25-11.エコレース騒乱(中編)
<前回のあらすじ>
列島横断エコレースですけど、地理に疎い若竜達だと、彼らが理解しやすい目印もないので迷うんじゃないか、という疑念が生じました。で、伏竜さんに話を聞いてみたら、残念な予想ほどよく当たるもので、試験飛行をしてみたら迷ったそうです。前途多難ですね。(アキ視点)
伏竜さんが頭の中だけで今後を睨んで想定した、今回の列島縦断エコレースの予定コースついて、想定コースを飛行していくことについて、途中で迷う可能性と、それに伴う、迷子の天空竜という厄介な問題がでることが見えてきた。
「心話で確認したところ、伏竜さんが迷ったのは、東遷事業で付け替え予定となる河川ルートの河口と付け替えの流路変更点を繋ぐライン、そこに識別しやすい目印となるような地形がないことが迷った原因であることが見えてきました。それに、三大勢力、連邦、帝国、連合の各首都についても、やはり到着するまでに手間取ったそうです」
心話で触れ合った伏竜さんは、確かにリア姉が言ってた通り、心の擬態、というか隠蔽がなかなか上手で、表層的な対応と、実際の本心の二階層で管理しつつ、あまり触れて欲しくない話は、心の棚に放り込む真似もできてる感じだった。
まぁ、ミア姉に鍛えられた僕からすれば、まだまだ甘い、というか、心話の経験が足りないから、そういうことをしている痕跡があちこち残ってて、あぁ、これは隠したな、とか、ここは触れて欲しくないんだな、みたいなのは見透かすことができるけどね。
そもそも竜族、というか他の魔導師の皆さんもそうだけど、心話の実践回数があまりに少なすぎる。だから、カードゲームでいえば、手札を相手に見えないように持つ、そんなレベルの対策すらできてない。特に竜族はそのあたりの雑さが顕著だね。最強種ゆえの驕り、というか必要性を感じないことからくる慢心ってとこだ。
まぁ。
そういう緩さがあるからこそ、僕はそこを最大限活用させて貰ってるんだけどね。それに竜族からすると、意図を的確に把握してくれる僕は、いちいち伝える手間が省けて便利な相手くらいに認識されているのも事実。これも圧倒的な実力差がある最強種だからこその余裕と言えるだろうね。小間使いが主の意図を的確に把握することに対して、有用だと嬉しくは思っても、危機意識を持つような人はいないのだから。
◇
さてさて。
問題がいろいろと見えてきたね。数十万から百万人近く住む大都市ですら、竜族にとっては大した目印にならないってのがなかなか痛い。うーん、でもちょっと気になるとこがある。
「伏竜さんは迷ったわけですけど、雌竜の皆さんや雲取様は、迷うことなく連邦や帝国の首都に向かわれていましたし、白岩様も途中にある主だった施設や都市を経由するようスムーズに飛ばれていました。若雄竜三柱(炎竜、氷竜、鋼竜)も同様ですね。桜竜さんも飛び方こそド派手ですけど、その飛行経路はとても地図が頭に入っていて迷いがない感じです。さて、この差はなんでしょう? 列島横断エコレースでは伏竜さんのような、どちらかというと日陰にいるような若竜が多く参加されることを考えると、この差が生じる理由は明らかにしておく必要があるでしょう」
街エルフの都市のように、屋上緑化、壁面緑化まで徹底して、隠蔽を狙っている都市と違い、三大勢力の首都は規模が大きいこともあって、そうした空に対する隠蔽は考慮されてないんだよね。だから、僕も連合の首都テイルペーストは訪問したことがないけど、連邦、帝国の首都はどちらも空から眺めたけど、あぁ大都市だなぁ、とは感じたもの。
ただ、日本と違って高層建築がないから、遠くからでも目立つかといえば、まぁ地味とは感じた。
