4-20.物見遊山(前編)
前話のあらすじ:古民家でお風呂に入ったり、庭を散策したりとのんびりしました。
あと、投稿してる日(2018年12月26日)は寒気もきていて真冬の寒さですが、作品内の季節は九月上旬、まだまだ暑い気候です。
ロングヒルへの移動も、今日の馬車での移動が最後だ。ケイティさんの話だと、景色優先でルート選択して道路を作ったみたいだから、楽しみにしても良さそうだね。
「アキ様、左手をご覧ください。保護色で溶け込んでますが、街エルフの国とのレーザー通信施設があります」
ケイティさんが指し示した方向に、森に埋もれるように、山の尾根沿いのところに建物があるのが見えた。通信方向が決まっているせいか、決められたタイミング以外では通信用の魔導具も収納されているようで、今はのっぺりとした建物が見えるだけ。
「通信時にはレーザーの灯りが見えたりするんですか?」
「いえ、そもそも可視光域を外れた波長を選択しているので光は見えず、出力も弱いので、落ち葉が焼けるといった事もないとのことです」
流石に偽装されて森に埋もれた施設を眺めていても興味を惹かれるものでもない。さっそく話を切り出そう。
「なるほど。ところで、ケイティさん。ダニエルさん対策という事で、『マコトくん』について聞いておきたいんですが」
「――内容が多岐に渡りますが、何を聞きたいですか?」
「うーん、それじゃ、『マコトくん』と僕の違いがどれほどなのか、また、差はなぜ生じているのか教えてください」
「差がある事は前提なのですね」
「ミア姉も、地球の話を伝える際に、情報の取捨選択をしている筈ですが、その基準は僕を正しく伝える事ではないと思うので。そうなると、断片的に伝えられたイメージって感じかなとは予想してます」
「そうですね。ミア様は、あちらの情報を伝えるにあたって、技術的なインパクトが強い、あるいは政治的な影響が大きいと判断した内容は公表を控えていました。また、個人的な内容過ぎると判断した内容もやはり控えています。ですから、あちらの世界に対するイメージは昨日聞いたような衝撃的な内容は控えられており、その実情を知る者は多くありません」
「なるほど」
「そういった状況を前提に簡潔に言うなら、こちらでの『マコトくん』は、賢者の卵で、比類なき叡智を惜しげもなく伝えてくれる愛しい存在、といった感じですね」
「愛しい……?」
あまり信仰の対象に対して待つ感情ではない気がするけど、どうなんだろう?
「ミア様への尽きることのない愛溢れる、可愛い孫を見ている祖父母の気持ちになれるような言動の数々が、語録には多く含まれてます」
「……例えば?」
「僕、大人になったらミア姉と結婚するね、とか」
わざわざ、ケイティさんが幼子が口にしたような口調まで真似て教えてくれた。
といっても茶化すような感じではなく、自分もそんな風に言われたら嬉しい、という気持ちが伝わってきた。
「あー。確かに言った覚えはあります。ありますけど、隠される私的な内容に入ってないんですか、それ」
ちっちゃい自分の言うことを真面目に聞いてくれる綺麗なお姉さんとの時間は、とても楽しかった。
だから、母に、好きなお姉さんとずっと一緒にいるならどうすればいいか聞いて、好きな人とは結婚すればいいのよ、と教えて貰い、さっそくミア姉に言ったんだよね。
「ミア様が、それを聞いてどれだけ嬉しかったかを含めて、誰にも恥じる事のない内容だと、前面に押し出すように熱い文体で書かれてましたよ」
「ミア姉、少しは自重して……」
「そのため、健康面の様々な取り組み、栄養学、実験方法や分析上の注意点などが公開情報の何割かは占めています。動植物や道具なども膨大な量を語っており、あちらの単語がこちらでもかなり通用するのは、予め情報を仕入れていて、後から発見するという事が多かったからです。それ以外ですと基礎的な学問や、宇宙に関する情報が多いと思います」
「政治、宗教、軍事はどうです?」
「それはかなり限定されているか非公開で、許可を得た者だけが閲覧できます」
「かなりイメージできました。ほんと、偏ってますね。――それで、外見とか年齢とか声とかはどんな風に伝わっているんですか?」
「……聞きたいですか?」
ケイティさんが改めて確認するあたり、かなり乖離してるんだろうなぁ……。
「覚悟はしてます。――どうぞ」
