25-25.竜社会と伏竜と地の種族の文化(前編)
<前回のあらすじ>
竜族は家も道具も使わないけど、それは使う必要が無いから使ってないだけで、本当に大切なことをちゃんと理解しているのだとわかり、ちょっと竜種に対する意識が改まりました。(アキ視点)
それじゃ、まずは簡単な方。竜族社会において、伏竜さんと銀竜が誓いの儀を行い、ともに成竜となるまで他の竜は両者の間に割り込まないことを取り決めるという紳士協定について話を伺っていくことにしようかな。
「では伏竜様。誓いの儀を行うにあたって、いくつかハードルがあるとのことですけど、具体的にどういった課題があるのかお聞かせください」
<うむ。まず銀竜を皆に周知する必要がある。我らの間ではある程度成長した若竜は周辺部族の者達に見知って貰うために挨拶をして回るのだ>
ほぉ。
顔見世興行みたいなことをするわけだ。
「これまでにも銀竜と一緒に空を飛んである程度広い範囲で行動できているので、周辺地域を回るのは問題なさそうですね」
<銀竜の在り方は幻影でありながら召喚術式に近いのだろう。術者であるアキから離れてもその存在が揺らぐことはなかった>
ふむふむ。
通常、幻影術式はその場に固定的に発動するものだ。何が動きをつける幻影であっても、あくまでも固定領域内における簡易な動作に留まる、それが幻影術式の制限だ。でも、銀竜の場合は、僕が喚ぶ時にこちらに招くイメージを持っているせいか、召喚術式のような特徴を持っている。つまり、銀竜自身は幻影でありながらも、場所に囚われず、また、幻影の維持に必要な魔力は僕と繋がった経路から供給されているから、距離に関係なく常に潤沢な魔力で存在を維持できる訳だね。
普通の幻影術式だと、発動時に籠めた魔力によって場に幻影を形成する術式を刻む形になり、後は魔力が続く限り幻影が出るよ、という形になる。魔力を周辺や地脈から補う補助術式を付けるとか、発動条件を設定しておいて、条件を満たすと幻影が出現といった小技もできるようだね。
ちなみに幻影とか言うけど、音を出すとか、香りを足すとか、何気に五感に作用するようなことは一通り足せるとも言われている。触れられる銀竜なんかがソレだね。触感も再現できているわけだから、そこにいる感が半端ない。
それに最初に喚んだ時と違って、銀竜自身がしっかり自我を持ち始めてからは近づくと体温や呼吸も感じられるし、アレを幻影というのなら、まぁ最上級の幻影、或いは幻覚ってとこなんだと思う。幻覚のほうが言葉としてはあってるのだろうね。精神的に病んだ人には、外からの音はないのに、声が聞こえたといい、それがまぁだいたい罵倒とか負の発言だったりするのも、本人からすると実際に聞こえているんですよね。耳から信号がきたのではなく、脳内で信号が生成されて、それを聞いたと脳が判定したなら、もうそれは本物と本人は区別がつかないので。
まぁ、幻覚というのも正しくはないか。銀竜の場合、そう見えているといいつつ、鱗の複雑な挙動や光の反射をみると、アレは物理的にそういう構造が成立していて、物理的に見えている存在と化しているから。
実際に存在しているとなると幻覚というのは、ちと正しくない言い回しだね。うーん、悩ましい。
「それで、銀竜が周辺地域を挨拶周りするとして、何か問題があります? 若竜が行う行事というのなら、魔力が感知できない銀竜の在り方も脅威とも魅力とも認識されないでしょうし、変わっているなぁ、くらいで済む話かと思いますけど」
<確かに。そこで揉めることにはまずならないだろう>
ん。
触れている魔力からすると、揉めることはないと言いつつも、何か引っかかるところがあるっぽいなぁ。
『何か問題でも? 例えば銀竜が単に挨拶に回るのと、誓いの儀を行う番候補として回るので意味が変わってくるとか?』
竜族にとって成竜になって番を得て、子を育てるというのは大切な習わしだ。そこに異質そのものな銀竜が割り込んでくる。揉める要素ありありじゃないかな。
<……何か心無い言葉を浴びせてくる輩が出てくるやもしれん>
あー、なるほど。番になったけれど子ができなかったペアは、相手を変えて番になるとしても、また子を為すことがないかもしれないとして、少し扱いが下がったりするわけね。で、銀竜は存在感こそ本物っぽく見えるものの、生物としての竜かと言えば、そうでないので子を為すことはない。番になるといいながら、子を為すことが最初からないとわかっている異質な存在。
まぁ、文化的には拒絶反応の一つや二つ出てきそうだ。
『まぁ、そこは銀竜をうまくフォローしてあげてください。どちらかというと相手との争いを避ける意味で』
うん、銀竜はたぶん、そこを問題視する意識なんてそもそも無いと思うんだよね。というか、伏竜さんも銀竜に対して、そなたとの子が欲しいなどと言い寄ったってことはないだろうし。
<もちろん、そのつもりだ>
うん、うん、男はやっぱそうでないと。
「ちなみに、伏竜様が誓いの儀の相方であること、もう一方が幻影の存在である銀竜であることは、どのあたりで文句を言う方が出てきます? 老竜の方々が竜の生き方ではないと難癖をつけてくるとか? 成竜や若竜は現時点ならそう気にしないと思えますけれどどうです?」
