4-5.大型帆船ビクトリア号2
前話のあらすじ:山に擬装された乾ドックの中で、大型帆船ビクトリア号と対面しました。まずは出国のための手続きをして、と言ったお話でした。
2018年11月11日 タイトルを数字の連番に変更。
僕とケイティさん、それとお爺ちゃんとトラ吉さん。
そして僕達を案内してくれるやたらと大きな作業員のおじさん。
僕達は、税関の人達が検査をしている一角から離れて、乾ドックに固定されている巨大な帆船ビクトリア号へと近づいた。
一応、手摺りは付いているけど、とてもそんなギリギリの位置まで近付く気にはなれない。
「トラ吉さん、ちょっと洒落にならない落差だから、前に出ないようにね」
「にゃー」
僕の言葉に、ちょいとドックの底を眺めたトラ吉さんは大人しく、僕の横まで下がってくれた。
流石にいくら角猫が猫の上位版っぽいと言っても、この垂直落差は危険と感じてくれたようだ。
「ほら、お爺ちゃん。マストに展開している帆と、支柱に沢山のロープが張られているでしょう。ロープは帆を展開したり、向きを変えたりと、それに風に耐えるよう支持したりと、甲板上から操作するのに必要な多くを可能とする大切な装備なんだよ」
「なんともごちゃごちゃしておるが、役割毎にうまく纏められているようにも見えるのぉ」
「うん、うん。船体に比べてなんて長いマストなんだろう。帆を展開してる人達があんなにちっちゃく見えるよ」
「落ちたら大怪我では済まないだろうに、よくやるもんじゃ」
お爺ちゃんの目にも、船乗りさん達の様子は驚きに値するようだ。
「お嬢ちゃん、帆船が好きか」
同行してくれている作業者さんが話しかけてきた。まぁ、案内人を無視して勝手に盛り上がっているんだから当然か。
「勿論! 書籍では色々読みましたが、こうして本物を、しかも乾ドックに入っていて船底まで観れる機会なんてそうそうありませんからね」
「おいおい、ドックの下まで降りる気かよ」
「え? 駄目なんですか?」
ちょっと降りればいろいろ見れそうなのに。
「見学者がドックの下に降りるのは流石になしだ。上から覗くだけで我慢しておけ」
だいたい、降りてたら一周して眺める時間が足りなくなるぞ、と言われた。
うーん、うーん、でも、せっかくのチャンスを、はいそうですか、と諦めるのは惜しい。
「んー、ならお爺ちゃんに飛んでぐるっと観てもらうのはありですか?」
お爺ちゃんならちょっと飛んでみて貰えば時間もかからないし、落ちて怪我という話にもならないからね。
「儂が、か?」
思ったよりお爺ちゃんの食いつきが良くない。子守妖精としての仕事があるから、などという殊勝な話じゃなさそう。
「お爺ちゃん、帆船には興味ない?」
「こちらのことだから無論、興味はあるが、儂らは船は使わんからのぉ」
優先度は低めと。でも、海運を使わないとなると妖精界は、大規模輸送網は発達してそうにないなぁ。
「どうして?」
「水面近くを飛ぶだけで魚に噛みつかれそうになるくらいじゃ。危なくて運用できんよ」
あぁ、なるほど。妖精さん、体が小さいもんね。それにちょっと海が荒れただけでも、模型みたいなサイズの船じゃ、波に翻弄されて使い物になりそうにない。
「そっかー。あれ? でも浮島には向かっているんだよね? 浮島にはどうやって行ってるの? 自前で飛んで行ってるの?」
「補助用の魔導具を身に付けるが、自前で飛んで行くのぉ」
うわー、探検家レベルか。鍛え上げた己が肉体だけが頼り、と。浮島はエベレストみたいな扱いか。
「飛行船とか作らないの?」
「飛行船とな? 船が空を飛ぶとでもいうのか?」
「んー、飛行船っていうのはね――」
僕が説明をしようとしたところで、ケイティさんが手を握る力を強めて、注意を惹いて割り込んできた。
「言葉は風に乱れ意味を無くす。『風の円舞曲』」
ケイティさんが手に持つ杖を掲げて、術式を発動させた。僕達を包み込むようにゆっくりとした不思議な風の流れが生じて、障壁のように半球状に包み込んだ。視界はほとんど邪魔をしないけど、なんだろう?
