25-1.二度目の冬(前編)
<前章のあらすじ>
三若雄竜達にV字編隊飛行の実験をして貰い、なかなか良好な結果が出た事から、多くの若竜に参加して貰う形で、長距離飛行をした際の魔力消費の少なさを競うエコレースを大々的に開催してはどうか、という話を進めていこうか、ということに。あと、幻影で出していた銀竜が何故か自我を持って僕とは別の意識を持った存在として動き始めました。びっくりです。在り方としては森エルフの精霊と同じようなので、イズレンディアさんに助けを求めて今後は手厚く指導して貰えることになりました。ふぅ。(アキ視点)
僕が日本から物質界にきて二度目の冬がやってきた。あちらだと二年後を控えている東京オリンピックに向けて、都内はきっと大忙しのリニューアル中、一生懸命海外のように増やせ、と無料Wi-Fiスポットを増やそうとか、あちこちの設備を綺麗にしようとか、大勢やってくる外国人観光客を受け入れるための準備で、都内は大賑わいになっていることだろう。
ミア姉、日本でどうしてるのかなぁ。順当にいけば、高校二年生だった僕の中の人になってるわけだから、今だと高校三年の冬。大学受験に四苦八苦してる感じかもしれない。スマホのナビは精度悪いしビルの影に入ると数十メートル飛ぶのも当たり前、天頂衛星みちびきもまだ一機打ち上げたばかりだから、0円スマホで新機種に乗り換えてもナビの精度は変わらないし、ミア姉は道に迷って難儀してるかもしれない。
はぁ。
とはいえ、なら、あちらでミア姉が悲嘆に暮れているとか、そういうイメージは全く湧かないんだけどね。最初こそ多少戸惑うかもしれないけど、きっと貪欲にあちらでしか経験できないこと、楽しめないことを見つけるたびに大喜びしてるに違いない。
ミア姉の場合、帰りの目処は全く立っていない、けれど僕と魂を入れ替える際に「またね」と告げたように、当時の街エルフの目線、範囲内では目処が立たないというだけで、それ以外も含めれば可能性はゼロじゃない、そう考えていたのは間違いない。例え僅かでもゼロじゃない。
あのまま、寝ている時の夢の時間の交流を続けていたとしても、大学生になって、社会人になってと進んで行けばいずれは毎晩の心話も減っていっただろうからね。社会人になるとしんどいって聞くし。
そうしてフェードアウトしていくのは寂しい、そう考えて、ミア姉は自分の全てを僅かな可能性に賭けた。なんて思い切りの良いことか。
なんて事を考えながら、家政婦長のケイティさんが用意してくれた部屋着に着替えつつ、ぼーっとしている銀髪赤眼なミア姉似の女の子アキとして身支度するのももうすっかり慣れたものだ。
とはいえ、いつもより考え事をしてたからか、ふわりと六分の一サイズのお人形さんみたいな妖精のお爺ちゃんがふわりと横に並ぶように飛んで来た。
「何やら考え込んでおるのぉ。夢見でも悪かったか?」
「ちょっとね。日本にいるミア姉、今頃、何してるかなぁ、って」
「日本の話は何から何まで規模が大き過ぎていまいち実感が湧かんのじゃが。ほれ、世界中から運動競技をするためだけに人を集めて巨大イベントをやるという話じゃったろう?」
「うん。東京オリンピックだね。普通の健常者が行う二週間と、障碍のある人が行う二週間で延べ九百万人くらい外国人観光客が訪れる、なんて皮算用をしてたはず。一日換算でも数十万人増えるからそこら中の街中は大混雑間違いなし、とか言ってどうしようかと議論が盛り上がってたよ」
あぁ、そうじゃった、とお爺ちゃんも頷いた。
「話の桁が二つ、三つズレとるから現実味がないんじゃよ」
「まぁ、首都圏って、地平線の彼方までずーっと生活圏が続いているくらいだからね。ここロングヒルの城塞都市みたいに人の住む都市が点じゃなく見える範囲全部ってなっている訳だから、まぁ、規模感がズレるのも仕方ないだろうね」
「儂はやはりどこまでも続く深緑の国がいいのぉ。街はできるだけ小さい方が便利じゃろ」
お爺ちゃんの言う小さい、は妖精さんスケールだから、ほんと雀のお宿イメージなんだよね。大木のツリーハウスに百人単位で妖精さんが住んでいる。だから、万単位の町といっても驚くほど小さいんだ。食べる量も少ないし、環境負荷なんて殆ど誤差に違いない。
「話に聞く妖精さんの国だと道路の必要もないものね」
「儂らは飛べるからのぉ。それに地上を歩くなど、危険過ぎて考えられんわい」
うん。
三十センチ程度しかない妖精さんからすれば、野生の猫ですら猛獣になるし、音もたてず忍び寄ってくる蛇もまた厄介な天敵だ。いくら魔法の羽を展開して、羽ばたき不要、慣性など無視して自在に飛び回れる妖精さんと言っても、不意打ちされれば脆いし、魔法戦闘では高位魔導師級の強さを誇っていても、物理戦闘となれば、逆に鼠にだって勝ち目がないだろう。
だから、妖精さんの国に道路はない。鳥の世界に道がないのと同じで、飛んで直通できるから迂回路という発想も乏しい。飛行速度も人の全力疾走の二倍くらいは出せるから、地形無視の飛行特性も考えると、地理的感覚は人とはまるで別物だ。ロングヒルから海を越えた街エルフの済む共和国の島までだと、直線距離で八十キロくらいだけど、自前で二時間も飛行すれば到着しちゃうわけだからね。海を越えていくという話すら難事にならない。
食べる量も少ないから田畑もない。というか育てるために地上に降りる、という時点で罰ゲームだもの、そりゃそういう方向には発展できない。
