25-12.エコレース騒乱(後編)
<前回のあらすじ>
列島横断エコレースについて、三大勢力をがっつり巻き込むことが判明したので、何とか時期を伸ばせ、とヤスケ様に仕事をぶん投げられることになりました。まったく御爺様も近頃全然遠慮がなくなってきましたね。まぁそれでも平気だろうと思われているのは嬉しいことですけどね。(アキ視点)
さて、少し前に心話をしたばかりだけど、まぁ、お忙しいということはないだろうから、改めて心話をしてみよう。
<伏竜様、今、少し宜しいですか?>
僕が心を触れ合わせると、うわ、きたって感じの一瞬反応が垣間見えた。もう、なんなんだか。
<うむ、要件はなんだ?>
素っ気ないなぁ。用事がないと話しちゃダメと相手が誤解したら、仲が拗れるぞ?
あー、でも触れてる心から感じ取れたのは、用事でもなければ誰かが訪ねてくることない、という竜族社会の常識的な感性と、どうせ自分宛に来る者などいないという諦観が垣間見えた。
ふぅ。
<えっとですね、列島横断エコレースですけど――>
ここで、先ほどの趣旨、つまり、コース選定と、そこに参加する若竜達の土地勘が乏しく迷う可能性がありそうなこと、それから冬場となると目印となる地上の色彩も乏しくなるので、時期としては春先に時期をずらしてはどうかといった話をしてみてみた。
それから、飛行予定経路について、地図を示して覚えて貰うことが肝心と感じたので、ロングヒルに参加予定の竜については一度来てもらって地図を見せて、地図の見方と、自分の住処からロングヒルまでの道筋についても、迷いなく飛べるよう、練習を兼ねてはどうかと伝えてみた。
<事前にロングヒルに集めるのか?>
<あ、いえ、集めるのではなく日付や時間をずらして順次来てもらう感じにしてください。竜の方々に大勢、一度に来られても困りますから>
<それもそうか。説明の手間が増えるが>
<それくらいは許容範囲です。複数の竜がきて、市民への圧が増える方が困ります>
<なるほど>
うん、感触は上々。自身が魔力制限なしの小型召喚体で飛び回ってもなお、迷って結構な時間を費やして予定コースをあーでもない、こーでもないと考えながら飛んだ経験が、僕の提案を受け入れる下地を作ってくれたのだろうね。
<小型召喚体での魔力枯渇心配なしの飛行は気楽で良かったと思いますけれど、同じコースを同じように飛び続けたとして、他の竜の介入という余計な部分がなかったと仮定しても、実は結構、魔力消費的には気楽に、とはいかなかったのではありませんか?>
そう問うと、その通りを素直に同意してくれた。
<始めはそう難しい話ではないと思ったのだ。実際、連邦の首都までの道筋は、山々を超えての行程ということもあり、各地に住んでいる竜達の縄張りを思い描きながら飛ぶのは、そう苦にはならかった。だが、そこから、東の大洋側に抜けての南下、そこが難所でな――>
……などと、まぁ聞いてくれ、と言わんばかりに、その前までの警戒感もどこへやら、僕が空の光景のイメージを受け取りながら、代り映えのしない光景にあぁ、これは迷うなぁ、と感想を伝えると、そうだろう、そうだろうとそれはもう多弁に、延々と飛び続けるという体験について語り続けてくれた。
ひたすら聞き役に徹しつつ、東遷事業で付け替えされる河口予定地から、西に向かい、今の大河との分岐点に至るまでの目印のなさ、似たような光景がただただ続くことの面倒さ、太陽との位置関係から、かなり大まかな方位と位置は把握していると言いながらも、その尺度は、竜族のソレであることから、小鬼族の帝国領に入ったこともよくわからない有様で、迷いに迷ったとのこと。
確かに、伏竜さんの記憶目線だと、地上にある人族の住宅も、鬼族のそれも、小鬼族のソレも、なんか住宅群があるなぁ、くらいの背景、それも遠景の色彩くらいな感覚しかないのだから、それではわからないと共感できた。