敢えて言葉に意思を乗せず聞いてみる。結構、センシティブな話題だからね。僕のそれぞれに対する意識を明確にするのもちょい怖い。
僕の問いに、伏竜さんはちょっとだけ考えると思いを教えてくれた。
<何頭かの頑固な老竜が、私が普通に成竜となって、年頃の雌竜との間で番になることを諦めたのか、と忌避するような言動をしてきそうだ>
あー、うん。
触れている魔力から感じられたイメージで補完すると、つまり、成人式もとうに終えた男がバーチャルアイドルに入れ込んで、自分はこの子と結婚します、とか言い出したみたいなノリってことね。ソレは婚姻対象じゃないだろ、と社会的、生物学的な意味で突っ込みが入るのもまぁ当然だろうね。結婚式は行ってくれるところもあって報道とかされてたけどね。
「それについては、どう対処されるおつもりです?」
<誰に迷惑をかけるわけでもないのだから、捨ておくようにというつもりだ>
実害はないのだから、他の竜のことなど気にするな、ってことか。まぁ竜族社会だとその程度でもありなのかな。そもそも部族の共同体としての機能も無駄な争いを避けよう、っていう調整機能くらいで一緒に何かをするみたいなことすら稀だものね。伏竜さんが銀竜に思いを向けるなら、他の若雄竜からすれば競争相手が減るわけだから、文句はまぁ言われないと思う。
そして、雌竜達も今の伏竜さんのことはアプローチ対象外と認識しているようだし、やはり大して気にしないだろう。
なるほど。
『その物言いで、伏竜様は何ら気に病むところはないと考えてよいですか?』
敢えて自分は脱落組だ、婚姻レースからドロップアウトするのだからもう気にしないでくれ、と言ってるようなものだけど、ある意味、自虐的とも取れるその発言をすることを、伏竜さん自身はどう考えているのか、そこが重要だ。
<なんらやましいところなどない。それに当面はそう思われていた方が都合が良いのだ>
お。
今も全く揺らぐことのない、低視認性の地味な灰色の鱗や、ロングヒルに来る竜達に比べても少し弱めの魔力圧も、実のところ、酷く安定していて、多くの竜の魔力に触れて感触や違いがわかる僕からすると、明らかによくできている紛い物だとわかるんだよね。
伏竜さんからすると、うだつの上がらない、意欲も気力も低くて目立たない伏竜というポジションの方がいろいろとやりやすい、と。いい顔してる。というか、表情を偽らず見せてくれているんだね。良いことだ。
ふむ。
「ねぇ、お爺ちゃん。伏竜様がやっている魔力を抑えた状態だけど、心の隙間を使ってより自然に見せる術式で補助とかできたりしない?」
「そうじゃのぉ。伏竜殿が自らの心の隙間に術式を展開するのであれば、魔導具のように負荷が問題にはならんじゃろう」
お爺ちゃんの言葉に、伏竜さんは疑問を口にした。
<これでは自然ではないかね?>
ん-、結構自信があったようで、驚いた顔をしてる。
『遠目で短い時間見る分には問題ないと思うのですけど、こうして周囲に広がる魔力に触れているような距離で眺めていると、普通の竜にある魔力の揺らぎ、色彩の変化があまりに無さすぎることに違和感を覚えるんですよね。他の竜がそれに気づくかどうかはわかりませんけど、より自然に見せるための工夫をする余地があるなら試してみるのもありかな、と思うんです』
言葉にすれば、天空竜はいずれも金属光沢の鱗を持つせいか、生物でありながらどこか機械のような印象も併せ持つのだけど、それが伏竜さんの場合、さらに顕著になっているってとこなんだ。落ち着いているという範囲ではなく、静物のような雰囲気すら時折感じるくらいだ。
その微妙なニュアンスを言葉に載せて渡すと、伏竜さんもその問題点を意識してくれた。
<気付く竜は少ないだろうが、確かに対処した方がよさそうだ。翁よ、その心の隙間とやらを利用する技術を教えて貰えるか?>
伏竜さんの問いにお爺ちゃんは、二つ返事で頷いた。
「儂と伏竜殿の仲じゃ。遠慮などせんで良い。今度、賢者とどう術式を入れるか話す場を設けよう」
<よろしく頼む>
うん、うん、良いことだ。これでまた一段と伏竜さんの擬態能力は進歩するだろう。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
というわけで、伏竜と銀竜の誓いの儀について、どういったものなのか相談スタートとなりました。一見すると問題なさげなんですが、うだつの上がらない部屋住み三男坊状態な伏竜さんが、幻想の竜に入れ込んだ、という、なんかこう、親御さんが心配になって精神学科に駆け込みそうな状況だと明らかに。
まぁ、とはいえ、個である意味完結してる竜種なので、他の竜のやることに人間ほど深く口を挟むことはないでしょう。無いといいなぁ。でも幻影の竜なんて竜族の長い歴史でも初めての存在ですからね。実のところ、出たとこ勝負な話なのです。
次回の更新も変則的ですが、2025年8月31日(日)の21:10です。すみません、所用が寿司詰めで時間が確保できそうにないのです。