルさんにフォローして貰う事にしよう。
昨晩、僕からは、無事、到着した事と、ファウスト船長とのお話がとても有意義だったこと、それと参拝したら連樹の神様が降臨して驚いたことを伝えて貰った程度。
そして、皆からの伝文は、各人、異なる視点から色々と書かれていた。
リア姉からは、高い魔力を持つ者は神託を得やすい、という仮説があったから試してみる程度の考えだったとの事。手摺なしで急な石段を登り降りするのは大変だったね、と労いの言葉も。ただ、身体強化できるのが当たり前な成人の街エルフしか見たことのない者からすれば、普通の子供っぽいアキは新鮮に見えた事だろう、とも。
「昨日の神社の石段、ベリルさん達は降りる時困らなかったですか?」
「荷物を抱えていた訳ではないので問題ありまセン」
ベリルさん達のスカートの方が足元が見えにくいだろうに、苦にしないとは、慣れなんだろうか。
うーん、こちらだと僕は運動が苦手な子扱いか。いずれはその評価は払拭したいところだ。
あと、大使のジョウさんへの助言について感謝の言葉を書いておく。リア姉の助言のおかげで、素の感情をしっかり表現してくれて、とてもわかりやすく、有意義な時間が持てたと。
母さんからは、体調を気遣う言葉と、アキの目から見て興味深いものがあったら話が聞きたいとのこと。
たった二泊三日の旅程、隣国と言うけど、日本の感覚なら、伊豆大島から東京まで船旅をして、一時間程度ドライブした程度の距離だから、気候もさほど変わらない。潮の香りが薄くなったとは思うけど、その程度。
心配してくれたことへの感謝と、後はそうだね……家名がある人に会って、街エルフは現役世代が減らないから、若者の就職難とかないのか気になったと返事をしておく。
「そう言えば、魔導人形の人達って、製作者の元で働くのが普通?」
「イエ。人形遣いとして高い実力を持つ方は、魔導人形を作ること自体を生業としてマス。人形遣いとして研鑽を積むと、人形を見ただけで、どの工房が手掛けたか見抜くそうデス」
「それはなんとも深い世界だね」
魔導人形も成人する為には自分で作り上げる必要がある。でもそう聞いていたからかなり規格化されているのかと思ったら、そうでもないらしい。自動車みたいなものかな。詳しくない人は乗用車とトラックの区別はできるけど、メーカーや車種には詳しくない、みたいな。まぁ、誰かと人形談義でもする時に考えよう。
さて、次、次。
父さんは、海の男に会ってどうだったか、船旅はどうだったか、といった質問と、自分の時は、街中にいる市民に比べて荒々しい雰囲気と、体の鍛え方の差に感銘したこと、船旅では、身体強化できても、自分はなんてちっぽけな存在なのか、と感じた事も書いてくれていた。
うん、敢えて、息子に対する視点で書いてくれていて嬉しい。船乗りの人達は日焼けしていたり、体を動かすにしても力強さを感じたり、でも紳士的でもあったりして好感が持てたこと、船旅の方は、船殻内にいた事もあって、父の様に潮風や波を感じる様な経験はしていないけど、いずれぜひ経験したい旨を書いた。
秘書のロゼッタさんからは、トラ吉さんのストレス解消も兼ねているので、追いかけっこの遊びを毎日するよう心掛けて、とのこと。他にも、さっそくあちこちから『マコト文書』の閲覧許可願いが届いて、その対応で部下のメイド達が奮闘しているとか、いちいち読んでられないので、講演会を開いて説明して欲しいとか、いろいろ話がきているそうだ。
ロゼッタさんとしては、ミア姉の著書を読む人が増えるのは嬉しいので、遠慮せず、これからも布教活動に勤しんでください、とも書いてある。
……気のせいか、話が大きくなってきてる気がするね。気にしても仕方ない事だけど。
地球の知識、考え方を僕が話すのは、マコト文書の閲覧制限部分に光を当てる作業に他ならず、それは『マコトくん信者』の布教活動みたいなもの、と。
信じる、信じないではなく、理詰めで考えれば辻褄が合う話なので、所謂、布教活動とは少し違うかな、と思ってますと返しておこう。