「聞いている人は少ないほうがいいですからね。もう話してもいいですよ」
話が漏れ聞こえるのを防いでくれる術式みたいだ。ケイティさんの杖を見ると宝珠にいくつもの魔法陣が浮かんでいる。きっと、この風の流れを制御してくれているんだろう。便利な道具だ。
「あぁ、俺のことなら気にしないでいいぜ。飛行船の話なら知ってるからな」
作業員のおじさんの言葉に、ケイティさんも頷いたので問題なさそうだ。
「それで、アキよ。飛行船というのは、この帆船が空を飛ぶようなものなのか? 膨大な魔力が必要そうじゃが」
「水の上に浮かぶ船と、空を飛ぶ船は似てるとこもあるけど、結構違うところもあるよ。ところでお爺ちゃん。人は泳げるけどあんまり遠くまでは泳げないし、ずっと泳ぎ続けることもできないよね」
「うむ。一時間も泳げればだいぶ体力はあるほうじゃろう」
「でも、泳ぐ時に荷物を持っていくのはかなり難しいよね」
「身一つでも大変じゃ。ほれ、アキがこの前、練習で服を着たまま浮いておったじゃろ。あれで荷物まで持っていたら大変だと解る」
うん、うん、浮いてるだけででも三十分は長かったし、濡れた衣服が体に纏わりついて大変だった。
「でも、船があれば、水の上を何カ月もずっと移動できるし、荷物も沢山持っていける。おまけに移動するのに必要な力は、風だけ。船員さん達は帆を張ったり、角度を変えたりはするけど、風をうまく捕まえて進むのが帆船のいいところだね」
「その話でいくと、飛行船というのは、儂らが乗って、自分で飛ぶより遥か遠くまで荷物を持って、空を移動できる乗り物ということじゃな」
「そうそう。空に浮かんでいる島に向かうなら、やっぱり荷物は沢山持ち込みたいでしょう?」
「調査をするにも、食事をするにも、寝床を確保する意味でも、荷物はやはり必要じゃ。それで飛行船は、どうやって飛ぶのじゃ? 鳥のように羽ばたくのか?」
「飛行船は、軽い気体を袋に詰めたものを沢山用意して、そこに船室と推進機器を取り付けた乗り物だよ」
「軽い気体とな?」
お爺ちゃんは、気体の意味は解ってるようだけど、軽いと言われてもピンとこないようだ。
「ケイティさん、こちらに軽い気体を詰めた風船とかあります?」
「多少はありますが、あくまでも実験用であって、アキ様の想像するような娯楽用ではないです」
残念、見ることができればわかりやすいと思ったんだけど。
「周りにある空気だけど、これ、実際にはいろんな気体が混ざったモノなんだよね。気体には燃えるものとか、重いものとか軽いものとか、性質の違うものがあるんだけど――例えば、窪地で風が淀んでいるようなところで、出入りが禁じられているような地域とかない?」
「禁地にそういった場所があるが、それが気体の話に繋がるのかのぉ?」
「気体の中には、重くて吸い込むと意識を失って倒れちゃうようなものがあるんだよね。普通の空気より重いから、さっき言ったような地形だと、その気体が窪んだところに溜まっちゃって、そこに人が入ると、意識を失って倒れちゃう。倒れた人を助けようとした人が近づくとその人も倒れる。そうして、バタバタと人が倒れちゃう危険な場所は近付かないように、と隔離されることもある訳だね」
「ふむふむ」
「今のは空気より重い気体の話だったけど、とっても軽い気体もあってね。それらを集めて馬車くらいの大きさの袋を用意できたら、多分、お爺ちゃん達、妖精さん達なら五人、十人と乗っても空に向かって浮いて飛んでいけると思うよ」
「ほぉ。軽い気体を集めるのは大変そうじゃが、集めて袋に詰めさえすれば、魔力を使わずに浮けるんじゃな」
「その通り! 飛行船のいいところは浮いてるだけなら、他に力を必要としないところ。浮いたなら、後は風に乗って移動できるよね」
「飛行船か。儂らとて浮き続けていたら魔力が減って大変じゃ。浮くのに力が要らないとは素晴らしい。科学式という奴じゃな!」
「そうだね。魔力を使わないで済むならそれに越したことはないからね」
