4-18.古民家(前編)
前話のあらすじ:隣国ロングヒルの玄関口である港湾都市ベイバーバーに到着、街エルフの国との落差を感じたお話でした。
なだらかな斜面を上り続けて五分ほどすると、防竜林に囲まれた大きな民家が見えてきた。
うん、民家。館って感じじゃない。田舎の大きな一軒家といった感じだ。そして特徴的な屋根!
「お爺ちゃん、見て、見て。古民家だよ! 藁ぶき屋根だ。凄いねっ!」
日本でもテレビとかでしか見たことがなかった、なんとも情緒あふれる急斜面の立派な藁ぶき屋根だ。
囲炉裏からの絶えることのない煙で燻されているから耐久性も抜群なんだよね、確か。
「おお、これはこれは懐かしいのぉ。そうそう、昔はな、こんな家ばかりだったんじゃ。ほれ、軒下を見れば、ガラス窓もなく、なんとも風通しが良さそうじゃ」
ほんと、徹底して昔のまま、障子や、襖、雨戸はあっても、ガラス窓はどこにもない。
深い軒下の奥に見える部屋は少し薄暗いけど、日差しも遮って風通しもいいから確かに涼しそうだ。
和テイスト全開だけど、湿気が多くて暑い夏という気候であれば、風通しが良く、深い軒先で日差しと雨を防ぐという家の作りに自然と収束していくものなんだろうね。
これだけ森が豊かなら建築資材に草木を使うのも当然の選択だし。
「我々は大人数なので、全員で泊まれるよう、昔の生活体験ができるというこの古民家を丸ごと借りてみました」
ケイティさんも、僕達の反応を見て嬉しそうだ。
古民家の前には、割烹着を着た近所のおばちゃん達といった感じの人達が並んで、出迎えてくれていた。
「遠路はるばる、ようおいでくださいました。この通り、昔ながらの古い家ですが、ごゆっくりお楽しみください」
魔法鞄から次々に現れる魔導人形の人達を見て驚いたり、トラ吉さんの姿を見て気圧されたり、ふわふわ飛んでるお爺ちゃんの様子に口をあんぐりとしたり、僕を見て、一瞬、幽霊でも見たようなギョッとした表情を見せたけど、すぐ営業用の笑顔を浮かべるあたり、流石プロだ。
……これが普通の人の反応、と。ちょっと意識しておいた方がいいかな。定番の反応と思えば、いずれ、気にならなくなるだろうし。
屋敷の設備について説明をするとのことで、屋敷の敷地は農民人形、調理場関連はアイリーンさん、寝具など部屋関連はシャンタールさんというように分かれて説明を聞くことになった。もちろん、それぞれに護衛人形の人が一人ずつ同行している。
離れの納屋に馬車を停めるため、ウォルコットさんとダニエルさんもそちらに向かう。
僕はケイティさん、ベリルさん、それと護衛としてジョージさんと一緒に客間の一つに案内された。
勿論、お爺ちゃんとトラ吉さんも僕と一緒だ。
トラ吉さんは、ケイティさんに爪を出さないように念押しされていて、わかってるよ、面倒臭いな、とでも言うように投げやりな返事を返していた。
襖を閉じて、隣の部屋にジョージさん、奥の部屋に僕、ケイティさん、ベリルさんに別れる。脱いだ服はベリルさんが丁寧に畳んで空間鞄にしまってくれるので、僕とケイティさんは用意されるままに室内着に着替えた。もっとも編んでいた髪を解いて梳かしたりしている間に、五分、十分と時間は過ぎるもの。
身支度を終える頃には室内の薄暗さにも目が慣れてきた。
奥の客間まで移動して気が付いたけど、客間は総畳敷き、でも他の部屋は板間で、座布団の様な移動式の畳を各人が敷くみたいだ。
それと部屋同士は襖で区切られるだけで、部屋同士が廊下で区切られてない。
日差しの差し込む側には縁側、外側は雨戸を開け閉めできるから、内縁という奴だ。雨戸と部屋を区切る襖の間に廊下状の空間を設けて、作業場所として使う思想だね。あと、縁側があると、自然と部屋が軒下から離れるから日差しが直接射し込んで日焼けするようなことも防げる。
「そう言えば、照明がありませんね」
天井を見てもそれらしい設備がない。
「暗い時は、魔術で灯りを浮かべます。もっとも古民家が現役だった頃は、暗くなったら寝るものでした」
