4-12.アキのターン(前編)
前話のあらすじ:ぐっすり寝て、心機一転、大型帆船ビクトリア号に乗って、遂に出航しました。VIPルームの設備を色々眺めたりしてたら、入ってきた船長は、なんと作業員のファウストさんで。って感じの話でした。
さてさて、何を聞くか。まずは軽い話題から触れてアイスブレイクといこう。
「では、ケイティさんのエピソードを何か教えて頂けますか?」
僕が切り出した話題に、お爺ちゃんが、そこから行くかって顔をしたけど、行くならそこからでしょ、うん。
非の打ちどころがなさそうな素敵なお姉さんのケイティさん、その別の側面を知ることができる機会、それを逃す訳がないよね。
「いいぜ。ケイティもそう警戒するな。ある意味、有名な話にしておくからよ。――さて、探索者として数々の依頼をこなしてきたケイティだが、実は船旅が少し苦手なんだ」
ファウスト船長に宥められて、ケイティさんが胡散臭そうな視線を向けるあたり、二人は仲良しそう。
「え? そうなんですか? そうは見えませんけど」
「船酔いが酷いとかじゃないからな。船には付き物のある動物と何故か相性が悪くてな」
「船で動物というと猫とか?」
帆船と言えば、猫というのが定番だ。
「その通り。大型船は鼠対策に角猫を乗せてるんだが、何故かケイティは奴らに揶揄われるんだ」
そこで、ひょいとトラ吉さんが顔を上げて、ケイティさんを横目で見ると、興味深そうにファウストさんのほうに顔を向けた。さあ、話せと言った感じだ。
「嫌われているのでも、好かれているのでもなく?」
「何かとちょっかいをかけてみたり、歩いているところを上から肩に飛び乗ってみたり、或いは他の船員と遊んでいるところにケイティがくると、わざと無視してみたりと、な」
「うわー、すっごく扱いに困る猫ですね」
僕の言葉にケイティさんも、その通りと深く頷いた。
「船員にとって猫は癒しだからな。悪戯もされるし、布団を占拠されたりもする。猫は気まぐれで、好意を向けたと思ったら、次の瞬間、もう十分、離れろと猫パンチだ。だが、そんな自由気ままな振る舞いがいいんだろう」
延々と続く代り映えのしない光景、繰り返される日常業務。そんな中、我が道を行く猫のぶれない姿勢に癒される人も多いんだろう。激務に明け暮れる大人が猫と戯れている様子も公園とかでよく見かけたものだった。
「なぜ、角猫なんです? 鼠対策なら普通の猫でも良さそうですが」
「普通の猫は、魔導師級の魔力持ちがいると逃げ出しちまうんだ。本能的に怖がるんだろう」
「それは残念ですね。ほんと」
となると、僕の場合も本来なら逃げ出されるはず。なのに、魔力属性が無色透明なせいで、逃げ出されない。
……逆に不味いかも。僕の魔力に耐えられないのに、遠慮なく近づいてくるとしたら。
これはちょっと注意しておこう。可愛い猫が僕に触れられただけで体調を崩したりしたら可哀そうだ。
「高い魔力持ちの探索者達も多いからな。そんな輩がいても平気な猫となるとやはり角猫になる訳だ。仮に高い所から落ちても、魔術で仮初めの壁を作って、上手く勢いを殺して降りるくらい朝飯前だ」
マストに登るのが好きな猫もいるんですよ、とケイティさんが補足してくれる。二十階建ビルに匹敵するマスト、ロープなんて掴めないだろうに、よく登るものだ。
「それは安心ですね。でも不思議です。何かフェロモンでも出てるんでしょうか」
「んにゃー」
トラ吉さんが、外れって感じに鳴いた。
ケイティさんがほっとしてる。
別にケイティさんも猫が嫌いというわけではなさそうだね。構い過ぎる感じでもないし、五月蝿い訳でも、身振り手振りが大きい訳でもなく、突発的な動きをすることもなく、暴力を振るうこともないと思う。うーん、猫に嫌われそうな要素はない気がする。
「なんでだろうね、トラ吉さん」
僕の問い掛けに、トラ吉さんはケイティさんを見て首を傾げ、大きな欠伸をすると目を閉じて寝てしまった。
「とまぁ、角猫が理由を教えてくれることもなく、ケイティが角猫にからかわれる事態が改善することもなしってことよ」