それに、僕は地の種族の建築物を見慣れているから、建築様式の違いだとか、建てている場所の選び方の違いみたいなところに目が行くし区別もつくけど、竜族がそうかといえば、そうじゃない。彼らからすれば、村と城塞都市の区別、港湾都市の区別くらいはつくだろうけど、その程度。
そんな話を切り出したところに、ぞろぞろと玄関から、団体さんが到着してきた。父さん、母さん、長老のヤスケ様、あと全権大使のジョウさん、ロングヒルに来ている有名な街エルフ揃い踏みだ。
「あぁ、皆さんお揃いで。どうされました?」
そう韜晦してみたけど、ぶすっとした顔でヤスケ様が一言切り捨ててきた。
「お前の迂闊な発言が、列島全域を揺るがす大事件になろうとしているのに呑気なものだな。竜達の違いも明かさねばならぬが、今はもっと優先して調整せねばならんことがあるだろう」
おっと。
アイリーンさん達が手早く用意してくれたテーブル席に、さも当然とばかりに彼らは座り込んできて、先ほどまでそこにいたケイティさんやジョージさんはさっさと、自然に席を譲って、壁沿いに位置を変えた。
ふぅ。
「事件ではなく、大イベントですよ、ヤスケ様。それと調整というと、レースをいつやるか、ってとこでしょうか。あるいはどこを飛ぶか、というとこでしょうか」
事件というと悪いことに聞こえるじゃないか。まったく油断も隙もあったもんじゃない。ヤスケ様の竜嫌いは筋金入りだ。まぁそれはそれとして、調整というとスケジュールか想定飛行コースか。それくらいしか決まってないし、竜族相手には、イエスしか答えはないのだから、調整するといってもその程度しか残らない。
「両方とも必要だが、まずは時期だ。これから冬も本番になろうというのに、そんな大がかりな話を始めようというのはあまりに負担が大きい。何とか先延ばしにせねばならん。アキ、なんとかしろ」
うわぁ。
何とかしなければならない、じゃなく何とかしろ、しかも僕名指しかぁ。ちらりとリア姉を見るけど、こっちに話を振ったりするなよ、と目で拒否られた。うーん。
「まだいつ開催すると決まったわけではありませんし、コース選定も伏竜さんの序列の低さから考えて、まだ腹案といったところで、今回の小型召喚でのコースのお試し飛行も、提案前にそれが妥当か裏取りしたという感じでしょうから、伏竜さんにまずそこを確認した上で、開催時期とコース選定について一緒に考えましょうと提案すれば、そこはある程度コントロールはできますよ」
そもそも、竜達にこんな大規模イベントを主催して、統制を取るような文化も経験もないのだから、と話すと、何故か皆さん、凄くため息をついて残念そうな目を僕に向けてきた。
えー。
「リア姉、何か言いたいことがあるならどうぞ」
遠慮せず、と促したら、なんか愚痴を言われた。
「飛行コースの下見と話が出た時点で、ソレが本決まりじゃなく、あくまでも伏竜様の腹案だと気付いていたなら、引継ぎ時点でそう話して欲しかったよ」
ふむ。
「でもリア姉だって、伏竜さんの序列の低さ、東遷事業で自ら立候補したという下駄を履いても、まだいろいろ足りてないことは知ってたでしょ? それに飛ぶと言われたコースも、福慈様が選ぶ感じではなかったし」
「奴が我々の勢力なんぞ気にするか」
ヤスケ様はふん、と言い捨てた。まぁ、言い方はともかく、認識としてはそう。福慈様からすれば、総勢二千万という三大勢力だろうと、烏合の衆という意味では変わらない。となると、敢えてそんな地の種族のトップ3に対して意識を持って貰おう、などという配慮を考えるのは、東遷事業という全種族合同の初事業を携わる伏竜さんだけ、と消去法でわかる。で、伏竜さんは序列が低いから、決定権はない。なら、提案するにしても、説得力がある提案を出さないと、ただでさえ下駄を履いて不安定な立場が悪くなる。そんな危ない道は渡れないし、急いでそれをする必要もない、と。
お、母さんがちょっと窘めるような目線を向けてきた。
