25-16.コース下見の打ち合わせの筈が……(前編)
<前回のあらすじ>
三大勢力の代表に皆さんとの再会となりました。やはり数十柱が参加、さらに見学に訪れる竜達も含めれば、何百柱かは間違いなく動くだろう列島横断エコレースとなれば、まぁ、三大勢力も座視しているわけにはいかないのかもしれませんね。(アキ視点)
三大勢力の代表の皆さんとの打ち合わせはそんな感じで方向性は出たけど、はい、ならそれで終了です、となるなら、皆がわざわざロングヒルまで出向いてきた意味がない。当然、今回の列島横断エコレースの妥当な落としどころを実際に参加をする竜族を含めて、ある程度合意が出るまでは逗留するとのことだった。
ならば、ということで、善は急げ、とばかりに伏竜さんにお話がしたいと伝えたところ、心話ではなく、ロングヒルに飛んできてくれることなった。飛んでくるのは手間だろうから心話でいいですよと伝えたんだけど、伏竜さん曰く、僕を気遣ってロングヒルにやってくるのではなく、心話で交流するより、対面して話していた方がよほど気が楽だから、とのこと。
はて。
心話のほうがいちいち発言して、それを聞いてという余計な手間を入れない分、思考速度で爆速交流ができて便利なのにね。あー、心話に慣れてないから、自身の心を制しつつ、自然な会話をするのが予想以上に疲れるみたいな話なのかもしれない。
触れ合っていた心からは、なんか苦手意識を持たれているっぽいようなので、まぁ無理強いは止めておこう。
伏竜さんの反応を見て、距離感やアプローチを考える様は、ほんと子猫相手にしているみたいで、面倒だけど楽しいとこがある。こちらは構いたいけど、あちらは警戒しまくってる。でも、ちょっとデレる時もあるし、慣れてくれば、態度を変えてきてくれそうな手応えはあるからね。
……っと。
そんな感じで、伏竜さんとのアポは取れたので、お手数ですが、皆さん、第二演習場に行きましょう、と誘ったところ、代表の皆さんは、なんとも呆れた表情を見せてくれた。
「アキからすれば、伏竜様は子猫扱いか?」
態度に出るようでは困るぞ、とユリウス様が少し懸念を口にした。
「大丈夫です、対面でそんな下手は打ちませんからご安心を」
そう話して取り繕ったんだけど、思わぬ伏兵に虚を突かれることになった。お爺ちゃんだ。
「そうは言うておるが、伏竜殿と話をしておるアキは、どう見ても振る舞いは崇め奉る者のそれではないからのぉ」
ん。
「僕達の隣人である竜族の方々が、わざわざこちらを怯えさせないようにと、大型犬が子猫相手に、ぺたりと地面に伏せて目線の高さを合わせて、怖くないよー、と態度で示すような真似をしてくれているのに、こちらが遠慮しちゃ駄目でしょ。ありがとう、僕も触れあえて嬉しいです、って態度で示さないと」
もう、わかってないなぁ、という体で誤魔化してみた。
「アキのそれは、そうしようと努力している様ではなく、素だと気付かれてはいるさ」
ニコラスさん、冷静な突っ込みをありがとう。
「竜眼で虚実を見通せる竜族からすれば、偽りなく態度で示しているのは、誠実さ、安心に繋がるでしょう?」
でしょ、でしょ、と合意を求めてレイゼン様に話を振ってみた。
「まぁ、親しみは覚えるだろうな。だが、図太い神経をしてると内心呆れてもいるだろうぜ」
あー、うん。
実は怖いけど、そういう振る舞いを表に出さず友好的な態度で交流をする人なら、頑張ってるなぁ、と思うところだろう。だけど、生ける天災、竜神と称される天空竜を相手に、よくいらっしゃいました、と本心から寛いで喜ぶ小さな生き物がいたら、不思議な存在だと思うことだろうね。
普通、竜族に対しては魔獣ですら、怖れを抱いて逃げ出すか、腰が引けた状態になるのだから。
「あなたのことを心底信頼していますよ、と態度で示しているのだから、きっと伏竜さんもデレてくれますよ。ちょっと手間取ってますけど」
そう話すと、リア姉に追い打ちをかけられることになった。
「先日、心話で、幼竜っぽく無害です、好きです、というアプローチは全然駄目だった、と嘆いてたばかりじゃないか。いくら竜眼で違和感が見通せずとも、だからこそ、理解しがたい存在として警戒されてるんだよ」
ぐぅ。
「竜眼でバレるような下手は打てないでしょ」
「だからと言って、竜眼で見て違和感がない、なら安心だ、とはならないってこと」
リア姉、なんだろう、容赦ないなぁ。
◇
第二演習場に到着してしばらくすると、そこそこの速度で飛来してきた伏竜さんがふわりと、埃一つ立てず地に降り立った。お見事。だぁ、だけど、見る人が見れば違和感が多い飛び方なんだよね。魔力不足で常に残量を気にしながら僅かでも消費魔力を減らそうとするような飛び方と、伏竜さんの今の飛び方は明確に違う。それが、安定した縄張りを持ち、余裕をもって飛ぶ雲取様のソレに近いのだ、と気付く竜はいないのかなぁ。
まぁ、いないんだろうね。過去何十年、下手したら何百年というこれまでの積み重ねがあるから、部屋住み三男坊でいつも困窮していてパッとしない、それが伏竜さんだ、という先入観が凝り固まっている。だから、先ほどの飛び方にしても、伏竜さんにしては、見栄を張って飛んでるのだろう、とか解釈しちゃうんだろうね。
その方が都合がいいから、しばらくは放置しておこう。どうせ害はない。
「伏竜様、急な申し出に対応していただきありがとうございます」
<気にすることはない。大した距離ではない>
