25-3.二度目の冬(後編)
<前回のあらすじ>
第二演習場で、僕が幻影術式で、銀竜の腕を出現させて振り降ろして竜爪を発動、対象を消すことについて、あれこれ検証してみることになりました。なぜか保護者勢揃いな感じになってます。
(アキ視点)
セイケンが少し離れた、僕の目の高さに合わせて、セイケンからすれば腰くらいの位置に、魔法盾を展開してくれた。
すかさず、ケイティさんの声が響く。
「炎の槍」
術式の言葉と共に、掲げられた魔導杖の先に燃え盛る溶岩のように激しい熱気と炎を纏った仮初の槍が出現し、そのまま、熟練の戦士が投擲したような速度で射出され、魔法盾へと激突し、それを揺らがせた。
おー。
火球の術式と違って、対象を焼くだけじゃなく、衝撃と貫通、それに焼却効果を併せ持ってるようだ。いやぁ、派手だね。
とは言え、感心しつつも、起きた現象に呆けたりはしない。師匠の言うようにタイミングはシビアだ。
その時を逃すまいと注視していると、魔法盾が崩れた姿勢を回復させ、表面の乱れた構成もふらりと揺らがせると元の綺麗な姿に回復するのが見えた。
ここだ!
すかさず、今度は僕が幻影術式を発動、事前に練習した通り、魔法盾の存在する場所に、空間から出るように銀竜の腕が現れて一閃、その瞬間、竜爪が発動して、魔法盾もろとも切り裂く様を描いてみせた。
お。
竜爪が通過したところが、何の抵抗もなく幅五センチ程の隙間を生じて、そこにあった魔法盾が切り取ったように両断されるのか見えた。
完全に分断された魔法盾は、虚空に掻き消すように溶けていって、何も残らず。
うん、うまくいったね。
◇
やったね、と皆の方を観ると、皆さん、随分と真剣そうな顔をしている。真面目な研究者って感じでなかなか格好いい。
「これは、幻影術式より創造術式寄り、いや、現象そのものを起こしているのか」
賢者さんの言葉に師匠も頷く。
「銀竜の腕を振り回す様は単なる演出で、実体は竜爪という現象の模倣かね?」
<ソフィアの言う通り、現れた銀竜の腕は単なる幻、竜爪だけが本物だった>
白竜さんの物言いに、どよめきが走る。
「白竜様、あの竜爪は天空竜の方々が放つそれと同じだとおっしゃるのですか?」
トウセイさんが、珍しく、驚きながらも真意を問う。竜眼で視ていた白竜さんが同じだと断言するのなら、そうなんだろうけれど。
<結果だけ見れば、竜爪と同じ。ただ、違和感はある。私達の技とは似ているけれど、何か違う>
白竜さんをして、何か、としか言えないとはなかなか悩ましい。
ふむ。
「ガイウスさん、思い描いた結果で現実を塗り替える、という意味では同じかと思いますけど」
僕の問いに、ガイウスさんは言葉を選んで答えてくれる。
「幻影術式は、敢えて視覚情報だけに限定することで、難度を大きく下げ、発動に必要な魔力量の低減を実現しているのです。アキ様のソレは、そうした目標難度を下げるような制限を設けず、結果の現象を出している点に特色があるでしょう」
ほぅ。
「結果の現象、ですか」
「はい。アキ様は、竜爪の発現を、そのように見える映像をそこに出現させる、と思い描いて発動はされていないのではありませんか?」
「映像、と敢えて限定するイメージにはして無いです」
「そして、銀竜の腕だけが宙に突き出て振るわれるさまは、あくまでも竜爪を起こすのに付随した表現といったところでは?」
ん。
「そうですね。竜爪は天空竜が腕を振るって起こす現象、彼ら特有の技なので、竜爪の結果だけ出すというのは、どうもしっくり思い描ける感じがしなかったんです」
僕の返事に、ガイウスさんはそうでしょうとも、と頷いた。
「ですから、そのように術式が発動したのでしょう。竜爪は現象という結果が出現し、銀竜の腕が振るわれるという光景はその余録。それにアキ様は、あの腕だけで振るわれる銀竜のそれは、銀竜本体が見えずともそこにいると、全体を思い描いたりはされていませんよね?」
「はい。そこは端折ってます」
「腕だけの銀竜は銀竜ではない、だからそれは幻影という結果になったとするのが、妥当な解釈でしょう」
おー。
「理路整然としていて、そうなのかなって気がしてきました。だとすると、古典魔術って、かなりざっくりしてて自由度が高いんですね」
