1-8.日本の教育、その評価
表現をちょっと修正しました。(2018/04/16)
さて、大目標は決まった。では初めに行うべきは何だろう? 実現可能で最初に取り掛かれるような目標、マイルストーンをまずは決めないと。
「では、過程、方法は後で考えることとして、まずは助けた後、どんな結果になってて欲しいかから明確にしていきましょう」
ケイティさんが話を誘導してくれた。 そう、助けるといっても色々考えらえる。
「そうですね、やっぱり、『ミア姉が僕の隣にいること』でしょうか。 あと、やっぱりミア姉には元の身体に戻って貰いたいです」
そう、僕が入った状態じゃ、ミア姉の魅力は数%だって再現できてないことだろう。
「では、今はミア様の魂が入っている、ニホンにいるマコト様をどうにかして、魂だけでなく身体も含めて、こちらに連れてくるのがまず一つ目。 そして、アキ様とミア様の魂を入れ替えて元の状態の戻すのが二つ目、ですね」
ケイティさんが二つをホワイトボードに箇条書きにしていく。
確かに後者だけをやったら、元に戻るだけで、ミア姉に会うという最大目標が達成できない。
まずは僕の身体ごとこちらに喚ぶ、そして魂の再交換をする、だ。
「まず、大別して、方法としては魔術と科学がある。魔術は制約は多いが、時空間の操作を行う域には達している。科学はアキに多くを教えて貰ったこともあり、かなりの飛躍を遂げたが、まだ模倣の域は出ていない。だから、あちらにいるマコトを連れてくるなら、方法は魔術ということになる。 ここまではいいだろうか?」
リア姉の話はよくわかる。日本というか地球でも、並行宇宙へのアクセスなんていうのは夢物語だ。選択すべき方法は魔術、確かにその通り。
「はい。 それにしても時空間の制御までできるなんて凄いですね! 瞬間移動とか、時間停止とか、空間を隔離するとかできちゃうんでしょうか?」
「外見より沢山物が入る空間鞄、遠い場所との行き来を可能とする転移門、対象空間の時間の流れを加減速させる結界、といった感じで、実用化されているものはそれなりにある。 ただ、何でもできる訳じゃなく、制約は多い」
おー、なんだか急に異世界って感じがしてきた。科学ではまだまだ手が届かない超技術、いや魔術だ。
「ただ、異世界である日本から、マコトを連れてくる話だが、アキがこちらにくる前の時点では実現不可能だった。そもそも可能なら、それこそマコトを身体ごと、こちらに喚んだことだろう」
確かに。面倒な魂交換なんて真似をせずとも、僕がくればリア姉と魔力共鳴ができたはず。
「だが、それは今後も不可能であることを意味するものではない。あちらでは、魔術なしでも他の惑星まで手を届かせたくらいだ。我々が科学への理解を深めて、魔術と併用をすれば、可能性は出てくる。私はそれを確信している」
自分で成し遂げたことじゃないけど、やっぱり誇らしい。 そして、魔術と科学を併用すれば、今までにない道も確かに開けてくると思う。
「魂の交換は、実現している魔術でもあるから、マコトを身体ごと喚ぶよりは難度は低いだろう」
「難度は上がるものなんでしょうか?」
「当然上がる。簡単な魔術すら効くか怪しいのに、より繊細な魂の操作が簡単にできるとは思えないな」
なんとも、ハードルはどちらもかなり高い、というか、解決方法はゼロから考えるってことか。
「そして、いずれにせよ、鍵はアキ、君だ。ニホンと深い繋がりがあり、ミア姉との経路も確立している。世界の数は無数と考えられるが、既にニホンを示すコンパスはある、そう考えていい」
「そう考えると、少し希望が出てきました。そうなるとまずは僕が魔術を使えるようになること、これが最初のマイルストーンですね」
「アキが、魔導師級の使い手になれば、条件としては最適だ。道は険しいが不可能じゃない。我々もできるだけ支援するから」
リア姉がぐっと拳に力を入れて励ましてくれた。そう、確かにここで他人任せになんてしてられない。可能なら自分の手で成し遂げたい。
「アキ様は未成年なので学ぶ権利と義務があります。ニホンでは高等学校に行っていたというお話ですので、今のアキ様にちょうどいいカリキュラムを用意するためにも、まず現状の確認作業をしましょう」
「試験とかですか?」
なんとも気が滅入る。試験は大嫌いだ。まぁ、好きな人は少ないとは思う。
