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4-7.大型帆船ビクトリア号4

前話のあらすじ:大型帆船ビクトリア号の船底について、ぱっと見、ただののっぺりとした船底だけど、実は船体形状も含めて、いろいろ工夫されているんだぞ、ということをアキが力説したお話でした。

「さーて、お爺ちゃん。帆船の名の通り、沢山の帆が展開されているけど、大きく分けてると船体と同じ方向の三角帆が縦帆、四角い形で船体に対して横方向の大きな帆が横帆だよ。横帆は後方百八十度の方向から風が来る時に強い推進力を発揮してる帆で、縦帆は前方左右三十度を除くあらゆる方向からの風に対応できるけど、後方からの風を受けても横帆ほどの推進力は得られないんだ」


 船首から斜め上方に突き出たバウスプリットと、マストの間に斜めに張られたロープに置かれた三角形の帆、ジブがなんと四枚もある!

 それに、マストに並んでいる横帆も全部で五枚! 地球の現代版帆船で考えても匹敵する規模だ。


「沢山の帆は、あちこちから吹く風を捉えて進む力に変えるためのものということかのぉ」


「うん。ビクトリア号は横帆が多いから、風上に切り上がっていくことよりも、追い風を受けて高速移動すること重視だね。もちろん三角帆ステイスルも沢山展開しているから、風上も進めないわけじゃない」


「風が吹く方向は気紛れに変わるもんじゃが、帆の向きはその都度変えるのか?」


「おう。ロープは甲板上に取り付けられているドラム状の器具に繋がってるだろ。風に応じて一枚一枚の帆を最適な角度、張りに変化させてるんだ。すげーだろ」


 ファウストさんが魔導具で逐次制御していることを説明してくれた。

 確かにあれだけの枚数……全部で四十枚以上ある大きさも形も違う帆を、高さも違うから吹く風の強さ、方向も違う中、できるだけ風を効率よく捉えようと向きを変えたりしてるんだから、それは大変そうだ。


「そんな訳で、帆の説明は大変だから端折るけど、風に対して、帆船は前方左右三十度の範囲には進めない。風に対して斜めになら切り上がれるんだけどね。だから、風上に行きたいと思うと、斜め右に行ったら、どこかで方向を切り替えて斜め左へ、というようにジグザグに航行してくことになるんだ」


「ふむ。その方向変更は舵を曲げれば簡単にできるもの、とはいかんと思うが」


「うん、うん。何せ方向転換している間、推進力を発揮できない前方左右三十度を含めて向きを変える訳だからね。その間、帆からの推進力が得られないから、それまでに稼いだ速度で進んでいる間に、方向を切り替える必要があって、これが船乗りの腕の見せ所なんだよ。ダッキングっていうんだ」


 うまく方向転換できないと船が風に流されたり、速度が落ちたりと碌なことにならない。すぱっと航行方向を変えられるのは熟達の技だ。


「あー、嬢ちゃん。力説してるとこ悪いが、街エルフの船はダッキングはさして難しい航法じゃないんだ」


「え?」


「そもそも、縦帆だけのスクーナーみたいなタイプと違って、帆の向きを変えて切り返し完了とは行かない。だから、方向転換している間は横帆を畳んで、縦帆を付け替えるんだ」


「そんなに帆を畳んだら推進力がなくなっちゃいますよね?」


「そのための魔導推進器だろ。方向転換の間くらい魔導推進器の推力だけで余裕で航行できるって寸法だ」


「あぁ……そういえばビクトリア号はハイブリッド推進でしたね」


 良いことだと思うけど、ちょっとだけ残念。


「魔導推進とは便利じゃのぉ。ずっとそれではいかんのか?」


「この巨体を動かすんだ。物凄いペースで貯めてた魔力を使っちまうから、あくまでも補機の扱いだな」


「補機というと、確か帆は魔力蓄積の魔導具を兼ねているという話だから、昼間は風を受けつつ、余った魔力で魔導推進も補助的に使ってる感じですか?」


「そういうこった。といっても風との相対速度が少なくなると得られる推進力も減っちまう。だから魔導推進は水の抵抗軽減や、海流のせいで遅くなる船足を補填するのに使うって訳よ。魔導推進の力加減も結構、ノウハウがいるんだぜ?」


 ファウストさんが、この言い方で通じるんだから、嬢ちゃんやっぱ変わってるな、などと苦笑してる。


 帆の魔力蓄積効率がどの程度かわからないけど、太陽電池パネル程度としたって、これだけ膨大な面積があれば潜水艦の非大気依存推進どころじゃない推力が得られると思う。確か『そうりゅう型潜水艦』に積んでる奴でも三百とか四百キロワット程度で、せいぜい八ノット程度の速度しか出せない。

太陽電池の出力十キロワットだと五十平方メートルくらいあれば十分で、帆船の帆って確か五千平方メートルとかあったはず。

ざっくり換算で、千キロワット、潜水艦の非大気依存推進機構の二、三倍の出力ってことだ。

帆船の航行速度って確か平均八ノットとか言ってるし、補機というけど、主機の間違いじゃない?


