4-25.城塞都市ロングヒル
前話のあらすじ:砦を改造したワイン醸造場を訪問して、色々試飲したり、魔導具を色々用いた新たな取り組みについて話を聞いたりしました。
ワイン醸造場を後にして、なだらかな丘陵地帯を降りていった先、大きな河川を見下ろす高台に、とても高い城壁に囲まれた城塞都市が見えてきた。大きさからすると何万人という規模だと思う。
都市を囲うように堀も作られていて、なかなか守りは堅そう。
城塞都市のすぐ近くには、やはり堀に囲まれた広大な森もあって、なかなか面白い作りだ。平野なら開墾して畑にするなり、水田にするなりしそうなのに、あんな一等地を森のままにしているなんて。
「見えてきましたね。あれがロングヒル。この辺り一帯で最も栄えている中枢都市であり、守りの要でもあります」
「僕の目的地ですよね」
「アキ様は、あくまでも街エルフの大使館領に住所を移されたという扱いですので、城塞都市には入りません。隣に見える堀に囲まれた森が我々の大使館領になります」
凄い扱いだね。米軍駐屯地か、それ以上の特別待遇だ。
「ロングヒル防衛の一翼を担っていたりするんですか?」
「その通りです。ロングヒルは街エルフと同盟を結んでいる唯一の国家であり、我が国は一定の戦力を駐屯させて、国防の一翼を担っています」
「なるほど。――あそこに見える五人一組で歩いている兵隊さんが駐留軍の人?」
「そうです。もっとも我々は要請があれば軍を派遣するという立場であり、普段は自分達の大使館領を周回警備している程度です」
「軍人さんが訓練不足に陥りそうな――あ、派遣されているのは魔導人形の皆さんですか?」
「その通りです。戦力の殆どは量産型の魔導人形の兵士であり、普段、戦力の殆どは兵舎の空間鞄に収納されています。ですから、大使館領はそこそこの広さがありますが、働いている魔導人形の数はそれ程でもありません」
「ふむ。そうなると緊急時の兵士の展開に不安がありそうじゃのぉ」
即時、迎撃を旨とする妖精からすれば呑気な運用に思えた様だね。
「空軍主体の妖精と違い、警戒網からの情報を得て、それから兵士達を召喚しても十分間に合いますから」
森の入り口にいた魔導人形の兵隊さん達の確認を終えて、大使館領の森へと入っていく。
一車線の道幅しかなく、わざと蛇行させた道になっていることもあって、余計に道程の長さを感じさせる作りだ。
森の木々の下草は刈り取られていて隠れられるようなところがない。それに木々の生え方も射線を遮らないように工夫されているね。
あちこちに小さな監視所が設けられているっぽいし、ここの森は防衛を考慮された軍事施設だってことがわかる。館の防竜林はあれでも民間施設であり、庭の範疇に入っていたんだ。
「そちらに見えるのが大使館ですが、アキ様の魔力に耐えられない機材が多いので、こちらには寄りません」
大使館の横を抜けて、更に奥に進んでいくと、街エルフの建設様式の建物が見えてきた。
街エルフの国で住んでいた館よりは小さいけど、それでも部屋数が二十近くありそうな立派な邸宅だ。
「こちらが、アキ様が生活される場所、通称『別邸』です。少し手狭ですが、必要な設備は全て揃っています」
これで手狭?とか一瞬思ったけど、ケイティさん、ジョージさん、ウォルコットさんに、女中人形の三人、助手人形のダニエルさん、護衛人形の四人と、農民人形の六人で、僕も含めると二十人近いから、確かにこれだけ大きな建物でも、あまり余裕はなさそうだ。
「館との通信施設も?」
「ちゃんと、大使館経由で通信できるよう、通信網を伸ばしてありますのでご安心ください」
別邸の前に到着すると、メイドさん達の一団が出迎えてくれた。僕達が来るのに合わせて、別邸を使える様に清掃してくれたそうだ。
「出迎えご苦労様です。早速、引き継ぎを行いますので、私とジョージ以外は打ち合わせを始めてください。アキ様の部屋への案内をお願いします」
魔導人形の皆を召喚して、あっという間に三十人近い人数に増えて、場が賑やかになった。それでも皆、訓練が行き届いているから、すぐに役割に応じて別れていった。
僕達もメイドさんの一人に連れられて別邸の中を歩いていく。
館と違い、こちらでの僕の部屋は二階の突き当たりになっていた。陽あたり良好って感じ。動線上は僕の手前の部屋がケイティさん、その向かいがジョージさんの部屋で、セキュリティ的にも考えられているようだ。