「私が各分野についてお話を聞いて、現状を判定をしていきます。ご安心を。ちゃんと教員免許を持っているので、そのあたりはお任せください」
励ますような笑顔が眩しい。学ぶのが嫌という訳ではないけれど、異世界まできて、学ぶことになるというのはちょっと考えてなかった。
「頑張れ」
リア姉が同情するように苦笑をすると、部屋を出て行った。
確認作業が終わった頃にまたくる、とのことだった。
「ケイティさん、そういえば、異世界からきたという話は秘密にしないと、僕の希望が叶わない、という話でしたよね」
「はい。その通りです。公表した場合、アキ様が魔術を学ぶような時間の確保は難しいでしょう」
「それって、もしかして、ミア姉が書いて紹介した本と関係ありますか?」
というかそれくらいしか思いつかない。
「謎が多く、解釈も割れていた書物の語り部である、あの『マコトくん』に直接話が聞けるとなれば、話を聞きたいという人が並ぶだけでも、隣町まで列が続くほどでしょう。アキ様は質問への対応に忙殺されることは避けられません」
「そんなにですか」
「そんなに、なのです。ちなみに熱心なファンが集うのは止められないでしょうから、外出するのもままならなくなるかと」
まるでスター選手みたいだ。どこに行っても騒動になるせいで、インドア生活一直線って奴だ。
「あー、それは避けたいですね」
そんな生活をしてても、ミア姉を助けるのにはきっと何の役にも立たないのだから。
◇
ケイティさんは部屋の隅に置いてあった頑丈そうなケースを机の上に置き、中を開いて見せた。机の沈み具合からしてかなりの重さだ。ずらりと短剣とか刀とかハンマーとか、多種多様な武器が並んでいる。
「ではまず、心身の定着状況を確認する意味も兼ねて、ナイフを用いた近接戦闘から判定してみましょう」
当たり前のように言って、ナイフを手渡そうとしてくる。
「い、いえ、ケイティさん、僕はそういうナイフで、というか武器を持って戦うような技能は学んでいません」
僕の言葉に、ケイティさんがぽかんとした表情を見せた。 ちょっと意外で可愛らしい。
「え? ナイフでなくても、棒でも、ナックルダスターでも、剣でも槍でも、弓とか、銃でもいいですよ?」
他のケースも持ってきましょう、などと言い出した。
「いえ、ですから、本当に、どれもやったことないです。ないんです」
かなり予想外だったようで、僕の言葉を受けてケイティさんは深く考え込んでいる。
「籠手を使った格闘術とかはどうですか? 盾を使った鎮圧戦闘術とかでも――」
「戦闘全般、一切経験なしです。武器を使った経験じゃなく、戦闘経験がないんです」
「でも、徒手空拳術くらいはさすがに学ばれているでしょう?」
ケイティさんはかなり納得ができないようで、まだ食い下がってくる。
「ですから、ないんです。日本ではそもそも武器を持ち歩いているだけで警官に職務質問されちゃいますよ。日本では死ぬまでに争いを経験しないのが大半なんです」
ここまで言ったおかげか、やっとケイティさんは、僕の言ったことが事実だということを認識してくれたらしい。でもまだ納得はしてない。
「でも、それでは、魔物に襲われたら、どうやって身を守るんですか?」
「日本には魔物はいないんです」
「鬼に襲われたら撃退しないと」
「鬼もいません」
「本当に、本当に、欠片も学んだことがない、と?」
やはりどうしても受け入れがたいのか、まだ念押ししてくる。
「中学生の頃、剣道は授業で教わりましたけど、それはどうでしょう?」
「ケンドー?」
「竹刀という、細い竹を束ねた模擬刀を用いて、鎧を模した防具を身に着けて、四角いエリアで一対一で戦う武道です」
「……一応、近接戦闘を模しているようですが、アキ様は、その竹刀を使って相手の急所を躊躇なく攻撃できますか?」
「急所というと、目とか?」
「いいですね。そう、眉間、目、口、喉、心臓といった体の中心線に沿った部分です」
ケイティさんが自分の身体を指さして、こういったところ、と示す。
「そんなことをしたら、相手が怪我をしちゃうじゃないですか」
防具も付けてないところを突いて怪我をしたりしたら大変だ。
「――まず、そこからですか」
ケイティさんは、深い溜息をついて、戦闘技術全般のチェックシートに、習得スキルなしと書き込んだ。
◇
ケイティさんは今度は、キャンプ用品というか本格的な登山用品の類の入ったケースを開いた。