道路工事、地盤改良、治水工事みたいな土木建築全般が妖精さんからしたら無縁な世界だ。話に聞く妖精さんのツリーハウスは草木で編んだ籠といった方向での進化だもの。軽くて飛来物や風雨を防ぐのが家だけど、天敵に襲われても耐えられる頑丈さなんてのとは無縁だ。それよりは警戒網を充実させて、できるだけ遠距離で発見、即撃退、という動的防衛方向に発展した。
発想が基本、空軍仕様なんだよね。駐機中が一番脆弱であり、戦闘機は空に飛んでなんぼ、必要な時にだけ速やかに空を舞い、必要がないときは基地で待機してるってな具合。空軍基地が地上部隊に襲撃される、なんてのは最初から想定してない。敵地上部隊に対しては空から一方的に叩くのであって、地上同士で争う、というなんて論外だ。
そんな話をしていると、鏡台の上にすっと角猫のトラ吉さんが音もなく飛び乗ってきた。
「にゃー」
あぁ、急いでるんだろ、といわんばかりに促されてしまった。失敗、失敗。今日は第二演習場で研究組の実験に付き合いつつ、白竜さんと会えるタイミングでもあるので、銀竜を出してあげて交流する機会を設けてあげるんだった。
自分の心の内に意識を向けてみると、んー、銀竜の意識はまだ微睡の中ってとこのようだ。白竜さんからは無理に起こすような真似はしないようにとも言われているから、研究組との実験立ち合いへの前後で、銀竜が起きてくるようなら白竜さんと話し合いの場を設ける、くらいに考えておくのが良さそうだ。赤ちゃんと同じで、こちらの都合に合わせて、というのは無茶だ。まだ白竜さんから得た竜としての記憶を自身に取り込もうと苦慮してる最中だし、邪魔はせず見守るのが大人の対応というモノだ。
「うん。ありがとうね。さ、今日のランチは何かなぁ」
「本日は、焼きおにぎりと、野菜たっぷり鶏肉たっぷりのポトフですね」
ケイティさんがすかさず教えてくれた。ほぉほぉ、それはまた寒い時期にぴったりだ。
◇
魂の定着がまだ不安定な僕は一日の多くを寝て過ごしてるせいで、起きてくるともう早めのブランチな時間帯になるんだよね。なので食事は朝昼兼用というパターンが定番になってきた。
食堂に行くと、魔導人形のアイリーンさんが、出来立てのまま保存してくれる機能のついたフードカバーを取り外せば、熱々出来立ての焼きおにぎりと野菜や鶏肉たっぷりなポトフの芳醇な香りがお出迎えしてくれる。
あぁ、なんて幸せ。
「人参の赤、ブロッコリーの緑、ジャガイモの黄色、玉ねぎやキャベツの白、彩豊かで美味しそう」
見た目がまず華やかだよね。それにスープたっぷりで温かいのも嬉しい。なにより野菜が大きくてごろごろしているから食べ応えも十分だ。
「本日は少し冷え込んできたため、温かいメニューとしまシタ」
うん、うん、優しい心遣いだ。それに砂糖醤油を塗って焼き上げたおにぎりのまた香ばしいこと。
今日も美味しくいただくことができた。起きていられる時間が少ない僕のために、こうして上げ膳据え膳でフォローしてくれるのだから、サポートメンバーを配してくれている財閥のマサトさんにはほんと感謝だ。それにクラシカルなメイド服を着たアイリーンさんが給仕してくれるというこの光景だけでも、特別感が半端ないよね。こう、異世界、というか異文化に来たって感バリバリだ。
食後のほうじ茶を飲んでまったりしていると、ケイティさんが手帳を開いて今日のスケジュールを読み上げてくれる。
ふむふむ。
今日はこれから第二演習場まで移動して、研究組の検証作業に付き合う、その場には白竜さんも来るから、銀竜が起きてくるようなら銀竜を幻影術式で喚んで出してあげて交流を優先、それと伏竜さんもやってくるから、地の種族の文化に関する勉強会を開くこと、ね。
ん。
まぁ、定番の流れで良かった。あー、でも寒いんだっけ。
「今日って環境制御の魔導具は?」
「勿論ありません。厚手のコートを持って行きましょう」
「はーい」
まぁ、家より大きな白竜さんが参加って時点で、空間を制御して気温や風をコントロールして快適にする魔導具の出番はないよね。うん、まぁ知ってて聞いてみた。
「ニャ―」
なんだよ、人間って貧弱だなぁ、って感じに、トラ吉さんが優越感の籠った眼差しを向けて来た。はいはい、自前の立派な毛皮を纏ってる角猫さんからすれば、多少の寒さなんてなんてことはないだろうね。
すみません、二十四章の人物のまとめページは書き終え次第投稿します。連載の方を今回は優先しました。
今回から二十四章、書籍で言えば九巻相当のスタートです。なので、ここから読んでも理解しやすいように、役職や種族名、地名などを敢えて明示的に書く配慮をしています。まぁ、25-1~3の間だけですけどね。そんな訳でアキ(マコト)の物質界に来てから二回目の冬がやってきました。こちらに魂交換で移動してきたのが2017年07月25日なので、2018年末。アキはこれからの激動の時代は何も知らないので気楽なものなのです。
二十五章は冬の期間なので、のんびり静かな章となるでしょう。アキ視点だと。第三者視点だと何百という天空竜が参加する巨大天空レース開催ですから、いやぁ、きっと弧状列島全域で大騒ぎでしょうね。アキからすればお祭り騒ぎは賑わってなんぼ、と考えているので、気にしないでしょうけれど。
次回の更新は2025年3月19日(水)の21:10です。