4-17.港湾都市ベイハーバー
前話のあらすじ:次元門構築について求める人材に関するアキの注文と、そんなアキへのウォルコットかあの人材募集に関する助言のお話でした。
あと、アキとファウスト船長は作品内で4時間、メタで言うと4パートも話をしていたので、攻守交代となる「4-14.ファウスト船長のターン(前編)」の冒頭に、ティーブレイクのシーンを追加しました。
ちょっと何か食べたりしないと変かなと思いまして。
見えてきた港は、街エルフの港ショートウッドに比べると、随分とこじんまりとした印象だった。大きな河川の河口付近に作られた港だけど、河口付近にある取水用の堰の方が目立つくらいだ。
もちろん、防空壕式のドックがずらりと並んではいるんだけど、せいぜい数十人乗りくらいの帆船用といった感じで、ドックの数も十に満たない。沖合まで伸びた大型船舶専用と思われる桟橋も、普段使いはしてなくて、単なるコンクリート打ちっ放しに見える。桟橋兼防波堤といった用途だろう。
移動式のタラップもポツンと用意されていて、ちょっと物悲しい。
「思ったより小さな港ですね。どちらかと言うと漁村寄りな場所なんでしょうか?」
僕の言葉に、他のメンバーは予想外と言った表情を浮かべた。
「アキ様、この港湾都市ベイハーバーはロングヒル随一の規模で、弧状列島全域でも十指に入るのですよ」
あちらを見てください、漁業に携わる小型帆船が陸に上げられて整備されていたりするでしょう?、とケイティさんが指差した。
確かに、僕が目を向けた防空壕が目立つせいで、その他くらいにしか見えなかったけど、五〜十人乗り程度の小型帆船向けの設備がそこそこ充実してしてる感じだ。
とは言え、これが十指に入るとは……
「もしかして。街エルフの港はランキング対象外だったりしますか?」
「その通りです。やはりそう思いますか」
「ざっと見た限りですが、数十人用の帆船は街エルフの国との定期便用、それ以外の十人乗り程度の小型帆船はケイティさんの言うように沿岸漁業用、そうなると遠隔地との交易を担う船舶がすっぽり抜け落ちてるじゃないですか」
「こちらでは海運は発達していませんから」
海竜、天空竜許すまじ、だ。……とは言え、多くの魚類を食べ尽くして絶滅させてきた日本人としては、生きた災害と言える竜達がいなくなって、こちらの海が地球と同じような惨状を迎えるのは避けて欲しいところ。
部外者目線だからこそ言える身勝手な思いだろうね。
「――なので、弧状列島で普通に港と言う場合、交通の要衝、物流拠点であり、漁村でもあるところを指すのかな、と。そうなると、街エルフの整備している大型帆船向けの港湾設備は別格過ぎて、同列に扱えないと考えました」
「正解です、アキ様。それと街エルフの国は、ベイハーバー経由でしか入国を許されていません。直接、入港することはできず、他国には港の位置や規模も公開していないのです」
街エルフの国は鎖国をしているようなもので、ここは長崎の出島みたいなものか。
いや、ちょっと違う。こちらでは制海権が失われていて、自由な航行ができない海は天然の要害と化していて、国との出入口が限られるのであって、自主的に鎖国をしているのではない、ということ。
「それじゃ、順位付けに入る筈もありませんね」
「アキよ、あちらでは海運がそれ程、発達しておるのか?」
「日本の首都がある東京湾だと、毎日、海外との貿易船が五百隻程度は出入りしていたね」
「年間ではなく、毎日。それも国全体ではなく、首都近辺だけでそれですか……」
「あちらでは世界中と交易しているとは聞いておったが、そんなに多くの船が出入りしておっては、海は広いと言っても交通整理も大変そうじゃな」
「うん。だからあちこちに灯台を立てて難所をわかりやすくしたり、海の上に航路を設定して、船の動く方向を揃えることで、事故を起きにくくしたり、船同士が接近し過ぎないように無線で連絡し合ったりするんだ」
「アキ、街エルフの運用する大型帆船、特にこのビクトリア号が接舷上陸できる港は三指に満たない。あまりガッカリした表情は出さないようにな」
ジョージさんに釘を刺された。小さいと言うのが、悪い評価に聞こえたのかな?
