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4-19.古民家(後編)

前話のあらすじ:港湾都市ベイハーバーでの宿泊先は古民家。そこでのんびり遅めの昼食をとったり、ミアが残した手紙を読んだりしました。

あと、投稿してる日(2018年12月23日)は寒気もきていて真冬の寒さですが、作品内の季節は九月上旬、まだまだ暑い気候です。

ミア姉からの手紙を読んでいる間に、お風呂の準備を進めていてくれたらしい。用意ができたと、僕が案内されたのは、一人ずつ入浴する程度の小さな浴室で、まん丸の鉄製の湯船には、蓋をするように板が浮いている。


「ほう、釜風呂とは懐かしいのぉ」


お爺ちゃんは早速、ポンポンと服を脱ぐと、浮いている板に着地して、飛んだら跳ねたりしている。


覗き込んでみると、確かに大きな鉄製の釜といった感じで、湯船全体が鉄製だ。


「アキ様、浮いているのは、踏板デス。バランス良く沈めて、入浴してくだサイ。底から熱しているので、板なしで底に触れたら火傷しマス」


ベリルさんが浴室の外、焚き口のあるほうから教えてくれた。


「ベリルさん、薪を使う経験は今回が初めて?」


「ハイ。教えて貰ってやってマスガ、火力の調節が難しいデス。あと、焚口の前は暑いデス」


「湯が冷めたら簡単にゃ沸かし直すってわけにゃいかんのさ。だから嬢ちゃんも長湯はせず、温まったら次の人に交代するんだよ」


おばちゃんの一人が付き添いで指導してくれているようだ。


「ありがとうございます。そうします」


なるほど。真空釜ほど保温能力はないだろうし、湯を温めるために、焚き口に人が張り付いているのも大変だ。


湯を張ったら、どんどん次の人に代わってテンポよく入浴しないと時間もかかるし、湯加減を維持する薪も時間が伸びれば、必要な数が増える、と。

風情があると思ったけど、これはなかなか大変だね。


「よっと」


上手くバランスを取って踏板を沈めていって肩まで浸かってみたけど、周りの鉄釜が結構熱くて、どこにも触れないように座って温まる感じで、これはちょっとコツがいるね。湯船で体の力を抜いてウトウトなんて絶対無理!


お爺ちゃんも僕の体に捕まる感じで、ちょいと浸かって、温まったら外に逃げ出す感じだ。


家の外には手押しポンプ式の井戸もあったけど、この湯船一杯に水を貯めるのも手間がかかるんだろう。


「お風呂って贅沢なんだね。薪じゃなく魔術で加熱できれば少しは楽なのかな」


「嬢ちゃん、釜風呂で魔術は禁止だよ。長時間、適度に熱する魔術ができるというから、やらせてみたら制御に失敗して、焚口を壊した馬鹿のせいで、修理が大変だったんだよ」


「その、現代魔術の魔法陣で安心、安全、高効率とかじゃないんですか?」


「こんな釜に対応した魔法陣なんてあるもんかね。古典魔術を学んでるとか言ってた学者さんだったんだけどねぇ。そりゃ、魔力量は凄かったさ。だけど肝心の魔術制御がてんで駄目さ。三十分と火力を維持できず、最後は熱し過ぎて焚口が耐えきれず、盛大に吹き飛んじまった。おかげで家の中は灰だらけ、釜も凹んじまうし、碌なことじゃなかったねぇ」


おばちゃんが、それはもう情感たっぷりに説明してくれた。魔力が足りないとかじゃないのか。


「お爺ちゃん、お風呂を熱するのって難しいのかな?」


「そもそもこっちは魔力が希薄じゃからのぉ。……さてさて。一般論じゃが、魔術は使い続けると周囲の魔力は減っていくもんじゃ。初めからずっと同じ調子で制御してるとだんだん火力が落ちてくる。そうなると魔術の質を上げるか、少ない魔力で同じ火力を出せるよう制御の難度を上げるか。まぁ、結構難しいかもしれんのぉ」