「それでは、気を取り直して、初等教育の基本、サバイバル技術からいきましょう。まずは基本装備の扱い方からの確認を――」
「あの、多分、経験してないので無理です」
僕の言葉に、また聞こえているけど、理解できないって顔になった。
「え? 掘ってよし、殴ってよしのシャベルの使い方とか、トラップの作り方とか、足跡を残さない歩き方とか、水の確保方法、見つからないための隠蔽方法あたりでいいんですよ?」
「ないです、無理です。そういうのはボーイスカウトの経験者でもやらないと思います」
やっていたらそれはきっとボーイスカウトじゃない。
「もしかして、装備を付けた状態でロープを使って高所から下降するとか、重装備で雪中行軍するとか、そういうハードなのをイメージしてたりしませんか? それらは中等教育で習う内容なので」
「いえ、そもそも整備された道がある山を登ったことがある程度で、サバイバルと言えるようなことは何も」
経験はないのだ、と明確に伝えたつもりだったけど、どうも違ったらしい。
「凄い経験をしてるじゃないですか。謙遜しないでいいんですよ。山に行くなんて、精鋭の探索者だって躊躇する困難な任務なのに……あ、魔物も鬼もいないんでしたね」
一瞬、高まった感情は一気に萎んでしまった。
「はい。子供が登るような山には、熊とか猪とか猿にも、遭うことはほとんどないです」
「山には、竜もいない、と」
「いません」
「……なんだか、高さがあるだけの里山のようですね」
「街中で暮らしていると、サバイバル技術を必要とするようなシーンがないんです」
「では鶏を捌くのはどうでしょう?野外調理の基礎ですが。山菜の確保は植生を把握していないと無理なので、そこは対象外としますね」
「あ、魚なら捌けます」
「いいですね、では着衣泳法はどうですか?」
「水着を着てなら泳げますが、着衣のままで泳いだことはないです」
魚の下拵えは悪くなかったようだけど、着衣泳法未経験はまたポイントが急降下したようだ。
「――火を点けることはできますか?」
「火打ち石を使えば点けられます」
「最初はそれでも良いかと。ではナイフを研ぐことはできますか?」
「包丁砥ぎ器を使う程度なら」
うーん、と考え込んでる。
「衣類の破れは修繕できますか?」
「波縫いで雑巾を作る程度でしたら」
むむむ、とケイティさんが唸る。
「では、サバイバル系はここまでとして、生産系の分野についてお聞きします。作物を育てたことはありますか?」
「幼稚園の頃に薩摩芋を掘った程度です。あ、授業でプランターですけど、プチトマトの栽培をしたことがあります」
「自然の猛威に触れることで、食材を得ることの大変さ、不安定ぶりを経験するのは重要なんですけど。そうですか。ほぼ経験なしですか……」
ケイティさんが眉を寄せて、チェックをしている。
「家畜を飼育したことはありますか?」
「ペットで猫は飼ってました」
「家畜とペットだとかなり違うんですね」
チェックをしてページをぱらぱらと捲った。都会育ちに農業、畜産系の経験を問われても無茶だと思う。
「林業はどうでしょうか? 苗木を守るための下刈り、下草を育てるための枝打ち、適切な太さに育てるための間伐と、森の大切さや、手入れの重要性を学べるんですけど」
「やっていたのは庭の雑草取りと、枯葉集め程度ですね」
うーん、とケイティさんが唸ってる。
「竹林でタケノコ掘りなんてしてませんか? 里山では子供達にも人気なんですけど」
「近くに竹林がなかったので」
なんだか話していて申し訳ない気がしてきた。
「陶芸はどうですか? 普段使いの食器をゼロから作る作業は初等教育では大人気なんですよ。好きなように絵付けをして、自分だけの器ができると皆、大喜びです。窯出しの時の独特の高い澄んだ音の合唱が楽しくなってくるんですよね」
ついに製造業に話が移った。確かにマイ食器を自分で手作りできたら、それは楽しそうだとは思う。
「釉薬が温度差でひび割れる音ですね。ドキュメンタリー番組で見たことがありますが、陶芸はやったことがありません」
僕の返事に、ケイティさんが肩を落とした。多分、こちらでは初等教育で定番の学習内容なんだろう。
「工具の扱いはどうでしょうか」
声がトーンダウンしてきた。
「本立てなら作ったことはあります」
大きさや作り方を軽く説明すると、ケイティさんは溜息をついた。
