25-2.二度目の冬(中編)
<前回のあらすじ>
いろいろどたばたしてましたけど、やっと少し落ち着いた感じになってきました。のんびり研究三昧、この冬には次元門研究をある程度進めたいところですね。(アキ視点)
厚着をして第二演習場に到着してみると、研究組のいつもの面々とは別に、調整組の鬼族のセイケンの姿まで見えた。おやおや、珍しい。
「セイケン、研究組の活動の場に参加されるとは珍しいですね、何かありました?」
そう問うと、彼は見上げるような巨躯なのに、気疲れした様子も隠さず溜息をついた。
「あぁ、あったとも。あり過ぎたとも。だからこそ、国元から、ロングヒルの地にいる利を活かせ、と厳命が下ったんだ」
などと、宮仕えの大変さを露骨に嘆いて見せた。
あぁ、なるほど。鬼族連邦の鬼王レイゼン様から研究組の活動にも目を光らせろ、と言われたのか。まぁ、興味を持って貰えることは嬉しいことだ。
ふむふむ。
「竜族が大勢参加する列島横断エコレースの話が気になったとか?」
アレは、僕も盛り上がるお祭りとして、結構お気に入りの策だからね。これでしょ、と示してみたけど、返ってきたのは呆れるような眼差しだった。
「それも、だ。レイゼン様達がロングヒルでの会談から去ってまだ一か月と過ぎてないんだぞ?」
ん。
「ですよね。三大勢力の代表の皆さまが集まっていた頃はまだ秋の気配が色濃かったのに、もう季節はすっかり初冬になりました。セイケン、なんでそんな薄着で平気なんです?」
そう、鬼族の彼はラフな半袖シャツなんぞ来てるのだ。見ているだけで寒々しい。まぁ、膨大な筋肉量があり巨躯だからこそ、熱量が半端なく、だからこそこちらが厚着をしているような気温でも、心地よい涼しさくらいにしか感じないんだろうけどさ。
「この程度で寒いなどという鬼などいない。それとわかっていて話を逸らすな」
ん。
『とはいえ、代表の皆様が去ってから起きたことといっても、竜族関連の話か、研究組がちょっと研究をいくつか手を出してみた程度でしょう? セイケンがそう慌てるような案件というと、あぁ、雲を消す吐息で豪雨を防ごうって方の話です?』
ちょっと言葉に意思を乗せて、セイケンにだけ、天空竜の白竜さんが同席してるんだから、彼らが敬愛する長老である老竜の福慈様がやらかした一件のことを悪く言ったりしないでね、という意味を込めて、白竜さんが同席してるんだぞ、と促してみた。
お。
セイケン、ちらりと白竜さんを見て、ここが地雷原だと思い出してくれたようだ。ふぅ。
「その件もある。とにかく竜族の方々が絡むと連邦も含めて多くの地域に影響が出るのだ。だからこそ、私はこの地でそれらを伝聞で知るのではなく、自身で知るべきだと、できればその場にいるべきだと考えたのだ。心配せずとも、スタッフ達の一角にいて邪魔はしないから気にしないでいい」
などと、見上げるような巨躯なのに、自分は部外者でござい、とばかりにすすすっとスタッフさん達の待機スペースでと去って行った。
見ると、なぜか街エルフの長老ヤスケ様もいるし、父さんもいるし、母さんもいる。ひらひらと手を振って、気にしないでねー、みたいなアピールをしてるけど、なんだろうね、この保護者参観みたいな状況。
◇
僕とセイケンの話が終わったとみて、にゅっーっと白竜さんがこちらに頭を向けてきた。あぁ、というか来たばかりなのか、丸まっているお話するモードじゃないのね、白竜さん。陽光を受けて金属光沢を示す白い鱗に覆われた姿がまた、なんとも格好よくて美しい。
<アキ、銀竜はどう?>
まぁ、白竜さんからすれば、地の種族の勢力がどうとか、どうでもいい話だよね、うん、知ってた。
意識を心の内側に向けてみると……んー、銀竜は微睡の中って感じだ。その状態だと外界への感覚が失われている感じかな。実体となる体が存在しないから、人のように寝ている最中に気配で起きる、みたいな挙動がないんだろう。なるほど、ね。
「寝ていて起きる気配もないです」
<そう。ならいい>
白竜さんからすれば、銀竜はまだ生まれたての幼竜ってとこで、寝るのも仕事みたいに割り切ってるんだろうね。あと、時間感覚が僕達とは違うのかもしれない。長命種だからね。人よりずっとのんびりした意識で過ごしている気がする。
そして、揃っている研究組の面々をみると、地の種族の中では断トツに大きな鬼族のトウセイさん、僕の師匠でもある街エルフのソフィアさん、召喚されて物質界に来ている妖精族の賢者さん、それに理論魔法学では存在感のあるガイウスさんを筆頭とした小鬼族の専門家の皆さんがずらりと、テーブル席を並べて陣取っていた。
珍しい。
「ガイウスさん達も同席されるとは珍しいですね。今日の研究では、理論面でも見るべきものがあるとか?」
僕の問いに、ガイウスさん達は頷いた。
「アキ様の行使する幻影術式はかなり特異とは認識していましたが、幻影の銀竜の竜爪で、実際に対象を消し去ったと聞いては、ソレが何を意味するのか解き明かしたくなるのが研究者の性というものです」
なるほど。
