4-6.大型帆船ビクトリア号3
前話のあらすじ:ビクトリア号をじっくり見学できることになったけど、乾ドックの底に降りるのは禁止と言われ、翁も船にはあまり興味がなかったところを、浮島に対する飛行船という餌をぶら下げて、やる気を引き出した話でした。
2018年11月11日 タイトルを数字の連番に変更。
皆と一緒に歩いて、ビクトリア号の船尾から、側面にかけての船底を確認した。
「スクリューがない純粋な帆船だから、船尾に大きな舵が設置されているね。舵柄じゃなく、転輪を使うタイプだから、真横まで曲げることもできる優れものだよ」
「あぁ、舵柄というと舵とくっついた棒じゃな。確かにあれだと舵を真横まで曲げるのは無理じゃろう」
船員さんが持って梃子の原理で曲げるのが舵柄だけど、左右四十五度まで曲げるのがせいぜい。それに、水圧に直接抗うことになるから、転輪と違って、曲げるのも力仕事でとても大変だった。
「さて、お爺ちゃん。船は初心者みたいだから簡単なとこから話すけど、船は中に水が入ったら沈んじゃう。だから、船で怖いのは前後で揺れる縦揺れと、左右に揺れる横揺れだね。どちらも酷くなると船の中に水が入ったり、バランスを崩してひっくり返っちゃう」
「うむ。確かにどちらも避けたいじゃろう」
「それで、この船の場合、全長がとても長いから、多分縦揺れは気にしなくて大丈夫。波と波の間隔より船の全長のほうが長そうだからね。で、横揺れ対策だけど、ほら、船の横を見て。船底側面につけられたヒレみたいなでっぱりが結構な長さで付いてるでしょう」
「うむ。飾りという訳ではなさそうじゃの」
「そう。あれが横揺れ軽減に大きな効果を発揮する設備、ビルジキールだよ。断面が三角形だから軍艦仕様だね」
「あんなちょっとのでっぱりがそんなに凄いものなのか?」
「つるんとした丸い断面の船底をイメージしてみて。何もでっぱりがないと簡単に転がりそうでしょう?」
「確かに。でっぱりがあると抵抗が増えて揺れにくくなるというわけか」
「当たり。水は抵抗が強いから少しに見えてもあれで十分、横揺れ軽減の効果が出るんだよ。それに断面が三角形なのは空いたスペースは浮力が得られるし、三角形の断面は船体の構造強化にも寄与するから」
お爺ちゃんがぴんと来ない感じだったので、メモ帳から紙を一枚取り出して、そのままだとペラペラだけど、折って三角形にすると変形しなくなるのを見せた。
「ほぉ。断面の形は奥が深そうじゃのぉ」
「そうそう。そういえば船尾だけど、船首と同じで細くなっているのはなぜかわかる?」
「よくはわからんが、揺れとは関係はなさそうじゃのぉ。となると抵抗を減らすためか?」
「うん。例えば船尾をばっさりまっすぐ切ったような形にしたら、船尾の後ろに水が回り込んで渦を巻いちゃう。ほら、帰りたいのに放してくれない友達みたいなものだよ」
「それは確かに厄介じゃ。細くするのは水が渦を巻かないように、さっさと後ろに流れていくようにじゃな」
「うん。船底は水の抵抗との戦いだからね。前に進むことだけ考えたら船は細いほうがいい。人が一人乗れるくらいの細い船体なら、前に進みやすそうでしょう?」
「そうじゃな。だが、このビクトリア号は全長に比べれば細いとは思うが、それでも結構な横幅がある」
「荷物を積むためにはやっぱり船腹はある程度のサイズがないとね。あと横幅があったほうが横揺れもしにくいから」
「速く進むためには船は細いほうがいい。横揺せず荷物を沢山積むためには船は太いほうがいい。悩ましいのぉ」
お爺ちゃんも船の設計の悩ましさがわかってきたみたいだね。
「だよねー。だから、船の形を見れば、その船が何を求めているのかがわかるんだよ。例えばこのビクトリア号は、航行速度の速さと荷物の搭載量の多さを求めた船型で、その代わり、そのままだと横揺れに弱く、小回りも効かないし、喫水線の高さからして、浅瀬の航行も気を付けないといけない。ということは、探査重視じゃなく、ある程度わかっている航路を早く沢山の荷物を持って移動することが求められると解るんだよ」
