24-29.後始末(後編)
<前回のあらすじ>
福慈様がやらかした上空の雲を消し去る炎の吐息騒ぎについて、問い詰められることになりました。まぁ、そりゃ文句の一つも言いたくなりますよね。(アキ視点)
さて、目立つ話はひとまず話ができたと思うのだけど。でもこの程度の確認だけでエリーがここまで急いでやってきたとは考えにくい。
「それで、エリーは何が気になるの? 急いで状況確認と言っても、福慈様のソレは、決着したことでしょう?」
僕がそう話を振ると、凄く嫌そうな顔をされた。
「アキにとってはそうでも、福慈様一柱だけで、軽く国全体が灰にされるとわかって、落ち着いていられるわけないでしょ。アキにとっては、自分を害することができる武力に優れた兵士より上の脅威は全部同じ扱いなのでしょうけど、為政者がそんな雑な考えでいてはいけないのよ」
あー。
まぁ、言われてみればそりゃそうか。大勢の国民という守るべき民があり、そして、為政者として未来を預かる身としては、福慈様の広域破壊を可能とする吐息は、国の未来にとって酷い脅威になると言えば、まぁ言えるかもしれない。
「と言っても、天空竜の飛来なんて異常事態は、地の種族の対応範囲を超えているのだから、絶対的強者が雑魚敵掃討技を編み出したことがわかった、と言っても実質、違いはないでしょ?」
僕の物言いにエリーが目線をきつくしてきた。
「アキ、事実でも、言っていい事と悪いことがあるわ。地の種族の軍勢を雑魚扱いするような言動は控えてちょうだい。要となる竜神の巫女ならではの視点と言えなくもないけど、万単位の勢力を軽く潰せる雑魚扱いされると、流石に我々の立つ瀬がないわ」
おっと。
「ごめん、軽視すつつもりはなかったんだ。ちょっと竜視点で語り過ぎちゃったね」
そう詫びると師匠も、僕の意識について、問題を指摘してきた。
「アキ、今は私達だけだからここだけの話にしておくけれど、三大勢力の代表達が来た場で、その発言は不味いから意識を改めておくんだよ? 話した言葉は消すことはできない。アキのさっきの意見は、弧状列島に存在する全ての種族を同じ視点で眺める神の視点だ。決して、地の種族の存在からは出てこない発言だ。そして、アキは街エルフとして、街エルフの仲間として認識されている。その幻想が崩れるのは竜神の巫女としても悪手だと解るだろ?」
おや。
まぁ、確かに言われてみればその通りだね。人の視点に立つならば、例え天空竜が視界範囲内全てを焼き滅ぼす炎の吐息で地の軍勢を一掃できたとしても、自分達の軍勢を指して、雑魚とは言わないだろう。うーん、ちょいミスったか。
「すみません、だいぶ言葉選びミスってました。以後は注意します」
「そうして。アキが皆の要、竜神の巫女だとされつつも、街エルフの娘であり、地の種族側の意識を持っていると皆が信じている。その幻想を今崩すのは不味いのよ」
そう、エリーは断言した。
うわー。
そう断言されると、なんかちょっとショックだなぁ。とはいえ、否定できるかというとそこもまた悩ましい。にしても、エリーも僕の意識、視点をなんて的確に理解してくれているんだろう。しかもそれで、異質さ、拒否反応を持たず、それはそれとして受け入れてくれる、なんて素晴らしいことか。
「ありがとうね、エリー。理解してくれる人がいるってホントありがたいよ」
「そう思うのなら、少しは自重しなさいわよ。私はアキがそういう子だと理解しているけど、為政者の三人も恐らくはそう理解してくれているでしょうけれど、一般市民はそうじゃないのだから」
ん。
改めて言われると、そんなに異質な思考、意識なんだろうか。僕としてはかなり小市民なつもりなんだけどなぁ。
「僕としてはミア姉さえ助けられるなら、他は気にしないんだけどね」
僕がそう断言すると、エリーと、そして師匠もそうだろうよ、と深い溜息をついた。
「他は気にしない、のレベルがあまりに世間から逸脱し過ぎてるのよ。きっと、アキが別邸だけで生活が完結していて、ロングヒルの市街地を訪れた事もなく、一般層との触れ合いが殆どないからこそ、起きているズレなのでしょうね。アキにとっての自身が育った社会、それは日本であって、物質界ではない。だからこそ、自分の生まれ育った地、という物質界の世界に対する思い入れが一切なく、だからこそ、誰にもできない中立的視点、神の視点で物事を捉えることができる。これ、天空竜ですら無理な境地よ?」
エリーの説明が腑に落ちた。あぁ、なるほどね、だから僕はとことん客観視できるんだ。こちらの世界に、社会に、人々に対する繋がりがない。この一年培った繋がりはあるけど、逆に言えばそれしかない。だからこそ、どこにも思い入れを持たず、どこにも肩入れせず、客観視できる。その視点は竜族ですら持てない。
