25-19.銀竜という存在(前編)
<前回のあらすじ>
銀竜が宝箱を作って投槍でそれを破壊しまくり、途中からは召喚体で喚ばれた伏竜さんと一緒に卓球のラリーのようなハイペースでばんばん創っては壊してという応酬を初めてなかなか圧巻でした。そのあとは、こちらに気を聞かせて銀竜が伏竜さんを連れて遠出に出かけてくれました。気遣いができるとはちょっと認識を改めた方が良いかも。(アキ視点)
竜族を深く識りたい、そのために銀竜を活用したい、ね。
なるほど、確かに合理的ではある。竜族はふわりと飛来してくるだけで、彼らの暮らしなんてのは誰も詳しくは知らないし、街エルフは他のどの種族よりも詳しいと言えば詳しいけれど、それは外から見た生態であって、内から見た彼らを知った今となっては、表層的な在り方の一部を知っていたに過ぎなかったことも見えてきた。
今回、伏竜さんが、ちょっとした身支度程度の振る舞いとして、全身を十秒程度、炎の術式に包み込んで燃え上がらせてみせた。使われた魔術の位階が低いので、低位魔術は何もせずとも無効化してしまう竜族からすれば、見た目だけ派手で本体はノーダメージという代物だ。これによって表面の汚れや害虫などの存在を消滅させるわけだね。竜族が行使する位階の魔術に耐えられるような存在はそうそういないし、もしいたとしてもそれほど高位の魔力を有していては隠れることなど不可能であり、そんな面倒くさい相手がいてそれが害となるのなら、真っ先に消し飛ばされるに違いない。
つまり、我々は竜族という存在について、例えば彼らを舞台俳優に例えるなら、舞台の上での彼らしか見たことがない、ってとこかな。彼らが見せる、見えることが前提の彼らの一面しか我々は知らないんだ。僕たちは、僕が心話で交流を始めるまでの間、竜族社会におけるヒエラルキー構造であるとか、縄張りを持てないと一人前扱いされないけれど、上位竜達はいずれも長命なので限られた縄張りはなかなか空いてくれず、他の竜の縄張りに居候させてもらっている肩身の狭い若竜達がごろごろいるなんてことは、誰も知らなかったからね。
我が物顔で大空を飛ぶ自由と暴威の象徴たる、生ける天災、天空竜と称されてはいても、彼ら目線での暮らしとなると、何気に誰も見知っている狭い村社会といったところであり、それに個で生活が完結しているせいで、竜同士の交流も浅いものになりがちで、しかも、積み重なった柵によって、貸し借りの清算を律儀にやっていかないと、肩身が狭くなっていくなど、かなり息苦しいとこもある。
さて。
では、そんな誰もが知っているようでいて、実は知らなかった、そんな天空竜達のことを深く識りたい。それに銀竜が役立つのではないか、という話だね。
「趣旨は理解しました。隣人である竜族、いずれ統一された弧状列島の国家成立においては、その一角を占めることになる彼らのことを我々は殆ど知らない。無知は意志のすれ違い、誤解を生む。だから彼らを知りたい。それには同じ竜族という立場で内に入っていける銀竜と通じて識ることが有用だろうと」
話しながら、代表の三人、リア姉、それにヤスケ様と眺めていく。
ふむ。
見た感じ、特に裏はなさそうかな。というか、下手なことを企んで、それが悪手であったなら、手酷い被害を受けるのはこちらだけだからね。
ん?