「公開されているマコト文書ですが、『マコトくん』に関する具体的な外見の記述は驚く程少なく、その描写は初期の頃に集中しています」
「初期というと、幼稚園の年長さんくらいとか?」
「その通りです。女の子に間違われたとか、もっと大きくなりたいとか、かわいいと言われたけど、格好いいと言われたいとか、そんな記述ばかりで。背の順に並ぶと前から二番目だったとか。電話でお話ししたら、お嬢ちゃん扱いされて嫌だったとか」
「うわー、なんでそんなのばっか……」
というか僕が愚痴った内容がまるまる書いてあるんだろうか。
プライベートな部分は非公開というけど、一体どんな基準で判断してるのかミア姉に問い詰めたい。
「その後は、心の内を話したり、考えている事を伝えたりというのはあるんですが、具体的な描写はほとんどありません」
「なんでそんなに偏ってるんだか」
「ミア様は、本当の『マコトくん』を知っているのは自分だけ、という優越感に浸る為に情報を絞っているのではないか、なんて考察もされてましたが、真相は不明です」
「……つまり『マコトくん』の外見は、女の子みたいな男の子だと?」
「それも単なる女の子ではなく、黒髪の可愛らしい幼女、年齢は十に満たないこと。そして、声も女の子のようだ、とイメージが固まっていて、各地の祭りでも、『マコトくん』役を女の子が務めることも多いそうです」
「……原形留めてないですよ。可愛らしいといっても、それくらい小さい子なら誰でもかわいいものでしょう? あと、声変わりしてからは、女の子に間違われる事もなくなったんですから」
そうですね、とケイティさんも苦笑しながらも同意してくれた。原形を留めない魔改造をされた人に対する反応としては妥当だろう。……そう言えば、伝説の英雄アーサー王すら女人化した日本文化の深い業についても色々話した覚えがあるけど、こちらの文化への影響は大丈夫なんだろうか……
話が発散するからそこは、また次の機会にしよう。
「残念ですが、成長した『マコトくん』の姿は全く伝わっておらず、学会で、普通に少年として成長しているだろう、と言った学者が、発言を撤回する騒ぎも起きた程です」
「その学者さんは当たり前の事を言っただけなのに」
「こちらには長命種がいるので、長い間、小さい子供でいてもそういうものか、と受け入れる土壌もあったのでしょう」
「……それで、まぁ外見や性格などは置いておくとして、信仰の対象という事は、こちらの場合、何か具体的な御利益があるんですよね?」
こちらでは人と神が近く、物理を捻じ曲げる魔力という不思議パワーがあるせいで、色々と実際に力を貸してくれたりすることもあると聞いている。そっと後押しするくらいの助力という話だけど。
「健康と学問に御利益があると言われてますね。あと、変わったところでは、年上の女性との恋愛にも御利益があるとか」
マコトくんの研究者や信者って姉さん女房が多いそうですよ、とケイティさんが笑顔で補足してくれた。
「もう何でもありですね、ほんと。もっと即物的な神術とか、信託みたいなのはあるんでしょうか?」
「夢の中で困っていた問題への解決に繋がる糸口を示してくれたとか、らじお体操で、健康になりましたとかでしょうか。神官たちは、魔力が強く、想像力も豊かであることから優れた魔術の使い手であることが多く、『マコトくん』の信仰者は貪欲に知識を求めるのが常なので、悩み事を神官に相談したら解決したなんて事もよくある話です」
「最後の方なんて、神官ならどの神様系列でも、沢山の情報を抱えているから、力になってくれそうですけどね」
「知性より腕力を重視する信仰もあるので、一概に言えるかと言えば微妙です」
「だいたいイメージできました。それで、ダニエルさんはどれくらいの力量を持つ神官さん何ですか?」
軽く齧った程度で、魔導人形で唯一の神官、なんて快挙を達成できるとは思えないけど、どの程度なのかは知っておきたい。
「直接、信託を受けるほどの深い信仰心を持ち、教典も全て覚えていて、独自に分析・研究していると聞いてます」
うわー、かなりのガチ勢だ。
「魔導人形の人達への布教活動にも熱心だったりするんでしょうか?」
「他の宗教のような布教活動はしないんです。『マコトくん』の神官は、困っている人がいれば手を差し伸べて、マコト文書の知識を駆使することで、悩みを解決する手助けをしています」
「それって、助かった人は、マコト文書に興味を持ちますよね?」