……って、日差し任せじゃ、それほど頼れないか。


「常に晴れていて魔力が潤沢って訳でもないから、やっぱり風がメインなんですね」


「余剰魔力以外は貯めておきたいからな。船乗りにとって風を読み、潮の流れを読み、天候を読むのは必須技能ってことだ」


 船乗りすげーだろ、とファウストさんが言うので、凄い、凄いと本気で褒めたら、ちょっと照れてた。


「さて、アキよ。甲板上で見るべきは沢山の帆ということで良いのかのぉ?」


「んー、そうだね。他にもありそうな機器が……あったあった、ほら、あそこの四角い箱。横幅ギリギリ、左端と右端に大きな箱があって、それを太いパイプが繋いでるでしょ。あれが横揺れ対策の優れもの減揺水槽アンチローリングタンクだよ」


「単なる箱に見えるが、水槽タンクということは中に水が入っているのか」


「うん。小型プールくらいの水量がたっぷり入っていて、船が揺れると、中の水が移動するのを利用して、船の揺れを軽減するんだよ」


  船が傾くと、下がった側のタンクに水が流れてそちら側が重くなるよね、と簡単に絵を書いて説明した。


「それだと船が転覆してしまうのではないか? 傾いた側が余計に重くなってしまうのでは危なかろう」


「船が揺れるのはすぐだけど、傾いた時、水はすぐじゃなく、ちょっと遅れて流れていくよね?」


「そうじゃの」


「ということは、その流れるペースをちょっと調整してあげると、船が揺れて高くなる側に、水が流れて行ってその勢いを抑えるようなこともできちゃうんだよ。水はワンテンポ遅れて動く、これがミソだね」


「ほぉ。仕組みはシンプルじゃが、うまく行けば確かに揺れは抑えられそうじゃ」


「船の重心より高い位置に、しかも船の横幅一杯にタンクを置く必要があるから、客船とかじゃないと採用しない機器なんだけど、ビクトリア号は殊の外、横揺れ対策に力を注いでる感じだね」


「横揺れが酷いとその分、船足も鈍る。相手より少しでも速いことが、平和な航海に直結するんだ。横揺れ対策には気を遣うってもんだろ」


「なるほど。……そうなると、確か船体自体、海竜にぶつかられても壊れないほど丈夫という話だったけど、船体下部に重心を下げる工夫があっても良さそうですね。頑丈な船体自体重いといえば重いけど、帆の面積もあんなに広いし、もっと大きな金属の塊をどんと乗せるような低重心化があったほうが――もしかして、転輪安定儀アンチローリングジャイロとか積んでたりします?」


「……マニアってのは怖いねぇ。なんでそんな新装備まで知ってるんだか」


 ファウストさんは呆れ返った顔を隠そうともせず、それでも、確かに積んでるけどよ、と教えてくれた。


「アキ、転輪安定儀アンチローリングジャイロとはなんじゃ? 随分、重たいもののようじゃが」


転輪安定儀アンチローリングジャイロっていうのはね、馬車より大きくて重い鉄の塊、そんな巨大な駒を高速回転させる仕組みだよ。駒って回すと初め傾いてても垂直に回りだすでしょ。それってつまり傾いた状態から戻ろうとする力があるってことだよね。それを大きく、重くすれば、傾いた船を垂直に戻そうとする動きになる。そんなものだよ」


 確か、第二次世界大戦の頃の軽空母龍驤に搭載されていた奴だと、重さ百七十トンとかそんな駒だったはず。

 まぁ、甲板上部に水量百トンとかの減揺水槽アンチローリングタンクを設置するくらいだし、船体下部にそれくらいの重いものをおかないとトップヘビーの解消にはほど遠いだろうね。


「駒とな!? それも馬車より大きく、しかも金属の塊じゃと!? 同じ駒でも童が遊びに使うものとは大違いじゃ。確かに力は出そうじゃが、回すのが大変ではないのか?」


「それはもう大変だよ。大きくて重いんだからね。軸受けに工夫をして、駒を真空で覆って摩擦を極限まで減らして、それでも沢山の力を与え続けないと回り続けてはくれないね」


 限りなく真円に近い重量バランス、精度がないと高速回転させた途端、軸受けに過剰な力が加わって暴れ始めて周りを破壊し尽くし兼ねない。

 高度な製造技術がなければ成立しない均一な密度と、加工の精密さを両立させた機材なんだけど、まぁ、そこの説明は端折ろう。本筋でもないし。


「随分な手間じゃのぉ」


「でも、その代わり、効果は絶大だよ。横揺れの九十五%を軽減ってくらいだから」


「なんとも贅沢な装備じゃ。ジョージに見せて貰った兵士用の武装とは、スケールが違い過ぎて、頭が沸騰しそうじゃ」


 お爺ちゃんからすれば、人間サイズの装備だって大きいから、インフレ具合が酷過ぎる感じかもしれないね。


「あと、甲板上に目立つ設備があれば、後で絵を書いて検討すればいいかな。残りは帆全体を守る障壁を展開する魔導具とか、魔力探知用の魔導具とか、対空、対地、対艦、対潜の攻撃兵装くらいだけど、見た感じ普段は収納されているっぽいし、ね」