「なるほど。電気のない時代そのものですね」
「魔術はありましたが、古典魔術だった事もあり、効率が悪く、今のように手軽に照明を点ける訳にはいかなかったようです」
「そうそう。夜になるとさっさと布団に入って寝てたもんじゃ。その代わり朝が早い。薄明かりの頃から畑仕事のために動き出すからのぉ」
「自然のサイクルに合わせて生活が成り立っていたんだね」
暗い夜に明かりをつけて起きている、というのは無駄と言えば無駄。薄暗い時間から起きて生活して完全に暗くなったら寝る、というのはエコな生活だと思う。もっとも冬は夜が長いから暇だったろうね。ずっと寝てられる訳もないし。
◇
居間に戻ると、アイリーンさんが皆の分の料理を並べ終えていた。移動中は、ロゼッタさん達がくれたクッキーアソートを摘むか、紅茶を飲む程度だったので、皆、お腹が空いていたんだろう。
僕とケイティさんが座ったところで、遅めの昼食、或いはボリューム感のある間食といった時間だけど、食事をとることになった。
「「「「「いただきます」」」」」
並んでいる料理は、麦ご飯、具沢山の味噌汁っぽい料理、それに小鉢に入ったオカラと、紫蘇の葉と茗荷の漬け物って感じで、僕はともかく、ジョージさんやウォルコットさんならペロリと食べる量だろう。
「食後のデザートは、井戸水で冷やした西瓜デス」
アイリーンさんが、桶に入った大きな西瓜を見せてくれた。
「うむ、夏の暑い日は冷えた西瓜がまた美味いんじゃ」
お爺ちゃんは早くも西瓜の方に意識が向いてる。
とりあえず、小鉢のオカラを食べてみると、酢が効いててサッパリしてて、暑い最中には丁度いい。
紫蘇の葉と茗荷の漬け物は、やはり酢だけど、こちらは甘酢漬けで、味のバリエーションがあって食が進む。
具沢山の汁物には、少し脂っぽい独特の味の肉が入っている。なんだったかな、この味。
「桜肉かのぉ。なんとも豪勢じゃ」
僕の小皿に置いた魚肉を、妖精サイズの小さなナイフで切り取り、フォークでパクリと食べたお爺ちゃんが、そんなことを言い出した。
「鯨肉のようデス、翁」
アイリーンさんが補足してくれた。なるほど、鯨肉か。殆ど食べたことがないからわからなかった。
でも、前に食べた奴はもっと癖のある味と噛み応えがあった気がする。
「鯨といっても種類によってかなり肉質は変わるんですよ」
ケイティさんが教えてくれた。言われてみれば、確かに小さな海豚サイズもいればオキアミを食べるシロナガスクジラや、深海まで潜って巨大イカを食べるマッコウクジラなんてのもいるのだから、色んな味があって当然か。
量も少なめということもあって、僕も少し遅れたけど食べ終えて、今度は食事の間に切り分けてくれていた西瓜を食べた。
冷蔵庫で冷やしたのと違った程よい冷たさと、適度な水気たっぷりの甘さのおかげで、暑さもだいぶ引いた感じだ。
「程よい甘さがいいですね」
「程よいというと、これより甘い西瓜があるのデスカ?」
アイリーンさんの興味を引いたようだ。
「日本では、品種改良を推し進めた結果、白桃より甘い西瓜なんてのもあるんですよ」
「……それは美味しいのでしょウカ?」
やっぱりそう思うよね。
「甘いもの好きな人なら高評価ですけど、そうでない人は、甘過ぎると感じるようです。甘味はコカインより中毒性があるとも言われてますし、行き過ぎた甘味は避けた方がいいかも」
まぁ、偶に食べるなら砂糖をふんだんに使ったお菓子もいいと思いますけど、それが毎日なら問題ですよね、と補足しておく。
「街エルフの間でも、引き篭もりで運動不足なのに、甘味を食べて太った市民が増えてきて、長老達が激怒した事件とかあったんじゃなかったか?」
ジョージさんがそんなことを言い出した。というか、街エルフも不摂生してれば太るのか。注意しないと。
