1-9.外はまだ明るいけどお風呂
誤字を修正しました。(2018/04/18)
「アキ様、だいぶ時間も過ぎましたし、トイレ、歯磨き、お風呂を済ませておきましょう」
まるで、そろそろ寝る時間のような言い方だ。
窓の外を見てみると、日はだいぶ傾いてきてはいるけど、まだ黄昏時というほどではない。
「もうそんな時間ですか?」
「いえ、そろそろ起きているのが辛くなっても不思議ではない時間帯ですので」
「……心身の定着に伴う影響でしたっけ?」
根を詰めて話を聞いていたせいか、確かにかなり頭を使った感じはあるけど。眠いという感じはまだない。
「はい。では、湯船にお湯を張りますので、トイレではこちらの検査キットをお使いください」
「検査キット?」
渡されたのは、小と大を検査するための採取キットだ。取説まで付いてる。
「魔力属性が変わった影響で、腸内フローラに変化が生じているかもしれませんし、自覚症状がなくても何か影響が出ているかもしれません。しばらくは経過観察になりますので、面倒ではありますがご了承ください」
「あ、いえ、僕のことを思ってくれてのことですから」
魂に魔力属性なんておまけがついてるせいで、髪や瞳の色まで変わるくらいだから、確かに不安はある。
飲食をしてから結構時間も過ぎていたので、トイレで用を足すのは避けられず。
本当なら、見ることがないのに、覗き見ている罪悪感に胃のあたりがぎゅーっとなってくる。
いや、私は今はアキなのだから、罪悪感を感じる必要はないし、ミア姉さんから身体を預かっている身なのだから、万全の状態で維持する義務もある。そう、これは必要なこと、必要なこと。
……などと自己弁護しながらも、なんとか採取作業も終えた。
トイレから出ると、Tシャツにショートパンツ、髪も縛って準備万端なケイティさんが待ち構えていた。メイド服を着ていた時と違い、活発な印象を受ける。引き締まってすらりと伸びた脚も美しい。やっぱり女性は装いで変わるものなのだなぁ、とまで考えて、ふと思った。
なぜ、着替えているのか?
「あぁ、これですか? 水を弾いてくれる介護支援用の服なんですよ」
渡した採取キットを、ごつい金属製ケースの中に入れると、僕を洗面台の前の椅子に座らせた。
「入る前に髪は纏めておきますね。長い髪の扱いはご存知ないでしょう?」
「それはまぁ、日本では髪は短かったので」
ケイティさんは、慣れた手付きで僕の銀髪を束ねると、尖ってない爪が沢山ついた大きなクリップを取り出して、しっかりと止めた。
「アキ様は、髪の量がとても多いので、ヘアバンド程度では止められないんですよ。これで、湯舟に髪が浸かることはありません」
そう言って、今度はボディブラシとスポンジを洗面台の脇に置いた。
「お風呂に入る前に、歯磨きをしておきましょう」
差し出された歯ブラシは柄が竹製で毛は豚か馬のものっぽい。歯磨き粉は合成樹脂製のチューブに入っている。リサイクルマークまで! こういった量産品まで作れるくらいだから、科学が遅れている、というのは話半分で聞いておいたほうがよさそう。歯磨き粉の味は、んー、ミント味かな。爽やかな感じがしていいね。
「では、入浴時の説明をしますね。湯舟に入って身体が温まったらスポンジで、手が届かない背中はブラシで、肌を軽く擦ってください。軽くですよ。街エルフの女性は肌が子供のように弱いので、丁寧に」
そして、大きなバスタオルも横に置いた。
「脱衣所に戻る前に、こちらでしっかり拭いてください」
で、ケイティさんは少し離れた位置に立ち、そのまま立ち去る気配がない。
お風呂、やはり避ける訳にはいかない。毎日ちゃんとお風呂に入って身綺麗にしているという女性はやっぱり好みだし、ミア姉さんからの預かり物なのだから、手を抜くわけにはいけない。それはわかるんだけどなぁ。
「アキ様、湯は既に張ってあります。あ、すみません、説明してませんでしたね。脱いだ衣服はこちらの脱衣籠に入れてください。代わりの衣服は用意しておきます」
なるほど、至れり尽くせりだ。でも、ケイティさんが脱衣場から出ていく気配はない。
「着替えは誰かが持ってきてくれるんですか?」
ケイティさんが動かないとなると、誰だろう? リア姉という感じじゃない。
「既に指示は出してますのでご安心ください。配下の女中人形が用意しています」
指で杖を振るようなジェスチャーをして見せた。ちょっと自慢げな表情もあってかとても可愛らしい。女子力高いなぁ。
「ケイティさんも浴室にくるんですか?」
「その場にいないと対応できませんので。ですが、慣れていただくためにもアキ様には自分のことはできるだけ自分でやっていただきます」
仕方ない。覚悟を決めよう。
そうと決まれば、とっとと脱いで、早く湯舟に入ろう。
手早く、上着のボタンを外して。
ふにょん
あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい。
こう、脱がすという行為はそれだけで、なぜかいけないことをしてる気になってくる。
けれど、あちらで『私は見てませんのでお気になさらずに』といった態度のケイティさんの楽しそうな目元を見たら、時間をかけるのは下策と理解した。
さっさと、服を脱いで、下着を脱いでと、慌てず騒がず手早く済ませて、ふと、洗面台の鏡に目が合った。
素っ裸の銀髪、赤目の女の子がこちらを見ている。
「あぁ、すみません!」
慌てて視線を外して、目を下に向けると、今度は二つの膨らみがっ!?
「アキ様、裸のままですと身体が冷えますので、湯に入りましょう」
ケイティさんが隠し切れない笑みを、なんとか抑えて、ボディブラシとスポンジを渡してきた。
「は、はい、そうですね、はい、お風呂かぁ、楽しみだなー」
自分でも何を言ってるのかわからないくらいに慌てながら、浴室へ。
微細な泡で満ちたお湯は白っぽく、大きな伊予柑のようなオレンジ色の果物がいくつも浮かべてあって、良い香りがする。
湯加減はちょうどよいので、湯舟に入ると、足を伸ばせるけど深さはないので寝そべって入る感じだ。 湯が透明でないのは助かった。
「湯加減はいかがでしょうか?」
「ちょうどいい感じです。柑橘系の香りもいいです」
うん、目を閉じると、とてもリラックスできて心地よい。湯舟の縁に頭を乗せて力を抜くと、首から肩あたりまでの緊張が解れる感じだ。
「湯に入ると胸が浮いて、肩が軽くなるんですよね」
……などと、ケイティさんが言うせいで意識してしまうけど、確かに髪と胸の重みから解放されると、けっこうな負担になっていたことがわかる。 女性が肩凝りに悩まされるのも納得だ。 長い髪がいいなんて言って、悪かったかなぁ……
今日はいろいろあったなぁ。
異世界にきたけど、特に強制されることはなくて、でもミア姉さんはいなくて。
しばらく勉強と実技漬けになりそうで。
女の子になっちゃって。
でも、ケイティさんもリア姉も優しそうだし、なんとかなるといいなぁ。
それにしても気持ちいいお風呂で、このまま寝ちゃいそうだ。
注意しないと。
そう、寝ないように注意、注意。
ぽかぽか。
寝ないように……
始まりの章はこれでお終い、次からは第二章、こちらでアキとしての生活が始まります。
次回の投稿は、四月二十二日(日)の予定です。