「魔導具なら儂もわかる、と言いたいところじゃが、ここまで複雑になっとると、見てもよくわからん。とりあえず飛んで形だけでも覚えてくるとしよう。ファウストよ、そろそろ飛んでもいいかのぉ?」


「ああ、いいぞ。行ってこい。あんまり速く飛ぶんじゃないぞ」


「うむ」


 お爺ちゃんは挨拶もそこそこに、さっそく帆船の周りを飛び始めた。その飛び方はホバリングしている時はドローンみたいだけど、一旦、飛行を始めるとラジコン飛行機のような俊敏さで、上下左右、どの方向にも等しい加速で飛び回っていた。大勢の作業者の人達や船乗りさん達が手を停めて、お爺ちゃんの飛ぶ様を眺めていた。


 そして、それほど時間をかけずに、お爺ちゃんは戻ってきたけど、予想外のモノを見たって感じで落ち着きがない。


「アキ! ざっと眺めてきたが、窓ガラス越しに見た船室が随分と華やかじゃったぞ。まるでパーティ会場のような作りで、玉突き台や、ダーツの的なんてものもあった。金属製の糸巻きがついた綺麗な釣り竿が壁一面にずらりと並べられていて壮観じゃったぞ。それと、一番上の甲板には何やら向かい合うように三角に区切った遊戯の升目が描いてあった」


 船の甲板で、遊戯の升目で三角というと、棒で円盤を押し出して升目に入れて得点を競う『シャフルボード』系のゲームかな?


「……んー? ビクトリア号は探査船で交易船なんですよね? 豪華客船みたいな設備がなんであるんです?」


 予想外の設備に、ファウストさんに聞いてみた。


「船員は、航行中は仕事があって忙しいが、探索者達はある意味、暇だろ」


 ファウストさんは僕が不思議がってることを面白がってる。


「それはまぁ、暇でしょうね。下準備なんて出航前に終えているでしょうし」


 うーん、それがなんで娯楽設備に繋がるのか。探査船というのはもっとこうストイックな感じかと思ってた。


「アキ様、航海は何カ月にも及びます。いくら探索者が訓練を積んでいると言っても、緊張が続く訳もありません。ですから、暇つぶしの設備が欠かせないのです。日差しのいい日はサンデッキに、ビーチチェアを並べて日光浴をしたり、後部デッキの低いところから魚釣りをしてみたり、翁の見たシャフルボードで競ってみたり、それに定期的にパーティを開いたりもして、生活パターンにわざと変化を与えるんですよ」


 ケイティさんが補足してくれた。というかホントにシャフルボードか。確かにミア姉に船の上で遊べる競技だよと教えたことはあったけど、取り入れているとは思わなかった。まぁ、揺れる船の上で遊ぶのに向いているゲームだからね。


「教養講座なんぞもやって、互いの知識を交換し、交流を深めるなんてこともやってるが、やっぱ、そういう堅苦しいのは抜きにして馬鹿騒ぎするのが一番だろ」


 がはは、とファウストさんが笑った。


 確かに周囲を見ても変わり映えのしない大海原、水平線と雲しか見えないんじゃ、最初は新鮮でもすぐ飽きると思う。

 

 ちょっと先入観を持ち過ぎていたかな。海竜と戦っても生き残れる強さ、速さから、戦闘艦をイメージしてたけど、あくまでも生き残ることが目的で、まずは探査船であり、そして空間鞄の大容量と保存性の高さを生かした交易船であり、そして探索者達を運ぶ客船でもある、と。

 光学迷彩を起動していない時の船体の色が、美しい白というのも、砲艦外交よりも平和的な交流を考えれば、理に適ってるよね。


「アキ様、満足されました?」


「大満足ですっ! 街エルフの人達が自身満々なのも納得できました。これほどの高度な船を運用できるんですから」


 僕の言葉に、ケイティさんが一瞬、硬い表情を見せたけど、すぐにいつも通りの穏やかな雰囲気に戻った。


「ま、鬼族が相手だろうとそうそう負けるつもりはねえよ。さて、嬢ちゃん。見学はこれで終わりだ。この後は乗船する者が必ず受ける講習がある。しっかり学んで来い」


 ファウストさんが示した方を見ると、税関のほうも確認作業が終わっているみたいだ。


「ファウストさん、ありがとうございました。明日はよろしくお願いします」


「見ての通りの大船だ。安心して乗ってけ」


 また明日な、とファウストさんは手を振って去っていった。

 さて、後は船に乗るための講習か。どんな感じなのかな。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

さて、随分パート数がかかりましたが、今回で大型帆船ビクトリア号の外から見た紹介は終了です。謎の作業員ファウストもアキや翁のことを色々と知ったお話でした。

次回の投稿は、十一月十四日(水)二十一時五分です。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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