4-10.年の功
前話のあらすじ:街エルフの国での最後の夜。ちょっとリッチな家族向けホテルっぽいとこに宿泊してのんびり。だけど、ファウストと話をしていた時に、誤解を招く発言をしていたとケイティから釘を刺されて、しょんぼりのアキでした。
自分だけで考えてもいいアイデアが出てこない時には、考えた事を誰かに聞いて貰うと、思考の漏れに気付いたり、別の視点を得られたりと、行き詰った状態から脱出できる事もある。
僕はお爺ちゃんに、思い付くままにどんどん話すことにした。
まず、問題と思ったのは、僕の父さんと母さんが、誤解されてしまうのではないか、ということ。
自分の子供に異世界の事ばかり教え込んで、意図的に、こちらの知識を与えないような実験を我が子に施すような真似をした、と誤解されちゃうかも。
「ふむふむ、それが事実なら大変と考える親切な輩や、これ幸いとつけ込んでくるような輩が出てきそうじゃのぉ」
「子供は親のオモチャじゃない!って非難してきたりするかも」
でも、それはアキという末娘がいた事を前提とした話。
そもそも、ほんの一ヶ月前まで、一切存在が確認できなかった僕は、ミア姉と瓜二つの姿で、しかもリア姉と同じ唯一無二の魔力属性『無色透明』を持っている。
そんな奇跡のような偶然があったと考えるより、人為的にそんな存在を作り出したのではないか、そう考える人も出てきそう。
「所謂、人工生命という奴じゃな」
「あ、いるんだ」
「いや、そういう存在を生み出そうという一派がいると聞いた事がある程度じゃよ。それに手間も時間も費用も膨大にかかる上に、ゼロから生み出せるものではなく、誰かの年の離れた双子程度でしかない、という話じゃった」
記憶のコピーは話題にはなるけどうまくいかないという話だから、人工生命に誰かの記憶を転写するって作戦もとれないし、ほんと、人為的に双子を作れるってだけだ。
「クローン人間って感じだね。子に恵まれない夫婦にとっては、福音かもしれないけど、輸血や臓器移植の難度が下がる程度だし、養子縁組した方がいい気もするね」
「輸血? 例え双子の間でも魔力属性の違いから、血を分け与えてもろくな事にはならんぞ?」
「あ、こっちだと遺伝子が同じなだけじゃ意味ないのか。難しいね」
「話が逸れたが、我が子に歪な育て方をした、というより、望んだ資質を持つ人工生命を生み出した、という方が話が大きくなりそうじゃの」
「だよね。後はミア姉と僕の魂交換プロジェクトは、リア姉と僕の魔力共鳴効果の研究に役立つからと、確か国の許可を得ていたはず。だから、それを知っている人なら、僕の中の人が誠だ、と気付くとは思うけど、そこまで知ってる人なら、今更の話だよね」
「うむ。そこまで知っておるなら、アキがそう発言するのは当たり前と思うだけじゃろう」
うーん、他に影響は……
「特殊な育て方にせよ、人工生命にせよ、普通とは異なる視点を持つ子供がいるという事実は変わらない。ならば、街エルフの国はなぜ、そんな子供を必要としたのか、という視点で考える輩も出てくるじゃろう。次元門の構築は、尖った人材を貪欲に集めようとしておるじゃろう? 圧倒的に優位と考えられている街エルフの国が、なぜ、そんな事を始めるのか、考え出す国も現れるやもしれんか」
お爺ちゃんの言う通り。
「でも、それは妖精のお爺ちゃんもいるし、僕が僕であることの影響は小さい気がするね」
「うむ。今回の留学もそうじゃが、街エルフは別にアキのことを隠すつもりはないようじゃからの」
無論、こちらから喧伝するつもりもないようじゃ、と補足してくれる。
「そうなると、やっぱり、再発防止策がないと不味いよね。でも、街エルフのことなんて僕はほとんど知らないし、帰属意識を持てと言われても厳しい気がする」
「うむ。儂もいきなり、街エルフとしての意識を持て、などと言われたら同じように困惑することじゃろう。他に考えたことはあるじゃろうか?」
他……うーん、他……
「思いつかない。今回は口止めして貰うとしても、僕がまたミスをしない策が必要だと思うくらいかな」
ふむふむと頷いたお爺ちゃんはふわふわと飛びながら、腕を組んで、暫く考えてから、口を開いた。
「そもそも今回の件は、大きく考えると別に何の問題もない。周知されるとアキの生活に色々と制限が入るだけじゃ。そういう意味ではケイティ殿は優しいのぉ」
「制限?」
「アキの正体が『マコトくん』だとバレたことで、ファンに押しかけられて有名人の仲間入りじゃな」
「うわ、それは勘弁してほしい。僕、ただの一般人なのに」
