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5-1.ジョウ《全権大使》

前話までのあらすじ:こちらに召喚されてから住んでいた館を出て、隣国ロングヒルまで魔術を習うため、旅をすることになりました。海路ありの二泊三日の旅でしたが、とても濃い内容で、アキも得るものが多くあったようです。

今回からは新章ということで、ロングヒルで師について魔術を学ぶことになります。

翌朝、いつものように、トラ吉さんの肉球プッシュで目覚めると、もう日は高く登り、結構な時間になっているようだ。


「おはようございます、アキ様」


「おはようございます、ケイティさん。伝文、何か要望とか質問とかありました?」


「色々ときてますよ。こちらに纏めましたので、後で読んでみてください。それから、本日は大使との顔合わせを予定しています」


ノートサイズの書類が五枚ほど。随分多いと思ったけど、一人一枚ならそれほどでもないか。


「大使の人。確かジョウさんでしたっけ。リア姉からの手紙を渡す人でしたよね」


いつものように血圧を測定して、舌の色や、心音を聞いたりと一通りの確認をしたら、用意してくれた服に着替える。


今日は普通の部屋着、白い生地に控えめに花柄が描かれてる膝丈のワンピースだ。こういう服を躊躇なく着れるのだから、慣れというのは恐ろしい。


「はい、その方です。アキ様が朝食を終えた頃に、応接室で対面する方向で調整します。何か質問はありますか?」


「その、ジョウさんってどんな方ですか?」


「典型的な若手の街エルフといったところでしょうか。ソツなく何でもこなして、外交の機微に長けていて、感情を御するのが上手な方です」


「唯一の大使ともなれば、かなりの遣り手なのでしょうね。頼もしいです。全権大使ですか?」


「勿論、そうです。母国との連絡不能時にも速やかに行動できなくては、大使がいる意味がありません」


「それもそうですね」


そもそもレーザー通信で、隣国とは言え、即時通信可能な体制を確立しているというのが、こちらでは世界初、隔絶した技術力と言える。こちらでは普通、大使は与えられた権限の範囲で、自律した行動を求められるものだ。……つまり、一任してもいいと母国に判断されるだけの逸材ということだね。


「アキ様が直接、何か頼むことはないと思いますが、必要に応じて便宜を図って貰うので、こちらでの活動では色々と頼ることになるでしょう」


唯一の大使なのに若手を抜擢とは余程、優秀な方なのか、若手に経験を積ませるための人選なのか。

……もっとも街エルフの若手とかいうと、人で言えば超ベテランの域って気がする。

リア姉の同期という話だから、父さんや母さんよりは、考え方や熱意は若手寄りなんだとは思うけど。


「今日はジョウさんとの対面を除けばフリーですか?」


「そうですね。魔術を習う道場に行くのは明日の午前中を予定しています。今日のうちに伝文のほうは書き終えてください。ベリルをつけるので、メモと口頭でも構いません。魔術の習得の方は、内容もスケジュールも師に一任しています。そのため、できるだけフリーの状態にしておく必要があります」


「わかりました。ジョウさんとの対面は儀礼的なものでしょうか?」


「そう聞いてますが、長くなるかもしれませんね」


「何か気になることでも?」


「昨晩、こちらへの移動や途中に行われた会話や出来事を大使に報告したのですが、やけに興味を持って聞いてきたり、関連資料の取り寄せを指示していましたので」


「んー、もしかして大使の仕事って退屈なんでしょうか? 暇を持て余していたとか」


「――あり得ます。忙しいのではないかと聞いてみたのですが、定型業務以外に対応するのが、私の仕事なんだよ、と言われまして」


玩具を見つけた子供みたいに楽しそうな目をしてました、と補足してくれた。


「と言っても、僕が何か用意できるわけでもありませんからね。とりあえず、朝ご飯を食べて頭をしゃっきりさせて対面といきましょう」


「そうですね。今日の対面は公式のものではないので、堅苦しい服装や儀礼は不要です。対面は、私とジョージが同席します」


「お爺ちゃんとトラ吉さんは?」


「そのコンビは基本、常にアキ様と一緒だと思ってください。何かの用事で離れる際にはその旨を伝えます」


「わかりました」


館と違い、ここは外出時扱い、か。

ちょっと気をつけよう。この部屋だけ見てると、つい、館にいた頃のような気になっちゃうから。





その後は、アイリーンさんの用意してくれた素朴な味で噛み応えのある根菜類のきんぴらといったメニューを増やした朝定食を頂いて、元気一杯、ヤル気充填完了だ。


身支度も整えて、お爺ちゃんとトラ吉さんにも見てもらって準備もバッチリ。


さーて、鬼が出るか蛇が出るか……こっちだと洒落にならない言い回しだから自重しよう。


さぁ、大使との対面だ!





