25-14.三大勢力の代表、ロングヒルに再集結(中編)
<前回のあらすじ>
心話で竜族と交流しても得られる情報に差異がある。ただ、リア姉と僕の差として、今回は空を実際に飛んだかどうか、という経験の違いが露骨に出ることになりました。なのでリア姉、なぜか嫌がっているとこがあるけど、しぶしぶ、天空竜の誰かと共に空を飛ぶ方針となりました。おめでとー。(アキ視点)
伏竜さんとの二回の心話で、とりあえず急ぎの状況確認は終えることができたので、取り敢えずのフォローはできた。
まぁ、ただ、もうおやつの時間帯、つまり僕はそろそろ寝る頃ということもあって僕の対応はそこまで。
寝る前にお爺ちゃんに、こちらの地理について、近衛さんがどの程度、道案内できるのか聞いてみたら、竜が移動するような広域に関する土地勘なんてものはないと断言された。なら、お爺ちゃんはどうかと言えば、僕の帝国行きや、連邦行き、それに共和国に戻る際も含めて、立体地図を眺めて情報をあれこれ見聞きして、全部事前に頭に入れておいてくれたんだって。いやぁ、それはほんと嬉しい下準備をしてくれていたんだね。僕も立体地図をみて、主だった大きな建築物くらいは頭に入れていたけどさ。お爺ちゃんのそれは地形も含めて、街エルフの地上観測衛星の情報をがっつり活かした、かなり高精度な地図を覚えていてくれたようだ。
言われてみれば、妖精さんの行動範囲って、妖精さん達の済む妖精界の国の場合でいえば、片道一日で飛べる程度、警戒地域の巡回範囲くらいだものね。
僕の空の旅はその五倍とか範囲が一気に広がっているのだから、そりゃそういう規模での土地勘、或いは長距離飛行における地理把握のノウハウなんてのはある訳がない。
「妖精さん達だと、コンパスも必要なかったよね?」
「うむ。儂らの国は、周辺地域に比べれば明確に魔力が濃いからのぉ。そもそも帰りの方向がわからなくなるようなことは考える必要がなかったんじゃよ」
だよねー。
って感じで、寝る前にだらだらとお話していたら、起きている限界が来たのでその日は、それでおしまい。
まぁ、なかなか濃密な一日だった。
◇
そして、翌日。
目が覚めると、その日の衣服を並べて準備万端なケイティさんが待ち構えていた。
「おはようございます、ケイティさん。えっと、それで今日はどちら様がいらっしゃったので?」
ぼーっとした僕を素早く衣装台の前に座らせると、僕に任せていると時間がかかるので、ブラシで丁寧に長い髪を梳いてくれて、とてきぱきと身支度をし始めてくれる。
ふわぁ~
っと、欠伸が出てしまった。鏡越しに見えるケイティさんは、洗練された手際で僕をどんどん整えていってくれているけど、明らかにかなりの速度優先モードだ。
「はい、昨晩、先触が届きまして、今朝方、三大勢力の代表の皆様がロングヒル入りなされました」
は?
