24-23.己を識(し)るということ、その決定的な変化
<前回のあらすじ>
伏竜さんですけど、全身を映せる三面鏡、それも高透過ミラー仕様と奮発したビルサイズの巨大鏡を創造してあげたところ、大いに喜んでくれました。いやぁ、自身の姿を映して喜々としている伏竜さんを眺めているとほっこりした気分になれますね。(アキ視点)
若竜の全身を映せる巨大三面鏡で自身の姿を確認してご満悦な伏竜様に対して、コレは創造術式を用いた特別製で伏竜さんが自身の状態を正確に認識するためだけに使うつもりだから、他の竜に対しては他言無用であることを念押しした。白岩様、桜竜さんはあまり吹聴する方ではないと思うけれど、両者が変化に気付いて、しかもそれが何か特別な事をしたからだろう、と問われたりしてから、内密に明かすなら良しとするくらい慎重に、と重ねて注意もした。
その際、話を聞いて我も、我もとロングヒルに殺到してくる竜達とそれに大変困って右往左往している僕達のイメージもしっかり思い描いて、そうなっては困るとも合わせて伝える。
<……ふむ、秘密か。アキはこれを雲取殿には伝えないのかね? コレは自身の認識に大変役立つ素晴らしい品だが>
ん。
魔力に触れた感じでも、成竜は自身のことを何もない「世界の外」にいてさえ、世界に頼ることなく自身を認識しそれを維持する意味でよく理解する必要があり、ソレに大変役立つと感じているようだね。んー、それに雲取様、か。
『雲取様には庇護していただいてますけど、何でも報告するような間柄、親子関係といったものではありませんからね。互いに話してないことなど多いですし、話すのはそうですね、雲取様が伏竜様の変化に気付かれたら、としてみましょう』
<ふむ。では変化をもし気付かれたなら、理由はアキに聞くよう答えるが、私からは敢えて話はせぬこととしよう>
『ありがとうございます。ところで、伏竜様は確か既に空間跳躍を使えるそうですが、それでも自身の認識強化に役立ちますか?』
<役立つ。大いに役立つ。水面に姿を映すのとはあまりに違う>
ほぉ。
確かに、色合いからしても、多面的に同時に姿を映せる意味でも、高透過ミラーの三面鏡なんてのは、美容院でもなければ採用されないだろうし、その効果は水面と比較すれば圧勝だろうね。水面だと色合いがまずかなり悪いし、姿もかなりボヤけてしまうし、何より角度がかなり限定されてしまう。それに触れた魔力から伝わってきた感じでは、かなりの驚きと感動を抱いてくれているようだ。
なんかこう、ほっこりした気分になるね。
なら、もう少しオマケしてあげよう。
『そんな伏竜様には、もう一段上、左右反転しない、他人から見た自身の姿を映す鏡も使わせてあげましょう、特別ですよ?』
長杖を構えて、三面鏡を律儀に竜爪で消してくれて空いたスペースに今度は、若竜サイズの反転鏡を創ってあげた。
反転鏡ってのは、鏡に映る姿をもう一回鏡に映すことで反転した姿を更に反転、つまりもとに戻してあげるという立体的な鏡だ。鏡二枚を90度の角度に合わせるのと、使う鏡は普通のガラスの裏面に鏡面加工を施すのではなく、ガラスの表面に鏡面処理を施した表面反射鏡を使うこと。これで、普通の鏡のようにガラス面による隙間が生じない滑らかな鏡像が実現できるんだね。
<なんと! これが他の者が視る私の姿なのか!>
おー。
なんか、めっちゃ驚いてる。竜眼は、うん、使ってない。完全無色透明の魔力で創造した品だし、鏡面の魔力を視てもしょうがないからね。
ふむ。
『鏡は光を反射させるだけですけど、魔力も模して映せるようになると更に面白そうですね。或いは自身の姿を使い魔の視点を通じて眺めたりするのも手かな。僕の魔力だと属性付与はできないので後者の方が良いかも』
他人から見た自身の姿というのは、自身を識る意味で、理解する上でかなり役立つっぽい。って、あれ?