労うために、デッキブラシで全身の鱗を磨くとかしましょうか、と雑談がてら話したら、なんか目を丸くされた。
『いや、なんで驚かれるんです? 親しい間柄で犬猫が毛繕いをして親睦を深めるのと同じじゃないですか』
ペットに対してブラシで丁寧に毛並みを整えてあげると、トラ吉さんだって喜んでくれる、とその際の光景をイメージで言葉に載せて送ってあげたけど、なんとも困惑しているというか、共感しがたいところがあるようだ。
<我らの場合、体の大きさが違い過ぎるから、そうした行為は魔術で代用するのが常なのだ>
伏竜さんもイメージを送ってくれたけど、汚れを払うにせよ、撫でて落ち着かせるにせよ、成竜の口や手はあまりに大きく、幼竜に対して細かく何かをしてあげることは不可能だった。その代わりに繊細な制御の魔術で、それを全部代用しているのだ。物体移動が基本だけど、それ以外にも温風、熱風、乾風、創造術式で水を生成して浴びせるとか、だいたいのことは魔術で済んでしまうとのこと。
なので、竜同士で互いの鱗に直接触れて綺麗にしあうような文化はないそうだ。
カルチャーショックだね。とはいえ、庇護下に置くために、相手を翼で覆い隠すとか、尻尾で囲うとか、幼竜対応の振る舞いもあることはある、と。
なるほど。
「では、鱗磨きはいずれ行うとして、本日のお題に入りましょうか」
<鱗磨きをするのは確定なのか。……それで、レースのコースを私が案内して参加予定の若竜達にコースを覚えさせるのだったか>
「はい。先ずは――」
そこからは、実際の手順を踏まえて、ロングヒル近辺のどこかに集まって貰い、そこから想定コースを伏竜さんが先導して飛行していくこと、あらかじめ伏竜さんには列島地図を頭に入れて貰い、竜族の縄張りを踏まえた地理を把握、それを適宜、若竜達に伝えつつ飛行していくことで、単に見える範囲について、魔力感知と縄張り把握だけでない、地上の地理も含めた位置の認識を促していくのだ、と説明をしていった。
<地図上の位置イメージを思念波で送って共有するわけか>
「ですね。予め、若竜の皆さんに地図を見て、覚えておいて貰えたら、地図を思い出しつつ、現実の光景や距離感と地図の関係を意識して繋げて認識していけるでしょう」
方向と距離、それと地図。これを常に現実の光景に照らし合わせる、この感覚が大事ですよ、と念押しする。
それから、近場に縄張りがなくなる連邦領から東の大洋側に抜けての海沿いの南下コースは、太陽の位置や飛行距離、そこから鰓エル方向感覚と覚えている地図を照らし合わせて、現在位置を認識していく作業になりますよ、と具体的な手順を伝えていく。
前回の心話で、伏竜さんの方向感覚や距離感はそれなりには認識できたので、どれだけ飛べば地図上のどのあたりに自分がいるはずだ、と判断できるということを地図イメージを都度、渡しながら示していくとそれなりには納得して貰えた。
そして、東遷事業の予定している新流路、実際には地図ではそう記されていても、眼下の光景は平地、平地というその光景も、よくよく見てみれば、完全に何もない平地に全て新設するのではなく、今ある細い河川や沼地などを繋げ、最低限、自然には繋がらないラインだけを土木工事で貫いて滑らかに繋げ合わせる作業なのだ、と認識して貰い、ちょっと地図を手元に広げながら、今の光景と重ねる形で未来の姿を思い描き、両者を繋げるための何がどこで行われるのか、それを伝えていくことになった。
途中からは、地図と写真を片手に、ここではほら、こんな光景があったでしょ、とか言葉にイメージを載せつつ、伏竜さんからは思念波で記憶を思い返して答えてもらうといったことを繰り返すことで、大雑把にしか認識できていなかった地上の光景が、実は多くの手がかりに満ちていたのだ、ということも理解して貰えた。
ふぅ。
それまでの伏竜さんの認識だと、地上なんて単なる背景画像程度の扱いだったものなぁ。竜族の誰かの縄張りがあるとこは記憶の粒度はかなり細かいんだけど、そうでない地域はほんと、かなり雑な記憶だった。大洋なんか、ひたすら海だ、という認識くらいしかなくて、河口だとか、扇状地だとか、中洲だとか、砂浜だ、岩場だ、といった認識すらほとんどなし。
まぁ、海は海竜の縄張りであり、海面付近を飛ぶなんて真似をすれば天空竜とて安泰ではない、とか言われれば、そりゃ疎くもなるよなぁ、と納得はしたけどね。
地球と違い、空を支配する者は陸も海も制する、じゃないからね。空は天空竜、海は海竜、そして大陸の地は、地竜が支配する、それが物質界の理だ。
……なんて感じで結構順調だったんだけど、そこでトラブル発生。
なんと、銀竜が意識を外に向けてきて、外に出たいとか言い出したんだ。
えー。
後にできないのか聞いてみたけど、話し合いに参加するつもりはなく、第二演習場の隅でちょっといろいろ試したから出して、の一点張り。
僕の心を見透かして、それくらいなら大したことじゃないでしょ、ほら早く、とか急かしてくるし。
『あ、すみません、伏竜様、ちょっとだけ待って貰えますか? 銀竜が外に出たいと言い出してまして。すぐ終わりますので』
<銀竜? あぁ、確かアキが心に住まわせていて幻影的な術式で体を創りだす者だったな>
伏竜さんも、僕が言葉に載せて、幼竜みたいに他人の都合を考えない幼子なので、というニュアンスを伝えたこともあって、ならばそうするといい、と認めてくれた。
ふぅ。
ケイティさんに長杖を出して貰い、少し離れた位置で、銀竜を召喚!