「アキ、その視線、竜族の真似をしてるのかい?」
おや。
「皆さんが何を考えているのかなぁ、と思って、表層的にでも何か気付けるとこはないか視てただけですけど、竜族っぽいとこありました?」
「あったよ。魔力が感知できないから断言はできないけど、まるで竜族が竜眼を使っているような雰囲気だった」
ほぉ。
「お爺ちゃん、そんな風に見えた?」
僕の問いに、お爺ちゃんは言葉を選んで答えてくれた。
「ふむ。似てると言えば似ているかのぉ。ただ、アキの魔力属性は完全無色透明じゃから、竜眼のような独特の視方をしているのかは断言はできん」
なるほど。とはいえ、竜眼を真似てみた覚えはないから、無意識のうちに似た行動をしていた、ってことかな。
「まぁ、いずれにせよ皆さんの魔力を感知することができない僕からすれば、竜眼を真似るといっても、似たことをするのも難しい気はしますけどね」
そう話すと、一応、納得はしてくれたようだ。
実際には、竜族も彼らからすれば僅かと言える地の種族の魔力感知はできているのだから、何かコツがあるのだろうけど。それに竜眼で地の種族の振る舞い、言動とのズレを見極めるようなこともできているのだから、やはり何かコツがあるのだろう。
「アキ、試す時には必ず雲取様や黒姫様といった信頼できる竜の方々の指導を仰ぐのだぞ」
ユリウス様に釘を刺されてしまった。
「はい、その時は必ず。というか、僕がソレを習得できるとお考えなのです? 竜種特有の器官がないと無理とかかもしれませんよ?」
「そうかもしれぬ。だが、そうではないかもしれぬ。完全に同じではないが銀竜様が竜爪を行使した、それを思えば、アキが竜眼を使えてもおかしくないと思うのだ」
ふむ。
同じではなくとも似たことならできる、ということはあり得る、と。
リア姉が補足してくれた。
「研究者たちの意見には、竜族の強い魔力の圧があり、それにより平静さを相手が失うことと、魔力を視るという行為が合わさることで、竜眼という心の内まで見通すような独特の観察力が成立しているのではないか、ってのもあったんだ」
ほぉ。
「あった、というとは今は違うの?」
「銀竜様が他者の魔術行使などを視て、極短期間にそれを真似て見せてただろう? しかし、銀竜様の魔力は私たちと同じ完全無色透明な属性で相手に圧を与えない。となると、竜眼に竜の強大な魔力圧が必須、という前提は崩れたとみるべきということさ」
なるほど。
「つまり、銀竜のしている竜眼っぽい何かなら、僕でもできるかもしれない、と」
「そういうこと。ただ、アキはこれまでにも竜絡みで酷い目に遭っているんだから、安易に真似ようとかしないこと。一見実害がなさそうでも、そうでもないかもしれないからね。だから、雲取様、できれば、黒姫様がいる時以外は安易に試みようとしないこと。いいかい?」
ぐぅ。
確かに、心話で福慈様の怒りに触れたことで心の平静さを失って皆に助けてもらったし、白岩様と深く心話をした際には竜としての身体感覚に翻弄されて、幻影の竜の姿を新たに作ることで心の在り方を安定させることのもなった。なら竜眼だって何か起こるかもしれない。というか、今度は大丈夫と能天気に思うのはさすがに無理ってものだ。
「安易に試さないことを約束します」
そう宣言すると、皆さんは安どのため息をつくのだった。
◇
「では、改めて、皆さんの意見を伺うことにしましょう。竜族について識らないことがあまりにも多い。そこで他の竜よりは話が通じて、常にロングヒルで喚ぶので話もしやすい銀竜を通じてそれを識る。ではアレは、「マコトくん」や依り代の君、それに竜種と何が似ていて何が違うのか、どういう意識を持つと考えているのか、ちょっと話してみてください」
そう切り出すと、皆の間に少し緊張が走った。あれ?
「リア姉?」
「あぁ、ちょっとね。アキなら、銀竜と話をする際の注意事項を軽く話して、後はうまく説得してみてください、と投げてくるかと予想してたから、少し外れて面食らっただけだよ」
ふむ。
「銀竜は経験や思考の基盤があまりにも乏しいからね。ある程度はフォローしてあげないと不味いと思ってるよ。依り代の君くらいに自我が確立しているならある程度は任せてもいいんだけど、今は見てないと危なっかしい。あぁ、すみません、僕の意見をちょっと話しちゃいましたけど、今のは知らなかったことにして、皆さんのご意見をまずはお聞かせください」
今のは無し、と話すと苦笑されてしまった。
ん、初手はレイゼン様か。
