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4-16.求める人材とは

前話のあらすじ:ビクトリア号のような大型帆船と戦うならどうするか問われ、あれこれ思いつく案を話してみましたが、そのせいで、あちら(地球)のイメージが変わってしまったようです。まぁ、僅か30年で一億人もの死傷者を出した世界です、などと鎖国時代の日本人に伝えたらどーなるか、みたいなモノですね。

「さて、そろそろ、いい時間だ。名残惜しいが、そうも言ってられん。だから、次が最後の相談だ」


そう言われて、前方の壁に映る光景を見ると、遠くに見えていた陸地がだいぶ近付いてきたことに気付いた。


確かに到着まで、あまり時間はない。揺れがほとんど感じられないせいで、移動してる事もすっかり意識の外に置いてた。


「人材発掘、スカウトの最優先依頼がきている。現在は不可能な世界間の行き来を可能とする魔術の開発、それに参加するに相応しい理論魔法学の尖った人物、または街エルフとは異なる理論体系を持つ魔術の使い手だとか」


「求める人材はその通りです。船長さん達にもお願いが届いていたんですね」


人材捜索の進展は聞いていなかったけど、もう海外に行く人に指示が回っているというのは、結構急いだんだろうね。有り難い。


「そこで嬢ちゃん。アドバイスが欲しい。どんな奴がいいと思う? 何せ、俺達はある程度は魔術も学んでいるが、ただの船乗りに過ぎん。どの船にも魔導師級の探索者が乗っているとも限らんし、魔導師級だとしても理論魔法学に精通しているとも限らん。そんな奴らが担うお使いだ」


ファウスト船長は穏やかな表情で話してるけど、難しい依頼でも、何とかこなそうという前向きな強い意志を感じる。嬉しいね。

なら、その熱意にキチンと応じないと。


「そうですね……今の常識に囚われて、それは不可能だと否定する人は外してください。『それは不可能と言われている。だが、それは横に置いて、その意見が正しいとするなら何ができるだろうか、それをどう証明できるだろうか』と興味を向ける人が望ましいですね」


専門家が『それは不可能だ』と断言する場合、その予想はまず外れる。科学の歴史は、その時代の常識を覆し続けてきたからだ。


「何か例はあるか?」


言うは易し、行うは難しだよね。確かに何か実例がないと、具体的に行動する人も困る事だろう。


さて、さて。


どんな話題を振って、どう答えれば望んだ人材である可能性が高いか。


うーん。


ちょっと考えていて、ふとお爺ちゃんと目が合った。そうだ、妖精だ。


「――そうですね。妖精界はこちらから人が迷い込む事もあるというくらいですから、こちらととても近い場所であることは間違いありません。ですが、呼吸をするように魔術を使うという妖精の話を聞くと、妖精界はとても魔力が濃いように思えます。実際、お爺ちゃんも、こちらの魔力は希薄だと言ってますし。そんな世界の住人がこちらにきたら、あるいは人が地球あちらに行ったら、どんな影響が想定されるか。そして、時折しか繋がらない迷い道が、常に繋がらないのは何故か、常に繋いだら何が問題か……なんて話を振られて、食いついてくる人がいいですね」


「妖精界の事を知らない場合は?」


「街エルフが知る妖精界の情報を、お爺ちゃんの生の話も含めて、話せる所は話して、それを前提に話を聞けるか、ですね」


「ふむ」


「やりたい事はその先ですから、まずこの段階の話に問題なく参加できる頭の柔らかさと、未知に対する貪欲さは見せて欲しいとこです」


「性格に何か注文はあるか?」


「そうですね……相手が天空竜だろうと、それが研究の足しになるなら話を聞きに行く程度の姿勢は欲しいですね。特定の種族、年齢、性別に偏見を持たない、あるいはそんなことは研究にとっては些細な事と言い切れる性格がいいでしょう」


「おいおい、そこがスタートラインかよ」


なんかファウストさんの表情が強張ってる。


「あ、でも、なんか野心バリバリで私利私欲の為に研究成果を独り占めしようとするような人は困ります。やりたい事は、個人どころか国レベルですら手に余る規模、難度、発展性がありますからね。そんな小さな事に拘る人はいずれ邪魔になります」