妖精族なら持てるかもしれないね。物質界の世界に対して何も思い入れがない、リスクなく楽しく遊べる異世界扱いだもの。
「妖精族なら、同じ観点を持てるかも」
そう語るとふわりとお爺ちゃんが出てきて即座に否定してきた。
「アキ、それは無理じゃよ。儂らは確かに中立的な視点は持てるじゃろう。じゃがな、儂らは地の種族の文化、社会に対してあまりに疎い。アキのように地の種族の意識、観点を持って物事を観ることはできんじゃろうて」
あー、なるほど。
確かに、地の種族との接点が殆どない妖精族、竜族との接点も薄い、鬼族なんて知らないとなると、要の役目は無理だろうね。
◇
僕の意識については、貴重な忠告を貰えたわけだけど、さて、これで終わりだろうか。
「まだ話したいことはあるんだよ。一つは、幻影の竜爪だ。研究組が検証しないといけないけどね、アレはかなり慎重な扱いをしないといけない代物だ。創造術式で創り出した仮初の存在である、反転鏡を壊したという点からすれば、劣化版竜爪と評価してもいいかもしれない。だがね、アキは銀竜の幻影を用いて、地面を抉り取ることを実現できている。創造術式の品でなくても消せてしまうことが実証された。だからね、どこまでできるのか、できてしまうのか検証しないといけない。だからね、アキ。幻影術式の竜爪を使う時は研究組の立ち合いを必ずすること。それ以外のシーンでの利用は禁止だ。特性が理解できるまでは何が問題なのかすらわからないんだからね」
おっと。
それはかなりの制約だなぁ。今回みたいに簡単に創造して、簡単に消して、はい、お終い、としては駄目と。
「ケイティさんが立ち会うだけでは駄目です?」
「ケイティはあくまでも腕の立つ一流魔導師という枠だからねぇ。残念だけどここまで普通から逸脱していると、ちと危うい。ただね、もしどうしても必要な時がきたなら、ケイティの意見はしっかりお聞き。アキ自身の判断は勿論、竜族の判断も酷く雑だからね。それと翁の意見も聞くこと。異なる種族の視点はきっと役立つ」
「うむ。そのような時があれば、微力ではあるが儂も尽力することを約束しよう」
お爺ちゃんも約束してくれた。
ふぅ。
なかなか面倒臭い話になってきたけど、まぁ、ケイティさんとお爺ちゃんに頼れば良しなら、まだ何とかなりそうだ。
「竜族との話で、その場で何か創りたい、その後、すぐ処分しておきたいという流れはこれまでに頻繁に起きてますからね。その時は二人によく相談します」
「そうしておくれ。ケイティも長杖を渡す前に、何をするつもりなのか、その後処理まで考えてその場で翁と相談すること。いいね?」
「はい。お任せください」
ケイティさんも快諾してくれた。まぁ、その辺りが落としどころだろうね。
◇
さて、これで終わりかな、と思ったらまだあるそうだ。
「それとね、一番慎重に扱わないといけないのが銀竜だ。何故か話してみな」
おっと。
いきなりのお題の提示だ。雑に答えてはいけない。さて、何が問題だろう。他と違うのは何だろう? 一番慎重に扱う、というからには明確な差がある筈だ。
「えっとそれは、伏竜さんが反転鏡を観て自身を正確に把握したことで、その魔力の質が劇的に変化したことより更に慎重に扱うべき問題という認識ですか?」
そう問うと、そりゃそうさ、と頷かれることになった。
「伏竜様のソレは、伏竜様に閉じた話じゃないか。それに常時、擬態できる能力をお持ちで、ちゃんと外目にはこれまでと変わらないように誤魔化してくれる。なら、当面は問題とはならんさ。しかしね、アキの銀竜はそうじゃない。関係の維持は森エルフのイズレンディア頼みにせざるを得ないんだからね。それで、今、銀竜はどうしてるんだい? アキの心の中で、常に別の存在として居続けているんだろう?」
ふむ。
んー、改めて自分の内に向けて意識を向けてみるけど、あー、銀竜は白竜さんとのやり取りで得られた経験を身に着けるのに専念してる感じだね。意識としては微睡の中にいるって感じだろう、と師匠に伝えると、安堵の表情が浮かんだけど、同時に鋭い目線も向けられることになった。
「いいかいアキ。その感覚は私達魔導師が持ちえないモノだ。私達の世界において、心の中に他の存在を住まわせる、そんな事をしているのは森エルフ達、精霊使いだけだ。しかも、アキのソレは精霊じゃなく、仮初とはいえ天空竜だ。いいかい、アキの銀竜は何よりも慎重に扱わないといけない存在だ。何か違和感を感じたら、問題になるかもしれないと感じたなら、他の全てのことより最優先で、それに向き合うこと。いいね、約束だよ」
