25-13.三大勢力の代表、ロングヒルに再集結(前編)
<前回のあらすじ>
竜達が大勢参加する列島横断エコレースですけど、このままだと大混乱必至だとわかってきました。あぁ、これは準備が大変になりそうです。(アキ視点)
伏竜さんとの心話が終わると、出迎えてくれた皆さんの顔はなんとも渋かった。
皆を代表して、ケイティさんが心情を明かしてくれた。
「アキ様、生体反応で確認は取れていたものの、心話初心者の伏竜様との対話にしては随分長く行われていたため、とても心配していたのです」
あー。
「結構、話が盛り上がりまして。いろいろと面白い話も聞けたので、無理にならない程度にできるだけ話を続けて、情報を引き出してきました」
そう話すと、リア姉が気になっていたことを切り出してくる。
「アキ、伏竜様の心話では、心の内を推測することの難度はどうだった?」
ん。
「部屋全体は片づけてあるけど、あちこちに形跡が残ってて何があったのかだいたい推測できるってとこかな。心の棚は使っているようだけど、経験不足だね。後は注意深いけれど、集中力が長続きしない感じ。相手が目の前にいて、五感で様子を伺える場合と違って、心話ではそういう間がなくて直だから。あとは幼竜ムーブで、無害ですよー、ってアプローチは全然ダメ。まるでお迎えした初日の警戒心バリバリの猫みたいだったね」
警戒してるんだぞー、シャーって。と声真似をしながら話すと、なんか皆さんの間にあった緊張感が一気に溶けた。
「天空竜相手にそのような比喩をするような奴など、お前くらいなモノだろうよ。……それで、時期をずらすことについてはどうだった? 竜族の中ではどこまで話が通っていたのだ?」
ヤスケ様が呆れた思いを隠そうともせず、本題を切り出してきた。
「あぁ、そちらは春先まで伸ばす提案には賛成して貰えましたよ。あと、推測していた通り、まだコース選定については、伏竜さんの中での腹案といったところで、他の誰ともまだ相談はされていませんでした。雲取様とくらい相談するかと思ったんですけど、まだ両者の間の関係は少し距離がある感じでしょうか」
相談できる仲間がいるのといないのでは随分違うと思うんですけどね、福慈様も来たなら拒むことはない、それは伏竜さんとて理解できるでしょうに、感情の整理がまだできてないってとこかな、と印象を話してみた。
「お前の話っぷりを聞いていると、そこらの若者同士のことを聞いているかのようだ」
「実際、そう考えてよいと思いますよ。天空竜と言っても、心の在りようは、体に比べればだいぶ近しい方ですから」
これが昆虫系だったなら、個という概念すらあるのか怪しいからね。特に群れを作るような種となると、群れ全体で一つの群体生物と見做した方がいいんじゃないか、というようなのもいるし。
っと。
ジョウさんが手を挙げた。
「それでアキ、伏竜様は迷われたということだったが、もっと詳細な話を聞きたい。なぜ迷ったのか、どこで迷ったのか、それらを知ることで、対策を立てられるかもしれない」
全権大使の目線からすれば、レースに参加した若竜達が道に迷いましたとかいって、そこらの都市にふらりと立ち寄るなんてことが起きるのは、なんとしても避けたいってとこなのだろうね。若竜達からすれば、自身が知る竜神子がいる都市はまぁ他と区別もできるだろうけど、それ以外の都市なんてどれも似たり寄ったりで識別はできないだろう。だから、レースで遠出をすれば、間違いなく、迷ったなら目のついたとこにふらりと降りる。
そこに竜神子がいるとは限らない。まだ全国に数十名しかいないんだから。
となると、竜神子抜きで、ちょっと第一村人に道を聞きたい、と立ち寄った旅人、という位置づけの天空竜に対して、その都市の代表は対峙しなくてはならないわけだ。命をすり減らすような重圧に耐えながら。
あー、うん。
そりゃ、何とか対策を立てて、迷う天空竜を絶対に出さない、という万全の体制を敷きたくもなるよね。
「では、順を追って説明していきましょう。あぁ、ベリルさん、地図ありがとうございます。では、弧状列島全図を皆さん眺めてみてください。スタート地点のロングヒルからまずは――」
というわけで、ベリルさんがさっとテーブルの上に広げてくれた弧状列島の本島部分の拡大地図、こちらのロングヒルの地点に識別する石を置いて貰い、本来予定の中継地点である三大勢力の首都や、東遷事業で流れを変える予定河川域をあれこれおいて識別できるようにして貰って、それぞれの地点で何が起きたのか、どこが順調で、どこで問題が起きたのか、どういう問題だったのか、などを伏竜さん目線での世界認識も踏まえて、延々と説明をしていくことになった。
◇
そんな感じに、結構な時間をかけて、僕が感じ取った多くのことを言葉にして伝え終えるだけで、小一時間を必要とすることになった。途中、質疑応答もいろいろしながらだったから、最後にロングヒルに辿り着いてゴールという段階まで、竜族目線で世界を眺めるとどう見えるのか、皆にも理解して貰えたと思う。
ん?
