4-8.乗船者必須訓練
前話のあらすじ:大型帆船ビクトリア号の甲板上の設備について、アキがいろいろと熱く語ったお話でした。
体育館くらいの、とても天井が高い建物に案内された。中に入ってみると、本物の救命艇が置いてあったり、ライフジャケットが置いてあったり、そして、船内を模した三階建てくらいある訓練用の櫓まであって、思った以上に中はごちゃついていた。
僕達は同行する全員、つまり空間鞄の中にいた魔導人形の皆さんも含めて、講習を受けるために整列した。乗船する者は、誰であれ講習を受ける必要があるそうだ。
「これから皆さんには、帆船ビクトリア号に乗る為の必須訓練を受講していただきます。私は教官のマークです。短い時間ですが宜しくお願いします」
水兵さんの格好をした爽やかな印象を受けるお兄さんが、皆の前で説明を始めた。
まず大まかな船内構造の説明ということで、船体を前と横から輪切りにした図を基に話を始める。
メインデッキが一層、その上はサンデッキで部屋はない。
甲板から下が独特の二重船殻構造になっていて、内殻の断面は円形で潜水艦のソレに近い。内殻は三層構造になっていて、その内殻を外殻の一層が包んでいる感じだ。船底は、外殻と内殻で合わせて二重底ってことだろう。
舷側の外殻部分は幅があまりなく、倉庫と二重船底への通路を兼ねていて、二重船底には船の重心を下げるために、船の補修用部品や装甲版などの重量物が収納されているとのこと。
横浜に繋留されている帆船日本丸の場合、二千三百トンの船体重量に対して、船底に置いたバラストはコンクリートや鉄屑だけで六百トン、バラスト水が四百トン超と、重心を下げるための工夫がされていた。
排水量に対して、随分と重りを置くものと不思議だったけど、帆船の場合、とても高さのあるマストに合計面積からするととても巨大な帆を展開して風を受けることになる。それって船体の重心で考えると長いマストは梃子の役割をすることになるから、短い側の船底は長さがない分、重さで釣り合いを取らなければならないという説明を読んでなるほど、と納得できたんだよね。
大型帆船ビクトリア号の場合、空間鞄で簡単に船底から資材を移動させることができるからか、バラスト水は使わず、全部、補修部品などで重量を稼いでいるようだ。船体の何割か損傷しても修理するのに材料は困らないと思う。
「皆さんが利用されるのは、内殻一層にあるこちらの部屋になります」
マークさんが、船体を横から見たほうの図で示した位置は、船体中央より少し前より、船の大きさからすると結構な大部屋だ。
次に提示された船を上から見たデッキ毎の配置図も、僕達が歩く範囲以外は全部、何も書かれていない白図だけど、全体に対する位置関係は結構わかった。船を上から見ると、舷側側の船室と中心線上に船室があって、二本の廊下が間にある感じだ 。廊下は狭い。
僕達が利用する部屋は、中心線上にある大部屋で、明らかに他の部屋とは作りが違う。
「皆さんの部屋は、簡易キッチン、トイレ、シャワー室を備えているので、航行中は室内だけで用が足りる設計です。航行中は水密扉で廊下も閉鎖されているので、船内の移動はできないとお考え下さい」
そういって、ここが閉鎖される扉です、と廊下部分に扉を示す絵が置かれた。
船内に二本ある廊下だけど、あちこちが水密扉で閉鎖されていて、自由な行き来はほとんどできないようだ。
戦闘行動時でなければ、水密扉も開けてあるんだろうけど、今回の航行は戦闘時に準じる訳か。
「こちらは実際に船内を模したセットですが、この通り、船内の扉は全て、防火、防水機能を兼ね備えた扉になります。魔導具なので、アキ様と、翁は触れないよう注意してください」
船内廊下の一部と部屋を取り出したような説明用の区画セットだ。実際に金属製の水密扉の開閉する様子を見せてくれた。通常は自動閉鎖されるけど、万一に備えて手動でも開閉できるとのこと。扉を平均的に押し付ける二軸蝶番と、ハンドルに連動して棒が動きを伝えて、扉の上下に二か所ずつ、横に二か所の合計六か所の棒状金具が動いて扉を固定するタイプだ。
「すみません、魔導具というのは蝶番の部分や、ハンドル部分ですか?」
「軸受けの壁側部分が扉を閉めるための魔導具、扉についたハンドルの受け軸部分が扉をロックするための魔導具です。もしアキ様や翁が扉を操作する必要が生じた時は、ハンドル部分を触るようにしてください」
僕が気にした部分を察してくれて、必要なことをさらりと教えてくれた。出来る男だね。
「次は皆さんが開閉するところを見ることはありませんが、内殻と外部と繋ぐ唯一の大型扉について紹介します。内殻の船体と同じ外板が付いているため、大変重量があり、閉めると内殻と一体化する構造になっています。油圧と動力の二重補助がついて、やっと開閉できるレベルで、人力での開閉は困難とお考えください」
こちらは、流石に現物ではなく、模型での説明ということで皆が集められて、大型金庫のように丸くて分厚い金属扉が、開閉する様子を見せてくれた。開けた状態ではメインデッキと繋ぐための階段が設置されていて、金属扉は目立たないよう隠されているようだ。
模型でもそのあたりの隠し具合がちゃんと再現されていて、普通に出入りする分には内殻の船体構造の厚さはわからないよう工夫されているようだ。耐圧、耐衝撃能力が推測できちゃうから隠蔽するんだろうね。
僕は触るのは厳禁と念押しされた。もちろん、階段の手摺りを触っても問題はありませんが、と補足してくれた。