実際には幻影術式なんだけど、僕の意識にも銀竜を喚ぶという意識があるので、演出も召喚のそれと同じであり、その場に陽光を浴びて美しく輝く銀色の竜が出現した。
あれ?
なんか、前より随分と生々しいぞ?
ぱっと見、銀竜のイメージはこれまでと変わらないんだけど、そこにいる、存在している、生きている感がまるで別物に感じられる。本当に召喚したんじゃないかと一瞬僕ですら勘違いするくらいに。
<伏竜殿、お初にお目にかかる。私のことは銀竜と呼んで欲しい。話の邪魔をするつもりはないのでお気になさらずに>
などと、優雅な振る舞いで、ちょっと目があったけど、気にしないで、と言わんばかりの事を告げた。
<……うむ。何をするつもりか聞いてもよいか?>
<反転鏡を使い、私を正しく識るつもり。では、また>
などと、用事は済んだとばかりに、ふわりと飛んで第二演習場の隅に移動すると、何の躊躇もなく、目の前に天空竜サイズの反転鏡を創り上げた。いや、創造術式じゃないかな。僕と銀竜を繋ぐ経路を通じて流れる魔力量のソレはかなり少ない。光学的な特徴を完全再現している「だけ」の幻術なんだろう。まぁ、自身の全身像を正しく映す天空竜サイズの反転鏡という意味ではそれで役目は十分なのだから、問題はないんだろう。
問題はない。ない?
というか、なんて銀竜、反転鏡を簡単に創れてるのさ。あぁ、僕の記憶を見て識ったのか。ええい、油断も隙もありゃしない。
……なんてことをを思っていたら、ふと見ると、伏竜さんの視線が銀竜をガン見してるのに気付いた。触れている魔力から伝わってくる感覚からすると、無作法をしたとかで怒っているようなところはなし。それよりは、なんか、幼子が私は大丈夫だから、と庭の隅で遊びだしたのを不安そうに眺める兄弟みたいな感じ?
「伏竜様?」
<……あぁ、うむ。で、何の話だったか>
おやおや。
「東遷事業のルートを西進していく際の注意点についてお話していました。すみません、うちの銀竜、無愛想で。いずれ、ちゃんとお話する機会は設けますから」
<そうしよう。身の振る舞いは白竜が指導しているのだったか。少し私からも話をしておこう>
ん。
「何か無作法がありました?」
<あったというより、無かったのだ。若竜になるならば身についているであろう振る舞いが殆ど無い。かといって幼竜のような拙さがあるわけでもない。故にな、ちと困惑したのだ>
なるほど。
『結構、うちの子、カワイイですよね?』
雄竜の心にドストライクだとわかってますよ、と少し自慢げな心も載せて伝えると、露骨に嫌そうな顔をされた。
あれ?
<そういう態度をとるから、私は気を緩められんのだ>
そうやって、大人を揶揄うものではない、などと思念波で窘められることになった。ぐぅ。反省。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
というわけで、若竜が迷って問題が起きるなら、迷わないようにすればいいじゃない、という話で、伏竜に地図を頭に叩き込んでもらい、方向感覚と距離感、それに実際の地理の光景を重ねて結びつける訓練をしてもらい、同様に若竜達も頭に地図を覚えて、地図を思い描きながら飛べるようになるという方向で調整していくことになりました。……なったはずだったんですが、あぁ、なんか銀竜が飛び出てきましたね。アキは全く誰に似たんだか、みたいなことを思ってるとこですが、そりゃ、アキに似たのだ、とアキを知る人は口を揃えることでしょう。知らぬは本人ばかりになり、なのです。
次回の更新は2025年5月28日(水)の21:10です。