25-8.列島横断エコレースの準備(中編)
<前回のあらすじ>
伏竜さんとちょい久しぶりに話をあれこれしたんだけど、少しずつ地力が増えているのは良いことだね。ただ、ちょくちょく成長を隠蔽する擬態が解けるのが気になるところだ。いや、できている時は見事なものなんだけどね。(アキ視点)
※すみません、2話同時更新と思いましたが、話の検討が間に合わないので、今回は1話更新のみです。
伏竜さんも永久の暗闇に埋もれて見えなくなってるし、小型召喚体の方はとっとと飛んでいってしまったし、引継ぎ仕事をしておこう。
「ケイティさん、リア姉との連絡はつきます? 小型召喚体との経路、リア姉との方に繋がってみるのと、エコレース想定コースを飛ぶとなると、僕の意識がない時間帯に入るのは確実なので、引継ぎをしておきたいんですよね」
そう話しかけると、ケイティさんが少し首を傾げた。あぁ、こういう無防備なお姉さんの仕草が何ともカワイイ。
「引継ぎ、ですか」
「先ほど、伏竜さんと話をしてた時に感じたんですけど、自身がエコレースの想定コースを飛ぼうと誰も気になどしないし、小型召喚体ということで小さく、魔力属性も僕達と同じ完全無色透明ということもあって、自身の鱗の色褪せた灰色も相まって、意識にも止まらないだろう、と結構、本人が思う以上に神経質になってる感じだったんですよ」
僕の説明に、ケイティさんもそれは不味い、とさらさらと杖で空中に文字を描いてさっそくリア姉に連絡を入れてくれた。
待つこと暫し。
空中に返事の文字がやはり流れるように浮かび上がった。ほぉほぉ、おや。
「連絡するだけかと思ったら、別邸で対面で話そう、ですか。珍しい」
この手の事務連絡というのなら、はいはい、気を付けておきますよ、で終わる気もするんだけど。
「アキ様、普通は神経質になっている天空竜と一対一で心を触れ合わせたいなどとは考えません」
おっと。
あー、そういえば、リア姉は、何でもできる街エルフというけど、ミア姉や僕みたいに毎日、十年間も心話を欠かさず行っていたような人ほど心話の技に長けてる訳ではないから誤解しないように、と前々からギブアップ宣言をしてたんだった。
◇
別邸に戻ると、リア姉も今戻ってきたとばかりに、外套を脱いでシャンタールさんに渡しているのが見えた。
「リア姉、お帰り。今日は何かあったの?」
「あったから、こうして戻ってきたんだよ。で、伏竜様が神経質になってるって?」
あー。
リア姉、勘弁して欲しいとしかめっ面をしてる。本気で嫌なんだねぇ。
アイリーンさんが軽くお茶と一口和菓子を出してくれたので、ちょっと一息ついて、と。
ふぅ。
「うん。今日、伏竜さんと話をしたんだけど、列島横断エコレース、何気にやる気の若竜も多くて、伏竜さんも鬼の武を取り入れる修練をしている身として参加するよう、白岩様から命じられた、って言ってた」
「それなら、同じく修練をされている白岩様や桜竜様は出ないのかい?」
「若竜の祭典という位置付けにするつもりのようで、だから白岩様は参加されないっぽいね。黒姫様は元から興味なし。桜竜さんはまだそこまで魔力を抑える技の修練が進んでないのと、溢れる魔力を捨てたいくらいなのに、抑えて飛ぶというストレス溜まりまくりな上に長時間ソレが続くというレースの仕様自体が性に合わないようだよ」
桜竜さんは若竜の中では頭一つ、二つ抜きんでている膨大な魔力を有する元気過ぎるお嬢さんってとこだからね。実は性格は良くて上の世代からも評価も高かったりするのだけど、魔力が多過ぎて荒い対応になりがちで、幼竜の世話からもやんわりと遠ざけられている、というちょい不遇の若竜さんだ。本人もソレを気にしてるからこそ、好きな白岩様へのお近づきを兼ねて、一緒に鬼の武を取り入れようと共同研究に取り組んでもいる。半端な気持ちじゃなく本気で取り組んでいるからこそ、白岩様も共に研究をする仲間である、として認めているんだよね。
あぁ。
なんだろ、この竜達をずらりと並べて、相関図が描けるくらいにそれぞれの間柄に詳しくなっていくのって。いや、竜神の巫女としては、竜族の内情に詳しくなるのは必要なことであり、ある種の仕事、僕がもっとも適任でもあるし、それが苦になる訳でもないんだけどさ。
ただ、どーにも、集まる情報は天空竜だ、という装いを外してみれば、ご近所さん同士の表面上、そつなくお付き合いしつつも、あちこちで反目してたり、仲良しグループができてたり、対立してたり、意識の違いから、互いを合わないと看做してたりと、こう、水面下ではドロドロした部分がちらほら見えるのって、こう、天空竜の怪獣というか、既存の生物の枠を超えた凄い種、みたいなある種の畏怖を持ってる層からすると、あぁ、結局、竜神と崇められる方々であっても、内情は自分達と大差ないんだあぁ、とかがっかりする訳だ。