師匠の言葉は、かなり重く伸し掛かった。
「それほどとは意識してませんでした。その場で対処しないといけない緊急事態を除いて、全て銀竜優先という理解でいいですか?」
「そうさ。流石に他の竜とやり取りしていて集中しているような状況でまで銀竜を優先しろとは言えないよ。ただね、少し後回しにしても良いことなら、例えば三大勢力の代表達との話をしてる程度の事なら、銀竜優先といえば皆もそれを納得してくれるだろうさ」
ん。
「理解しました。では、ちょっと言われるまで全然意識してなかったですけど、これからはもう少し銀竜に意識を向けるようにしてみます」
「そうしておやり。というか、思ったより淡泊な関係だねぇ。常に気を掛けろとは言わないが、あまり雑に扱っても碌なことにはならないだろうからね。まぁそこはイズレンディア殿とよく話し合って対処すればいいさ。構い過ぎても反発されるだろうからね。それと銀竜様の指導役は白竜様でいいんだったね?」
「えっと、はい。そうなりました。お姉様と呼べ、って言ってましたね。あぁ、でも銀竜「様」なんです?」
「そりゃそうさ。幻影と言うが実体があり、しかも、白竜様から、自身の妹として導く、とされたんだろう? なら、天空竜として扱うのが筋ってもんさ」
なるほど。
「では、そのように。あぁ、ただ、他の竜と銀竜の関係をどう広めていくかちょっと気を付けた方が良さそうですね。福慈様にもよく相談してみましょう。えっと、僕から相談した方がいいですかね? それとも銀竜にさせます?」
そう問うと、エリーが折衷案を出してくれた。
「最初の一回目だけはアキが間に立つべきでしょうね。福慈様とて、幻影でありながら実体があり、けれど、アキが幻影術式を行使している間しか存在しえない竜なんて初めてでしょうから。それ以降は銀竜に任せるべきでしょうね。幼竜ではないのだから、失敗もまた経験として成長を促すべきでしょう」
ふむ。
「じゃ、エリーのお勧め通り一回目だけは僕が福慈様と相談としてみるね。そこで、僕と縁がある竜達、それに指導役となる白竜さんとの関係を踏まえてどう関与していくか、心話をどうやらせていくか、方針を決めておくことにするよ」
「それがいいだろうねぇ。特に心話は他の竜達でソレを使っている者達は殆どいないだろうからね。銀竜が遠出できるかどうかもわからない以上、大いに活用していくことになるだろう。ただ、アキ、やりすぎにならないよう手綱は握るんだよ?」
「はい。疲労がないのか、白竜さんより余裕があるというか、遠慮がない感じでしたからね。場合によっては割り込むようにします」
「そうしておくれ。ただねぇ、心話を不特定多数と行うだけでも前代未聞なのに、自身の心に住まわせている銀竜が心話をしているのを眺めつつ、必要があれば介入します、なんてのは、聞いてるだけで頭が痛くなる話だよ。誰も試したことがないことへの挑戦だ。慎重な上にも慎重に、場合によっては仕切り直しも躊躇しないんだよ、いいね」
「はい」
師匠がこれでもかってくらい念入りに指導してくれて、僕も身の引き締まる思いになった。あー、でもちょっと意識を心に向けてみると、銀竜は微睡の中にあってのんびりしたものだった。この温度差が何ともおかしくて自然と笑みがこぼれることになった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、というわけで、後始末が終わりました。まぁ、今後への意識の持ち方について、ソフィアが指導しただけ、という凄く絵面的には地味な話になりましたけどね。ただ、これはとても重要です。何せ、森エルフのイズレンディアも話してましたが、自身の精霊との交流は自身以外にできません。アキの場合だと、第三者が見える形で銀竜が出せるので、他人がフォローする事も実はできますけどね。ただ、人生経験が時間単位でカウントできるほど幼い心なので、一見賢そうでも、扱いは要注意なのでした。
24章も終わりましたので、ブックマーク、評価、いいね、感想など反応を頂ければ幸いです。
それらは執筆意欲を増進してくれますので。
<今後の投稿予定>
旧:二十四章の各勢力について 三月五日(水)二十一時五分
新:二十四章の各勢力について 三月六日(木)二十一時五分
二十四章の施設、道具、魔術 三月九日(日)二十一時五分
二十四章の人物について 三月十二日(水)二十一時五分
二十五章スタート 三月十六日(日)二十一時五分