『えっと伏竜様? なんか魔力の雰囲気が凄くすっきりしたというか澄んだ感じに変わったんですけど何かされました?』
そう。触れている魔力が都会の空気が深奥の森の奥地のソレのように急に澄み渡った雰囲気に変わった。まるでさっきまで曇りガラス越しに眺めていたかのような明確な差異だ。
僕に指摘されて、伏竜さんは自身の姿を竜眼で眺めて、自身の姿なのに驚いている。
<指定されるまでまったく意識してなかったが、確かにコレは大きな差だ。より正しく己を識る事ができて曖昧さが減ったのだろう。それで、使い魔だったか。確か地の種族は鳥や獣と意識を通わせて、その視点を共有する者達がいるとは聞いているが>
あー。
凄く興味津々、更に更に上、魔力までしっかり認識すればほぼ完璧に自身をしっかりと識ることができる、長い首のおかげで部分、部分の魔力や姿は見えていても、全身像という纏まりでは見えていないので、何としてもソレを実現したい、という凄い熱意すら伝わってきた。不味い。
『伏竜様、まだ半年も経過してませんが、紫竜様が使い魔が欲しいと魔獣を追いかけ回した挙句、そこら中で魔獣の生息域がドミノ倒しのように大きく変わることになって大混乱が起きました。なので、ご自身で魔獣に接触することはお控えください。天空竜に寄られて平然としていられる魔獣などそうそういません』
アレは酷かった。三大勢力から選び抜かれた腕利きの探索者達を動員して、移動して怯えている魔獣を個別に説得して、もう紫竜様が追いかけ回すのは止めたから元の生息域に戻るよう説得して回ったからね。アレは大混乱だった。それがまた起きるなんて断固阻止だ。
ん?
なんか、竜眼で僕を視てる。はて?
<確かに我らが直接赴くのは負担があろう。だが、何か良き策があると見た。どうだ?>
食い下がってくるなぁ。確かにあるんだけどさ。というかよく見抜いたね。自己認識が改まったことで観察眼まで強化された? そんな訳ない、いや、あるのかな?
『まぁ確かにアイデアはあります。小型召喚ですね。それによって大きさが随分変わりますし、魔力属性も僕と同じ完全無色透明になるので圧も大きく減るでしょう。その代わり、相手を委縮させる効果もなくなるので、説得して仲良くなるのには手間がかかるかもしれません』
とはいえ、伏竜さんは凄くやる気になってるし、小型召喚で得た姿であちこちの魔獣を口説き回る未来がやってくるのは不可避っぽい。
<その手間をかける価値はあろう。先ほどの三面鏡、それに反転鏡を今後も時折使わせて欲しい。それと確か小型召喚はアキが寝ている間も特に負担にならず利用できるとは聞いている。リア殿に頼めば他の時間に喚んで貰う事も可能だと。ぜひ、それも試させて欲しい。望みの対価があれば言ってくれ。何としても用意する!>
お、おぅ。
あれぇ?なんかかなり不味ったかも。ちらりとケイティさんを見ると、後でしっかり話し合いましょうね、と笑顔で怒ってるし。むむむ、これは結構ピンチかもしれない。紫竜さんの魔獣玉突き騒動の再来だけはなんとしても防がないと!