「助かったという人のかなりの割合の人達が、実際に神官から初心者向け抜粋版のマコト文書を貸して貰い、読み始めるようです」
「ケイティさんも?」
「いえ、私は友人から、面白い読み物があると『はやぶさの書』を貸して貰ったのが切っ掛けでした」
「それで、借りて読んでお終い、とはならないんでしょうね」
「良心的な価格でマコト文書は販売されているので、結局、買い求める人が多いようです。そして、同じ本を読む者同士、話が合うこともあって、交流も深まり、気付いた頃にはすっかり信者になっていると」
「……強引な勧誘とか、お布施と称してお金を巻き上げたりとかしないようですし、良い感じですね。それで他の宗教への寛容さはどうですか?」
「排他的なところもなく、マコト文書は一般にも販売されており、他の宗教と同時に信仰することも許容しているくらいですから、寛容な方でしょう」
「それは良かった」
「うむ。アキよ、良かったではないか」
それまで聞き役に徹していたお爺ちゃんが、笑みを浮かべた。
「ん? お爺ちゃん、何が?」
「聞いた限りでは、『マコトくん』のイメージは本人からかけ離れておるのじゃろう? ならば、アキと話をしても、せいぜいマコト文書の熱心な読者か、信者と思われるだけじゃ」
「確かに。偶像化も甚だしいからね」
「アキ様、こちらでは信仰を集めるものは、その強さに応じて実際に影響力を行使し、時に信託を与え、降臨する実体を持った存在です。『マコトくん』も例外ではありません。それを忘れないよう御注意ください」
「実体!?」
「僅かな時間ですが、仮初めの肉体を得て降臨する事があるんです、こちらの神々は」
「見てみたいような、見たくないような」
「降臨はそれが確認されただけで、歴史書に記載されるレベルの極めて稀な出来事ではあるのですが……アキ様の場合、『マコトくん』との関連性を考えると、遭遇する事は想定していたほうが良いでしょう」
まぁ、そこまでかけ離れると、自分のドッペルゲンガーに遭遇するというより、記憶を一部共有する他人くらいに考えれば良さそうだ。
うん、それなら、そういうものと割り切れそう。
◇
「さて、アキ様。お話は一旦中断して、外の景色を眺めましょう。まだ紅葉の季節ではありませんが、森の緑と、赤い橋のコントラストが綺麗ですよ」
ケイティさんに促されて、外を見てみると、ここよりずっと高い位置に谷を超えるように道路が渡されていて、下側に優美なアーチを描く開腹式上路アーチ橋が掛けられている。
道幅が一車線分、交通量は殆どない事を前提にしているようで、アーチはとても綺麗だけど、華奢な印象を受ける。
流石に風を受けて振動が共鳴して激しくなって橋が壊れた事例も紹介しているし、強度計算はされているものと信じよう。
「美しい橋ですね。周りの自然も美しく、まるで一枚の絵画のようで、春夏秋冬どの季節でも見応えがありそうですね。……ところで、だいぶ、高低差があるけど、あそこまでどう登るんですか?」
「蛇行しながら登っていく『いろは坂』がこの後あります。切返しの多さから、御者にとっては気の抜けないコースです」
「それは何とも楽しみですね」
「この通り、ゆっくり行くので景観を楽しめると思います」
「馬車はあまり急な坂は登れない。じゃから緩やかな上り坂をジグザグに作ったのじゃな」
「その通りです。身体強化をかけた運搬者であれば、この程度の高低差は平地のように登って行くので、斜面に沿って歩道を作る程度というのが普通です。交通網があちらのように大規模にならないのもそのためです」
「それは、観光旅行が流行らないですね」
「そもそも街の周囲ですら警戒は欠かせないのですから、あちらのようにあちこちの観光地に人が押しかけるなどという光景があるという事を想像することすら困難です」
そんな話をしているうちに一旦止まって方向を切り替えして、また登り始めた。自動車の事を馬なし馬車とも言ったそうだけど、確かに馬を前に連結する分、全体長が伸びてしまい、ターンするのに結構な半径を必要とするようだ。多分、大型トラック並みの大回りだね。
速度を落とさず曲がれるような余裕のある道路は、流石に作らなかったようで、方向を切り返す時は、一旦止まって、少しバックも併用して小回りする感じだ。
「これはウォルコットも大変じゃ」
道幅も、ギリギリという程ではないけど、そんなに余裕ありという程でもなく。