河川はわかりやすい目印だけど、大河はまだしも細い二級河川クラスだとあまり目印っぽくならない。田畑も、刈り入れが終わった初冬の今となると、どれも彩が乏しくてやはり、あまりあてにならない。こうして、竜族目線で見ていくと、鬼族の領土での迷いの少なさ、白岩様が問題なく飛べた理由も見えてきた。
つまり、山々ばかりというのは、竜族の縄張りだらけ、ということだから、竜族目線であれば、見知った顔なじみの住んでる街並みを眺めながら歩いているようなものだ。それはわかりやすい。
けれど、海沿いをそこそこ陸から距離を離してとなると、竜族の縄張りはまばらになってくる。竜の縄張りとは魔力泉、そこに巣を構える必要があることから、地脈の強く出ている山々に分布することになるのだから。大地の力が平坦になっていく平地ともなれば、そこは地の種族の住まう地域、魔力が竜族目線だと魔力が薄い地域となる。
空間鞄が発達しているこちらでは、地の種族が作る道もまた細い。大軍勢を縦横に走らせるために太い幹線道路を整備しているのは鬼族くらいなもので、街エルフの人も小鬼も、大量の荷物は空間鞄に放り込んで、運送人が身体強化魔術をかけて飛ぶように疾走して物資を送り届けるのが基本だ。だから、道が細いし貧弱でも全然困らない。
このあたりは、日本っぽい、立派な道路網が整備されているのは鬼属領だけ、それ以外では地域単位で生活が完結していて、地域間を望む道はとても細い、という稀有な特徴が見えてくる。
……だからこそ、小鬼族の帝国領で迷うわけだ。車線幅の道路すら地上にないんだもの。人が二人並んで通れるかどうかという細い道しか存在してない。使える平地は田畑にされているけど、大規模治水事業をする能力はないから、あちこちに沼地があったり、川は蛇行を繰り返し放題、あちこちに三日月湖がある有様だものなぁ。
土手が築かれているのも、鬼族の連邦領だけ。だけは言い過ぎか。街エルフの国も、それなりに整備はされていた。だけど、小鬼領は自然の川の流れに小鬼族が合わせるように、地域利用がされている感じで、かなり自然に近い雰囲気が出ているからね。よりによって、低難度の連邦領から、最高難度の小鬼帝国領に移動、しかも、将来、大河を付け替える予定の、何の目印もない地域、小鬼族の町が点在しているけれど、畑も刈り入れされていて目印に乏しいときた。
うん、これは無理ゲーだ。
小鬼帝国領を超えて、人族連合の二大国の一つ、テイルペーストの大きな都が次のチェックポイントだけど、こちらは難度は中程度かな。ほどほどに山々があるから、竜の縄張りを意識しながら飛べる。うん、こっちは慣れればそう難しくなさそうだ。
テイルペーストから、ロングヒルまでのルートはさらに難度が下がる。道中のルートは平地が少ないからね。竜族の知覚半径内に必ず誰かの竜族の縄張りがある感じだ。というか知覚範囲広いなぁ、こんな遠くから感知できてるとは。
ふむふむ。
そうして、心話の中ではかなり長時間話していたと思うけど、僕は全く問題なし。それより慣れてない伏竜さんのほうが、少し疲れてきてそれで、自身が疲れるほどに多弁に語っていたことに気付いて、少し恥ずかしそうな意識を浮かべたりした。
あぁ、もうカワイイなぁ。
<長く長くいつまでも飛び続けていられる小型召喚体の良さを、ぜひ、福慈様にもアピールして、小型召喚体飛行仲間として親睦を深めてくださいませ>
僕の提案に、伏竜さんは、小さな驚きを示した。というか、驚きを隠せなかったというとこか。
<飛行仲間だと?>
<はい。同じ娯楽に興じる仲間です。伏竜様と、老竜の福慈様では同じ小型召喚体でも、その扱いにも差が出てくるかもしれません。その差をレポートしてくれるだけでも大変助かります。まだまだ謎が多いですからね、小型召喚って。我々は召喚技術についてもっともっと理解を深めねばなりません>