応接室に入ると、ラフな服装をした街エルフの若者が出迎えてくれた。利発そうな顔、本当の若者にはない長い年月を歩んだ事が伺える目、この人がジョウさん、街エルフ唯一の全権大使だ。


「お邪魔してるよ、アキちゃん。話に聞いていると思うけど、私がジョウ、ここで大使なんて仕事をやってる。何か相談したい事があれば何でも言ってくれ。力になろう」


うわー、なんかこうグイグイ押してくるタイプだ!! 握手もブンブン振り回す感じで、接触を心配する暇もなかった。


というか、小学生時代ならいざ知らず、高校生にもなって、ちゃん付けされるとは思わなかった。


「はい、宜しくお願いします、アキです」


全然感じられないはずの魔力、というか熱量まで感じられて、触れている手の熱さが凄い。


「燃える情熱が血潮を熱く迸らせる――魔力耐性を、高めるための活性化で体温が上がってるだけさ。心配ないよ」


そんな本気とも冗談とも知れないことを話して、自然に座るよう促してくれた。


僕が座ると、斜め前、手が届く距離にわざわざ席を変えて、笑顔で詰め寄ってきた。近い、近いよ、ジョウさん!


「えっと、忘れないうちに手紙を渡しておきますね」


「手紙か。誰からだい?」


「リア姉から。その場ですぐ読むようにって伝言です」


「……戴こう」


ケイティさんが渡してくれた手紙を危険物でも扱うように慎重に受け取り、読みたくないのに読まないわけにもいかないといった心の葛藤が手に取るようにわかる百面相をした後に、手紙を取り出して読み始めた。


重苦しい沈黙が場を包み込んで、居心地の悪さに、何か声をかけようかと考えた頃、ジョウさんが丁寧に手紙を折り畳んで封筒に戻して、胸ポケットに大切そうにしまい込んだ。


「……ジョウさん?」


「いや、済まない。アキちゃん、君はとても愛されているようだね。手紙を読んでいるうちに、リアの満面の笑みがありありと脳裏に浮かんだよ」


「リア姉、可愛いですからね」


僕の言葉に、ジョウさんが目を大きく見開いて、予想外といった表情を浮かべた。


「……深い意味はないんだが、君はリアの怒ったところを見た時はあるかい?」


「ちょっと怒ったくらいなら」


僕の返答に深く頷いた。……ジョウさんはリア姉に叩き潰されたって話だから、本気で怒ったところを見てるんだろうね。


「なるほど、理解した。さて、気を取り直して、まずはアキちゃんに礼を言わせて欲しい」


「礼ですか。それはまたどうしてです?」


「君が今回、場をかき混ぜてくれた件は、大使の仕事の十年分に匹敵する程刺激的だった。それもいい意味でだ」


「ロングヒルはそんなに平和なんですか?」


「平和なら刺激が少ないという訳でもないんだが、定型の対応だけで処理できてきた、と言えば、退屈さ加減は伝わるだろうか」


「それは、手順を覚えた後だと退屈かも知れませんね」


まぁ、当たり前の日常業務を、当たり前のようにちゃんとこなすのは、それはそれで大切な事だけど、決まったことだけこなすような人では大使は勤まらないから、さぞかし退屈だった事だろう。


「それが、僅か数日で、鉄火場の様な忙しさ、戦争前夜の様な奇妙な静けさが混ざり合って、場が混沌としてきた。いやー、実に楽しい。いい空気だ」


なんで、そんなに変化があったのか。疑問に思ってケイティさんに視線を向けると、ケイティさんが説明をしてくれた。


「ジョウ様が言われているのは、ファウスト船長名義での人材確保指示が流れて、各地に派遣されている船団から詳しい話を聞かせろと、伝文が飛びまくって、一種のお祭り騒ぎになっている事のことでしょう」


「そう、あのファウスト船長が手放しで褒めるなんてのは前代未聞だ。全ての船員から一目置かれる彼の言葉に、心が震えない船乗りなんていない。皆が感じた筈だ。時代の動く様を。これからの変化の大波を!」


