4-24.ワイン醸造場《ワイナリー》
前話のあらすじ:神社でお参りしたら、なんと神様が降臨してきちゃった、という話でした。でもアキからは、急な石段を下りたほうが大変で印象が強かったなどと言われてたり……。
山道を下って行くと、途中から道の両脇が葡萄畑に変わり、良い香りに包まれて雰囲気ががわりと変わった。
葡萄棚が作られていて、かなり手間を掛けている感じだ。
「このあたりは、小鬼の襲撃は心配しなくても大丈夫なんですか?」
「ここは防衛ラインのかなり内側なので、こうした多くの設備を設置するような栽培方法を選択できます」
「それは良かった」
しばらく進むと、小さな砦が見えてきた。
うん、砦。館でも倉庫でもなく、どう見ても戦闘用バリバリな。
「ケイティさん、あの砦もワイン醸造場に関係があるんですか?」
「ここのワイン醸造場は、古い砦を再利用して作ったそうです。建物を新たに建てるより費用を抑える事ができたのと、先進的な取り組みをしているので、何より醸造家達や設備の安全確保に腐心したと聞いています」
「なるほど。……ところで、砦の塔や壁の所に兵隊さんがいるように見えますけど」
二人一組で巡回とかをしていて、警戒厳重って感じがする。
「兵士達の訓練施設を兼ねてますから」
「なんか、長閑な農家をイメージしていたけど、だいぶ違いますね」
「一族経営ですけど、株式会社として運営していて、三分の一をミア様、三分の一を国が持っているので、ちょっと民間企業とは毛色は違うかもしれません」
「警備会社代わりに兵隊さんが駐屯してる時点で、だいぶ違いますよ」
流石に警戒任務では、クロスボウガンではなく杖剣を持っているだけではあるけど、兵隊さん達の様子を見る限り、襲撃に備えてかなり集中して警戒してる感じだ。……もしかしたら訓練施設も兼ねるって話だから、抜き打ちで試験とかもしてるのかもしれない。
「こちらでは軍と共同で働く企業は多いので、こちらではこれが普通です。あちらと違って民間警備会社という訳にはいきませんから」
脅威度に応じて、対応できる組織となると軍以外ないと。確かに人相手の自衛組織なんかじゃ本気で殺しにくる小鬼達の部隊相手には力不足過ぎる。……物騒だね。
あちらでも古い城を活かしたワイン醸造場はあるけど、現役の軍が駐屯してるようなとこは流石にないはず。
「もしかして、退役軍人の再就職先になったりしてます?」
「そうですね。駐屯時に仕事の内容をある程度覚えて、ワイン造りに惚れ込んで、再就職するというのはよく聞く話です。やはり農業は体が資本なところがあるので、頑健な元軍人向きと言えるでしょう。それに駐留軍との調整役としても彼らは活躍しています」
砦の正門を通って中庭に到着すると、テーブル席がいくつも用意されていて、少し緊張気味なおじさん達が整列していた。
馬車から降りると、早速、護衛人形の四人、女中人形の三姉妹、それにダニエルさんを召喚する。……ダニエルさんも?
「ダニエルは、ことワインは一家言を持ってますからな。それに大株主の一人として顔を出す権利がありますので」
ウォルコットさんが教えてくれた。
ダニエルさん、魔導人形なのに飲兵衛なのか。
「アキ様、私はマコト文書の知識を大々的に導入しているこちらの試みを応援しているのデス」
マコト文書が先でワインが後だと言いたいようだ。控えめな印象があるダニエルさんだけど、そこは譲れない一線みたい。
でもガチガチのマコト文書研究者ってイメージはだいぶ崩れてきた。
「それはいいですね。ところで毎日、何杯くらい飲むんですか?」
「朝昼晩に一杯ずつ頂いていマス」
……人間なら飲み過ぎコースだけど。
「ケイティさん、ちなみに魔導人形さんの飲酒は問題ないんですか?」
「人と違い、消化機能が低下したら、該当部分の魔導具を交換するだけですから、問題ありません。強いて問題点を挙げるとしたら、飲食を可能とする魔導具を必要とする魔導人形自体が少なく、どうしても高価になることでしょうか」
「あれ? でも今回同行してる魔導人形の皆さんは、全員、飲食してましたよね?」
一緒に訓練したり、外で働いているところを見てたけど、普通に休憩時間にお茶してたし。
「護衛人形は毒味役もこなす為、農民人形は自ら育てた作物の出来を確認する為、女中人形の三人は調理も担当する為に飲食できるのです。ですが、これは例外中の例外です。普通の魔導人形は内蔵魔力で活動し、飲食は不要です」
で、あちらに残っている秘書人形のロゼッタさんは超高性能機という話で、お爺ちゃんの防弾障壁習得パーティでも、普通に飲食してたし、僕の周りは例外だらけなんだね。
「皆様、お待ちしておりました。我らがワイン醸造場、ロック・フィールドへようこそ」
当主自ら出迎えてくれるとは大歓迎だね。スタッフさんに案内されて、テーブルに着いた。