内殻部分だけを見ると、まるで潜水艦のようで、それに船の外装をつけたような構造だ。これじゃ、舷側に窓なんか付けても意味がない。同時に外殻のメインデッキに客船のような設備が充実している理由も納得した。内殻に籠っていたら息が詰まっちゃうこと間違いなし。
できるだけ外に出ていたい、と探索者の皆さんがメインデッキに集まる様子が目に浮かぶね。
船内構造は、僕達の利用する部屋までの最低限のルートだけ色付けされて、説明のネームプレートが付いている状態だ。
だから、それ以外の部分は廊下と部屋の形くらいしかわからない。立ち入り禁止区域だらけで、これだとどこに何があるのかほとんどわからない。ただ、多分、僕達の利用する部屋の隣は、戦闘指揮所で、船体中央よりちょい下の大きな空間は多分、転輪安定儀が置かれているんだろうけど、わかるのはその程度。
地球のスクリュー推進の軍艦だと、船体のかなりの部分はボイラーやタービン、煙突などの推進機関関連、それに燃料タンクや兵装、弾薬庫が占めて、それらの隙間を埋めるように兵員室があるような感じなんだけど、内燃機関ではないからエンジンルームの類がなく、燃料タンクもなく、武装も空間鞄技術を応用しているのか、大きな体積を占めている感じじゃない。
そのせいか、船内構造は軍艦というよりは普通の帆船や客船寄りだ。
部屋数もとても多いし、常に誰かの体温で温かいと言われる潜水艦の共用ベッドのような話もなさそう。
船体や帆の光学迷彩機能は、船体や帆自体が魔導具の集合体で、戦闘指揮所からの指示を受けて、動作を制御しているんだと思う。昔の船舶みたいに艦橋が外にあったりしたら、天空竜の吐息であっと言う間に戦闘不能状態に陥りかねない。だから、重要な設備は全て装甲の内側に入れる感じなんだろう。物騒だけど理に適った設計だ。
それにしたって、目的地での補給は当てにならないとなると、水は海水から作るとしても食料は航海中に必要な分を全て積み込んで出航しているんだろう。損傷すれば全て自前でなんとかするために沢山の交換部品なども満載して。そうなると本来なら船内は倉庫だらけで、居住区はだいぶ狭くなるはず。それがこれだけ余裕の設計にできるのは、空間鞄の技術があるからに外ならず、それなしだったら船体サイズが五倍、十倍となっても不思議じゃない。
あと魔導人形を甲板上に溢れるほど並べて威圧した、って話も聞いたけど、それも空間鞄があって、必要な時以外は鞄の中にいてスペース不要だからこそできる戦術で、同じ人数の海兵隊員を乗せていたら、鞄に放り込んでおくような真似はできないし、部屋も水も食料もその他諸々が必要になるから……うーん、やっぱり破綻するね。
この帆船、一隻でも地球換算なら五、六隻相当の戦力になると思う。……これなら街エルフの人達が、安心して送り出せるのも納得だ。
逆に考えると、海竜を想定するとこれくらいの戦力がないと話にならないとも言える訳で、竜族のデタラメさが理解できた。
◇
アームに吊り下げられたカッターボートへの乗り組みや、実際にアームを下ろして着水する体験、それにライフジャケットの着用なんかも試していたから、結構時間がかかった。
ライフジャケットは僕の物だけは、膨らますための構造が科学式ということで、ぎゅぅと紐を引っ張るとすぐに膨らむ優れものだった。他の人のは魔術式で、術式によって外の空気を集めて膨らませる構造とのこと。毎度のことだけど、科学式がある程度普及してくれてる時代でほんと良かった。
魔術オンリーだったら、僕は日常生活を送るのすら困難だったかもしれない。
まぁ、それはそれとして。
僕達が使う部屋は、その区画だけで完結している仕様になっていて、明らかに扱いが違う。船長室だってそんな構造で作ることはないんだから。隣は戦闘指揮所っぽいから、船内でも1番上等な部屋じゃないだろうか。所謂VIPルームって感じだと思う。
「ケイティさん、僕達の利用する部屋、とっても立派で、なんか申し訳ないですね」
ついでに乗せて貰う立場だから、どの部屋でも文句を言うつもりはなかったけど、VIP待遇は予想外だった。
「私達は魔導人形達を収納しても、四名と一匹と大人数ですから。多人数で利用できる部屋のほうが都合が良いのです。我々部外者に船内をうろつかれても困りますから」
「なるほど」
ただでさえ、魔導具を壊す僕やお爺ちゃんはできるだけで歩いて欲しくないのはわかる。それに多人数だから大部屋というのも。
「あまり使われない部屋なので、たまに使わないと傷みますから。それとアキ様」
「なんです?」
「アキ様は、あちらに関して、こちらで随一の専門家であり、換えの効かない貴重な人材、つまり重要人物ですから、お忘れなく」
「えー。――そうなんですか?」
「そうなんです」
ケイティさんに念押しされても、いまいちピンとこない。まぁ、換えが効かないと言われて悪い気はしないけどね。
「では、儂もアキの守りに一層気を付けねばな」
お爺ちゃんが、そういうけど、ケイティさんが呆れた顔で、こつんとお爺ちゃんを指で突いた。
「翁、貴方もこちらの世界で唯一の妖精であり、アキ様と同じくらいには重要人物なんですからね。自覚してください」
「なんと!」
お爺ちゃんもちょっと予想外だったみたいだ。まぁ、一般船員扱いで、いきなり海の荒くれどもと仲良くしてね、と放り込まれても困るから、まぁ、そういうものと割り切ろう。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
今回はいつも以上に説明回って感じになっちゃいましたが、ビクトリア号が単なる帆船ではないことや、アキの立ち位置がある程度、描写できたかなと思います。
次回の投稿は、十一月十八日(日)でいつもより早い時間、十七時五分です。