迸る熱い情熱(パトス)で、火傷しちゃいそう。ジョウさんはファウストさんの名で出された通達が試合開始を告げるゴングのように聞こえたようだ。


「ただの人探し、人材発掘なんですけどね」


「人探し、確かにその通り。人材発掘、それはそうだろう。しかし、理論魔法学に精通し、不可能に挑む尖った人材を連れてこい、異なる魔術系統でもいい、人種も性別も問わないとまできた。小鬼族でも、竜族でも有用な人材なら連れてこいと」


「……何かおかしなところでも?」


必要な人材を探すのに余計な条件は少ない程いい。役立つのなら不死者(アンデッド)だって構わない。


「そう、その感性だ。過去の記憶に囚われた長老達には絶対持てない。それだけに君の父母にも驚かされた。どんな手品を使えば堅物の長老達を説得できたのか。私も長老会議に出席したかったよ」


「手品?」


なんか騙したような印象があるから微妙な言葉だ。


「アキ様、この場合の手品は、魔術も使わず、理の枠を超えずに、不可能と思える事を可能とした技、という事で、賞賛の意味になります」


ちょっと不機嫌さが表情に出ていたらしい。ケイティさんがすかさず言葉を補ってくれた。科学賞賛と同じで、魔術を使わないことがステータスになると。褒められたのなら悪い気はしない。


「あぁ、なるほど。僕もどう説得したのかは知らないんですよね。でも、得られた情報から導いた仮説を否定するだけの根拠もなく、天変地異より確実に起こるのが目に見えているなら、そして対応がさした手間でもないなら、やって見る気にもなるのでは?」


「君にとっては、理詰めで導かれる当たり前の結論という訳か。『マコト文書』だったか。こんなことなら、閲覧権限の範囲内で読み漁っておくべきだったかな」


暇で暇で仕方なかったからね、とおどけてみせた。


それにしてもジョウさん、表情が豊かだね。好感が持てるけど、外交官としてはどうなんだろう?


「私がわかりやすい表情をしていて不思議かい?」


「はい、もっと捉えどころのないような老練な方なのかと予想してました。勿論、今の方が僕は好きですけど」


僕の言葉にジョウさんは満足そうに頷いた。


「私が出来るだけ素の態度を見せているのは、先ほどの手紙、リアからの助言があったからだよ。アキは時間がないんだから面倒な手間をかけず素を見せろ、と。その方がアキも的確に話ができる。それが私にとっても益になるとね」


リア姉にはあとでお礼を言っておこう。ここまで近付いてくれる人なら、僕も話がしやすくて助かる。


「だから、周りに誰もいないところで、親友と話をするように、今の私は取り繕うのをやめているのさ」


この別邸なら、聞き耳も気にしなくていいから、などと言ってる。というか、大使館の中でも会話には注意が必要ってことなのかな。同じ街エルフであっても派閥とかあったりするのかなぁ……面倒な。


「マコト文書で気になることとかあったら言ってください。書物を読むより聞いた方が分かりやすいことも多いですから」


「そうさせて貰おう。ケイティ殿、理解に必要な資料のリストを回してくれ。先ずは参謀達に、こちらで手に入る『マコト文書』を読ませるが、資料がない分は、勉強会を開催して穴埋めして欲しい」


 街エルフの国から持ち出せない資料も結構あるってことか。うーん、これはアイリーンさん達に頑張って貰うしかないね。僕も相談を受けたらなるべくサポートしよう。

それに参謀ときた。つまりジョウさんは大使であり、駐留軍を指揮する司令官でもあり、部下に幕僚を抱える将軍的な地位ってことか。本当ならそうそう会えないような人っぽい。こういう縁は大切にしよう。


「……やはりそうなるのですね。わかりました。スケジュールはこちらで決めますがご了承ください」


「もちろんだとも。それと妖精の翁」


「なんじゃ?」


「貴方の母国、妖精の国についても色々と教えて欲しい」


「仕方ないのぉ。空いた時間で良ければ話すのはやぶさかではないが、儂はアキの子守妖精じゃ。そのつもりでな」


「それでいい。さて、最後にアキちゃん。君にも聞いておきたい」


「なんでしょう?」


「人探し、私も同じ通達が来てるんだが、何か補足はあるかい?」


 ジョウさんが僕を探るような目で見てきた。あぁ……僕の返事で測ろうってことだね。

 なら、遠慮せずにお願いしておこう。どこからが無茶なのかどーせ僕はわからないし。


「であれば、魔獣や天空竜、あるいは世界樹に繋がる森エルフといった方々で、有望な方がいないか探して欲しいです。あと、外交で接点があるようなら鬼族や小鬼族のほうも探って貰えれば最高ですね」