「なら少しずつ分担して話していくか。先ずはそうだな、聞いた話では白竜様の過去の経験の記憶に触れ、アキの記憶をある程度共有して参照もできるという。なら、こちらに来訪してくる竜種に比べても地の種族への理解という点では一歩抜きんでているとしていい。注意するところがあるとすれば、アキの知識つまり、マコト文書に詳しいだけで、こちらの三大勢力や街エルフの文化に詳しいわけではないというところだ。そこで認識のズレが起こりうると考えた方がいいと考えた」
ほぉ。
確かに、銀竜を天空竜と地の種族の両方に精通している存在と定義するのは危うい、とする見解は一理ある。僕は街エルフの文化も部分的にしかしらない虫食い状態だし、知識のほとんどは日本、つまりマコト文書の知ということになる。だから、銀竜は表層的な竜族文化を知識として得ているけれど経験がない、そして地の種族の文化についても、ごく一部を知るだけで、マコト文書の知がベースだから、魔力が絡むような話には疎いという弱点があるわけだ。
「確かにかなり広い知識、最低でも国レベルの内容でないと話が合わないでしょうし各種族の内容となればかなり疎いでしょう。雲取様に比べても詳しいと評してよいか怪しいとこですね」
「そういうことだ。体格差もある。実感を抱きにくい話も多いだろう」
身の丈三メートル近い鬼族のレイゼン様が言うと説得力あるね。鬼族も人族や小鬼族の事を知識としては知っていても、共感するのは厳しいからね。鬼族だと子供の頃ですら、人族よりはずっと立派な体格だもの。
次はニコラスさんか。
「次はその在り方の違いについて話すとしよう。基本的に銀竜様は召喚体に似た傾向のある幻影術式によってその仮初の肉体を得ている。だから、竜種と違って、飲食を必要とせず、それ故に食欲を持たれないだろうと考えた。召喚体の竜や妖精と同様、あくまでも嗜好品としての飲食をするのみであって、生きるためにそれを必要とすることはない。得た知識を身に着けていくために微睡んでいるような心の在り方はあるとのことからして、睡眠欲に近いものはあるだろう。総じて、身体由来の感覚、経験、認識に乏しい方である、そう考えた方がよいと判断した」
ん。
それは確かにその通り。
体に由来するような欲求、欲望は乏しいだろうね。それに記憶の整理をするにしても、僕の心の内に籠って微睡んでる感じだから、一般的な意味での睡眠と違って、無防備に体を晒すとか、誰かと一緒に寝るとか、一人で寝る場合の周辺警戒を怠らない意識とか、そういうのは殆ど掠らない。
次はヤスケ様だね。
「銀竜様だが、ある意味、理想的な竜種の振る舞いを基本とされると見ている。なぜなら、アキが、竜種とはかくあるべし、と考えたその思いが基点となっているからだ。アキが思い描く竜種とはロングヒルにやってきている品行方正な竜種達であり、だからこそ、銀竜様もまた、竜とはそういう存在なのだ、という前提で意識が形作られているだろう。よくも悪くも竜種らしい竜種と捉えるべきだ」
ふむ。
「悪いとこというと何になります?」
「竜種は個で生活が完結している。同様に、銀竜様にとっては活動をするのに他者は基本、不要という扱いになるだろう。周囲のどことも接することのない縄張りを占有している成竜、そう認識しても間違いではあるまい。外界に存在しない縄張りだからこそ、他の竜との諍い、調整も発生せず、雲取様のように地の種族を住まわせるような話にもならぬ。天候にも左右されず、実感を持たずに存在できてしまう。それは揉め事はないだろうが、この世界で生きる経験が育まれることもない。長い目で見れば悪しき特徴となるだろう」
なるほど。
ヤスケ様の話された通り、部屋住み三男坊で常に腹八分目、肩身の狭い思いをしてきた伏竜さんみたいな境遇と、銀竜は無縁だ。僕から魔力を常に潤沢に受けているし、僕の心の内にさらに同居人が増えるようなこともないから、豊かな縄張り、巣を有している成竜相当の境遇と言える。しかも周囲と揉め事にもならない。何せ空間自体が接してない。それに僕の心の内で寝ている間、外敵を気にする必要すらない。いろんな意味で、竜族の当たり前の感覚、意識を育むのには向いてない環境と言えるだろうね。何気に長期目線で言うと厄介な特徴だ。
で、次はユリウス様だ。
「では、私からは他の存在との違いについて語ろう。信仰によって存在する神である「マコトくん」は、存在はするが経験を積まれることがない。その点では、銀竜様は、現身を得た依り代の君に近い在り方と言ってよいだろう。そして依り代の君は、元は「マコトくん」であり、その在り方の基本は「マコトくん」、つまり、日本にいる普通の少年である「マコトくん」がこちらの物事について多少知っているといったところから、降臨された後は独自の経験を積まれているわけだ。「マコトくん」は信仰の拠り所として多くの人々にかくあるべしと思われているために確固とした存在がある。その点、銀竜様は、アキが竜種とはこうあるべきと漠然と認識していた思いが基点となっているから、当初、その在り方は儚く自我も乏しかったと聞いた。だから、依り代の君よりは、我が乏しく物事への関心の方向性も少ないと考えた。ただ、先ほどまでの伏竜様とのやり取りを見ていると、考えていたよりは強い我をお持ちのようだ」