リア姉が手をあげた。
「アキ、私も心話で伏竜様の心には触れて、飛んでいるときの視界の記憶も視たけど、そこまで竜目線での意識で捉えることはできなかった。私とアキの差はなんだと思う?」
リア姉は少し悔しそうに、でも何とかしたいと意欲に燃えた眼差しを向けてきた。
さて。
僕とリア姉の差、か。心話で伏竜さんの記憶に触れている、実はここはたぶんそう変わらない。リア姉も伏竜さんが上空から眺めた景色やその時の意識、感情には触れていたはず。となると、これは受け手の問題となる。
受け手。
では、僕とリア姉の差は何か。竜族に対する根源的な怖れ、とはまた違いそうだ。それは触れた心への理解を妨げるものではない。鈍らせるものではあったとしても。
なら、何か。
お? ふわりとお爺ちゃんが前に出てきた。
「リア殿、それは経験の差じゃろう」
「経験? 心話の?」
「いや、空を飛んだ経験じゃよ。アキは雲取殿や白岩殿に抱えられて、連邦領、帝国領、それに共和国の島へと実際に空を飛んでおる。つまり、伏竜殿の経験と重なる知識、体験を持っておるということじゃ。ならば共感することはたやすい。雲の上から眼下の米粒のように小さな街並みを眺めた時の感覚は、アキと竜達は等しく持っておる。そういうことじゃろう」
儂も一緒に飛んだから、アキが語った光景を思い描くことはできたが、普通の妖精では飛ぶ高度も飛び方も違い過ぎて、きっと正しく思い描くことはできんじゃろう、とも語ってくれた。
おー。
それだ。お爺ちゃん、ナイス。
「言われてみれば、お爺ちゃんの言う通りだと思う。雲取様や白岩様が様々な高度で飛んでくれたから、伏竜さんの飛び方がどのあたりで、そして、どれくらいの速さで飛んでいて、だからこそ、ソレでは地上のことなんてわからないだろう、と理解できたんだよね。うん、リア姉も飛んでみたらいいんじゃない?」
ナイスアイデアとばかりにそう勧めてみたけど、リア姉は表情を引き攣らせた。
「飛ぶ? 私が?」
いや、他に誰が飛べと。
「うん。ロングヒルに来ている竜の誰かに頼んで飛んでみればいいと思う。できれば、伏竜さんがいいと思う」
「伏竜様である理由は?」
「それはもう、すでに迷って、ある程度土地勘がある伏竜さんのほうがリア姉を抱えて飛んで迷う可能性は減るだろうから。リア姉も今回の伏竜さんみたいな長時間、空を彷徨うのは嫌でしょ? あぁ、それと一緒に行く妖精さんも選んだ方がいいね。えっと」
「ならば、近衛にそれはやらせよう。参謀本部の仕事にも役立つ経験となるはずじゃ。奴には儂から話しておこう」
お爺ちゃんが引き受けてくれた。
「うん、ではそれで。ハーネスのほうは、雲取様用だけど、他の竜に合わないってことはないから大丈夫だよ。白岩様にだって合ったくらいだからね。あー、リア姉用のフライトスーツがないと」
お、シャンタールさんが手を挙げた。
「リア様用のフライトスーツはすでに作成済みデス」
おー、手際がいいね。
「じゃ、後は伏竜さんの了解を得られれば、飛べるね。リア姉どうしたの?」
そう話を振ると、なんかさび付いた人形みたいなぎこちない動きのまま、何とか声を絞り出してきた。
「飛ぶのか。私が。伏竜様と。予定コースを全部!?」
カタコトになっているよ、リア姉。そんなにショックなんだろうか。
「んー、少し長距離になるから、三大勢力には首都でそれぞれ小一時間休憩させてもらうようお願いしておけばいいんじゃないかな。そうすれば、リア姉の負担も少なくて済むだろうし、降りたところで、そこまでの飛行について、伏竜さんと振り返りの考察とか話し合うのもいいと思うよ」
良いアイデアだ、と語ってみたけど、リア姉はなんか迷いに迷っているようだ。
お?
母さんがぽんぽんとリア姉の肩を叩いた。
「竜神の巫女代行をしているリアが、竜族目線の空の感覚を持てないようでは困るわね。リア、覚悟を決めなさい。これはリアがやるべき仕事よ」
「……わかった。やる」
リア姉、物凄く渋った感じだけど、何とか引き受けてくれた。ふぅ。
今日は伏竜さんも心話はお疲れだろうから、明日以降で再調整だね。おめでとう、リア姉。空を飛んだ二人目の地の種族確定だ。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、これでリアも空を竜とともに飛んだ人類、その二人目になることが確定しました。こればっかりはアキが代わりに飛んでも意味がないですからね。アキが動けないときに、代行をする以上、リアも程度の差こそあれ、竜目線の世界観は共感できる土台を持たないといけません。
次回の更新は2025年5月11日(日)の21:10です。