まぁ、僕としてはそういう生の彼らの雰囲気が知れ渡って、彼らもこの狭い島々に共に住まう隣人なのだという意識が多くの種族に広まっていくのは喜ばしいことだと思うけどね。
「それでコースはどこに決まったの?」
「それは具体的には聞いてない。あと、僕達の地図、国とかの認識と、竜族の地域の把握の仕方ってズレがあるでしょ。地の種族の国の配置なんて、街エルフの島を除けば、彼らからすればどうでもいい話なんだから。だから、今日、伏竜さんが想定コースを飛んでいくというのは丁度良い機会だと思うんんだよね。目印となる地形やそれに付随する意識、その時点での飛行高度や速度、天候とかさ、リア姉、適宜、繋がってる経路を活かして情報を仕入れておいてよ」
そう提案すると、すっごく嫌そうな顔をされた。
えー。
「伏竜さんが戻ってきたあとに、場を改めて、列島全図の立体地図を出してどこを飛んだか聞き出しても、きっとかなり認識のズレがでちゃうんだから、そこは横着しないで事前にやっておかないと」
「言いたいことはわかるけど、それって、この後、何回も伏竜様と召喚維持の経路を通じて心を触れ合わせるって事じゃないか」
ん。
「そうだよね。言語化しにくい伏竜さんから見た光景とか、それに対する認識とか纏めて識る良い機会だよ。リア姉、苦手意識なんて心の棚に放り込んでおけばいいでしょ。それはそれ、これはこれ、だよ」
ミア姉から伝授された心話の奥義だ。心を触れ合わせるといいつつ、感情や認識をそれはそれ、として心の棚に放り込んでおけば、ソレに相手が触れて、いらぬ衝突、認識を招くこともないからね。それに心話技術においては基礎的な話として誰でも学ぶ技法でもある。
「基礎は奥義に通じるって奴じゃないか、それ。私はアキやミア姉みたいに格上の存在相手に平然を振る舞えるほど達観できてないんだ」
なんか、神経質な伏竜様なんて、ただでさえ肩身の狭い居候として他の成竜の縄張りにいてひっそりとしてるしかないという身の上の方だってのにさ、と凄くぶつくさ文句言ってる。あぁ、でも、こういう素の感情を露わにしてくれるのってなんか嬉しいね。
お?
ひょいと、トラ吉さんがリア姉の膝の上に載ってどすんと座り込んで身を寄せた。にゃー、ってなんか落ち着け、って感じに声をかけて、特別に撫でることを許してやるぞ、みたいな態度が透けて見えたり。
リア姉も慣れたもので、トラ吉さんに顔を埋めつつ、慣れた手つきで撫でたりしてるうちに、少し苛つきも収まってきたようだ。
ふぅ。
ふわりとお爺ちゃんが前に出た。
「リア殿、天空竜にとって空を飛ぶことは癒しであり娯楽でもある。それに飛んでいる最中に他の竜が意識を向けてこないのであれば、気楽に飛べもするじゃろ。空を見上げるしかない地の種族の目線で、空から眺める世界に共感を示すだけでも、伏竜殿も穏やかな気分になれるじゃろうて」
などと、背中から魔力の疑似羽を展開している妖精さんが言うと、年配者の年の功と言う感じか、説得力を感じてリア姉もまぁ、そうですね、と頷くことになった。
「それに儂らからすれば、雲の上を飛ぶ竜達の目線なんぞ、共感できるとこなどまるでないからのぉ。あれだけ早く空を飛んでいては場所の認識も、儂らとは随分違うじゃろう。そうじゃ、アキが寝た後は、リア殿の傍にいても構わんか? 邪魔はせんから気にしないでいい」
「それは構わないですよ。いつ天空竜との心話があるかわからないんじゃ、研究所の仕事は今日はもう終わりにするしかないですから」
などと、リア姉とお爺ちゃんという、結構珍しい組み合わせが決まり、なかなか楽しそうだ。お爺ちゃんも儂に任せておけ、となんかジェスチャーでアピールしていてるし。うん、なら、リア姉のフォローは任せたよ、お爺ちゃん。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、そんなわけで、エコレースの下準備はリアにバトンタッチされることになりました。翁もフォローに入りますし、トラ吉さんも気にかけているようなので、まぁ、何とかなるでしょう。リアからすれば、鉄格子で囲われた小部屋は用意したから、怪獣の隣でまぁのんびり寛いでいてね、鉄格子は雰囲気作りだけで何の意味もないけど、とか言われたようなモノなので、まぁ神経質になるのもわかります。今のところ、天空竜が傍にいると嬉しいよねー、とか心底言ってるのはアキくらいですからね。他の竜神子達とて、竜の圧への耐性が一般人より高いというだけで、精神的な負担は高いのですから。
次回の更新は2025年4月16日(水)の21:10です。