25-20.銀竜という存在(中編)
<前回のあらすじ>
銀竜の持つ特性、能力について、代表の皆さん達がかなりあれこれ考えてくれてました。僕が、意図したような働きかけや、探るような活動には全然向かない、と告げても、織り込み済みだと軽く流されました。えーって気分です。(アキ視点)
どうも、集まってくれた為政者の皆様方の意見としては、銀竜は別に、意図したように働きかけるとか、竜族の内部事情を探るといった仕事はしなくても全然OKらしい。無理だよと言ったけど、まったく落胆した様子を見せなかったからね。
それよりも、僕のような判断基準と価値観を持っているだろうから安心だ、などと言われてしまった。僕はちゃんとそれなりに利があると思えば、先々を見越して、将来的に価値のある提案をしてみたりと結構、他の方々に配慮した行動をしていると思うのになぁ。
気が向かなければやらないよー、みたいな意識を持ってると思われるのは心外だ。
等価交換、双方の出すものの偏りはないことが望ましいと思ってるのは確かだけどね。
特定の種族、国を贔屓するようなことをしないのは、僕が竜神の巫女として、諸勢力の要となるのに必要なことだから、そこは依り代の君や、銀竜が同じ姿勢を持つ必要はないのだけど。
「銀竜ですけど、露骨に竜族寄りに動かれても困るので、そこは調整していきましょう。ここ、第二演習場で喚ぶ必要があり、僕の心の中に同居して休むという在り方なので、僕の立場や、活動拠点の場を供してくれているロングヒルへの配慮は求められると思います」
僕の言葉に、ニコラスさんが苦笑した。
「そこはロングヒル王国が所属する人類連合への配慮、とはならないのかい?」
ふむ。
「実のところ、人類連合の領土が広いので、天空竜が何をすれば配慮となるのか、各種族が等しい立場で協力しあうということから、どこを超えるのは問題なのか、そういった塩梅がよくわかりません。なのでそこはできるのかもしれないしできないかもしれない。だけど、銀竜の竜族への影響力の狭さ、活動地域の狭さからすると、ロングヒルとそこにやってくる竜達との間に多少の気遣いが得られるかも、くらいで考えておいた方がよいでしょう。身一つ、材なし、道具なし、金など何もないわけですから」
これが勢力を束ねるとかならね、その勢力としての力をどう使うか、ってところで匙加減を決めるような調整もできるのだけど、竜族は縄張りと巣以外に、資産と呼べるものが何もないし群れないからね。空を自由に飛んでいるように見えて、実は皆の縄張りに配慮して、衝突が起きないようにそっと飛ぶとか、村社会っぽい気遣いがあちこちで必要になってくるから。何気に面倒臭いんだ。
「こちらの世界に具体的な縄張りも持たない銀竜様の影響力はそうは広がらない。アキはそう見ているのか」
ユリウス様が意外そうな口ぶりでそう告げた。
「はい。具体的な他竜との衝突や調整なども入りませんし、ロングヒルに来た竜同士のささやかな交流がある程度ですから、結構地味な活動になるんじゃないか、と」
そう話したけど、ユリウス様もそうだけど、他の皆さんもそんな訳あるか、といった顔をしてる。
「レイゼン様、そうならないと見ているようですね?」
「あぁ、そんな地味な活動にはならないだろう。アキと同じだ。アキはここロングヒルの地から殆ど動くこともなく、様々な勢力、相手と話をしているだけだが、竜神の巫女の活動を見て、地味だという奴はいない。銀竜様もそうなっていく。これは確信だ」
なんと。
そこまで自信をもって言い切るとは驚いた。稀代の英雄としての嗅覚が、銀竜からそうなる片鱗を嗅ぎ取ったってところなのだろうか。
ん-。
「ヤスケ様はどう見てます? 銀竜はまだ自我も薄く、ゆっくり育っていく段階ですし、今後、五年、十年と少しずつ心を育てていく感じだと思うんですけど」
そう、僕の考えを伝えてみたけど、ふんっと鼻で笑われた。えー。