「妖精の爺さん、あんたは魔術は得意そうだけど、使うのは止めとくれよ?」


「使わんとも。だいたい妖精に、地道に同じことを続けろ、などと無茶を言ってはいかんぞ」


「え?」


「妖精は興味を持つのも早いが、飽きるのも早いんじゃ」


「うわぁ」


「――さて、嬢ちゃんも十分温まったかね。出たらすぐ次の奴に入るよう言っとくれ」


 おばちゃんの催促もあって、慌ててお風呂を出て着替えて、お風呂が空いたことを伝えると、ケイティさんが入れ替わりに入っていった。ふと見ると、ジョージさんもウォルコットさんも、シャンタールさんにお風呂セットを渡されて、スタンバイOKって感じだ。


そんな感じに、古民家でのお風呂体験は慌ただしく終わった。たまにはいいけど、毎日入るなら、足を伸ばして脱力してのんびりできる普通のお風呂がいいね。





船に揺られて移動しただけだったけど、思ったより疲れていたのか、奥の客間に用意された布団に横になったら、すぐ寝てしまった。蚊帳に包まれた薄暗い室内はなんとも独特の雰囲気があって、落ち着く感じがした。あと奥といっても襖を閉めてなければ、結構風が流れてくるものだなー、とか思ったのが最後で。


翌朝、トラ吉さんの肉球プッシュで目覚めると、もうすっかり陽が昇って、皆はもうひと働きした後っぽい。いつも通り、ケイティさんに血圧を測定して貰い、身支度を整える頃には頭もすっきりしてきた。


「アキ様、昨日はほとんどこの古民家も見て回る時間がなかったので、朝食を食べた後、小一時間自由時間を設けようと思いますがどうですか?」


「ぜひ! えっと、敷地内なら自由に歩いていい感じですか?」


「そうですね。翁とトラ吉が一緒であれば構いません」


「にゃー」


「アキ、今朝、儂らで家の周りを探検してみたが、なかなか面白かったぞ。案内するから楽しみにしておれ」


「ありがとう、お爺ちゃん」


 僕の言葉に、お爺ちゃんは杖を掲げ胸を張るポーズで応えた。任せろ、ってことだね。




卓袱台の上には、館でも使っていた金属製の食卓カバーがあって、開けると綺麗に盛り付けされた朝食が出来立ての状態で出迎えてくれた。炊き立てのご飯の粒がつやつやキラキラしていて、とても美味しそう。

思わず、頬が緩んで笑顔になったけど、そんな僕を見てアイリーンさんが満足そうに頷いた。


「竈で炊いたご飯デス。皆様にも大変好評でシタ」


「それは朝から大変だったでしょう。いただきます」


「どうぞ、お召し上がりくだサイ」


まずは味噌汁を一口。館の時とは使っている味噌が違ってるみたいだね。これはこれで美味しい。

熱々のご飯に、沢庵の漬物。この組み合わせもいいね。これだけでも沢山食べられそう。

色合いの違う細かく刻まれた漬物もあるけど、食べてみると味噌の風味が豊かで、これも大根かな。

塩気は感じるけど、後を引かない上品な感じで、これもまた美味。

焼き魚は、西瓜のような独特の香りだから、鮎だね。表面はパリッと香ばしく、身はしっかり火は通してあるけどジューシーな感じ。なんか朝から贅沢させて貰ってて申し訳ないくらいだ。


シンプルだけど、飽きのこないレシピで大満足。


「ご馳走様でした」


「お粗末様でシタ」


食器を片付けているアイリーンさんに聞いてみたところ、やはり薪や炭火を使う調理場は慣れるまでだいぶ苦戦して、いつもの倍は時間がかかったとのこと。念のため持ち込んでおいた携帯式保管庫があって良かったとも言ってた。入れた時の出来立てを維持してくれる保管庫は料理人の強い味方だね。