「……いやはや、本当に遠慮がないね」


 それでも遠慮しろ、配慮しろと言わないあたり、とっても好感が持てる。


「どのあたりからが無茶かわからないので、そのあたりの判断はお任せします。僕としては天空竜の方に空間転移を実際に実演して貰って、街エルフがその技法を解析してくれたりすると、研究が捗ると思うんですよね。実例があれば、研究もきっと進むかなって」


「それはそうだろうが、なんとも無茶を言うじゃないか」


「無茶でしょうか? 超音速弾の騒音問題でも話し合いで決着したくらいに、天空竜達は横の連携もある程度しているし、話が通じるのですから、お願いすれば、ぱーっと軽く実演してくれるかもしれませんよね。簡単にはやってくれなくても、無理筋ってほどでもないと思うんです。サービス精神旺盛だったり、研究熱心だったりする天空竜だってきっと一匹や二匹はいるでしょう?」


「ケイティ殿、アキちゃんはいつもこんな調子なのか?」


なんか、ジョウさんが眉間を揉みながら、そんなことを言い出した。


「いつもこんな感じですね。アキ様の話は途中の手間や困難を除けば、確かにそうかもと思わせるものがあるので、問題提起されると検討せざるを得なくなります」


ケイティさんってばなんか酷いことを言ってる。


「よくわかった。ケイティ殿、アキちゃんの思考についていくにはどうすればいいかアドバイスをくれないか?」


ジョウさんが、参謀達の気がおかしくならないか心配になってきた、なんて呟いてる。


「……そうですね。視点を変えると少し楽になると思います。規模で言えば国単位ではなく弧状列島全域を最小単位に、この惑星全域を視点に捉えるように、時間軸は千年、万年単位が出てきても慌てないこと、くらいでしょうか」


「なんとも壮大な話だ。アドバイス感謝する。……まずは参謀達の再教育からだな。彼らにいきなりアキちゃんの話を聞かせても毒にしかならん」


ジョウさんが深い溜息と共に、近々の方針を告げた。参謀というくらいだから優秀な人達だと思うんだけどなぁ。


「アキよ、そこはあれじゃ。普段、低いところばかり飛んでおると、高い視点を忘れてしまうようなもんじゃろ」


「翁の言う通りだ。参謀達が得意とするのは前提条件の中でいかに最善を尽くすか。だが、アキちゃんの話は目的を達成するために如何に前提条件をぶっ壊すか。まるで視点が違う。少し思考訓練が必要だろう」


困った、困ったとジョウさんは言ってるけど、でもとても嬉しそうな顔をしてる。

とりあえず、ロングヒルでの活動は、色々と協力して貰えそうだし、僕が魔術を学んでいる間に、人材発掘のほうも動きがあるかもしれない。いい感じだね。

評価及びブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


さて、ロングヒルでの生活も始まりました。まずは住むのでお世話になる大使に一言……のはずが、話が色々と連鎖し始めました。アキからすれば、皆さん色々頑張ってくれて嬉しいなぁ、程度ですが。街エルフ達がこれだけ騒いで、周辺諸国が、他の種族が気が付かないはずがありません。街エルフ達も隠そうとしてませんし。激しく動くといっても、ドンパチする訳ではないので、一見すると穏やかな日常が続く感じですが、目鼻の効く者達は変化を嗅ぎ取ることでしょう。


「なろう」の評価システムって連載作品に対しても1回(値の変更は何度でも可)だけというのが悩ましいですね。「まだ途中までしか読んでないから評価するのは後で」と考える人も多いでしょうから。ただ、そうすると長期連載作品の場合、評価されない状況が何年も延々と続くことになって、投稿側としては悲しい限り。これが舞台とかなら、観客の反応をダイレクトに感じることができるから、やりがいとか手応えとかも感じ取れるんですけどねぇ……。ほんと悩ましいとこです。


次回の投稿は、一月二十三日(水)二十一時五分です。

ただ、少し遠出をしているので、更新時間が遅くなるかもしれません。その時はご了承ください。

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