「ベリルさんは、閲覧制限のあるマコト文書はどれくらい読んでいるの?」
「各分野の抜粋版まで読みまシタ」
「んー、ジョウさんの参謀さん達への説明にも、抜粋版を使う感じ?」
「前提が違い過ぎるノデ、一般公開範囲ベースでまず説明し、理解して頂くことから始める予定デス」
「ふむふむ。確かに地球での普通をある程度理解しておかないと、勘違いしちゃうかもしれないね。その辺りの匙加減はよろしく」
「お任せくだサイ」
さて。ラストは家令のマサトさん。ワイン醸造場の件、そこまで疲弊しているとは思わず、報告したことへの謝辞が書かれていた。
僕の伝言には入れてなかったけど、やり取りをケイティさんが上手く伝えてくれたんだろう。ジョンさんや、職人の皆さんからも熱い嘆願があったくらいだから。サポートのため、魔導人形を何人か派遣するとも書いてある。
魔導具を用いた高速演算のよい実践の場となると思うので、研究者の人も実際に作業を経験してみることを提案してみよう。机上で考えていた事と、実地はだいたい大きく食い違うものだからね。
情報を読み取るために魔導具を持って、葡萄の木を見て回るのも骨の折れる作業と思うし。地球みたいに無線LANが組めれば簡単だろうけど、電波がまともに飛ばないんじゃ、何か別の方法を考えないと。
最後に、僕の為に別邸を用意して貰えたことと、お風呂とトイレが館と同じだった事へのお礼を書いた。
やっぱり、現代生活に慣れた僕にとって、手足を伸ばしてのんびり入れるお風呂と、温水洗浄機能付きトイレがあるだけで、満足度がグーンと高まるってものだ。
あと、明日から魔術を学ぶことになるので、とても楽しみです、と。
……いけない、書き終えたと思ったのに、追記が増えるんじゃ、ミア姉みたいだ。
毎日書いていいと言われているんだから、続きは明日にしよう。うん。
でもまぁ、他に抜けがないか、投げておいた方がいい質問とかないか、見直してみる。
「そうだ、僕とリア姉は共鳴効果でパワーアップって話だけど、リア姉と結構距離が離れたから、確認する事とかないか聞いておいて貰えるかな」
「ハイ。アキ様は心身に何か変化はありましタカ?」
「特にこれといってないと思う。魔力も感じられないのは変わらないし。あ、でも――」
連樹の神様に感じた存在感や、心話の時に触れた意識がボヤっとしていて焦点が合ってない印象を受けた事を話して、リア姉の意見を聞いてみるようお願いした。
◇
伝文も書き終えたので、移動中はできなかった運動を一通り行って、体を温めた後に、トラ吉さんに追いかけっこをしてみないか誘ってみたんだけど、これが大変だった。
懸念した通り、本気で逃げる猫に人が追いつけるわけがない。しかも、相手はリア姉と遊びまくってレベルがカンストしてるに違いないトラ吉さんだ。
「ちょっ、ちょっと待って」
ゼェゼェと荒い呼吸をしたまま、立ち止まって呼吸が整うまで、トラ吉さんが不思議そうに見てるけど、待ってて貰う。
なんかボタンのかけ違いが起きてる気がする。当時のリア姉と僕の違いは何だろう?
体術の技量差は如何ともしがたいし、それはトラ吉さんとてわかっているはず。
体格差はほとんど気にしなくていいレベル。
となると、あとは……
……そうか。身体強化かも。
「トラ吉さん、僕は身体強化ができないけど、そこは考えてくれてる?」
僕の問いに、トラ吉さんは首を傾げて少し考え、欠伸をすると後ろ足で首を掻き始めた。
猫がストレスを受けた時によくやる行動だ。
うん、これは全然考えてなかったね。
ちょっとジョージさんを呼んで、身体強化について、実演して貰おう。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
館組は今後、出番が減っていきますが、距離が離れてもなんだかんだとアキとの交流はしっかり続いていきます。今回はちょっとテキスト量が少ないんですが、キリがいいところなのでここまで。
次回の投稿は、一月二十七日(日)二十一時五分です。