「アキ、貴女にとっては伏竜様は、少し鬱屈した心をお持ちで、落ち着いて話ができる知的な大人といったところかもしれないけれど、リアや私たちからすれば、屋敷より大きな天空竜、怖れなくして対峙できない存在だと忘れないで欲しいわ」
むぅ。
まぁ、確かにロングヒルにくる竜の皆さんは、いずれも攻撃ヘリみたいな大きさだから、交流するときには気を付けないといけないけどね。それでも彼らは大型犬が子猫を相手にするときのように地面にぺったり頭を下げて、圧迫感をなくして親しみを覚えて貰えるよう配慮するような態度を示してくれているのだから、僕達もその誠意にはちゃんと応えないといけないと思うんだ。
「まぁ、言いたいことはわかりますけどね。でもリア姉は僕と同じで、他の方々に比べると竜の圧は負担に感じないでしょう? なら、その分、素の彼らの心情も感じ取れるでしょ」
竜から感じる魔力圧は僕でも感知できるくらいに強いけれど、触れてみれば、とても穏やかで安定していて、だからこそ、その中で生じる僅かな揺らぎから、彼らの心の変化もそれなりに感じ取れるってものだ。
おっと、父さんもこれには同意しかねるようだ。
「アキの感性は、物質界に住む者にはどうしても持ちにくい。天空竜とは生ける天災、どうか何もしてくれるな、関わらないでくれ、と祈るような存在なんだ」
まぁ、確かに雲取様の縄張りに住むことを許されている森エルフやドワーフの皆さんとて、雲取様のことを庇護下にいれてくれている竜神様として崇めていて、距離感あるものね。
ジョウさんは、というと、ふむ、さらに語るような事はない、と。
ただの議員である父さん、母さんに比べれば、全権大使のジョウさんのほうが格上って気がするけど、どうもジョウさんのほうが遠慮してる感があるんだよなぁ。成人と言っても一世代違う感じだし、そのあたりで目上を尊重する、みたいなとこがあるのかも。
「そこはもう僕は出会いがよかったということでしょうね。これまでロングヒルに来てくれた竜の皆さんはどなたも紳士淑女って感じでしたから」
そう言ったら、リア姉が反撃をしてきた。
「そういうアキだって、福慈様の怒りの前では怯えていたじゃないか」
う。
「いや、だってあれは天変地異、この世の終わりかってくらい極端な話だったし」
心話で触れていた福慈様が突然爆発するように激高されて、あの時はほんと生きた心地がしなかった。というか、しばらく精神的に不安定で大勢の人に助けてもらってやっと、心が安定するほど追い詰められた。今、当時のことが心を過っても、それを思い出さないように自然と記憶に蓋をしちゃうくらいだもの。アレは別格。
そんなやり取りをしてたら、ヤスケ様がぶすっとした顔で割り込んできた。
「そうして話をしている暇があったら、早く伏竜様と心話をして確認をしろ」
うん、まぁ、そうなんだけど。
「コース取りはどこを選んだって揉めるのは必至なのだからそこは重きは置かないとして、時期はどれくらいずらします? 春先ですか? 春先なら、桜も咲く頃ですし、冬場よりは地上の識別もしやすくなっているでしょう。夏まで伸ばすのは避けたいですね。このレースは彼らの社会性を育む良いチャンスです。熱が冷めるほどのばしたくはありません」
そう話すと、皆もそのあたりが落としどころだろうと考えていたようで、それぞれ表情に温度差はあるものの、その方針でとりあえずは納得してくれたのだった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
そんなわけで、列島横断エコレースですけど、軽く、はい、開催しまーす、とはなりそうにないことが判明してきました。大がかりな一大イベントになるのは確実なのです。
次回の更新は2025年4月27日(日)の21:10です。