4-21.物見遊山(後編)
前話のあらすじ:前々から気になっていた『マコトくん』についてやっと詳しい話を聞くことができました。やはり原型留めてないねって感じでしたね。
アーチ橋を超えたところに設置されていた東屋で、少し長めの休憩を取ることに。
空間鞄から、魔導人形の皆さんも全員召喚して、軽めの昼食を取りつつ、眼下に広がる風景や、空を流れる雲を眺めてのんびり。
ジョージさんとウォルコットさんは、上着を脱いで、日陰で涼んでいる。やっぱり結構暑かったみたいだ。
護衛人形さん達が同行すれば、歩き回っても良いと言われたので、護衛して貰いつつ、ケイティさんと一緒にアーチ橋も歩いてみた。
吹き抜ける風が心地いい。
お爺ちゃんは風を上手く捉えて上空を旋回したり、橋の下をくぐってみたりと楽しそう。
トラ吉さんも一緒に歩いてくれたけど、僕の後ろを少し離れた位置から付いてきていた。
何かあればすぐ対応できるように、僕を常に視界に捉えている感じだ。
そこまで警戒しなくてもいいと思うんだけど。だいたい、周辺警戒じゃなく、僕の挙動を警戒してるのはどうなのか。
ケイティさんとも、指を一本ずつ絡めてがっしりと手を繋がれていて、例え僕が橋から落ちそうになっても、腕一本で引き止めるという意識ありありだ。
恋人繋ぎの筈なんだけど、しっかり握られた手からは、そんな甘い雰囲気は微塵も感じられない。
「この橋は、街エルフの国との定期便の通り道として使われているので、実はそれなりに使われているんですよ」
「そうなんですか」
それなら今も走ってる人がいるのかと、いろは坂の方を眺めてみた。
「ここからだとちょっと分かりにくいですけど、尾根沿いに運搬用の歩道があります。今日は私達の移動があるので、運搬を止めてますが」
あの辺りです、とケイティさんが指差したあたりを見たら、確かに人が一人通れる程度の細い道が見えた。本来はあの細さの道があるだけか。かなりの勾配があるし、走るのに邪魔になる枝とか、草とかがないだけで、維持コストも激安って気がする。
これじゃ確かに交通網は発達しそうにないね。
空を見上げてみるけど、雲もゆっくり流れるだけで、今日は風はあまり期待できそうにない。
「何か見えましたか?」
「天空竜が飛んでたりしないかと思ったんですが、いませんね」
「……そんな不吉な事を言わないで下さい。飛行する天空竜が観測された時点で、ルートに設置されている防空壕に逃げ込む手筈ですが、出来るだけそんな真似はしないで済ませたいところですからね」
「防空壕?」
「見晴らしのいい道路は、隠れるところがなく、上空から容易に発見されてしまいます。天空竜に悪意がなくとも、彼らに軽く戯れられただけで、馬車など、紙細工の様に壊れてしまうことでしょう。そうならない為にも、馬車ごと隠れることのできる施設を用意しています」
「……全然気付きませんでした」
「偽装しているので、そうそう分かるようでは困ります」
「ケイティさんは簡単に見つけられるんですか?」
「私も場所を予め把握しているので、見つけられますが、そうでなければ苦労するでしょう」
森エルフとしての生活をしていたケイティさんがそういうのだから、素人が見つけるのは無理だろうね。
「防空壕って一般的ですか?」
「いえ。天空竜対策なら、森の中に逃げ込むのが常で、馬車や自転車は乗り捨てていく決まりです。それに馬車が入れるような防空壕を作り維持するのは手間がかかり過ぎます。使ってない施設に動物が入り込む程度ならまだいいですが、小鬼達に使われでもしたら大変です」
「潜伏場所を提供しているようなものだと」
「防空壕の中に何かいても、中を調べない限りわかりませんからね。なので、見張り小屋や砦を作る事はありますが、防空壕は今使っているルート以外にはないと思います」
「なるほど」
すぐ逃げ込めるようにあちこちに森が残してあるなら、確かにそれで良さそうだ。竜の吐息に僅かでも耐えられるような構造は、帆船の乾ドックのような極めて高価なところ以外に採用するなんて費用対効果的に無理だろう。
「そろそろ出発しましょう。次の目的地まではあまり高低差もなく進めますよ」
ケイティさんに連れて促されて、馬車に乗って移動再開。これから先は山の尾根に近いところを通している道を進む感じだ。
「山の上の方というと、うーん、どんなところなのかな」
「山の上全体が広い湖、いわゆるカルデラ湖です。澄んだ湖水と、ヒメマス漁で有名なんですよ」
「それは珍しい!」
「アキ、湖が山の上にあるから珍しいのかのぉ?」
「うん。水は低いところに集まるからね。山の上だと流れ込む川もないし、どこか低いところがあればそこから水が流れて湖にならない。だから、カルデラ湖は結構珍しいんだ」