女中人形の三人はアイリーンさんが率先して銘柄を選んで試飲することにしたようだ。どうも聞こえてくる会話からすると、料理酒を仕入れようという考えのようだ。
ダニエルさんはと言えば、なにやら資料片手に、今年の出来栄えや、葡萄の種類毎の味を確認しようと、まるで監査役のように、様々なワインの試飲をするみたい。流石、大株主。それも物言う株主って奴だ。
対応するスタッフも大変そう。
ジョージさんとウォルコットさんはダニエルさんの確認結果を見ながら銘柄を決めるようだ。
「ケイティさんは購入のための試飲はしないんですか?」
「私の好みはジョージが把握しているので彼に一任しています」
「それなら安心ですね」
「さて、アキ様。初めまして。三代目を拝命しているジョン・スミスです。お見知り置きください。こちらは子供向けに出荷しているワイン風炭酸飲料です。美味しいですよ」
年の頃は四十くらい、ウォルコットさんと同じくらいの年齢層だけど、体の線が細くて、目の下のクマがくっきり。かなりお疲れな様子のおじさんだ。
目力があって、熱意はある方だけど、精神的に大変そうって感じかな。働き者の手をしていて、体力はありそう。
並べてくれたのは、御猪口サイズの小さなコップに色の違う炭酸飲料。どれも美味しそうな色合いだ。
「よろしくお願いします。家名がある方には初めて会いました」
「長命種の方々は家名を付けても混乱するだけですからな」
そういうものなのかとケイティさんを、見てみると、そう言えば説明してなかったという表情を一瞬だけ浮かべると、なんでもないことのように説明してくれた。
「長命種の場合、子供が一人前になった時点で婚姻を終えるのが一般的です。そのため、兄弟で親が違う事も多く、家系図など作ったとしても、意味がないでしょう。人なら順次、鬼籍に入りますが、長命種の場合、多くの方が現役ですから。……曽祖父と曽孫の母親が同じなんてことはザラです」
……なるほど。だから、名乗る時、父母の名と共に自分の名を告げるのか。家名がないのも納得だ。現役を引退するから資産の相続が発生する訳で、親が現役ならそうする意味はない。
父母を明確にするのは、近親相姦を避ける意味からだろうね。
「あれ? でも父さんと母さんの間に子供は三人目ですよね」
「お二人の熱愛ぶりは珍しいケースです。それでもずっと順風満帆だった訳ではないようですよ」
「そうなんですか……まぁ、いずれ機会を見つけて聞いてみます」
ちょっと話がプライベートな方に入ってきたから打ち切った。なんかジョンさんが微笑ましいものを見たって感じの暖かい笑みを浮かべている。
「こちら、いただきますね。――葡萄の香りが強くていいですね」
用意してくれた炭酸飲料の小さなコップを一つ手に取り飲んでみる。一口サイズなのですぐ飲みきったけど、濃厚な葡萄の味と香りが口の中一杯に広がって、とても美味しい。
一緒に用意してくれた水で口の中をリフレッシュして、次のコップのほうも飲んでみるけど、こちらはスッキリしてまた別の美味しさがある。
「お気に召して頂けたようですな。詰め合わせのセットを土産にお持ちください」
「ありがとうございます」
それからジョンさんに何を作っているのか、色々と聞いてみると、赤ワイン、白ワイン、ロゼ、ブランデー、それにグラッパまで手を出しているとのこと。
随分、手広くやっているものと思ったら、製法を色々と試しているそうで、まだまだどれも、それなりのレベルらしい。
それぞれに担当はいるんだろうけど、全体を統括するだけでも骨が折れそう。
運用している魔導具についてもざっくりとだけど教えてくれた。樹木に巻きつけたキーホルダーみたいな魔導具が、水、魔力、光、栄養素の過不足を計測して数値化してくれるそうで、それをデータ採取用の魔導具で読み取るとのこと。
集めたデータの分析は、何か魔導具でやっているのかと思ったけど、どうも計算機を使ってはいるけど、表計算ソフトの類はなさそうで、何とも手間が掛かっているようだった。
「せっかく魔導具にデータが入っているのに、外に出して手計算しているのは効率が悪いですね……」
「魔導具の中だけで完結すると?」
どうすればできるかは想像できなくても、値を読み取って計算機を操作して、値を書き込むという延々と続く手間がなくなればだいぶ助かるとジョンさんの反応は上々だ。
「そうですね。物理的に動くところがあると、どうしても時間がかかるのと、動作するたびに磨耗して精度が落ちる問題がありますから。ケイティさん、マクロ機能的な奴で合計値と平均値が出せるだけでも手間は省けると思うんですよね。その辺りの魔導具ってありませんか?」
「……ちょっと確認してみます。仕様を確認させてください」
ケイティさんが、パチッと頬を叩いて深呼吸をしてから、メモ帳とペンを取り出して構えた。
「えっと?」
