24-27.後始末(前編)
<前回のあらすじ>
ついに前から準備をしていた福慈様の小型召喚を行う日がきました。段取りが多いので結構手間でしたね。それにしてもロングヒル上空にあった雲は全部、福慈様のこれまでにない竜の吐息で一掃されてしまいました。あぁ、なんて綺麗な青空。(アキ視点)
小型召喚体の福慈様も、紅竜さんも白竜さんも皆、飛んで去って行ったので、予定より随分前倒しで、福慈様召喚に関する作業は終わることになった。まぁ、それ自体は良いことだったと言っていい。何より想定していた事態、福慈様が無意識に僕に向かって熱線術式を放ってしまう悲劇は回避できたのだから。お爺ちゃんも挨拶の為にシャーリスさんを喚んだものの、殆ど挨拶らしい挨拶もせず分かれることになってしまったのには苦笑してるけど、これは妖精族がそもそも点のように小さく、なおかつ魔力属性が召喚体ということで、僕と同じ完全無色透明なせいで感知できない、という部分が悪く働いたと言える。意識してみてなれば見落としてしまうのだ。
で。
福慈様は、僕と経路が繋がっていたこともあって、こちらに意識がかなり集中していたし、好きに飛んでいいですよ、と話を振った際には、もう意識が空の彼方に向いていたからね。最後に僕が手を振って見送った際にも、こちらのことはチラ見した程度でぶっ飛んでいって、慌てて紅竜さん、白竜さんが後を追ったくらいだし。
「シャーリス様、せっかくのお越しでしたけど、擦れ違っちゃいましたね」
「そういうこともあろう。良い、良い。楽しいことを前に待て、というほど妾は無粋ではない」
ふわりと飛んで来たシャーリスさんは、ぽんぽんと僕の頭を叩きながら、そう労ってくれた。
ん。
あー、賢者さんはせっかくやってきたのに、さほどじっくり眺める間もなく、福慈様がぶっ飛んで行ってしまったことに少し不満げだ。とはいえ、多少は得ることもあったっぽい。
「小型召喚体であの大きさとは老竜とは随分と大きな存在だな。だが、鱗の輝きだったか。随分と色褪せて見えた。もう全盛期は過ぎているのだろう」
賢者さんから見ても、そう感じられたってとこか。んー、ちょいサービスしておくか。
『あぁ、でも気の持ちようで輝きはだいぶ変化するようですよ?』
そう言って、伏竜さんが他人から見た自分を正確に認識するに至った反転鏡と、それを視たことで大きく変化した伏竜さんの魔力の質の変化イメージを、言葉に乗せて送ると、賢者さん、それにシャーリスさんも目の色が変わった。
「それほど変わるのか!?」
あぁ、賢者さん、近い、近い。お爺ちゃんが賢者さんを引っ張って距離を離してくれた。
ふぅ。
「少なくとも伏竜さんは大きく鱗の輝き、魔力の質に変化がありました。お二人も試してみます?」
「うむ。頼む」
賢者さんが物凄く興味津々で、シャーリスさんも態度こそ穏やかだけど興味深そうにしている。あれ?お爺ちゃんも?
「お爺ちゃんまで?」
「伏竜殿が眺め終えた後、すぐ竜爪で消しておったじゃろ。おかげで儂も遠目でしか見ておらん。じゃから興味はあるぞい」
なるほど。
それなら、ということでケイティさんに長杖を出して貰い、今度は人間大の反転鏡を出してあげて、さぁ、どうぞを眺めて貰った。こうして、手近なところにあると、まじまじとじっくり眺められるからまぁ面白いといえば面白いね。ただ、僕の場合、第三者視点でミア姉の姿はそれこそ幻影術式で作れるくらいにしっかりと認識でいているから、今の僕、つまりアキとしての外見という意味では、雰囲気がまるでミア姉と違うなぁ、というくらいでそこまで驚きはないんだけどね。
おや。
「ケイティさんも興味がおありですか」
「はい。ここまで透明度が高く色変化がない鏡は見たことがありません。それにこのサイズの反転鏡を見るのも初めてです」
そう言って、しげしげと自身の姿を観察している。トラ吉さんはといえば、おー、トラ吉さんまで自身の姿を映してなんかあれこれ試してる。
「鏡に普通に映すのとは違うから新鮮味があるかな」
「ニャ―」
なるほど。まぁこれはこれで面白い、くらいの認識と。
それからも暫く皆で反転鏡を眺めていたけど、僕や妖精族の皆さんは魔力属性が完全無色透明だから変化は分からない。それならケイティさんはと言えば、やはり僕には感知できないので、変化があったとしても分からなかった。
後で、妖精界に戻って変化がないか確認はしてくれるそうだから、そこに期待しよう。ただ、鏡に自身の全身を映す事からして、伏竜さんは始めてだったから伸び代があっただけという話かもしれない。
「ケイティさん、そもそも自身の姿を明確に認識するというのは、魔導師にとって必須ですか? 竜族は空間跳躍で世界の外に出る為にも必要だというのは想像できるのですけど」
そう話を振ると、その疑問は尤もだ、と頷いてくれた。
「結論から言えば、必要とはしていませんでした。幻影術式で己の分身を創り出すような意図を考えた者がいれば、それを成すくらいですね。私は探索者稼業で何かの時に備えてそれをしていましたが」