「なるほどのぉ」
「あと、カルデラ湖は湖水が澄んでて綺麗なんだけど、その分、栄養が乏しいから、生き物が育ちにくいとか聞いた事があるんだけど」
「これから行くハゼル湖が豊かなのは連樹のお陰ですね」
「連樹?」
「普通の木と違い、樹木同士が繋がっていて、互いに栄養のやり取りをしているんです。低い土地の木は水を吸い上げて、山の上の方は日当たりの良さを生かして栄養を渡す、というように」
「それは凄いですね。群体のようなものなのでしょうか?」
「そう考えられています。森エルフ達が崇める世界樹とは違った意味で貴重な森と言えるでしょう。森エルフが関与できない数少ない樹木の一つです」
「それは地球にはない面白い生態ですね。どれくらいの範囲まで繋がっているんですか?」
「山一つ程度と言われています。それ以上広がらないのは、資源の共有範囲に限度があるのかもしれませんが、詳細は不明です。下手に手を出すと山全体が牙を剥くので、そこまでして調べようという話にはなかなかなりません」
牙を剥くって、何をしてくるんだろう? 樹木らしく、有毒な花粉をばら撒くとか、それとも、防衛を担う虫達を呼び寄せるとか、そんな感じなのかな。いずれにせよ、試してみたくはないね。
「繋がっていると、病気とかも一気に広がって全滅しかねないから、ある程度したら、敢えて分けている、というのもあるかも」
竹林なんかだと病気ではないけど、花をつけると地下茎で繋がっている竹全部が一斉に枯れてしまうって話だし、繋がっていることも利点ばかりじゃない。
「なかなか難しいのぉ。そう言えば、あちらでは世界中が繋がっておるのじゃろう? そのあたりはどうなっておるのかのぉ」
「うーん、一応、問題が見つかった時点で往来を禁止して該当地域を隔離してたね。ただ、潜伏期間中で自覚症状がない人の移動は妨げられないから、世界規模の感染爆発が起きたら不味いと、対策を研究していたとこだよ」
「あちらでもまだ解決策はないのか」
「交流促進と感染爆発はコインの裏表と同じで、片方だけという訳にはいかないからね。あー、そういう意味ではお爺ちゃんみたいに召喚体だけで交流すれば、情報のやり取りだけで言えば解決するかな。でも交易品のやり取りで、病原菌とか昆虫とか小さい物は一緒に移動しちゃうだろうから、対策としては不十分か。うーん、やっぱり難しいね」
「分かっているもの以外は、全て遮断する障壁を作れたとしても、完全とは言えんだろう」
「病原菌となると、特定のものだけ排除できたとしても、変異種まで考慮すると、現実的ではありませんね」
「繋がる事の利点だけでなく欠点もちゃんと考えないとね」
「ふむ。その方針は次元門の構築でも考慮すべき話じゃのぉ」
「だよね」
繋ぐ手間、繋がりを維持する手間は無視したとしても、魔力のない地域と、ある地域を繋げるというのは、例えば、地上と宇宙空間を繋ぐようなものかもしれない。魔力の有無の代わりに、空気の有無になるけど、似たような問題がありそうだ。
通路に逆浸透膜のように、選択したものだけ通す障壁を設けて、地球にいるミア姉だけをこちらに連れてくるとか、工夫がいるだろう。
その辺りは転移門の技術が上手く対応しているだろうから、それほど心配はしていない。
とは言え、地球の人間をこちらに連れてきて、なんの影響もなく順応できる、と考えるのは楽観的過ぎると思う。
……なんか問題山積みだ。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
今回はちょっと短いんですが、きりがいいところだったのでここまでです。
今回は連載91パート目ですが、人物紹介ページなんかを除いたお話だけだと、87パート目に相当し、そして、なんとブックマーク数もめでたく87件に到達しました。
長かった、ここまでくるのは長かったです。初期の頃は投稿してもブックマークが増えないことが多かったですからね……。
この分だと2019年01月末頃にはブックマーク数100件に到達できそうなので嬉しくなってきました。
ブックマーク87件って少ないと感じる人も多い(ランキング上位組なんで何万、何十万ですから)でしょうけど、先週時点の統計で87件以上のブックマーク作品数は16966件、そして連載作品(連載中)の数は260342件!
既に上位6.5%に位置してるんですよ。改めて数字にしてみると吃驚ですね。
さて、年内の投稿は今回がラストです。
次回投稿は、年明け一月二日二十一時五分を予定してます。
来年ものんびりお付き合いください。