思い描いたイメージのままに。その認識のグラデーションも辻褄を合わせてくれるとは、なんて便利なんだろう。師匠も良い魔術を教えてくれた、とちょっと感動して視線を向けたら、なんか、ブスッとした師匠と視線が合った。
「師匠?」
「何やら感動してる顔をしてるがね。そんな雑なイメージで術式が発動するのは魔力も位階も常に最大、調整不能なアキだからだと忘れるんじゃないよ。普通なら、そんな雑な結果を招き寄せるだけの魔力が足りず、術式は不発になってるだろうさ」
敢えて幻影と縛りを入れることで、術式が齎す結果に至る難度を下げる。そもそも人族は魔力が足りず、杖の先に魔力を集束して圧縮して、やっと発動するという。となると、発動させる結果もできるだけ難度を下げる制限を増やさないと、大魔術になってしまうってとこか。
「結果が出せるのは、出ないよりは嬉しいですけどね。それで、セイケンの魔力盾は両断されてから消えましたけど、その結果自体は皆さんの想定通りです?」
この問いには、賢者さんが答えてくれた。
「概ね、想定通りだった。幻影に魔法盾が侵食されて術式が崩壊したのではなく、対抗すら一切起きず魔法盾が両断され消えた。術式を成立させる基点が滅せられた事で消えたのか、盾の形状からかけ離れすぎて術式が破綻して消えたのかは今後の検証で明らかにしていこう」
ふむふむ。
「あー、両断したことで、両方の条件を同時に達成してしまったんですね」
「そうだ。だから、次は魔法盾の一部、端を切り取ってみてくれ。魔法盾に部分破損という概念はない。現象の切り分けができるだろう」
「わかりました。ではセイケン、宜しく」
詳しく理解するには、様々な観点から念入りな検証をしないと、ね。さぁ、頑張ろうと話し掛けたのだけど、セイケンは何とも諦観に満ちた眼差しを向けてきた。
「何かがっかりする様な事ありました?」
「いや。ただ、アキは根っからの研究組気質なのだと理解しただけだ。では実験をしようか。あぁ、ケイティ殿、魔力の減り過ぎには互いに注意しよう。我々から申し出ないと、できる限界まで付き合わされることになりそうだ」
「はい。お心遣い感謝します」
ケイティさんも、仕事に支障が出ない範囲で協力させていただきます、などと釘を差していた。
何とも心配性だね、二人とも。
◇
結果として、そのあと、四度、魔法盾を展開し、炎の槍が叩き込まれ、僕の竜爪で三度、白竜さんの竜爪が一度、盾を切り裂くことになった。
ちなみに白竜さんのソレは、通常の薙ぎ払う竜爪ではなく、点のように貫く応用技の竜爪で、魔術基点だけ貫いて消し去るという凄技だった。
真似してと言われて、その通り真似して再現したら、何か凄く理不尽なものを見たとばかりの渋い目線をぶつけられる事になった。白竜さんなら褒めてくれると思ったんだけどなぁ。
そう正直に話して催促したら、褒める気持ちと呆れる気持ちと諦観の念と、少量の妬む意識をトッピングされた思念波をそっと送られたのだった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、アキの幻影術式の竜爪についての検証作業が終わりました。セイケンが行使していた魔法盾は、高位魔導師のケイティが放つ高等魔術である炎の槍を防ぎきっていただけあって、地の種族が行使しうる最高峰クラスだったんですけどね。まるで障子紙のように簡単に切り裂かれて消えてました。セイケンが諦観の眼差しをしていたのは、実はそういう意味もあったんですね。アキは気付きませんでしたが。
なお、ケイティの放つ炎の槍は、魔法耐性を強化されているような重防御の城門でも軽々とぶち抜く戦術級術式であり、魔導師の中でも一人握りの高位者しか使えません。セイケンからすれば、人族の魔術であれほど魔法盾が揺らぐなどとは考えてなかったのに驚き、ケイティはケイティで防がれた事実を見て、伝承に聞く鬼族、軍勢で立ち向かわないと抗えないとされる種族とはこれほどなのか、とやはり驚いてたのでした。アキは気付いてませんけどね。
次回の更新は2025年3月26日(水)の21:10です。