そこはアキに似たのだろう、などとユリウス様が笑みを見せてくれた。むぅ。
最後はリア姉だね。
「私からは、竜種と白竜様は認めてくれているけれど、厳密な意味では同じとはならないのではないか、という懸念を示しておくよ。具体的に言うと空間跳躍、それを銀竜様はできるかどうか誰もわからない。普通の竜にとって、自身が世界の外に跳躍するという意識は持てても、召喚体という仮初の存在を世界の外に飛ばすという真似ができるかと言えば、怪しいと思う。その点、自身の実体を持たない銀竜様は、仮初の体をもって世界の外へと跳躍することを可能とするかもしれない。実体を持たないが故に跳躍はできないかもしれない。こればっかりは誰もわからないといっていいだろうね。それに実体の体を持つからこそ、白岩様のような鬼の武を活かした身体制御という技を行使できる。銀竜様にそれはできないし、する必要もないだろう。そうした在り方の違いがあっても、竜族が銀竜様を仲間と認めてくれるか、成竜と認めてくれるかはわからない、ってとこだね」
それはあまり考えてなかった。
「成竜と認めるのは、縄張りを持つことを皆が認めるため。だから銀竜は実は成竜と認められる必要がない。力比べをする必要もない。魔力消費がないから、魔力残量に配慮しつつ争う天空竜の定番の争いにならない。うーん、大技については今後、学ばせるかどうかも含めて白竜様など他の竜とよく相談しましょう。連発してそうした大技の習熟度を上げることが良いことかわかりませんし、そもそも傍迷惑ですからね。仮初の存在が、世界の外に跳べるかどうかはぜひ試してみたいですね。今、自分はここにいるという意識が、銀竜の場合、僕達とは違うので案外簡単にクリアできるかもしれません。それに存在に必要な手間も少ないので、世界の外で自身を保つのも移動させできれば維持は楽な気もします。成竜として認めて貰えるか、或いはそもそも認めてもらう必要があるのか、なんてとこは福慈様と相談しましょう。銀竜に任せても、どうでもいいとかいうだけでしょうけど、竜族からすれば、銀竜の立ち位置は明確にしておいた方がおさまりがいいでしょうから」
そう話してみた。あ、途中からベリルさんがホワイトボードにそれぞれの主張を全部書いていてくれたから、話の漏れがないか確認もしやすかったんだよね。ふむふむ。一応、一通り出たかな。
視線を向けてみたけど、他の人も追加意見は特になし。
さて。
では、それらの考察を踏まえて。では問うとしよう。
「では皆さま。以上のことを踏まえて、銀竜ですけど、竜族を深く識るのに役立ちそうですか? こちらの意図したように働きかける、或いは探るような話に全く向かないことだけは断言しておきます。アレは興味のない分野はばっさり捨てる性格ですよ」
僕がそう告げると、皆もそりゃそうだ、と何故か酷く納得した顔を見せてくれた。えー。
「えっと、結構、駄目っぽい話を伝えたつもりなんですけど、なぜ皆さん、納得した顔をされてるんです?」
僕の問いにユリウス様が胸の内を教えてくれた。
「銀竜様はその在り方の基点がアキであり、アキの思う竜種なのだろう? ならば、自身の目的第一、必要があれば相手の主張にも配慮するといった意識を持つ方なのだろう、と想像はしていた。伏竜様とのやり取りを見ていて確信もした。あの方は依り代の君と同様、根はアキと同じだ」
だからこそ、信用もできる。何かするには対価が必要であり、偏りすぎを嫌う。ならばこちらも条件を満たせば安心できるというものだ、とユリウス様が話すと皆もその通りなどと言って、笑いが広がる有様だった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
というわけで、銀竜ですが、竜族と地の種族の常識それぞれに精通しているブリッジ的存在などと捉えるのは大間違いだということが見えてきました。一見話が通じるだけにズレが怖い子なのです。しかも人生経験がまだ一か月もありませんからね。それにかくあるべしとされた「マコトくん」ベースの依り代の君よりさらに基礎が希薄です。アキの思う何となく竜種ってこうだよね、というイメージが基礎ですから。
次回の更新は2025年6月15日(日)の21:10です。