「ジョージさん、街の大きさと印象は別なので、心配しなくても平気ですよ。遠目で見えてる感じでも、街は活気に満ちていて、寂れた雰囲気もないし、落ち着いてて良い感じだと思いますよ」
「そうか。なら良いんだ」
「アキよ、先ほどの話だと、あちらでは世界中が交易をしていて、活気に満ちていると思ったのじゃが、違うのか?」
「日本は国中に高速道路網を張り巡らせて、地方の港から朝に出荷すると、その日の晩には首都に届くくらいだからね。そのせいで大都市は益々賑やかになり、地方都市はどんどん人が減って街は老人ばかりになって、寂れた感じになっちゃってるんだ」
「高速道路とな?」
「馬車が一日かけて移動する距離を二時間とかけずに移動できる、他の道路と交差とかしない、ただ安全に速く走るためだけに整備されている専用道路網のことだよ」
「荷物をただ運ぶためだけにそんな道路を国中に作るのか」
というか、空が飛べる妖精からすれば、移動するためにその経路を整備する、という考え自体、理解はできるけど、自分達の肌感覚には合わないものなんだろうね。
「お爺ちゃんは、館から移動に使った一車線の道路を想像したかもしれないけど、高速道路は少なくとも片側二車線、上り下り合わせて四車線が基本だから」
ほんとに地方になると、上り下り合わせても二車線というとこもあるようだけど、話が発散するからそこはパス。
「なんと……」
「しかも、道路はなだらかに、決められた勾配を超えないようにする必要があるから、山を削り、谷を埋め、渓谷に橋をかけて、重いトラックが沢山の荷物を積んで、高速移動しても問題ないように地盤改良工事までする必要があるんだ」
「アキ様は、ミア様にそのあたりの話をかなり詳しくされましたからね」
ケイティさんがミア姉の話題を振ってきた。
「確かに色々聞かれたので、地盤改良の重要性、排水問題と対処方法、トンネルの工事の仕方、鉄橋の種類と向き不向きとか、説明しましたけど」
「明日の移動では、そのあたりの成果をご覧になれますので、楽しみにしていてください」
「それってどういう……」
「紅葉の景色を眺めながらのドライブは楽しい、とかおっしゃっていたでしょう?」
「まぁ、そんな事を言ったかもしれませんね」
「こちらでは、紅葉している山を見上げる事はあっても、眼下に見下ろすような景色を観る経験をする者は稀です」
山の上まで登るのはそれを仕事としてる林業の人とか、運搬人、あるいは森林で警戒活動をしている軍人さんくらいなものなんだろう。確かに稀だ。
「……つまり、ロングヒルまでの道は、景色優先でルートを決めたとか?」
「後は明日のお楽しみですよ、アキ様」
ケイティさんが、人差し指で口を閉じて、秘密です、とジェスチャーするので、僕はそれ以上聞くのは止めた。どうせ、明日、観るのだから、聞き出すのは無粋というものだ。
「アキ、顔が赤いぞ」
「あー、もう。何でもないっ」
綺麗なお姉さんが、そんな可愛らしい仕草をしたら、眼福、眼福と目が釘付けになって、言葉が出なくなっても仕方ないことだって。
僕は、唇に吸い寄せられる視線を無理やり外して、ゆっくり近づいて来る桟橋のほうに注意を向けた。
どうも、入国審査をする係の人は三人だけのようだ。ぽつんと置いてある移動式タラップの横に、直立不動の姿勢でいて大変そうだった。
◇
横方向推進装置や魔導推進器のお陰で、桟橋への接舷はスムーズに終わり、タグボートは必要なかった。一見するとビクトリア号は帆船だけど、実際は魔導推進とのハイブリッドだからこそできる凄技だろう。
移動式のタラップを連結して、乗り降り準備も完了。わざわさファウスト船長が見送りに来てくれた。
「短い時間だったが、船旅は満喫できたか?」
ほとんど、俺と話をしてたけどな、と笑ってる。
「はい! とても快適で、ファウストさんともお話できて、とても良い経験でした」
「嬉しい事を言ってくれるぜ。また、縁があれば会う事もあるだろう。それと週一回程度なら、簡単な伝文だが連絡も可能だ。何か急に伝えたい事があれば、遠慮なく送ってこい」
「うわー、なんてハイテク。ご厚意に甘えさせていただきます。それとファウストさん、地球は良いところも沢山ありますからね。機会があれば、そのあたり、ぜひ紹介させてください」
「わかった、わかった。嬢ちゃんを見て、街エルフの老人達の世代を想像するような奴がいないのと一緒だ。人それぞれ、国もそれぞれ、世代によっても違いがある、そういうことだろ。わかってるさ」
ポンポンと頭を撫でながら、そう笑顔で話してくれた。どうも子供扱いが過ぎる気がするけど、ここは我慢、我慢。
「じゃあな、嬢ちゃんの旅に良き風が共にありますように」
「えっと」
「船乗りのおまじないさ。旅が無事でありように、とな」
「ありがとうございます。その、ファウストさんもお元気で。また会える日を楽しみにしています」
そんな感じで、ファウスト船長との別れも良い感じに終えることができた。
タラップで桟橋に降りたけど、こうして比較するものがタラップくらいしかないひらけた場所にあると、ビクトリア号の大きさがよくわかる。全長百五十メートルくらいあるのだから当然だけど、二十階建てのビルにも相当する高さなマストが圧迫感すら感じる存在感に満ちていて、白い船体もまた優美で、船長が自慢するのもわかる。