装いを確認するのに日常的に鏡を利用していても、案外、正確に全身像を思い描けるほどしっかりとは見ていないものなので、幻影術式の訓練にはなりますね、とも話してくれた。
なるほど。
となると、心話でミア姉との交流を行うために、僕が懸命に自分の姿を頭に叩き込んで、いつでも思い描けるように訓練をした、というのは結構レアケースということか。ミア姉に指導して貰いながらでも結構時間かかったものなぁ。それに成長に合わせて日々、自分のイメージを更新しないといけないから、何気に手間はかけていた。小学生の頃から、毎日鏡に自分の姿を映して、ひたすら真剣に凝視している男の子の様子はきっと不思議に見えた事だろうね。あぁ、懐かしい。
そんな感じに、反転鏡を前にあれこれやっていたら、ケイティさんの前の空中に文字がさらさらと現れた。おっと、エリーからの連絡っぽい。
さて。
「アキ様、この後、別邸にて今回の経緯について仔細確認を行いたいとのことです」
ん。
あー、えっと、反転鏡、どうしようか。ちょっと試してみよう。
ケイティさんに長杖を出して貰って、と。
銀竜の腕が出現して振り下ろされて、反転鏡を竜爪で切り裂く幻影を出してみた。
よっ、と。
おー。部分的に出現させた腕とそれを振るっての竜爪でも、消えるものだね、これは面白い。
おや、賢者さんがそれを観て、びゅん、と音が出るほどの勢いでぶっ飛んで来た。
「アキ、どうした、何をやった、どうやった、何をイメージした、何だ、今のは!?」
ステイ、ステイ。
「以前、銀竜を出現させた時に竜爪で切り裂く動作をさせてみて、それによって空間が切り裂かれて地面が抉れる幻影を思い描いてみたら、実際に削れたんですよね。なら、銀竜の全身じゃなく腕だけ出してふるって削れるイメージを思い描いても、反転鏡が処分できるかなーって試してみたんですけど、できちゃいましたね、うん」
いやはや、魔術はイメージが大事、行いたいことをしっかり脳裏に思い描いて、現実をそれで描き替えること。ほんと、師匠の教え通りだ。便利、便利。
「古典魔術故の自由さか。何とも自由で、何とも理不尽な」
賢者さんはぶつぶつと文句を言いながらも一応納得してくれたようだ。反転鏡も現実に残しておくと不味い品質だからね。残す必要がないなら消しておく、これは守らないと。
「それにしても別邸で、ですか」
「アキ様が起きている時間枠を限界まで活用してでも、今日のうちに状況を正しく把握しておいたいそうです。ソフィア様も同席させるとありますね」
ほぉ?
「えっと、でも、師匠、そこにいるじゃないですか、あ、師匠、ちょっと来てください」
スタッフの皆さん達と一緒にいた師匠を手招きして状況を説明すると、何とも深い溜息をつかれてしまった。
「まったく、なんだい、老人使いが荒いねぇ。こちとら、予想外の非常事態が起きても何とかせねば、とこうしてスタンバってたってのに、今度は別邸かい」
三重の守りがあろうと、それでも何かあった時、現場にいないなんてありえない、ということだろう。ほんとありがたいね。
「えっと、一緒に馬車に乗っていきます?」
そう誘ってみたけど、すぐ拒否られた。
「大した距離でもないし、いつも通り歩いていくよ。あぁ、シャーリス様と賢者はせっかく来られたのだし、私との散歩にお付き合い願っても宜しいですか?」
「あぁ、構わないとも。私もちょうど話したいことができた」
賢者さんはもうノリノリだ。さっきの幻影の竜爪絡みだろうね。まぁ、餅は餅屋、専門家にお任せしよう。僕はやることはできても、原理の究明とかはさっぱりだもの。
ウォルコットさんに促されて、急いで馬車に乗り込む。まぁ、エリーも王城からの移動だから、似たようなタイミングでの合流になるだろうけれど。お、ケイティさんが指示を飛ばした結果、アイリーンさん達、女中人形の皆さんは丁寧な身のこなしだけど、皆さん、空間鞄を片手にあっという間に流れるように別邸へと走り去ってしまった。改めて見ると凄い光景だ。
クラシカルなメイド服を着た綺麗な女中人形さん達の集団が、自転車並みの速度でスカートもさほど乱れず、疾走していくんだもの。基本的な身体能力が人間とは段違いだ。それにしても今日は珍しい光景がばんばん見れてなんとも楽しいね。
空も抜けるような青空だし、このままのんびりしていたいとこだけど。うん、現実逃避は止めよう。
あぁ。
エリー怒ってるだろうなぁ。僕は今回は特に悪い事はしてないけど、怒られる予感がする。憂鬱だ。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい。そんな訳で、福慈様召喚の後始末が始まりました。これが終われば24章も終了です。いやぁ、期間は短いのに濃いイベントが続きましたね。まぁ、何気に地味なんですけど。今回は派手な方でしたかね。
エリーは、アキが後は寝るだけ、という時間ギリギリまで粘ってでも、今回の件について話のケリをつけるつもりのようです。大変ですね、王女様。とはいえ、王様や御妃様が来る話でもないし、王子達が来る話でもない。なので誰が、といえばエリーに決まるのですけどね。
次回の更新は2025年2月26日(水)の21:10です。