ちらりと、鏡に映るお爺ちゃんに目線を走らせると、その通りと頷いてくれた。そりゃまたなんてお急ぎなことで。
「お別れしたばかりだったというのに、もう戻られたとは大変でしたね。えっと、では昨晩からロングヒル王家はその対応で大忙しとか?」
「徹夜で迎え入れるための手配を済まされたと伺っています」
うわぁ。
そりゃ、帝国も連邦も大使館はあるから、そこに寝泊まりすりゃいいって話はあるけど、やってくるのが皇帝に鬼王様となれば、セキュリティ部門が大騒ぎになってたはず。連合の大統領だと、ロングヒル内に大使館なんて無いから、王城ってことはないだろうけど、王家の屋敷を急遽、利用できるよう準備を整えた感じだろうか。いやぁ、大変だ。
「何とも大騒ぎでしたね。えっと、で、この身支度を急かされている事からして、皆さん、僕との話を求めていらっしゃると」
「それが目的でいらしたのですから。それに急ぎと言っても、早朝には到着されてましたので、それなりに休まれて落ち着かれています」
ふむ。
「なら、この急ぎっぷりは?」
「皆様、庭先のテーブル席で既に歓談をされているからです。話ながら軽食でもつまんでいればいい、とまで言われまして。ですから、食事の時間は今朝はありません」
おぅ。
めっちゃ急いでいるねぇ。こういう時、各勢力間の通信網が整備されていないのはほんと困る。
「レーザー通信網じゃなく、通信ケーブルを這わせて音声通話だけでも先に開通しておけば良かったですね」
歴史の授業で習った冷戦時代のアメリカとソ連の間のホットラインだって、海底ケーブルを繋いでの直通電話回線設立だったくらいだ。
「アキ様、こちらでは竜族の縄張りにそのような固定設備の長距離敷設などとても許されませんし、人が行き来する街道とて、日本のようにしっかり整備されてもいません。ちょっとした風水害で簡単に壊れてしまいます。それと、管理地域内での連絡手段は普通、魔術を使いますから」
といって、杖で軽く空中にさらさらと文字を描いてくれた。
なるほど。
確かに、別邸と第二演習場、それに師匠のお屋敷や、その他、関係各所との連絡もこうして、杖で文字を描いて、魔導具経由で連絡を取り合っていた。つまり、こちらでは電線ケーブルを這わせての通話というのは、魔術が使えないような、使わない理由があるようなエリア限定の特別仕様ってことか。それじゃ高上りになるから、長距離用なんて最初から無理な提案だったと。
ちなみに、先ほど描いてくれた文字は、身支度完了、とアイリーンさん達、給仕役に伝える内容だった。
そんな話をしている間に、外行きの冬用ワンピをきて、奇麗な身なりを整えたお嬢さんが完成した。うん、いやぁ、プロの手際はほんとお見事。
「ありがとうございます。それで、どなたが同席されてるんです?」
「ヤスケ様とリア様が対応されています。ただ、リア様はアキ様と入れ替わりで、後席に下がられる予定です」
なるほど。
というか、リア姉、そんなに代表の皆さんと話すのがストレスなのか。或いは竜神の巫女代行という面倒臭い肩書だから、メインが来れば引っ込むという筋を通すことにしたのか。間違いなく前者だね。皆さん良い人達なのにね。あー、というかヤスケ御爺様から逃げ出したい、と。そっちなら多少は納得できる。
「ヤスケ御爺様、話し相手に楽しい方なんですけどね、少し癖はありますけど」
そう話すと、ケイティさんは周囲の目がない室内ということもあり、はっきりと苦笑しつつも答えてくれた。
「ヤスケ様のことをそう称されるのはアキ様くらいでしょう。私でもあの方の前ではどうしても萎縮してしまいます」
なんと。
「でも、平然とされているじゃないですか」
「それは仕事柄、ポーズとして体裁を整えているだけです。そうしたところでボロを出さないようあれこれ学んでおいて正解でした」
あれこれ、ね。
「街エルフは何でも一通り、無難にこなせるから成人と認められるんじゃありませんでした?」
僕の問いに、ケイティさんはよく考えてください、と問いかけてきた。
「アキ様、ヤスケ様が、その道の初級、プロ初心者で対処できるとお思いですか?」
あー、うん。
「確かに、それは無茶でした」
家政婦長技能なのか、外交官技能なのか、はたまた、博徒技能みたいなノリなのかわからないけど、とにかく自らの外面を完全にコントロールする術を身に着けて、やっと対応できますよ、と。何とも大変だ。あの底なし沼のように薄暗い目を向けられると、そりゃちょっと怖く感じてしまうけどね。そういうものだ、と割り切って、怖い意識を心の棚に放り込んでおけば、大した話じゃない。
「アキ様、普通の人は心の棚を自在に使えたりはしませんよ?」
ん?