そう力説すると、ある程度は同意しつつも、疑問も浮かんだようだ。
<なぜ、そこまで召喚技術に注力するのか? 次元門構築がアキの悲願とは聞いているが>
ふむ。
<それは、召喚術式が、数少ない世界の壁を超える術だからです。今のところ、世界を超えて作用する魔術は驚くほど僅かですからね。というか、心話と召喚術式、後は少し性質が異なりますけど、竜族の空間跳躍くらいしかないです。竜族のソレは、異なる世界へは飛べず、一端世界の外に出た後、離れた地点に戻ってくるということで、亜種と言えますけど、これも重要な術です>
多く数えてもたった三つ。でも、ゼロじゃない。なら、それを突破口に、自然現象としての妖精の道を、意図的かつ繋がる先を地球に変更した世界間回廊、つまりは次元門の構築に至らせますよ、と力説すると、僕の熱意に少し、驚いて、そして僅かだけど警戒……じゃないな、驚嘆と困惑を抱かれたっぽい。
<直接、会っていると認識を誤るが、アキは福慈様に負けず劣らずの熱い心を持っているようだ>
あんなに小さな地の種族なのに、と人間からすれば、小さなハムスターなのに、実は世界を改変するような驚嘆の怪獣だった、みたいな混乱っぷりさえ持たれたっぽい。相手は見かけで判断してはいけない、竜眼も万能ではない、とかとか。あー、なんだろ、ほんと警戒心MAXって感じだ。
えー。
<地の種族と交流を進めれば、僕程度の熱意を持っている人なんてゴロゴロ出てきますよ。ですから、あぁ、ガッツがあるなぁ、くらいに悠然と構えていてくださいませ。皆さんは竜神様、天災にも並び称されるほどの存在なのですから>
そう話すと、今度はブスっと不貞腐れた意識が漏れてきた。というか自己制御甘いなぁ。
<そのように崇め奉るような心など持っていないアキが言っても説得力がないぞ。森エルフのイズレンディア殿や、ドワーフのヨーゲル殿が雲取に対して抱く意識とは別物だ>
ほぉ、ほぉ。
<おや、あの二人とも交流を持たれていたとは意外でした。どのような話をされたとか、彼らに敬意を払う意識を持たれた切っ掛けなど、少し教えてくれませんか? あまり直接的な接点は持たれてなかったと思うのですが――>
と言った感じで、僕の大切な知人であり、仲間であり、イズレンディアさんについては、銀竜使いになるための指導をして下さる精霊使いの先人、師匠でもあるから、凄く興味があります、と無理押し出ない程度に好意を示して、ささ、遠慮なさらず、寄ってきた幼竜に語って聞かせるように、気楽にどうぞ、どうぞ、とアピール。
っと、少しドン引きされたので、仕方ないので、もう少し背筋を伸ばした感じで、伏竜さんの今後の活動を地の種族全体で支えていくためにも、どのような裾野の広がりを見せているのか認識しておくことが大切なのです、と伝えて、話を続けて貰うことになった。
ふぅ。
まったく、変だなぁ、無害な幼子ですよーアピールが全然通じない。これは手強い。なんか警戒心バリバリの保護猫初日みたいな気分だ。あぁ、うん、楽しいね。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
というわけで、心話での伏竜への相談、説得、ついでに状況確認などなどを行うことになりました。リアとアキの解像度の違いが明確に出てくる話でしたね。リアは伏竜が用いている手の内の操作が見えてない。アキからすれば、それなりに隠れているけど、推測で埋められる程度にはボロが出ていて、経験不足が透けて見えて「カワイイなぁ」とか言い出しているレベル。なんとも対照的なのでした。
次回の更新は2025年5月4日(日)の21:10です。