「なるほど。それで、有名な話というのは?」
流石に今の話で『有名な』というには弱いと思う。
「ケイティが楽しみにしていたケーキを、猫が背後からかすめ取ろうとして失敗し、二人の間の床に落ちた事件があったんだが」
それは誰でも怒りそうだ。
「それで猫がしおらしい態度でも取れば、違ったかもしれないが、落ちたケーキを一瞥して溜息なんぞをついたせいで、ケイティがブチ切れて、な」
ケイティさんを見てみると、あーそんなこともありましたねー、などと遠い目をしている。
「溢れる怒気が、魔力の高まりとなって、あちこちの魔導具を壊すほどで、猫もやり過ぎたと気付いたようだが、後の祭り。その後、逃げまくる猫と、追いかけるケイティが船内を所狭しと暴れ回る大騒動に発展したんだ。最後は猫がメインマストの上まで追い詰められて、しがみついて子猫のように泣きまくる事態にまでなったのさ」
「うわー」
「ずっと前、駆け出しの探索者だった頃の話ですよ」
それに、今ならもっとうまくやります、などと補足するケイティさん。
なんだか全然、安心できないけど、それより気になったことがある。
「探索者になる前から魔導師だったんですか?」
「そうです。まず魔術に精通し、更に見識を深めようと探索者の道を選びました」
「なるほど。で、その騒ぎで、猫は懲りて、ケイティさんに近寄らなくなったとか?」
「――いえ。それからは私が食べ物を持っている時に背後から奪おうとしたり、乗っかってくるような真似はしなくなりましたが、後は今までと変わらないか、よりちょっかいをかけてくる始末で」
ケイティさんが溜息をついた。
「そんなことから、魔導師は怒らせると怖いとまぁ、話が有名になったのさ」
「ケイティさんも妙な愛され方をされてますね」
「愛されている……私がですか?」
目を瞬いて、ケイティさんが意外な言葉を聞いた、って感じに聞き返してきた。
「猫は嫌いな人にわざわざ近付いたりはしませんよ」
猫は嫌な相手が来たら距離を離すか、無視するか。少なくともわざわざ手を出しに行くような真似はしないのだから。
「好きな子にいじわるをするガキみたいなもんじゃねーか?」
ガハハ、とファウストさんが笑うのに対して、ケイティさんも、なんて面倒臭い、と返すけど、場はだいぶ和んだようだ。
良し良し。
……さて、入り口は良し。
なら、次は硬過ぎず、専門的過ぎず、柔らかい切り口で、船長に聞ける機会に相応しい話題を振らないと。
◇
「さて、ファウスト船長。この船は遠くにいる海竜達の音を聞き取る仕組みがありますよね」
「あぁ。受動的ソナーだろ」
「それって、音を聞き分ける聴音士の人とかがいて、竜語を理解してたり、声で個体を識別できたりするんでしょうか?」
「聴音士ならそりゃいるが、あくまでも対象との距離、方位、数を識別する程度だ」
「竜語の理解は? 知性が高いのなら、海竜同士で会話とかしてないんですか?」
「奴らが様々な音を使い分けていることは知られているが、複雑な意味を伝える方法としては使っていないって話だ」
「それは捜索に使うとか、仲間に警告を発する程度にしか使ってないと?」
「そういうことだな。ある程度距離が近付けば、思念波で直接、意識を伝え合うからな。音でそこまで伝える必要がないんだろう」
魔力が膨大にあるからこそできる力技、でも遠距離は苦手って感じか。
「内容はともかく、海竜の発する音や、泳ぐ時に生じる音で個体識別、具体的には音紋ライブラリを作ってますか?」
「やけに個体識別に拘るんだな。我々がやってるのは海竜を見つけたら、その位置、時間を海図にプロットする程度だ」
「あぁ、それは便利ですよね。彼らとの遭遇を回避するのに使えそうです」
「アキ様、音紋ライブラリとは何でスカ?」
ベリルさんが話に割り込んできた。見ると手帳にペンを持って書き留める気満々だ。
「人が歩く時の姿勢や靴音から誰か識別できるように、人の声を聞けば誰かわかるように、音の描く特徴を紋章のように沢山蓄積して、照合できる仕組み、それがライブラリ。それで音紋に特化しているから音紋ライブラリってこと」