ちなみに、ガイウスさん達は、何故か僕のことを、様付けで呼んでいるんだよね。どういう心境なのかわからないけど、全種族を束ねる要たる竜神の巫女、という立場を考慮しての発言なのかな、とは思うし、実害があるわけでもないから気にはしないけどね。
「えっと、師匠。今日の研究って、僕の幻影術式に関する検証ですか?」
そう話を振ると、師匠は鼻を鳴らしながら、そーだよ、と横柄に頷いた。
「やって見せたことが、アキが作った創造術式の品を、アキの幻影術式で描いた銀竜の腕が放つ竜爪が壊した、って話だからねぇ。それだけじゃ、何を意味するのかわかりにくいだろう? だいたい、アキの魔法属性は完全無色透明、そのせいで観測がやりにくいったらありゃしない。だからこそ、観測しやすい対象を用意して、魔道具で現象を記録して、白竜様には竜眼で見極めて貰うんだよ」
ふむふむ。
えっとまぁ、それなら確かに試す意味はある気はする。
ただ。
「えっと、それで、僕は求めに応じて、ばんばん幻影の銀竜の腕を出して、竜爪で対象を消していけばいいと? その消す対象って何です?」
「そりゃ、私たち研究組は現象を観察する仕事があるんだから、手の空いてる方々に協力して貰うのが筋ってもんだ。というわけで、セイケン殿、ちょっとこちらにきて、術式の展開を手伝ってください」
あぁ、かわいそうに。単なる観客のつもりでいたのに、剛速球が飛んでった。というか、あぁ、研究組の面々の表情を見てると、最初っからそのつもりだったんだね。あー、白竜さんまでグルか。
っ。
無言の思念波が白竜さんから叩きつけられた。乗せれた意識は、合理的な判断なのに文句ある? ってとこか。いや、はや。思念波を器用に使いすぎだよね、ほんと。
そんなつもりはありませんよ、と笑みでスルーしてる間に、セイケンはなんか逃げ道を塞がれて、しぶしぶ皆の前にやってきた。
そして、頭狙いの暴投は他にもぶん投げられてきた。
「それじゃ、ケイティ、実験相手として参加しておくれ。セイケン殿に並ぶ魔導師でないと比較検証にならないからねぇ」
などと、僕の後ろに控えていた家政婦長のケイティさんまで、働かせにきた。あぁ、うん、ケイティさんも仕方ないと、腰につけていた魔導杖を取り出して、セイケンの傍へと歩いていく。
「ソフィア様、それで私達は何をすればよいのでしょうか?」
「あぁ、とりあえず、セイケン殿は気合の入った小さな魔法盾を展開、ケイティはそれに対して何らかの術式の力押しで叩いてみてくれればいい。壊す必要はないからね。揺らがせる程度でいい。で、アキは魔法盾が安定したら、幻影の竜爪でそれを薙ぎ払って消す。いいかい?」
ほぉ。
魔法盾は、障壁と違って、かなり小さく、物理寄りな創造術式で仮初に出現させる空中浮遊の盾だ。障壁は膜みたいな感じだけど、名前の通り、不透明な浮遊盾って感じ。ただ、持続時間が結構短いんだよね。
「セイケン、魔法盾って普通、一、二秒ですぐ消す感じじゃありませんでした?」
「そうだ。ソフィア殿、あまり長く展開するのは厳しいぞ」
そう抗議するも、師匠はどこ吹く風、と受け流してしゃあしゃあと答えた。
「何、テンポよくやれば、五秒もあれば十分だろうさ。ほら、アキ、長杖を構えな。魔法盾が安定してから薙ぎ払うんだよ、いいね」
ぐぅ。
ケイティさんが長杖を空間鞄から取り出して渡してくれたけど、全長二メートル近い飾り気のない金属杖は、僕だと構えるだけで精一杯、という代物で、自在に動かすどころじゃないんだよね。まったく人使いが荒い師匠だ。
「ちょっと練習させてください」
そう言って、少し離れたところで、何もない空間に対して、幻影の銀竜の腕が出現して振り下ろすと同時に竜爪が発現、対象を薙ぎ払う様を描く、という幻影術式を何度も繰り返してみて、決められた動作として安定するまで、ぶんぶんと薙ぎ払いを繰り返してみる。
ふぅ。
何とか、なりそう。ただし、対象との位置関係は固定だね。セイケンが出した魔法盾の位置めがけて最初から振り下ろすつもりで、位置関係を調整して立っていないと、きっちり当てたイメージを思い描くのは無理だ。
「お待たせしました。それじゃ試してみましょう」
そう伝えると、なんだろうね。皆さん、どうも僕の練習風景を熱心に眺めていたようで、スタッフさん達も魔道具の記録を確認していたりするし、僕が繰り返した幻影術式の行使自体も記録対象だったみたいだ。お疲れ様です。
「それじゃ、検証開始だ」
師匠が告げるのと同時に、セイケンが自身から少し離れた位置に、術式を発動して魔法盾を出現させた。さて、スタートだ!
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
さて、始まりました、研究組のあらたな検証作業。そして、なぜか保護者同伴みたいなノリに。また、哀れ、セイケンはちょうどよいところにきた、と実演作業をやらされることになりました。もし彼がいなかったなら、アキの父ハヤトか、母アヤ、或いは長老のヤスケが駆り出されていたことでしょう。使えるものなら親でも使え、というのが街エルフの文化ですからね。研究組は観察するという仕事があるのだから、こうなるのは必定でした。
次回の更新は2025年3月23日(日)の21:10です。