「ほぉ。確か街エルフ達の作る帆船は探索と交易を目的としておったが、この船は交易に重きを置いた船ということか」
「だと思うよ。大きくて長い船体も最初から作るのはリスクが大きい。だからこの船は作り慣れて、交易路がある程度確立されてから作られた新造艦だってこともわかるね。さて、そうなると船型から見える横揺れの弱点対策が、ビルジキールだけっていうのはちょっと弱いかな」
「おいおい、嬢ちゃんは造船技師か、船乗りの資格でも持ってるのか?」
筋肉ムキムキな作業員のおじさんが話に割り込んできた。
「ただ帆船好きなだけ、マニアってほどじゃないですけどね」
「それでマニアじゃないって言うのか……」
「魔術に疎いですからね。本当のマニアは帆船一隻ごとの違いとか、改修された段階ごとの違いとか狙いとか、それはもう細かいところまで覚えていて、いつまでも語ってくれるんですよ。僕の場合は一般教養レベルですよ」
「そ、そうか」
「さて、船底だけど、船の舷側とぱっと見、色も同じ真っ白で違いがないけど、フジツボや貝対策はどうしてるのかな。何か表面加工でもしてるのかな」
「対策じゃと?」
「海に浸かっていると、どうしてもフジツボとか貝が船底についてきちゃって、航行速度が落ちたり、船底が傷んだりして碌なことがないんだよね」
「嬢ちゃん、貝や海藻の付着を防ぎ、水の抵抗を低減する表面加工が施してある。爺さん、絶対触るなよ」
「鮫肌加工?」
「よく知ってるな」
おじさんが呆れたような顔をしてる。
「よくこれだけの大型船で採用しましたね」
「アキ、その鮫肌加工という奴はどんなものなんじゃ」
「ルーペで拡大しないとわからないレベルの鱗で船底を覆うんだよね。その鱗も細かい凹凸があって、そこに水が入り込んで鱗と水の抵抗を減らしてくれる。それに、細かい凹凸のおかげで、フジツボや貝がつきづらくなる効果もある。凄い手間だけどね」
「そんな微細加工をこの船底全てにか!? お主らの酔狂さも極まっておるのぉ」
「流石に手作業じゃなく機械加工はしてるだろうけどね。それでも効果は絶大だよ。えっと、その、おじさん?」
「あー、俺の名はファウストだ。そう呼べばいい」
「ファウストさん、サンプルの船底板とかあったりしません?」
「なんだ、見たいのか」
「お爺ちゃんに見て貰いたいかなって。ざっくり鱗と言われてもその細かさは見ないとわかりにくいでしょう?」
「仕方ねーな。サービスだ。明日の航海中に見せてやるよ」
「ありがとうございます」
「楽しみじゃのぉ」
僕達がそんな話をしながら、帆船の隣あたりまで歩いてきたところで、船員さん達が何か手を振って合図をしている。
「そろそろ光学迷彩の動作確認だ。なかなか見物だぞ」
そう言われたので、ちょっと立ち止まって、船のほうを見ていたら、一瞬で帆と船体の色が濃い水色に変化した。先ほどまでの白い船体のイメージはもうどこにもない。それから数秒おきに徐々に薄暗く変わっていき、最後には新月の真っ暗で闇のような海の色にまで変化していった。
「凄い……これ、船体が全部魔導具なんですか?」
「あぁ、もちろんそうだぜ。嬢ちゃんの言う通り、この船体は全てが魔導具、色が変わる機能と、表面が鮫肌加工された特注品だ」
「なんて贅沢な……」
凹凸を極限まで減らしてのっぺりしていた外見、ステルス機能を突き詰めたズムウォルト級ミサイル駆逐艦なんてのもあったけど、あれだって、船体自体はただの鋼板だったし、地球の基準で考えても、この帆船の機能は凄まじいね。
濃い海の色から、まただんだん明るい色合いに戻っていく様子を見てたけど、船底、盤木が支えているあたりを見て思わず身を乗り出した。
「ちょっと、お爺ちゃん、あそこを見て。盤木と船底が接触してる部分!」