「最初は自我が薄くも感じたが、既にあれだけ好き勝手に動いておるではないか。普通の生き物と違い、銀竜様は必要な知識は一通り既に持っているのだ。その使い方を、活かし方を、自分という存在の確かささえ確立できれば、それらを使うことなど造作もないことに違いない」
うーん。
「ヤスケ様、ソレは流石に銀竜の能力を高く評価し過ぎでしょう」
僕の意見にもヤスケ様は、若いな、などと逆に温かい眼差しまで向けてくる始末。
「先ほど、伏竜様と連れ立って飛んで行っただろう? あの振舞いだけでも、幼子のソレではないとわかる。依り代の君と同じだ。最初から必要なモノは揃っている。だが、それをどう使うのか、何をしたいのか、その意思だけが必要だった。だから、子供のような振舞いもされるが、深い賢人のような言動も併せ持っておられる。依り代の君や銀竜は僅かな経験からもそれを糧に駆け足で成長していく。そういう存在なのだ」
先入観は目を曇らせるという良い事例だな、とか言われてしまった。むぅ。
◇
それからは、僕はあまり詳しくないので、依り代の君の普段の活動や、言動などについて、ケイティさんから皆に説明してくれることになったけれど、あー、うん、改めて第三者視点で客観視してみると、確かにヤスケ様の評価が正しいっぽい。
ヴィオさんやダニエルさんと一緒に過ごす時は目一杯、見た目通りの子供らしく、その年代に経験できるようなことを楽しんでいるけれど、何かの経験をしても、必要な知識のあらかたは既に知っているから、経験を吸収する速度が尋常じゃないんだね。彼が降臨してからまだ、半年程度なのに、子供時代RTAでもやっているのかというくらい、爆速で自分だけの経験を積んでいく感じだ。
あぁ、なるほど。
彼は、子供なら本来必要な反復して何かを習得する、学習するという過程がいらないんだ。だから、一を聞いて十を知るような真似ができる。ただし、知識としては知っていても、自身の経験としてのソレではないから、とにかく試してみる。それを持って自身の経験として心を育んでいくってことだ。
んー。
となると、銀竜の場合も似た傾向があっても不思議じゃないか。
身体的な疲労もないし、怪我をするようなことがあっても体を再構成すればいいだけだから大胆な行動も可能だろう。それに魔術の行使もそうだけど、感覚が鈍らないうちに、魔力消費を気にせず瞬間発動して通常の何百倍、何千倍速で経験を積んで熟練の域に達することができるというだけで、反則級だろう。
反則級。
あー、ちょいミスったかも。
「すみません、もしかしてちょいミスったかもしれません。銀竜の初フライトですけど、そこで竜としての飛行のイロハを学んでいくのに、共に飛んで行った伏竜さんも簡易召喚体で魔力消費を気にしないでいい。となると、普通はできないようなぶっ飛んだ飛び方、竜同士でも危険なので控える領域まで派手にやり合って、他竜を遥かに超えた熟練の域に到達しちゃうかも」
僕がそう言うと、皆が今更それか、となんか一斉にため息をつかれた。
「それこそ今更だ。もうそうなる事は確定だろう。できるだけ理由を付けてペースを落とすこと、他の竜に波及させないこと、銀竜様の特異性、一般的な竜との違いの調査、研究をするとして、慎重な歩みとするよう、アキが働きかけよ」
ユリウス様が皆を代表して、状況を簡潔に纏めてくれた。あー、うん、そうなりますよねぇ、やっぱり。
そんな話をしているうちに、なんか出て行った時より随分と仲良くなった感じの二柱、伏竜さんと銀竜が戻ってきた。はて? 魔力切れはないのだから、もっと目一杯飛び回って経験しまくると思ったんだけどなぁ。
『おかえりなさい、どうしました? 随分早いお帰りですけど』
予想外だったという想いを載せて、二柱に伝えると、伏竜さんは少し言い淀み、その隙に銀竜が答えを教えてくれた。
<私と伏竜で、成竜となるまでの間、他竜の誘いを避けるための誓いの儀をすることにした。地の種族風で言うと、婚約するってこと>
え゛?
