4-14.ファウスト船長のターン(前編)
前話のあらすじ:ファウスト船長とのお話ということで、氷山対策あたりを切り口に、水上レーダーの導入を勧めてみたりしました。言うだけなら、勧めるだけならタダだからと、アキも気楽に話してます。
さて、航海の前半は僕の質問時間という事で、頭を使う内容の話を長くしてきたこともあって、ちょっと糖分が欲しくなってきた。
「少し休憩を挟みましょう。残った者達が作った茶菓子があるので、それをお出しします」
ケイティさんの勧めもあり、少し休憩する事になった。ベリルさんが空間鞄から取り出した大きな銀色の缶を開けると、ちょっと不揃いなところはあるけど、五種類のクッキーが山盛り入っていた。箱は保管庫なのか、出来立ての焼いた香りが食欲を掻き立てる。
それと濃いめの紅茶を淹れてくれたので、皆でクッキーを摘みながらちょっと一息。
ケイティさんが作った時の皆の様子という事で一枚の写真を見せてくれた。父さん、母さん、リア姉にマサトさん、それと全体を仕切ってノリノリなロゼッタさんが厨房で作業している様子が映っていた。
何でもできると称されるだけあって、父さんもマサトさんもそれなりに様になってる。
一番、苦戦してそうなのがリア姉なのはどうなのか。ロゼッタさんが手の掛かる子供に対応するような様が眼に浮かぶ。
一番面倒そうな器状の生地にレーズンを塗り込んだクッキーをリア姉が担当してるのは、本人がやりたいと言い出したんだろうね。
皆の気持ちが篭った焼き菓子はとても美味しく、濃い目の紅茶とのバランスもちょうど良かった。
良し、糖分補給完了!
ファウスト船長の話を聞く準備OKだ。
◇
「それじゃ、嬢ちゃん。今度は俺からの相談だ。今は世界の海を渡り歩いているのは我々の船と、僅かに鬼族の船がある程度だ。だが、いずれ各国は外洋船を作り、航海を始めるだろう」
ファウスト船長が話を切り出した。攻守交代だ。さて、何を相談されることやら。
「そうですね。街エルフの大型帆船が定期的に訪れていれば、海竜は脅威だけど安定的に回避できる方法が何かあると理解するでしょうから」
「そこで、質問だ。そうなって、あちらではその後、どうなった?」
「ミア姉はその辺り、紹介してないんですか?」
流石に世界史の話を延々とするのはちと面倒臭い。
「してるさ。だが、俺は嬢ちゃんの言葉で聞きたい」
なるほど。そこまで言われたら嫌とは言えない。さて時間もないし、色々と端折らないと。
「そうですね。地球での交易品の中身は割愛します。各国は初めは共存してましたが、旨味のある交易内容や交易ルートは被るものです。海は広大でも海流や偏西風の流れなどを考慮すると、経済的に航行できるルートは限られますから」
「まあ、そうなるか。で、次は国家間で戦争か?」
「流石にいきなりそこにはいきませんよ。まず、遠洋航海は危険なので船団を組みます。そして自衛の為に武装している訳ですが、海軍以外、というか商人達が交易のために船団を運用することが大半となってくると、海は広大で海軍は駆けつけるような真似は無理。お宝満載で航行する船は、鴨がネギを背負っているようなもの。なので、当然のように海賊も横行し始める訳ですが、それとは別に交易競争で劣勢な側が、状況を挽回するため、各船団に私掠免許状を発行しました」
「私掠免許状ってーのは?」
「他国の船を攻撃し、拿捕して、積荷を奪う海賊行為を、国が許可したんですよ」
「何じゃそりゃ。そんな真似をしたら国同士の本格的な戦争にすぐ突入だろ」
「地球では、大航海時代が始まったのが早く、まだ遠距離通信技術がありませんでした。つまり、一回出航したら寄港するまで、外部と連絡できなかったんです。そんな中、各船団は星空を観測して現在位置を割り出して方角を決めて、何か問題があったら全てを自力で対処する必要がありました。相手の船団もそうした独立運用状態なので、襲われた方も助けは呼べないし、例え、一部が逃走に成功して本国に報告しても、知らぬ存ぜぬとシラを切ることが容易だったんです」
「自分の身は自分で守れ、か」
「一国がそれを始めれば当然、他国も自衛の為にも同様の許可を出すことになり、平時には交易船、しかし有利な状況では私掠船に早変わりという怖い時代が続きました」
「何とも酷い話だ」
「もちろん、公には海賊を拿捕するという名目だったりするんですけどね。実質は、やった者勝ちでした」
私掠行為を繰り返して富を築いて、市長になったような奴までいるのだから、なんとも恐ろしい話だよね。
「だが、そんな状況は長くは続かんだろ」
「公式に終わるまで確か四百年間くらい続いた筈です。勿論、徐々に減少はしていきましたが、戦争のたびに増えたりしてたので。最後の頃は、私掠行為をしようとしたら強烈な反撃をされて拿捕された、なんてことにもなって割に合わなくなったようです」
「四百年とはまたえらく続いたもんだ。それだけ続いた主な理由は遠距離通信手段がなかったせいか」
「やはり海が広大過ぎるのと、船の航行速度が海の広さに比べて遅いのと、海賊や私掠船に襲われる頻度も高くなると海軍に討伐される関係で低めに抑えられていたのと、それと通信技術がなかったからですね。なので無線通信が発達すると、船団同士も情報交換できて、助け合うことができるように工夫もするようになりました。襲われそうになった時点で助けを呼べば、海賊もゆっくり私掠行為をしている訳にはいかなくなります。そうなってまで続けられるものではなかったんでしょう」