「工具の使い方を軽く経験した感じですね。他に工作関連で学ばれたことがあるようなら教えてください」
「パソコンで簡単なプログラムなら作成したことがあります」
どう処理をすればいいか考えて、命令を並べるのは面白かった。ビジュアルプログラミングだったこともあり、コードと格闘しないで済んだのも良かったと思う。
「なるほど。こちらでは出回っていないので評価が難しいですが、それは良いですね。だいたいわかりました」
ケイティさんは、チェックシートに、基礎からの再学習、特に実技は全般的に行う必要あり、と記した。
◇
そんな具合に様々な分野の技術について、確認作業が続いた。学問系や科学技術関連は専門課程入門あたりと評価されたので一安心。ある意味、日本人代表と言える訳だから、あまり低評価なのは避けたかった。
「では評価結果を発表します。リア様はご家族の方ということで、一緒に話を聞いてください」
総合判定はどうなのか気になる。
「結果は実技、特に初等教育で学ぶべき内容の多くが未習得でした。逆に学問系は極一部を除いて、満遍なく専門課程の基礎あたりまで理解しています。また、こちらでは検証途中の学問についても広範な知識を持っています」
示された蜘蛛の巣状のレーダーチャートが描かれた書類には、一般的な高等教育を学んだ学生のグラフと、僕のグラフが色違いで描かれてる。話にあるように、僕は実技がボロボロでその代わり、専門課程に属するという分野の多くが伸びていて、一般学生はその真逆といった感じだ。面積の広さは似たようなものだけど、とりあえず全面敗北は避けられたようで良かった。
「大方、予想通りだね」
「予想通り?」
「ミア姉から、『マコトくん』自身の話や、『マコトくん』から教わった情報はほとんど聞いているから。ただ、本当にそうなのか、念のために確認しておきたかった。何せ、こちらでは考えられないようなバランスの悪い教育内容だったから、信じられなかったんだ」
「そんなにバランスが悪いでしょうか」
「先人達の知恵と苦労、それに生き残る術を教えるのは親の義務じゃないか。もっとも、偽経歴にちょうどいいから、素のままでもいいね。アキは感情が表に出やすいから演技しないでいいと思うよ」
リア姉が、くくくっと笑いを堪えてる。
「そんな、笑うほど!?」
「病弱だったために外で学ぶ技術の大半は未経験で、ミア姉が持ってきたニホンの本ばかり読み漁っていて、すっかり、学問とか、ニホン文化ばかり覚えて、話に出てくる『マコトくん』を真似て男の子っぽい口調までしている女の子と。ほら、全然、違和感がない」
う、確かに。でも聞いてるとまるで中二病か、西洋かぶれの痛い子っぽい気が……
「アキ様、ご安心ください。未経験であれば、学べばよいだけです。明日から、魔術の勉強と並行して、こちらの文化や歴史、それと実技をいろいろ学んでいきましょう。女性としての振る舞いや話し方も必要ですね」
女性っぽさか。避ける訳にもいかないよなぁ。流石に、この外見でガサツな振る舞いは、僕自身が見たくない。
「よろしくお願いします。ただ、お願いが一つ」
「なんでしょうか?」
「元に戻った時に困るので、女性として身に着けておくべき振る舞いとかは必要最低限に抑えてください。ボーイッシュな女の子あたりを目標としたいです」
「見た目とギャップがありますが、わかりました。そのあたりを狙いましょう」
「その、お手柔らかに」
「はい。リア様、後で教育方針について相談させてください」
「わかった。アキ、まぁ心配するな。私みたいに、外でボロを出さない程度にやっておけばいいんだ。何も、ミア姉みたいに徹底する必要はない」
「ミア姉、ちょっとした仕草とか、目線とか、立ち振る舞いがすっごく綺麗ですよね。リア姉から見ても凄い感じ?」
「あれは無理。身内の贔屓目なしにそこは満点を付けてもいい。四六時中、意識せずに淑女として自然に振舞えるんだから筋金入りだよ、ミア姉は」
「さすがだなぁ」
そこまで身に着けるのは無茶だとしても、それなりの立ち振る舞いはできるようになろう。今はミア姉の妹という立場なのだから。
次話は、4月18日(水)に投稿します。
作品紹介のあらすじが、他の小説と違うのかぱっと見、わからなかったので加筆修正しました。
週間ユニークユーザーが100を超えてくれました。第一チェックポイント通過ですね。