「ほれ、アキ。もっと下がれ。――それで、その部分が何だというんじゃ? 他の船底と同じ色合いにしか見えんが」
「盤木で支えているってことは、あそこに船の重さがかかっているってことだよね。なのに光学迷彩も実現してる。頑丈なのに色が変わる繊細さも併せ持つんだから驚きだよ! あ、ほら見て見て、船底だけど明るい色合いになるだけじゃなく、今、発光してるよね!」
船底の色合いが、ただ明るい青の色合いというだけでなく、自ら発光し始めた。盤台の影の部分が青い光で照らされているからよくわかる。
「光るとはまた驚きじゃが、なんで光るんじゃ。光学迷彩は目立たないためじゃろう?」
お爺ちゃんは不思議そうだ。水面に近付くだけで危険視するようじゃ、海の中に潜ったことなんてないだろうね。
「海の中は地上と違って、水面が一番明るくて、深くなるほど暗くなるんだよ。だから、深いところから上を見上げると、太陽の光を船が遮っていたら、船底だけ暗い形でくっきり浮かび上がっちゃって目立つことになるんだよね。だから、周りの海水と同じくらいの明るさになるように光ると、目立たなくなるんだけど、ここまで凝ってるとは思わなかったよ」
「……ただ丈夫なだけでなく、色彩も明るさも瞬時に変化し、表面は鮫肌。なんとも多芸じゃのぉ。魔導具と言うが、並の魔導具ではあるまい。――そうか。アキの言っていた船底の重要性というのはこういうことか」
「帆船の上部構造と同じくらい、下部構造も見所が沢山ってのはそういうこと。まさかここまでとは思わなかったけどね。さて、お爺ちゃん。船底も見て欲しい構造はあと三つかな」
「まだあるのか」
「これだけの大型船だと、接岸するのも大変だけど、海外の港に曳船の類があるとも思えないから、岸に寄せるための横方向推進装置が、船の前方と後方に設置されていると思うんだよね。確か魔導推進器というのがあるって話だから、船の中心線に沿って、飛行杖の魔法陣みたいなのも設置してるとも思うんだけど」
「それは船底にあるが、盤木との隙間を飛んで行っても暗くて見えないからな。飛ぶなよ。壊れたら洒落にならんからな!」
「わかっとる、わかっとる。後で図にでも書いて教えてくれればよい」
「あと、最後に水中にないと困るのが聴音機だね。こちらの海だと海竜という強敵がいるから、彼らの接近を知るためにも、彼らの発する音を聞き洩らさない機器はあるはず」
「……あるある。前方用と側面、それに後方用が並んでいるが、色合いが少し違う程度だから、船底との違いはほとんどわからんぞ」
おじさんがかなり投げやりに教えてくれた。
「後方も? あぁ、スクリュー船じゃないし、航行速度もゆっくりだから航跡波もさほどでもないと」
「アキよ、音ということは耳に当たる魔導具ということじゃな」
「そう。船底にズラリとながーく、馬車より長いおっきな耳だよ。遥か彼方にいる海竜の泳ぐ音を聞き逃さない繊細な仕組みだね」
「……大切な嫁を目の前でひん剥かれた気分だぜ」
おじさんが気落ちしてトホホな表情をして、手振りまで加えてガッカリ感を表現した。
「さて、せっかく船首部分まで歩いてきたし、今度は甲板上の設備について説明するね」
「だいぶお腹一杯な気分じゃが、良し、聞こうではないか」
「そうこなくちゃね」
僕は、船首から斜め上方に突き出た棒と、マストの間に斜めに張られたロープに置かれた三角形の帆、ジブを指さし説明を始めた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
というわけで、帆船が好きなアキが船底について語るお話でした。街エルフの技術力の高さと、これでもかという工夫をしないと、危なくて航行できないこちらの海の怖さを感じ取っていただければ幸いです。
甲板上の説明が残っているので、ビクトリア号についての話があと1パート続きます。
次回の投稿は、十一月十一日(日)二十一時五分です。