24-26.福慈様の召喚(後編)
<前回のあらすじ>
福慈様が無意識に熱戦術式を僕に向けて放ってしまう事故は起きませんでしたけど、意識的に空の全てを赤く焼き尽くすこれまで見たことがない竜の吐息を放ってくれちゃいました。あぁ、もう何やってくれたんでしょうね、福慈様。何とかフォローしないと。(アキ視点)
まぁ、ぶっ放してしまったものは仕方ない。福慈様から受ける感覚的には、本人が言ったように何か気持ちを切り替える儀式だったのだろう。どこまでも澄み切った青空のように、暗く沈んだ印象を吹き飛ばした感があるから、まぁ福慈様的には良いこと。
ただ、ね。
空の全てを赤く染め上げるような竜の吐息を放たれて、ロングヒルの民は慌ててるだろうね。
あー。
でも、完全無色透明の魔力ではあったから、炎が空を焼き尽くす光景だけみただけだから、室内にいれば一瞬の出来事だし認識しなかった人も多そうだ。うん、そうに違いない。
後でエリーにどうだったか確認しておこう。あぁ、憂鬱だ。きっとお冠だもん。
っと。
僕達が召喚すると確率論的に本当に半々で僕かリア姉と召喚対象が経路で繋がるのだけど、今回は幸運なことに、福慈様の経路は僕のほうに繋がっていた。だから内緒話もしやすいってもんだ。
<福慈様、僕の話に合わせてください、ちょっと怖い方に行くと話が拗れて面倒になりますから>
<器用なことをするね。何か不味かったのかい?>
あー、福慈様も何気にいい性格してる。経路を通じて、福慈様の心にも軽く触れているから、それなりに考えていることも感知できるっていうのに。
さっきの技は、あれ、地の種族に対して使うつもりで練り上げた福慈様のオリジナル技ってとこのようだ。あぁ、殺意マシマシ、掃討戦をする気マシマシ、通常の竜の吐息が威力が過剰過ぎて範囲が何気に狭い点を見直して、地の種族が殺害できる程度に威力を弱めて、その代わり射程延長と範囲の大幅な拡大を実現したってとこのようだ。
あぁ、ってことは、さっきの空に向けて放ったのは、本来使うとこには放たなかった、その意識を捨てた、ってとこか。
やっぱり、内緒話をして正解だ。こんなのオープンで会話しても、恐れられて拗れるだけだもの。
<竜族はとても恐ろしい、という記憶を思い出した方も多いでしょうね。後で怒られたら、一緒に謝ってくださいね。一応これからフォローはしますけど>
<まぁ、話を聞いてみるかね>
ん。
意識をすぐ外に戻して、っと。
げ。
ケイティさんが、今、何かしてましたねー、って眼差しを向けてきた。勘がいいなぁ。
『福慈様、とても澄み切った青空、まるで僕達と福慈様の出会いを祝福しているかのようで、喜ばしい気持ちになりました。ところで、普通の竜の竜の吐息とも、僕が知ってる福慈様の竜の吐息とも違いましたけれど、もしかして福慈様のオリジナルの技ですか?』
言葉に、なぜ編み出したのか触れるのは厳禁、と意識を乗せつつ、純粋に技術的な観点から興味あります、という姿勢とする。
<あぁ、私のオリジナル、ほかの竜は使わない技だよ>
ふむ。
<放たれた感じからすると、雲を消すのであれば、もっと威力を落として、射程や範囲を広げることできそうでしょうか? やりたいことは、ここロングヒルから福慈様の住む縄張りまでずーっと続くような雲の連なりを、竜が飛びながらぱーっと消せないかな、という話なんですけど>
僕の提案が奇妙なものに思えたようで、福慈様は目を真ん丸にしながらも、ちょっと思案して答えてくれた。
<これ以上威力を落とすと射程が減ってしまうねぇ。ただ、アキが言う用途なら、飛びながら見える範囲の雲海を消すのだろう?それなら、ある程度の範囲を消しながら、少しずつ吹いていけば、かなりの範囲は消せるだろうね>
私はそれほど長く飛びながら雲を消して回るようなことは疲れていて無理だけど、という意識が感じられた。でも、これは朗報だ。
『えっと、空に浮かぶ雲ってとても微妙なバランスで、とても細かい水が浮いてるんですよね。だから外部から刺激を与えると案外簡単に落ちる、つまり雲が消えてくれます。僕ができたらいいなぁ、と考えたのは、ただの雲海ではなく、膨大な量の水を含んだ雨雲、それもずーっとずーっと長い距離を連なる雲海です。日本では、そのような特別な雨雲の長大な連なりのことを線状降水帯って言うんですけど、まるで空の上にある湖の底が抜けたような豪雨がいつまでもいつまでも続いて、山すら崩してしまう、そんな現象なんです。それを竜族にお願いすれば、海の上にある間に消して雨として降らせてくれるなら最高です。ほら、竜族の皆さん、対価としてできる仕事が何かないかとお悩みでしたでしょう? それができれば、地の種族は多くの国がその尽力に感謝することでしょう。若竜の方々がその雨雲を消す伊吹を使えて、いざという時には消して回ってもいい、と約束してくれれば、毎年の収穫の時期には、秋の実りを皆さんに喜んで捧げるでしょう』