「――私の勘が、面倒ごとがやってくると告げているんです。問題ありません。どうぞ」
ケイティさんの気迫に圧されて、僕はマクロ計算の考え方と、デジタル計算の仕組みについて説明した。AND、OR、NOTの回路と、値を出し入れする変数があれば、計算できる例を説明した。でも二進数だけでも計算できることは理解できても、直感的に速そうと思えない顔をしてる。
レーザー通信を実用化しているのだから、デジタル処理の考え方は使われているはずだけど、レーザー通信の施設と言っていた建物もそこそこの大きさだったし、小型化、大量普及の段階ではないのかもしれない。
そういえば、初期のコンピュータは大きな部屋を占有するほど大きかったんだよね。消費電力もとても大きく、性能はと言えば、今のスマホの足元にも及ばないほど低かったはず。
それでも手計算や機械式計算機よりは圧倒的に速かった。
「えっと、計算機を使っても計算で一秒を切るのは大変ですよね」
「それはそうです」
「でも魔法陣なら、銃撃されても止める素早さがあるでしょう? その速度で先ほどのAND、OR、NOT計算ができるなら、人の何万倍も早く答えが出ますよね」
「魔法陣の動作を計算に応用するのですか……」
「魔法陣はアナログ制御っぽいので、デジタル化はちょっと手間取るかもしれませんけど、例えかなり凝った作りになっても、手計算よりはずっと早いので。高速処理、低魔力消費は街エルフの得意技ですからきっと出来ると思うんですよね」
「……一応、検討してみます」
「数字計算ができれば、文字処理、画像処理、音声処理とできる事はいくらでも増えますからね」
ケイティさんは乾いた笑いを浮かべて、深い溜息をついた。ちょっと先を急ぎ過ぎたかな。まずはデータを集めて数字の計算をするあたりまでで話を止めておいた方が良さそう。
「アキよ、その計算じゃが、統計や確率に役立ちそうな話じゃのぉ」
「うん。面倒な計算を短時間で終わらせる為に開発された技術だからね」
「その辺りはまたの機会に。そろそろロングヒルに向かいましょう。ジョンさん、すぐ頂けるモノをこちらの空間鞄に入れてください」
ケイティさんが話を断ち切ってきた。確かにお爺ちゃんに問われるままに話をしていたら、寝る時間までにロングヒルに辿り着けるか微妙かもしれない。
「はい。お連れの皆様から注文を頂いている分も馬車に乗り込むまでにはご用意します。ケイティ様、先程の件、宜しくお願いします。このワイン醸造場の未来は、計算の魔導具に掛かっていると言っても過言ではありません」
ケイティさんが強引に持ち出してきた空間鞄を笑顔で受け取りながらも、ジョンさんの声は真剣そのものだ。
「やっぱり計算は大変ですか?」
「帳簿を片手に入力して、計算して、間違いがないか検算してと、そんなことばかり何時間もやっていると頭が疲れてきてミスも増えて、と悪循環に陥るのです。だんだん心が平坦になっていき、感情が失われていくのがはっきりとわかります」
私はもっと葡萄の木に触れたり育てたりしたいんですが、時間的になかなかそればかりとは……とお疲れ気味。
「あー、それはマズイですね。あちらでも問題になっているので、魔導具の大量投入で膨大になったデータ量を処理できないと宝の持ち腐れです。ボトルネックは解消しないと」
「うむ。ケイティ殿、その高速計算じゃが、儂等の技術でなんとかなるやもしれん」
「本当ですか!?」
ケイティさんが身を乗り出すように、お爺ちゃんに顔を近づけた。
「先程聞いたデジタル計算の話はもう少し聞かんといかんじゃろうが、情報を集めて素早く処理して答えを導く魔導具は、指揮官達の補助でよく使っておるからのぉ。話を聞く限りでは本質は似ているのではないか?」
「……今晩にでも相談させてください。他のメンバーも参加させます」
「良いとも。儂等の益にもなるからのぉ」
何やらお爺ちゃんとケイティさんががっしり握手でもしそうな勢いで意気投合しているけど、僕に話を振ってこないなら、後はなんとかしてくれるんだろう。
ジョンさんにお礼を言って、馬車に沢山のお土産を含めて積み込んで、ワイン醸造場を後にした。
ジョンさんから話を聞いたスタッフさん達からも、ケイティさんに熱い要望が伝えられていたから、かなり切実な問題っぽい。
マサトさんに連絡する時、しばらくの間だけでも増員とシフトの見直しをお願いしてみよう。ミア姉の噛んでる計画なんだし、成功して欲しいからね。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、旅程も最後のワイン醸造場が終わり、次回で目的地である城塞都市ロングヒルに到着です。
現在のIoT技術も無線通信がなかったら、随分と様子が違っていたことでしょうね。
次回の投稿は、一月十三日(日)二十一時五分です。