船員さん達が操作して、クレーンで水平に吊り下げられた細長い箱が、桟橋から三メートルくらいの高さに降ろされると、空間鞄の魔法陣が出現して、すぐに馬車と二頭の馬車馬が現れた。
細長い箱に見えたけど、あれ、口を開けると馬車を放り込めるだけの間口がある超特大の空間鞄だったのか。
「おー、こんな風に積み下ろししていたんだ」
「うむ。ドックで積み込む時も、同じように魔法陣を展開して、空間鞄に収納しておったぞ」
「これはいいね。地球だとロープで固定してクレーンで上げ下げしたりしてて、時間がかかる作業だったから」
「空間鞄のおかげじゃな」
なんて話をしているうちに、クレーンの収納とタラップの移動も終わり、ケイティさんに肩を掴まれている間に、ビクトリア号は桟橋から離れて、沖合へと移動し始める。
帆を広げているけど、風向きと逆に向かって移動していくのは、なんか不思議な光景だ。
帆を広げているのは、太陽光から魔力を集めるためなんだろうね。
やはりハイブリッド船は便利だ。
◇
それで、また時間をかけて入国審査かと思ったら、空間鞄から魔導人形の皆を全員出して、ケイティさんが示したカードと書類、そこに記載されている人数の内訳が変わらないか数えた程度で確認終了。
一応、何か検査用の魔導具は使っていたけど、ほんと機械的に確認したってだけの感じ。
「良い旅を」
なんて感じに、あっさりと見送られて、不思議な気分になった。
魔導人形の皆は空間鞄に戻して、馬車に積んだら移動開始。こんなに簡単でいいのか、ちょっと心配になった。
「アキ様、不思議そうな顔をしてますね」
「こんなに簡易なチェックでいいのかと疑問を持ちました」
「港湾施設に入る前には入念な確認をしますが、船への乗り降り、荷物の搬入、搬出は時間との勝負ですから。時間はかけないものです。一番危険なタイミングですから」
「なるほど」
停止中の船舶は、運動性で言えば避けられる可能性はゼロなのだから最悪だ。おまけに荷物の搬入中で、ハッチを開けたり、タラップを連結してたりしたら、そもそも離岸すらスムーズにいかないだろう。そういう意味では納得できる。でも、それだけ?
「それと、今回はちょっとした裏技を使いました。それを使うと出入国の手間が省けるんですよ」
「そんな便利な裏技があるんですか? ……というか、それ、普通の人は使えないんじゃありませんか?」
「許可された人しか使えませんね。そうそう特権を付与するわけにはいきません」
特権ときたか。
「それで、ケイティ殿、どんな技を使ったんじゃ」
お爺ちゃんも出発前の検査を思い出して興味を持ったようだ。
「これです。身分証明書なので触れないようご注意ください」
ケイティさんがポケットから取り出して見せてれたのは一枚のカード。ケイティさんの顔写真と名前とか、役職名とかいろいろ書いてある。
「……なんか、ケイティさんの役職名が、外交官になっているんですけど」
「はい。外交官特権で同行者を含めて検査は免除されるので、今回はそれを利用しました」
「凄いです、ケイティさん。探索者をしてると、外交官的な活動も求められるから、そういう資格を持っているとかですか?」
「推測された通り、探索者も一部ではありますが、そういう役目を担う者がいます。私の場合、取れるなら何かの役に立つから取っておこうといった気持ち程度でしたが」
魔導師の資格もそうして取りました、と補足してくれる。ほんとケイティさんって多芸多才な人だ。
「ジョージさんも資格を持っているんですか?」
「彼は性に合わないと、基準は満たしているのに、資格を取ってないんですよ。投槍の資格やら、実務関連の特殊資格は総なめしてるのですが」
「ジョージさんならうまくやりそうにも思えますけど」
「アレでも、昔より大分マシになりましたから。彼は白黒はっきりつけたがる性格なんですよ。本人も自任しているように護衛向きだと思います」
「あぁ……それじゃ、外交官には向きませんね」
「灰色は灰色として互いに利用し合わないと、交渉どころじゃありませんから。それと、ジョージ曰く、護られる立場より、護る立場のほうがいいんだそうです」
「ほんと、護衛が天職って感じですね。ありがたいです」
護衛のスペシャリストで経験豊富で凄腕の探索者。なんて素敵なんだろう。
……今度、もっと色々話を聞いてみよう。子供向けの本もいいけど、もっと高い年齢層向けの話題もいろいろ持っているはず。同じ探索者の知り合いも多そうだしね。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
今回は隣国ロングヒルの玄関口となる港湾都市ベイハーバーについて描写した紹介回でした。これでも立派な港町なんですが、アキの観察眼がザルだというのもあります(笑) 防空壕って物凄く作るのが大変で、ナチスドイツが作ったものが数多く残ってますが、理由が「やたら頑丈で壊すのにとても費用がかかり、頑丈過ぎて現役使用も可能な程」だからなんだそうです。というわけで見た目が地味でも大変手間がかかっている設備なんですが……。アキからすると「分厚いコンクリート屋根の建物だね」程度にしか見えず……。
次回の投稿は、十二月十九日(水)二十一時五分です。
<活動報告>
執筆に関わるような話、あるいは作品との関連性が薄い話は活動報告のほうに書いています。
投稿時には必ず活動報告もセットで書いているので、興味がありましたら読んでみてください。