それに、話も聞けてないけど、助手人形のダニエルさんは『マコトくんの司祭』という話だ。ちょっと想像しただけでも面倒臭い。だいたい皆がイメージする『マコトくん』と僕がどれくらい乖離しているのか、想像しただけでも恐ろしい。
冷血宰相と呼ばれた人が、家庭では家族思いの優しいパパだった、なんて逸話は地球でもゴロゴロしていた。
だから、実在した人物であったとしても、見る人によって印象は全然変わってくると思うんだよね。
……ご利益がある知識を惜しげもなく伝えてくれた異世界に住んでいる少年。
こちらの人の感覚で、あっちの溢れる情報の大波を受けたら、僕が『一般人の普通の子供』と言ってたとしても、それをそのまま受け取って貰えるかどうか。
こちらは大半の人が、他国に行くこともなく人生を終えるという、人の流れが江戸時代よりも抑制されている世界。
どう考えても、『そんな普通の子供がいるか!?』だね。
「じゃから、話がおかしな方向に転がりそうになったなら、正直に正体をバラせば、アキが懸念する両親への誹謗中傷は防げる。その程度の話じゃ」
「なるほど」
「ケイティ殿は、有名人生活をするのはアキが大変だろうからと、敢えて忠告してくれたのじゃ。そういう意味でケイティ殿は優しい」
「うん。そうならないで済むなら、そのほうがいいから、言ってくれて良かった」
「あとな、アキの発言じゃが、アキが背伸びして答えたことも問題じゃ」
「背伸び?」
「アキは儂もそうだが、一般的な街エルフを語れる程、詳しくは知らんじゃろう?」
「うん」
「だから、街エルフについて語る時は、そう聞いたと付け加えるか、一般的にはそう言われてますね、と言えばよかろう」
「なるほど。確かにそう聞いたよ、と正直に言えば、問題ないもんね。嘘は言ってないし」
それなら、本当のことしか言ってないからボロは出ない。
僕が問題解決だ、と喜んでる様子を見て、お爺ちゃんが、ただ、と話を続ける。
「ただ、その場合、問題と言えるかどうか――」
「何かあるの?」
「アキの偽経歴が更に堅固な物になると思ったのじゃよ」
「あぁ……まぁそれは仕方ないね」
そう話に聞きました、自分は間接的にしか街エルフを知る機会がありませんでした、とアピールする訳だもんね。館の敷地から出たことがないのも事実だし、深窓の令嬢コース真っしぐらだ。……仕方ない。
「嘘は少ない方がいいからのぉ」
「お爺ちゃんは正直者って話だもんね」
自称ではあるけど、誠意をもって行動してくれているのは間違いないから、そうズレてはいない自己評価だと思う。
「本当の中に少しだけ嘘が混ざった方がボロは出ないものじゃ。嘘ばかりで固めても脆く崩れ去るのがオチじゃからな」
「……なんか説得力があるね」
しみじみと語るお爺ちゃんの様子は、そうして中身が空っぽになった誰かを明確に心に描いているようで、聞きたいような聞きたくないような。
「あとは本当の事でも、語らんでもいい事は触れないのがコツじゃ。相手が勝手に推測して穴埋めしてくれるからの」
「お爺ちゃん、本当に正直者?」
なんか、雲行きが怪しくなってきた。何でも語ればいいってものじゃないけど。
ちょっと、疑惑の眼差しを向けてみた。
「良いか、アキ。嘘はバレなければ嘘ではないのじゃ」
「うわー」
ふんぞり返って、堂々と言う言葉がそれ!? 真実ではあるけれど、確かにそうだとも思うけど。
「アキはまだ若い。正直に言うか、伝える情報を選ぶ程度にしておくことじゃ。――嘘はだんだん重くなってくるからのぉ」
「……うん、そうだね」
嘘がバレないように、また嘘を重ねて。相手の想いで重くなった嘘は、心の中にどんどん溜まっていく。
お爺ちゃんが、最後にぽつりと告げた言葉は、茶化せるような雰囲気でもなくて。
でも、お爺ちゃんに相談できてほんと良かった。
自分だけなら、ボロを出さない策も思いつかなかったし、やっぱり自分だけの思考だと偏るから。
困った時にはなるべく早く助けを求める。
基本的なことだけど、これからはそれを忘れないように注意しよう。
そう。僕はこっちではまだ未成年で子供扱いなのだから、大人に頼っても仕方ない。
……都合よく子供の立場と大人の立場を使い分けるような真似は控えよう。
そういうのが許されるのは中学生までだからね。
人生経験を積んだ老人の言葉というのは、やはり若者のそれより重みがありますよね。酸いも甘いも嚙み分ける大人でないと、難しいこともやはり色々あるもので。
という訳で、問題も解決したアキはぐっすり眠って、心機一転、出航の日を迎えることになりました。
次回の投稿は、十一月二十五日(日)二十一時五分です。