「……わかった。つまり嬢ちゃんや爺さんみたいな奴ならいいんだな」


「はぁ?」「なんと!」


「二人とも常識に疎いが、知識欲旺盛で、頭のネジが何本か飛んでて、それでもまぁ、目的のためではあってもある程度は手段を選ぶだろ」


何故かケイティさん達がうん、うんと頷いている。


「えー、僕、そんな無茶は言ってないと思うんですけど」


「儂もできない事を頼んだりはせんぞ」


「――二人とも無理は言ってないですね」


僕とお爺ちゃんの発言を受けて、ケイティさんが苦笑しつつも同意してくれた。


「ほら」


「儂は常識人じゃからの」


ケイティさんという応援を受けて、どうだ、とファウスト船長を見てみると、なんか楽しそうに笑い出した。


「なんとも似た者同士じゃねーか。で、二人とも無理は言わないが、無理でなければ言うんだろ?」


「必要と思えば。ちょっと大変かもしれないけど、なんとかなるなら、して貰わないと」


「頑張って貰った分は埋め合わせはしとるぞ」


僕とお爺ちゃんが補足したけど、まぁ、無理でなければ言うというのは、確かにその通り。


「いい性格してるよ、全く。だがまぁ、不可能を可能にするなら、その程度の強引さは必要だろうさ。そうそう該当する人物がいるとも思えんが、いたらできるだけ連れてくるよう頑張ってはみる。気長に待ってくれ」


「宜しくお願いします」


「頼んだぞ」


僕達の言葉にファウスト船長は深く頷き、そして、人の悪そうな笑みを浮かべた。


「しかしなぁ、俺は既に嬢ちゃんと爺さんの二人だけでも持て余し気味に見えるんだがね。ケイティ、ジョージ、お前らも程々にな。あまり根を詰めると……禿げるぞ」


「大きなお世話です!」


ケイティさんは珍しく激しく反応し、ジョージさんは手を上げて、やれやれと苦笑して見せた。二人の反応が対称的で面白い。


「他の船長達にも、さっきの話を展開しといた方がいいな。俺の名で『並みの奴はお呼びじゃない、既にいる二人はかなりぶっ飛んだ奴らだったからな』とでも付け足しておくといい。お行儀のいい通達命令より効くだろ」


「――そうした方が良さそうですね。名を借ります」


「おう、好きに使え」


ファウスト船長が、がははと豪快に笑った。




「さて、そろそろ仕事に戻るが、二人をちょいと借りるぞ。少し、大人の内緒話だ」


「あ、どうぞ」


僕が同意すると、仕方がないとボヤきながらもジョージさんが船長と一緒に部屋を出て、ケイティさんもアイリーンさんとシャンタールさんを召喚して、席を外す旨を伝えてから出て行った。


女中人形の二人は早速、船長との話に参加していたベリルさんから事情を聞き始めた。部屋の隅で僕にも聞き取れないような囁き声で話し合って、時折、こちらを見たりしているけど、内緒話なら仕方ない。


トラ吉さんはのんびり目を閉じているから、今はお爺ちゃんとウォルコットさんだけという珍しい状態だ。


「途中、軽く休憩を入れたと言っても四時間近くも話を聞いてて、退屈しませんでした?」


「お気になさらずに。大変、有意義なお話を拝聴できて、同席できた幸運を噛み締めているところです。今も、話し合いが終わった事を残念に思っておりました」


人の良さそうな笑みを浮かべて、ウォルコットさんが残っていた茶菓子をばくりと口に放り込んだ。


「ウォルコットさんは、次元門に興味あります?」


「それはもう技術者の端くれとしては、興味を持たぬ訳がありません。……ですが、私は見上げるだけで十分と思ってしまいました」


 見上げるだけで、か。残念。でも仕方ない。こればっかりは本人の強い意志がないと。


「まぁ、海の物とも山の物ともわからないものですからね」


「ですが、アキ様はそれを必ず手に入れると信じている……いや、確信されているように見受けられます」


「どうにもならないような大きな壁は、まだ見えてませんから。そう言う意味では気楽なものです」


「それは重畳。若いと言うのは良いですな。可能性に手を伸ばす気概に満ちていて、眩しいくらいですぞ」


「んー、お爺ちゃんもやる気と興味が溢れてますけど」


「そこは何事も例外はあるものです。老いて益々盛んとは、本当に羨ましい。翁にはぜひそのままでいて欲しいものですな」


「いいですよね。僕も年を取ったらお爺ちゃんみたいになりたいものです。毎日が楽しそうじゃないですか」


「うむ。楽しくて、楽しくて、寝るのに苦労するほどじゃ。人生なにがあるかわからんものじゃが、これ程の新たな経験が待ち構えているとは想像すらしてなかったものじゃぞ」


杖を掲げてポーズをとるお爺ちゃんは、心の底から感謝感激って感じで、見ていて微笑ましい。いいね。


「アキ様、老婆心ながら、一つだけ考えておいて欲しい事があります」


笑顔のウォルコットさんからは思考が読めない。何を言い出すのかな?