「あれ? 顔に出てました?」
「いえ。ですが、そう考えられているだろうと思いました」
予想は当たりましたね、とちょい得意げなお姉さん、眼福です。ケイティさんもたまにこういう茶目っ気を出してくれるのが最高なんだよね。
そんな雑談をしている間にも、ケープを羽織れば準備完了。
さて。
庭先に行ってみると、鬼族用の巨大なテーブル席が用意されていて、他の皆さんは、お子様席のような高椅子に座っているのが見えた。あー、リア姉、やっときた、って顔してる。街エルフなら、ポーカーフェイスの一つもできるだろうに、というか、敢えてその表情を見せた、ってことね。お疲れ様。
身の丈三メートル近いのが鬼族レイゼン様。優男っぽく以前よりはだいぶ元気そうな様子になってきたのが連合のニコラス大統領。子供サイズだけど落ち着きと偉さで存在感ありありなのが小鬼族皇帝ユリウス様。そして、ぶすっとしたした顔で遅いとか文句を言ってるのが街エルフ長老の一人であるヤスケ御爺様、と。
リア姉がさっさと挨拶して、席を降りて、少し離れたテーブル席に移ると、リア姉が座っていた席を僕用に整えて、アイリーンさんが軽食類もセットしてくれた。
高椅子によじ登って、と。
「皆さん、遠路はるばるお疲れさまでした。お変わりないようで何よりです。それでお急ぎとのことですけど、どのようなお話ですか?」
そう切り出すと、そう、それだ、とユリウス様が率先して話をしてくれた。
「会えた事は喜ばしいが、予定外の話がこうも続くと、早く、直通通信網開設をしたいものだと痛感するぞ。話は例の列島横断エコレースとやらだ」
ん。
既にテーブル席中央には、立体地図が置かれていて、スタート地点のロングヒル、中継地点となる連邦の首都、東遷事業の新河川想定ライン、帝都、それに連合のテイルペーストの位置に札が立ててある。準備が宜しいことで。
横に目を向けると、ホワイトボードにはベリルさんの綺麗な字で、話合われていた内容が箇条書きにされている。ふむふむ、なるほど、昨日、僕が心話の後に伝えたような伏竜さん経由で得た情報の横展開までが終わっているということね。
「はい。開催時期は春先に伸ばしましたけど、参加する若竜達を迷子にしないための工夫が色々必要そうですよね。それなりに準備しないと」
僕の発言に皆さんが何とも渋い顔をしながらも頷いた。大統領のニコラスさんが懸念を口にした。
「各地には竜神子がいるが、如何せん、数が少ない。無造作にそこらの都市に降りてこられても、竜神子がいない事が殆どだろう。それに無造作に降りられること事体、何とか避けたい」
だよねー。
「でしたら、若竜達に春先までに地図を頭に叩き込んで貰うか、空からでもわかるような目印を何か知ら用意するか、連絡が取れる魔導具を参加する若竜達に身に着けて貰うとか、何か対策が必要でしょう」
僕の発言を受けて、さらさらとベリルさんがホワイトボードに課題を列挙してくれた。そして、それを眺めていた代表の皆さん達に浮かんだ表情はというと、対策が見えて嬉しい、じゃなく、やっぱそんな対策しかないよな、という諦めのソレだった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、というわけで、秋の終わりにロングヒルを去って行ったはずの三大勢力代表が再びロングヒルの地に集結することになりました。皆さん急がしいのに、お疲れ様ってとこですね。とはいえ、竜族対応となれば、国家元首の対応最優先事項ですから、これは正しい対応なのです。それにそういう対応をしている最中に、不在をいいことに動くような「馬鹿」は、三大勢力には今はいないので安心なのでした。連合はアキが来る前だと、だいぶ怪しいとこがありましたが、街エルフのテコ入れもあってニコラス大統領の立場も大きく改善しましたからね。なので、「今は」問題ないのです。
次回の更新は2025年5月18日(日)の21:10です。