「また、古い話を引っ張り出してきましたね。確か、羊羹の乱だったかと。砂糖の量産に成功して、常温で長期保存可能な羊羹が簡単に食べられるようになると、煉羊羹、水羊羹、蒸し羊羹のどれが美味いか、などと言った話が拗れて、入れる材料も茶葉から始まり栗を入れたり、柿ジャムを入れたりと多種多様な羊羹が作られ、あれがいい、これがいいなどとどうでもいい議論に熱が入り、時の長老達が、ふくよかになって欲にうつつを抜かす連中の態度に激昂して、全員叩きのめして、適正体重に戻るまで強化合宿施設から出さなかったとかいう話ですね」
「うわー。それって、子供達への脅し文句になったりしてます?」
「なってますよ。甘い物ばかり食べていると、長老達に連れてかれちゃうよ、と」
「それは何とも効果ありそうですね」
「それはもう。何せ当時の長老達は普通に現役ですから」
「アイリーンさん、僕も運動量確保が難しいので、その辺りの調整はお願いします。強制合宿に放り込まれるのは避けたいので」
「お任せくだサイ」
アイリーンさんの食に対する熱意を考えれば、これで安心だ。後は僕が我儘を言って困らせないように気をつけよう。
◇
まだ明るいけど、僕はそろそろ起きているのが辛くなる時間なので、今日起きた事でもメモを書こうかと考えていたんだけど、ケイティさんがミア姉からの手紙を渡してくれたので、メモは後回し。
いつも通り、最初はゲームブック風の書き出しだ。
<三百九十一>
初めての外国に胸を躍らせたあなただったが、人びとが向ける目線が気になった。驚愕するような、畏怖するような、そして嫌悪するような。
様々な感情が渦巻く、そんな薄暗い穴を見たような気分だ。
だが、あなたは思い出した。そもそも街エルフが外を出歩く事自体珍しく、また、他国では魔導人形すら見かける事が稀である事を。
一般人からすれば、妖精なんて存在は、御伽噺の中だけと考えているものだ。
天から襲いくる災いである天空竜への眼光に比べれば、彼らの向ける視線など、慈愛に満ちていると言ってもいい。
さあ、気を取り直して旅を続けよう。旅はこれからなのだから。
さて、一般人との遭遇はどうだったかな。マコトのような年齢の子に、こんな事を聞くのは不思議な感じだけど、マコトは、こちらの普通の人達と接点が無い生活をしていたからね。彼らの反応に驚いたかな。
マコトの同行メンバーに人でない者がいるなら、きっと驚かれると思う。妖精なら目を丸くするだろうね。
一般人の反応はあまり気にしなくていいよ。接点がある人ならいずれ慣れるし、接点がない人なら気にするだけ無駄だから。
あと、もし、魔力属性絡みで嫌な経験をしたなら、リアに必ず相談する事。きっと親身に処理してくれるからね。
追伸:大丈夫とは思うけど、リアがやり過ぎないか手綱は握っておくように。
追伸二:手に負えないようなら父さんに頼るように。
追伸三:それでも駄目なら母さんに頼る事。
追伸四:やっぱり母さんの前に、ケイティに頼るように。母さんは終わらせるけど、止める人じゃない。
……どれだけ心配だったのか、何とも気になる追伸乱舞だ。これだけ書くという事は、やっぱり、魔力属性が唯一無二の無色透明というのは、いい事ばかりじゃなさそうだ。
それでも僕は既にそうした荒波を乗り越えたリア姉という頼れる存在がいるのだから恵まれている。
……できるだけ我慢は辞めて誰かを頼るようにしよう。ミア姉と話せないだけでもストレス溜まりっ放しなんだから、パンクしないように気をつけないと。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
ベイバーバーでの宿泊先は古民家となりました。アキもいちいち聞きませんが、当然、魔導具がほとんどないというのも選択理由の一つです。触れると壊れてしまうので、宿泊先を探すのも大変です。
あと、今回が初の普通の民間人登場でした。これまでに出てきた人達は明らかに、役職が上だったり、セキュリティクリアランスが高かったりと、一般枠ではありませんでしたからね。
それでも一般枠の一番マシなレベルの人達なのも確か。悩ましい問題ですね。
次回の投稿は、十二月二十三日(日)二十一時五分です。