「それは聴音士が聞き分けるのと何が違うのでしょウカ?」
「人が識別できる違いはせいぜい数百種類くらいだから、数千、数万と増えると手に負えなくなる。だから、それを補う仕組みがどうしても必要になるんだよね」
「ありがとうございまシタ」
「音紋ライブラリについてはまぁわかった。それでなんで個体識別に拘るんだ?」
「それはもちろん、海竜の総数、生まれる子供の数や成長にかかる期間、怪我の状態、粗いレベルですが感情を分析できるからです。危険な性格の海竜がいたとして、遠くからそれを識別できれば、回避もしやすくなるでしょうし、穏やかな性格の海竜だとわかっていたら、逆に接近して交流を深めることもできる訳ですから」
僕が言ったことを聞いて、ファウスト船長が顔を顰めた。
「そりゃ言うは易し、行うは難しって奴だぜ。海竜は危険だから発見したら距離を離す、これは鉄則だ。だから、海竜の発する音もそうそう情報は蓄積されていない。危ない橋は渡れないからな」
多くの人命を預かる船長らしい言葉だ。安全第一で航行してくれるのは好感が持てる。
「なら、録音機能を持つ聴音機の類を彼らが回遊するルートに仕掛けておいて、音を拾い集めて、後から回収して分析すればよいかと。あるいは海底に聴音機をずらりと並べて、有線で情報を送って遠く離れた拠点で解析するという策もいいですね」
「いつ来るともわからない海竜の音を拾うために魔導具を使うのか? というかそんな長時間持たないだろ」
「そこは些事ですよ。海竜は大きな音を発するでしょうから、ある程度大きな音を拾うまでは休眠状態にでもしておけばいいんです。そうすれば、魔力消費も抑えられます。そうして集めた膨大な音紋ライブラリを、各船が装備するようになれば、海竜相手の航行もその姿勢も含めて一変すると思います」
僕の話を聞いて、少し考え込んでいたファウスト船長だったけど、考えが纏まったみたいだ。
「……音を拾い集めるのは、聞き耳を立てる魔導具にやらせればいい、か。時期をみて蒔いて回収するだけなら、さほど手間でもないな」
ファウスト船長が、結構やる気を見せてくれてる。いい感じだ。
海竜達を識別できることの優位性も理解してくれたようだし、やはり現場の声は大事だと思う。
「音を分析して、個体識別して、それを素早く照合する仕組みはちょっと大変と思いますが、頑張ってください。やっただけの価値は間違いなくあります。天空竜の推定数から考えると、海竜もせいぜい数万から数十万頭しかいないでしょうから、ライブラリが出来上がるのもそう遠い話ではないと思います」
船長しか知りえないレベルの具体的な話題に対して、僕からみた見解、新たな可能性を示せたから掴みは十分と思う。
よしよし、と思った僕だったけど、なぜかケイティさんが、あぁ、やっぱりという表情を浮かべた。
「ケイティさん、何かありました?」
「いえ。アキ様の『ちょっと大変』が出たな、と」
なぜか、ベリルさんもうんうん、と頷いている。
「今ので『ちょっと』かよ……」
ファウスト船長が呆れた視線を向けてきた。……なんか理不尽な評価を受けた気がする。
「貴方も聞いている次元門の話、アレが『かなり大変だけど不可能ではない』とかですよ」
「……納得した。それに比べたら確かに音紋ライブラリなんざ、『ちょっと』だな」
僕以外の誰もがなぜか同意したようで、場が不思議な一体感に包まれてしまった。
まぁ、そこは気にしても仕方ない。次行こう、次。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、アキから話していいよ、と言われたので始まったファウスト船長とのお話タイム。まずはアキから話題を切り出していい時間ということで、アイスブレイクということで入りやすい話題から開始しましたが、時間もあまりないので、さっさと現役船長相手だからこそできる話題に切り込みました。
次回の投稿は、十二月二日(日)二十一時五分です。