扉にはキャットドアが付いていて、トラ吉さんの出入りも考慮されている。
扉を開けて入ると、中は館の時の個室と同じシンプルな作りで、ベッドの脇のサイドテーブルには、大きな籠を二つ置けるスペースが確保されている。
お爺ちゃんとトラ吉さんに催促されて、ケイティさんが空間鞄から、二人が使っている籠を取り出して並べて置くと、さっそく二人して籠の中に入って、寝心地を確認したり、妖精さんサイズのベッドに寝転んで、と確認作業を始めた。
「さて、私達も着替えましょう。旅支度は疲れますから」
ケイティさんが空間鞄から取り出した部屋着に着替えて、髪を解いて、いつものように、ケイティさんに整えて貰った。
あちらにあった鏡と同じメーカーのようで、なんか見慣れた風景で安心した。
「隣国に移動するだけと思ってましたけど、色々ありましたね」
大型帆船の船長さんとお話して、連樹の神様とお話して、最後にワイン醸造場の当主とお話して。人でない方もいるけど、そうした方々との出会いだけでも普通はそうそう無い顔触れだったと思う。
余裕のある二泊三日の工程だったけど、終わってみればかなり濃い内容だった。
「……色々ありましたね、本当に」
ケイティさんがどこか遠い目をしながら呟いた。
「お疲れですか?」
「いえ。ただ、通信施設がここまでなかったので、今晩、今回の旅程について報告書を出す必要があり、少し面倒と思っただけです」
「ワイン醸造場の件でお爺ちゃんとの打ち合わせもあるんですよね」
「……それもありましたね。アキ様、あまり時間がありませんので、入浴して寝る準備と、伝文の文面があれば書きましょう」
あ、そうだった。到着したらお手紙を書こうと思ってたんだ。ケイティさんが見せてくれた時計を見ると、確かにあまり時間に余裕がない。
「洗面所、トイレ、浴室は館と同じレイアウトになります。湯は――用意できていますね。では、少し急ぎになりますが髪も洗いましょう。今日はお手伝いします」
「よろしくお願いします」
移動の時は髪を洗う時間もなかったから、洗えるのは嬉しい。長い髪はやっぱり手入れが大変だ。……長い髪のお姉さんが大好き、なんて言ってて、ミア姉、ごめんなさい。
長い髪をシャンプーで洗って、しっかり洗い流したら、トリートメントで髪の内側から補修して、最後にリンスで表面を保護と。
男だった頃の短い髪に比べて、五倍、十倍の手間がかかって大変だ。僕一人だと手際が悪くて時間がかかってしまうから、ケイティさんの手伝いは助かる。
マイクロバブルのお風呂も気持ちいい。というか、手足を伸ばして入浴できるのっていいよね。こうして湯に浸かると胸も浮いて肩が少し楽になるし。
「髪の手入れが終わるまでは目を閉じていてもいいですよ」
ケイティさんの言葉に甘えて少し目を閉じてみると、そのまま沈み込んでいくような気がして、慌てて目を開けた。いけない、いけない、この後、手紙を書くんだから起きてないと。
心地よい睡魔と戦いながらも、なんとか深く眠るのは回避して、お風呂から出る事ができた。
「何を書こうか悩んじゃいますよね。会話内容なら断トツでファウスト船長と話をした事だけど、出会いのレアさからいけば連樹の神様に会ったことだろうし――」
ケイティさんに髪を乾かして貰う間、寝落ちしないように、悩まないで書けるようにと、雑談がてら話をしたりして、今回の旅で経験した事を頭の中で整理していく。
「無理に全部書くことはないので、残りは明日に回すと良いと思いますよ」
「そうですね。毎日でもいいよ、って言ってくれているんだから、起きた事、考えた事を箇条書きにする程度にして、今日は無事、到着できた旨を簡単に伝えるくらいにしておくのもいいかも」
それから、ケイティさんとなんだかんだと話をしているうちに、起きているのが厳しい時間帯になってきて、ベッドに潜り込む。
書いてる時間もなく、ケイティさんにいくつか伝言を頼んだあたりで意識が落ちた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
第四章は今パートで終了です。二泊三日の旅程だったのに、25パートもかかるとはちょっと予想外でした。次回はちょっと一休みということで「第四章の登場人物」、「第四章の施設、道具、魔術」を投稿する予定です。
次回の投稿は、一月十六日(水)二十一時五分です。
五章の投稿開始は、一月二十日(日)二十一時五分です。