「はい。なんでしょうか?」


「次元門を研究するチームですが、尖った人材だけにするのは避けた方が良いでしょう。実際に構築する段になれば、実務を担当するチームとの調整役が必要です。一人ではなく二人。研究チームの考えを理解しながらも、実務チームにそれを現実的なレベルで伝えられる、そんな稀有な人材をお求めなさい」


「……確かに。そんな人がいないと、まともにプロジェクトが進むどころか、空中分解し兼ねない気がしてきました」


「ウォルコットよ、その者は研究者の誰かが兼任するのでは駄目だ、と考えておるのじゃな?」


お爺ちゃんもそう思っているみたい。


「その通りです。相反する二つのチームの橋渡しは、片手間でできるものではありません。橋渡し役は今のケイティ殿のように、専任の部下を付けて、本当に必要なところに注力できるよう体制を整えてあげるべきでしょう。そのあたりは家令のマサト殿が差配されるとは思いますが、アキ様も心に留め置くのが良いでしょう」


「部下というと、アイリーンさん達のように魔導人形の方が良い感じですか?」


「それはそれぞれのチームのメンバー構成によるでしょう。様々な人種の集まりになるのであれば、部下もそのように多様にするのも良いかもしれません。纏める手間とのトレードオフですな」


「御忠告ありがとうございます。……ちなみにケイティさんはどうですか?」


「……アキ様。ケイティ殿は多芸多才な方ですが、既に大役を担われているので、他の仕事との兼任は無理というものですぞ」


「大役?」


「アキ様の活動の支援を行うという大役です。アイリーン殿達、女中三姉妹も含めて、研鑽を積んだ彼女達の役割は極めて重要です」


「そんなに? あ、いえ、ケイティさん達にはとても感謝してますけど」


「アキ様。私は先程、研究チーム、実務チームと分けましたが、正確にいうと三チームになると私は思うのです」


「三チーム目は何ですか?」


「マコト文書チーム、つまりアキ様とそのご家族の事です。家族という意味ではなく、専門家集団としての意味ですので、お間違えなく」


「他のチームと並ぶと?」


「あちらの知識は、五千年の歴史と百億の民の叡智の結晶ですぞ。他のチームに勝る事はあれ、劣る事などあり得ませんな」


そう言われると悪い気はしない。


「ウォルコットの言う通りじゃな。アキの提案を実際に動く者達にわかりやすく簡潔に説明し、取り纏めるのは、側から見てても手間のかかるものとわかるからのぉ」


「アキ様が、ちょっと大変と称された作業を、アキ様自身が説明して回る事を想像されると、彼女達の存在の重要性を理解できるのではないですかな」


今までにちょっと大変と言った話をして指折り数えてみる。……どう考えても僕一人じゃすぐパンクするし、話を纏められる自信もない。……なるほど。


「橋渡し役の話、確かに必要ですね。それに片手間でやるなんて無理ってこともイメージできました」


「なるほどのぉ。儂も少し考えてみるか」


「お爺ちゃんも?」


「儂も妖精界ではあれこれ聞かれる事が増えてきたのでな。サポート役でも募集してみるかのぉ……いや、先ずはパトロン探しが先決か」


「パトロン?」


「何をするにも、先ずは雇うための元手がいるじゃろう? それを出してもいいという協力者探しが先という事じゃ」


「資金繰りはそれだけで専任を設ける必要がありますからな」


「資金ですか……」


「アキ様はその点は安心ですな。家令のマサト殿や秘書のロゼッタ殿という心強い方々がいるのですから」


「……そうですね。ちょっとロングヒルに到着したら、家族だけじゃなく、二人にも手紙を書くことにします」


「きっと、喜ばれることでしょう」


ウォルコットさんが満面の笑みを浮かべて保証してくれた。

アキの求める人材について、発掘に携わる人に直接話せるということで、遠慮なくいろいろ注文を付けました。といってもアキとしてはかなり緩い制限のつもりです。あとウォルコットのような立ち位置の人がいてくれて助かりました。多分、同じ話をケイティやジョージが言っても説得力は、彼ほどにはならないでしょう。

次回の投稿は、十二月十六日(日)二十一時五分です。

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