気が抜けないというのも納得だ。
それでも切り返すたびに山を上がっていくことで、視線が高くなり、だんだん、ベイバーバーの街並みも小さくなってきた。
「アキ様はこうした開けた場所を好むのでしたよね」
「はい。空が近くなってくるのがいいですね。日差しが強いのも夏らしさがあって好きです」
「この馬車の窓は、紫外線防止処理を施されているので、日焼けの心配は不要です。暑さも、この通り、空調設備があるので、外と違い快適です」
「有難いことです。……って、ジョージさんとウォルコットさん、御者台ですよね。暑くないんですか?」
「もちろん、暑いですよ。一応、断熱膜は展開してますが、この直射日光では、快適な温度までは下がりません」
「それじゃ、何処か日陰で休憩しないと」
日射病は自覚症状が出たらかなり不味い状態だし、注意しないと。
「彼らもプロなので、休憩時間は予め考慮しています。ご安心ください。それと今日は暑さ対策として、間食にアイスを用意しています。それと断熱水筒も持っているので、水分補給も万全です」
ふむふむ、それなら、ちょっと安心かな。
「この暑さでは、普通は木陰で休むものじゃからな」
「妖精さんも炎天下に飛び回ったりしないの?」
「妖精は無理をせんのじゃ」
「それは良い事だね」
それから、何度となく切り返しを行い、山頂までだいぶ近付いたあたりで、やっと前方に赤いアーチ橋が見えてきた。歩行者用の欄干は付いているんだけど、視点が観光バス並みに高い馬車ともなれば、まるで手摺なしで崖ギリギリを移動するかのよう。
「凄い眺めですね……」
「アキ様、高い所は苦手ですか?」
「いえ、ただ、空中に放り出されたかのように視界が開け過ぎて、ちょっとだけ危なくないか気になっただけです」
ふにゅー
「はぅ! な、な、な、何、何!?」
背中を誰かに触られて、慌てて距離をとって窓際に張り付いた。
そうして距離を離して見てみれば、両足立ちをして、前足を突き出したまま、目を丸くして驚いているトラ吉さんがいた。
……狭い車内で慌てて移動したせいか、御者台にいたジョージさんがこちらを覗き込み、狭い橋の上で暴れる真似はしないように、と釘を刺された。
すみませんと謝り、服の乱れを直して座り直した。深呼吸して落ち着いて、と。
「――トラ吉さん、心臓に悪いからこういう事は止めようね」
「にゃ」
トラ吉さんは素っ気なく返事をして、そっぽを向くと、大きく欠伸をして、体の毛づくろいを始めた。
「アキよ、妖精界に召喚できたら、妖精のように空を飛ぶ経験をしてもらおうと考えておったのじゃが」
「あ、多分、それは平気だと思う。自分が制御できる状態と違うから、不安になっただけで、飛ぶのに慣れるまでは手間取るかもしれないけど」
「うむ。我ら妖精の国は飛ぶ事が前提の街並みじゃからのぉ。それなら安心じゃ」
「橋を渡った先に東屋があります。そこで暫く休憩します」
「わかりました。周りを見て回ってもいいですか?」
「私と手を繋いでであればいいですよ」
「……またしっかりと?」
「アキ様は興味が先行すると、周りへの注意が疎かになる傾向があるので、事故防止の為、しっかりと繋ぎますよ。……乾ドックで、底の方を見ようと柵の下を覗き込むような真似をされた時、手を繋いでいて、心底安心したものです。私の為と思って下されば幸いです」
「……心配をかけたようですみません」
ケイティさんの口ぶりだと、子供用の迷子紐あたりを付けたいとでも言いたげだ。
流石にそれを言わないだけ、気を使ってくれているんだろう。
「いえ。興味を持ってもらえるのは、紹介しているこちらとしても嬉しいものですので、気になさらずに」
言外に、注意して直るものでもない、という諦観が見え隠れしている気もするけど、きっと気のせいだね。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
遂に、こちらにおける『マコトくん』についての詳しい情報を得ることができました。
伝言ゲームが続けば、情報なんて歪んでいくものですよね。もっとも今のアキの姿を見たら、元の誠をよく知っている人がいても、「アキの中の人は誠だ」などと思うかというと微妙ですけど。
次回は、年内最後の投稿で十二月三十日(日)二十一時五分です。前回の後書きで今日の投稿分を飛ばして書いてしまいごめんなさい。