広く、第二演習場の人々すべてに届くように、いつまでも終わることなく豪雨が続いて、野分(台風)でもないのに河川が氾濫し、あまりの豪雨続きに山々でさえ、山体崩壊を起こしてその形すら変えてしまう、そんな凶悪極まりない自然現象、それについてのイメージを言葉に乗せながら、それが防げるなら、と山盛りの期待を添えてみた。
<私の技をほかの竜にも教える、だって?>
あぁ、驚いてる、驚いてる。さっきの空に放ったのは決別の意識からだったんだろうけど、それを捨てるなんてとんでもない。
『そのまま教えるのではなく、広い雨雲を消す程度に絶妙の力加減をした、雨雲を消す伊吹です。これは福慈様の宿題としましょう。その技を使える竜が弧状列島に数十、数百柱いる程度で、地の種族からすれば、何十万という人々が被災するのを防ぐ竜神の護りとして信仰すら芽生えるでしょう。それだけの価値があります』
雲取様が庇護している森エルフやドワーフのように、天空竜のことを竜神様と崇める民もいるけど、線状降水帯を陸地に届く前に海で全部、豪雨として降らせて消してくれるというのなら、それこそ神の御業、人々はソレが何を意味するのか理解したならば、それこそ竜の圧の恐怖があろうと、それを打ち消すだけの感謝の念をもって崇めるに違いない。
<なんとも責任重大だねぇ。雨雲を消し飛ばすことにそんな価値があるとは信じ難いけれど、遣り甲斐はありそうだ>
ただ浮かんでいる雨雲を消し飛ばして雨を降らせる、なんでそれに意味があるんだか、って意識が強いと正直な意識を吐露してくれたのは大変ありがたい。竜族からすれば、野分(台風)の暴風雨ですら、あー派手だなぁ、と娯楽気分で眺めているほどだもの。
『幼竜にとっては暴風雨は危険でしょう? 地の種族は同じくらい弱くて、しかも広い田畑や家など壊れたら困るものを沢山抱えているので、豪雨被害は深刻なんですよ。そのあたりの意識については、いずれ伏竜様に学んで理解して貰いましょう。東遷事業は治水事業、つまり多過ぎる水の流れを整理していく大仕事ですから。絡んでくる話ですからね?』
<伏竜にはよく話しておくれ。そういうことへの意識は向く子だ>
おっと。
思ったより高い評価貰ってるじゃないですか、伏竜さん。竜族の中だとなかなかポイントに繋がらないけど、見てる人は見てるってわかるだけでも嬉しいだろうね。
さて、と。
『ところで福慈様。今日はせっかく起こしいただいたので、何か料理を振舞おって歓待しようかとも思っていたのですが、意識もすっきりされているようですし、紅竜様、白竜様と一緒に空を自由に飛ばれてみてはいかがでしょう? 魔力は減ってないでしょう? どうせなら、少し飛び回って、雨雲を消す伊吹を試しつつ、二柱にそのコツなども伝授されてみては?』
そう言って、召喚体の利点である魔力が常に供給されてフルチャージ状態にあることを気付かせた。
<あぁ、それもいいね。なら会ってそうそう済まないけれど、そうさせて貰うよ。飛べる間は飛んで、戻らず送還とさせて貰うよ>
あぁ、なんかはしゃいでる意識が伝わってきて、とっても嬉しい。本体と違って、召喚体なら、魔力の減りを気にせずいくらでも飛べるからね。
『はい。思う存分、楽しんできてください。今日は福慈様との間で争いなく召喚を終えることができた。それで十分です。あぁ、紅竜様、白竜様は、小型召喚の福慈様がどのように飛ばれていたか、雨雲を消す伊吹についての感触なども含めて、あとで報告を語ってください。半分お仕事です。ではいってらっしゃい』
そういって、手を振ると、三者三様な表情を浮かべながらも、浮ついた気分の福慈様という珍しいモノを見たこともあり、僕への非難がましい目線もすぐ終えて、跳ね上がるように空に向けて飛び上がっていく福慈様を慌てて二柱も追いかけていった。
反動推進系でない竜族の飛び方万歳。これがヘリやジェット機、ロケットなら、今頃僕は吹っ飛ばされていたに違いない。
それくらい、清々しいまでに、飛ぶことだけに意識が向いて、ほかをすっかり意識から放り出した福慈様がなんだかかわいらしかった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、そんなわけで一見、穏便に福慈様の召喚については終えることができました。
ただまぁ、アキも気づいたように、ケイティには何かやったようだ、と少しバレました。よく見てますね。それと何気に伏竜の役割も重要性が増すことに。竜族の無敵さからすると、線状降水帯の怖さもピンとこないでしょうからね。ただ、実は竜族とて縄張りが豪雨でひどく崩壊すればそれなりに痛い話なので、ちゃんと関連性はあるのでした。竜が巣を構える巣、魔力泉となりうる魔力豊富な地点は山々にあるので、山体崩壊なんぞすることになれば、彼らとて顔色を変える話なのでした。
旧:次回の更新は2025年2月23日(日)の21:10です。
新:次回の更新は2025年2月24日(月)の21:10です。