何それ。銀竜から届いた思念波は、なんかこう、信じられないくらい甘ったるく糖質過多って感じ、嬉しさが溢れ出ていて、精一杯落ち着いて報告しました、って感情が溢れていた。
あー。
なるほど。もうこれ以上ないってくらい、今日は自分だけの経験を積んだから、それを自身の心とするために今日の外での活動はこれにて終わりとしたい、ってことね。
ちらりと、伏竜さんの方をみると、すすっと目線を逸らされた。あー、まったく、な・に・をしてるんだか、この部屋住み三男坊の若竜扱いされてるいい年した天空竜が。
とはいえ、嬉しそうな銀竜に水を差すのもなんだし、今日は内に引っ込むようだから、先ずはそこまでは誘導して、と思ったところで、ケイティさんが滑るように前に出てきた。手振りで、少しお任せください、と示されたので、ここは黙っておく。
「銀竜様、本日は楽しい体験をされたようで何よりでした。この後、記憶を取り込まれるために戻られるかと思いますが、その際、外部との心の接触を遮断するよう、精神防壁を整えてはいかがでしょう? 余計な記憶が混ざられない方が良いと思うのです」
ケイティさんが、大切な記憶は余計な邪魔が無い方がいい、という論法で話を進めたけれど、銀竜はちらりと僕の事を竜眼で視ると、なんか目を細めて理解した、って顔をすると、その提案に頷いてみせた。
<そうする。提案ありがとう。では伏竜、終えたらこちらから連絡を入れるから>
そう告げると、返事も待たずに、とっとと自分自身で送還の演出を出すと、優雅に消えて行った。
別れを惜しむような目線を、伏竜さんにはっきりわかるように向ける辺り、なんか随分と知恵を付けてきたようで。
はぁ。
軽く、心の内に意識を向けてみたけど、銀竜は確かに外部との接触を完全遮断したようだ。外殻を壊すか、内側から出てくるのを待つ以外に交流手段はないってとこだろうね。
意識を外に戻すと、ケイティさんが少し強引とも言える割り込みをした理由を明かしてくれた。
「アキ様は、明らかに感情の整理がつかない有様でしたから。激し過ぎる感情は心の触れ合う状況では害悪にしかなりません。特に心を育まれている最中の幼い銀竜様にとっては。ですから、籠っていただいたのです」
そういいながら、とんとんと眉間を指で示しつつ、目元に気持ちが現れてますよ、と教えられることになった。
手鏡に映る僕は、確かに、精一杯、理性的であろうと表情を作ってる感ありありで、かなりギリギリな感情を抱えているのがよーくわかった。
うん、これは避難させて正解だ。というか、銀竜も僕のことを竜眼で視て、かなり荒れた感じになっていることを見通したんだろう。何とも見事な手際の退却だったと褒めていいだろうね。
さて。
『では、伏竜様。どうして、光源氏計画なんて流れになったのか弁明を聞きましょうか』
光源氏計画、つまり、源氏物語で、最愛の義母「藤壺」の面影があるまだ10歳の少女「若紫」に心を寄せて、彼女を自らの手で理想の女性に育て上げようとしたという出会った際には18歳だった光源氏の計画のことだ。思念波でそういった前提知識を含めてがっつりギュウギュウに言葉に乗せて送り届けたから、伏竜さんも僕が何を言いたいのか、一から十までしっかり理解してくれたようだった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
というわけで、ある程度、あれこれ想定してたわけですが、ふわりと舞い戻ってきた銀竜の一言で、いろいろと前提がぶち壊しと成り果てました。伏竜の目線を逸らした態度から見ても、竜族の風習的に見て、ギリギリのラインか、少しアウト寄りな話なのでしょうね。
ちなみに、アキはといえば、腕組みしてのガイナ立ち状態だったりします。本人視点、無意識な仕草だと描写しようがないんですよね。いずれ、個々は第三者視点描写でフォローしましょう。
次回の更新は変則的ですが、2025年6月29日(日)の21:10です。ちと立て込んでいて執筆時間が取れないためです。