「で、今の話だと交易船団同士の戦いもあったが、国同士の大規模な戦いもあったんだな」
「互いに平時から足の引っ張り合いをしているような状況ですから、何かを切っ掛けに、何度も国同士の大規模な海戦が起きる事になりました。大航海時代も初めの頃は、搭載している大砲も数も少なく射程も短いものでした。あくまでも自衛用って感じですね。砲撃だけで決着をつけるのは難しく、最終的には船を寄せて、相手の船に乗り移って白兵戦なんてことになったようです」
「ふむ」
「その後、技術革新が進んで、射程距離の長い大砲が登場すると、船の甲板を何層にもして、そこにズラリと大砲を並べて、何十発もの砲弾を撃ち合うような戦いに変わります。左右合わせて七十門とか大砲を積んだ船が何十隻も戦列を組んで、互いに雨霰と砲弾を撃ち合うんです。距離が近くなると銃での狙撃に移り、白兵戦も稀にありました」
「数が多くて大砲をたくさん用意した方が勝つ感じか?」
うん、うん、やっぱりそう思うよね。
「そうでもないんですよ。相手より優速な側が戦場を自由に選択できるので、うまく相手を誘導し、戦力がバラバラになったところを包囲殲滅というように、船団全体の練度と速度、それと風向きに対する位置関係が重要でした。船に備え付けた大砲は横方向にしか撃てなかったので、位置取りが悪いと、攻撃できない遊兵状態に陥りますから」
「大砲を多く積めば船足が遅く回頭も鈍くなりそうだな」
「その通りです。なので、大砲をたくさん積んだ船、戦列艦という相手と四つに組んで撃ち合うことに特化した船なんですが、速さと火力のバランスがいいフリゲート艦に拿捕されたりもしてます」
「成る程。で、互いに工夫した船を集めて海戦というのが続くのか」
「はい。そして、動力船が生まれたことで帆船の時代は終わり、帆が無くなったことで甲板を自由に使えるようになったので大砲を回転する台座に乗せた砲塔にして、船の向きと関係なく好きな方向に撃てるようになりました。そして船体に装甲を施すことで生まれた艦種『戦艦』は沈まない船とまで言われ、如何に性能のいい戦艦を相手より多く揃えるかという軍拡競争の時代へと進んでいくことになります」
「今度もまた何百年という期間の話か?」
「いえいえ、それが違うんです。最後の帆船が航行してた時代から四十年後には、動力推進、回転砲塔、金属船体に装甲板を施した戦艦群の艦隊同士が戦ってますからね。やはり鉄の大量生産ができるようになると、技術は一気に進みます。帆船の時代が長かったのは、木造船だったというのもあると思いますよ。森を切り尽くしたらそれ以上、作れませんから」
「アキ様、木造の帆船から、風を気にせず自由に航行する鉄の城と呼べるような船の時代になるのに、僅か四十年ですと!?」
ウォルコットさんが技術者視点で考えて驚きの声をあげた。
「石炭を掘って、鉄鉱石から鉄板が作れるようになると、木の成長を待たないでどんどん作れるのと、蒸気機関の発明で、産業に動力を導入することが並行してましたから。恐ろしい技術進歩ですよね」
僕の話を聞いて、皆も街エルフの国に当て嵌めて、想像以上に時間がないことに驚いたようだ。なにせ自分達が既に総金属製の帆船を運用しているのだから、相手ができない、などと侮るようなことはできない。まぁ、他国の技術レベルがどの程度かにもよるんだけど。
「あちらには竜族がいないから、いくらでも建造して訓練し放題ということですかな?」
「そうですね。どれだけ水と空気を汚しても、竜族が怒って更地に変えるようなことがないので、平均寿命が落ちまくるほど好き放題やって、大量に建造して戦争で壊し合いました。まぁ、そんな戦の花形だった戦艦群も四十年後には航空機の発達でお役御免になるんですが、こちらとは状況が違うのであまり参考にはならないかもしれません」
「こっちには天空竜達がいるからな」
飛行機がばんばん飛びまくる状況は、イメージしにくいんだろうね。攻撃、防御、魔術、移動どれをとっても突き抜けてる天空竜が我が物顔で空を飛んでるのを見れば、そう考えるの仕方ない。
「とは言え、天空竜は弱点だらけなので、いずれは消え去る運命にありますけどね」
現代戦の視点から見れば、天空竜は弱点だらけで、まともな運用ができない欠陥兵器もいいところだと思うんだよね。
「はぁ? 嬢ちゃん、そいつは――いや、そいつはまた別の機会にしておこう。今まで聞いた話はあくまでもあちら側の話だ。ここからは嬢ちゃんの考えでいい。もし、敵側にビクトリア号のような大型帆船がいたとしたら、どうやって戦おうとする?」
相談というのはソレですか。
「乗ってる船を沈める想定とは、気が滅入りますね」
「だから、似たような船だ」
一応、配慮はしてくれていたっぽい。ちょっと不満だぞっ、と視線を向けてみたけど、柳に風と流された。
なんだか、すっごく子供扱いされた気がする。……まぁ、それはちょっと横に置いておこう。時間もないし。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
アキも端折れるところは徹底して削るってことで、海戦という視点だけに限定して1500年頃から1900年頃まで駆け足で説明しちゃいました。世界史も何かに注目してそれ以外ばっさりカットして流れを追ってみると、その流れが結構面白いんですよね。
次回の投稿は、十二月九日(日)二十一時五分です。
そうそう、誤字報告機能というのが実装されたそうです。とりあえず、報告を受け付ける設定にしてみました。活用していきたい機能ですね。