部屋着から、外着に着替えて、髪も編んでまとまりをよくしてから、麦わら帽子を被れば準備完了だ。


「お爺ちゃん、お待たせ」


「うむ。では、トラ吉殿と見て回った場所を案内しよう」


 陽はもう高く昇っていて日差しが強い。まだまだ夏って感じだね。空気も潮の香りを含んでいて海沿いの街って感じがする。さて、古民家の庭ってどんな感じなのかなー。





まず、案内されたのは納屋。軒先には切った薪や竹が沢山積まれていて乾燥中。

奥を覗いてみると、農作業に使いそうな籠とか道具が沢山並んでいて生活感マシマシだ。

手作業で編んでいるっぽい縄とかもあって、作業場所って感じがするね。

天井のほうを覗いてみると、曲がった柱が組み合わされていたりして、なんとも趣がある。


「なかなか面白いとこだね」


「館にはこういったものはあまり置いてなかったのでな。物珍しいかと思って案内してみたんじゃ」


「あっちでも、町中に住んでいるとこういう道具とかに触れる機会もなかったからね。これはいいね」


「そうじゃろ、そうじゃろ」


ご機嫌のお爺ちゃんに連れられて次にきたのは、柵に囲われた場所で、草が茂っていて、その中を自由に鶏が走り回っていた。鶏も木陰でのんびりしているのもいれば、ひたすら地面を掘り返していたり、水飲み場の台の上に乗ってあたりを見回したりと、個性が出てる。


そういえば、角猫のトラ吉さんがいるのに彼らは怯えたり逃げたりしてないけど、なんでだろ。


「トラ吉さん、気配を抑えるとか何かしてるの?」


「にゃー」


よくわかったな、とでも言うようにちょっと自慢げにトラ吉さんが答えてくれた。

こんな広い場所を確保して、放し飼いにしてるなんて、なんて贅沢なんだろう。

柵の四隅を見ると、おなじみの魔導具が設置されているから、天敵対策もばっちりっぽい。

……これは採算度外視の『見せる設備』って感じかな。

まぁ、でも、眺めているとやっぱり楽しい。


僕が飽きずに眺めていたら、足に体を擦りつけてきたトラ吉さんが頭で押してきた。


「うむ、では次に行くかの」


お爺ちゃんもトラ吉さんの催促に気を利かせて、次の場所に案内してくれた。


最後にきたのは、結構な大きさの池だった。深さは六十センチくらいかな。それほど浅くない澄んだ池で、結構な数の緋鯉が泳いでいる。水面に映りこんだ青空が清々しい。


「魚がいるとしてももっと地味な色合いかと思った」


「観賞用という奴じゃな。どれも丸々としていて美味しそうではあるが」


などと、食欲全開でお爺ちゃんが眺めているけど、そんな気持ちは伝わらないのか、緋鯉達は悠然と泳いでいて、水面を覗き込むトラ吉さんを見ても逃げようとしない。


「トラ吉さん、魚はよく食べてるけど、自分でも獲るの?」


「にゃ」


当然っ、と言った感じに自信満々の顔を見せる。それでも目の前の緋鯉を獲る気はないようだ。

分別を弁える出来た角猫ということだろう。いいね。


「庭も手入れされていて綺麗だね」


植木もきちんと刈り込まれていて、手入れされていて綺麗な感じだ。古民家ではあるけど、ある程度、美化された昔の風景を魅せる、ってコンセプトなんだろう。まぁ、昔の風景そのままを見せられても、現代とは清潔感とかの感性も違うから、そこは気を使ってくれたほうがありがたい。


そうしてのんびりしていると、馬車のあたりからケイティさんが手を振って、僕を呼んだ。

休憩時間はここまで。あとは予定通り、ロングヒルに向けた最後の馬車移動開始だ。


助手人形のダニエルさんが空間鞄に入っていて、話を聞かれることがない最後のチャンスだ。

彼女が崇めているという『マコトくん』についてケイティさんに話を聞いておこう。

信仰絡みだから対処を間違えないようにしないとね。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

古民家、たまに生活するならいいですけど、やっぱり何をするにも大変ですね。現代生活しか経験してない女中三姉妹にとっても、薪や炭火を使う生活は大苦戦だったようです。

次回は、年内最後の投稿で十二月三十日(日)二十一時五分です。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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