とりあえず、お爺ちゃんも飛行船には結構興味を持ってくれた。良し良し。
「アキ。先ほどの話だと、飛行船はとても軽く作る必要がありそうじゃ」
「そうなんだよね。技術的にも船よりも飛行船のほうがずっと作るのは大変だよ。冶金工学の粋を集めた軽くて丈夫で燃えにくい、しかも中の気体を漏らさない、そんな材料で船体を作って、中を軽い気体で満たして、そして風を捕まえるか、飛行杖みたいに、行きたい方向への移動を可能にする訳だからね」
「魔法陣を描いて一発とはいかん訳か」
「科学式は、誰でも作れて、魔力も使わないけど、手間はかかるからね。例えばこの帆船と似たサイズで作るとしたら、重さを数%くらいに収めないと多分、浮かないと思うよ」
まして、荷物を積むのならその分、更に軽くしないと、とも補足した。
「大きく、軽く、丈夫で、中の軽い空気も漏らさずというのは難物じゃのぉ」
「それでも、いざという時に休める場所と荷物を持ち歩いて、浮島に向かえるだけでも、前提がかなり変わるんじゃないかな」
個人装備の手荷物だけ持って単独登頂みたいな真似をしているところから、寝泊まりできる客室に団体さんで移動できるとなれば、浮島の調査もかなり大規模に化けそう。
「それはそうじゃ。良し、アキ。儂が飛んでこの帆船を見てこよう。何に注意してみればよいか教えてくれ。飛んで眺めるくらい構わんじゃろ?」
お爺ちゃんも前向きになってくれた。うん、うん、やっぱりそうでなくちゃ。
作業員のおじさんも、飛ぶのかよ、とぼやきながらも止める気はなさそう。
「わかった、わかった。許可はやるが、作業者達に通達するから少し待て。それと壁や天井、それと帆船にあまり近付くのは禁止だ。撃ち落とされたくないだろう?」
「なんと、そんな物騒な術式を展開しておるのか?」
「工具なんかの落下防止用術式なんだが、爺さんのサイズだと、危険な工具と誤認識されちまう。だいたい、ここには子守妖精を連れた子供がくることなんて想定してないんだ。まして、本物の妖精なんてな」
作業員のおじさんは、ケイティさんの展開している風の障壁を超えて、ポケットから杖を取り出して、宙空に長めの文章を書き記すと、戻ってきた。
「指示は出したが、俺がいいと言うまで飛ぶのは待て。上に乗ってる船員たちを驚かしたりするなよ」
「安心せい」
ふぅ。これでやっとスタートラインだ。
「よーし。許可も貰ったし、船底が見れる機会なんてほんと希少だから、しっかり観察しようね!」
僕はぐっと手を握ってお爺ちゃんを鼓舞した。自分で見に行けない以上、お爺ちゃんにちゃんと確認して貰わないと。
「アキの言い方だと、甲板の上より下のほうが見所がある感じじゃのぉ」
のっぺりした船底より、色々と載っていて帆も展開してる船上のほうが観察しがいがありそうじゃが、とお爺ちゃんが呟く。
「ふっ、甘いね、お爺ちゃん。 さっき言った飛行船に繋がる意味でも、お爺ちゃんが見るべきは船底のほうだよ。船底の複雑な曲線、船の向きを変える舵、それに推進系の仕組みがあるのも船底だからね」
「……盛り上がってるところ悪いが、まずは説明してくれ。儂には何がそんなに凄いのかとんとわからん」
「任せて!」
僕は、少し呆れ気味な表情の作業員のおじさん、ケイティさんを横目に、船底を指さしながら説明を始めた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
せっかく、こちらの世界の最先端技術の塊である大型帆船を見学できるということで、いまいち乗り気でなかった翁を焚きつけて、なんとか前向きに飛んで観てきて貰う話に持っていきました。帆船について最低限の説明を、と思ったんですが、船に馴染みのない翁に説明する前提だと、やはり結構手間がかかりますね。次回もアキによる帆船説明が続きます。(そしてそんなアキの様子を謎の作業員(笑)が間近で観察することに意味があります)
次回の投稿は、十一月七日(水)二十一時五分です。