『えっと、伏竜様? 魔獣の生活を脅かさないためにも、彼らの生き方、住んでいる場、それに伏竜様自身を魔獣に落ち着いて視て貰うためには、かなりの下準備が必要です。紫竜様がやったような、魔獣が疲れ果てて逃げられなくなるほど追い詰めて無理に話をするのは厳禁です。そこまではいいですか?』
<理解した。それで私は何をすればいい?>
あぁ、なんて竜ムーブな会話だろう。自分の提案が拒否られるとは微塵も考えてない。それでも何か手順が必要ならそれに従おう、という素直さは好感が持てる。
『えっとですね、こちらもどうすれば、天空竜が使い魔を得ることができるのか、こちらの使い魔を操る皆さんから意見を集めて、その方法を検討してみます。ですから、その結果が出るまではお待ちください。それと反転鏡で自身を視たことで生じた変化について、得た感覚や認識についてできるだけ多くを語ってみてくれますか? 正直、ここまでの変化が生じるとは全く予想してませんでした。今の伏竜様だと、多分、どなたでもその変化を認識して驚かれるでしょう。できればソレは避けたいとこです。納得のいく説明をするのは難儀でしょう?』
<あぁ、そうか。では、そちらの準備が整うまで待つとしよう。それで、魔力の変化だったか。確かに不味い。まだ当面はこれまでのままでいたい。少し試すから付き合ってくれ>
そう言って、意識を切り替えていくと、輝きを帯びていた鱗が艶消し灰色へと戻っていく。んー、戻っては行ったんだけど、なんだろう、こう、印象がまるで違う。
『もう少しボヤけた感じ、印象がブレる感じが欲しいですね。敢えて自己認識に対して霧を通すようにクリアさを失わせていくような……そう、なかなかいいですね』
霧を通して観る景色といった具体的な指示をしたおかげか、だいぶ、以前の雰囲気に近付いてきた。
ん。
「ケイティさん、それにお爺ちゃん。どうかな。僕はかなり以前の雰囲気に近くなったと思うけど」
そう話を振ると二人もじっくりと伏竜さんを観察して、並べて観た訳ではないのでどれだけ正確かは断言できないものの、受ける印象は戻ったと話してくれた。
ふぅ。
<この感じか。うむ、理解した。これからはこの状態を常としよう。それとあまりに変わらなすぎるせいで逆に偽りの姿が露呈したというのもあったか。魔導具で測定してくれているから、日々の変化についても情報が揃っていると聞いている。ならば、私の身体や魔力の変化に応じて様子を僅かずつ合わせていくことが肝心だろう。スタッフの皆には世話になる。頼むぞ>
なんと、穏やかな思念波を全方位に拡散する形で、第二演習場にいる皆に協力を要請してきた。なんて器用な。スタッフさん達もジェスチャーで協力する旨をそれぞれが伝えてくれた。
うん。
そりゃ、天空竜がお願いしてくれば、いくら穏やかであろうと、答えはイエス以外ありえないからねぇ。何気に少し慌ててて必死さすら感じられる。まぁ、仕方ないとこだろう。
『擬態することの利があるようですけど、それを四六時中続けるのって負担になりませんか?』
<多少の練習は必要だが要は慣れだ。三面鏡や反転鏡での確認をしたことで、私自身の認識のズレも見直す事ができた。だから調整はさほど苦労はせず済むだろう>
四六時中、自身を偽ることが基本として染みついているというのは、ちょっと悲しい感じもするけれど、伝わってきた意識からすると、真の姿を敢えて隠すことに楽しさを覚えているようだから、まぁ、好きにして貰おう。なんか、こう、本当の自分は実は違うのだけれど、他人はそれに気付かない、そのことに優越感すら覚えるみたいな雰囲気もちらちらしてる。
遅れて来た中二病かって感じだけど、さて、竜族にそういう時期ってあるのかどうか。いずれ、黒姫様にでも伺ってみることにしよう。
あぁ、なんて事か。ヨーゲルさんに怒られるだけじゃなく、これ、明らかに研究組案件だよなぁ。というか、伏竜さんの実力、何割、もしかしたら何倍とか跳ね上がったかもしれない。あー、なんか三大勢力の代表の皆さんも不機嫌になる気がする。取り敢えず、事態を把握してしっかりと報告することをもって誠意と示すことにしよう!
『伏竜様、それでは反転鏡などで得た手応え、それに自身を竜眼で視た事で感じた変化など語ってくれますか? それらについて深く理解を深める事が新たな突破口を開くかもしれません。研究組の面々とも話す機会を設けさせてください。空間跳躍もまた世界の外へとアクセスできる貴重な技ですけど、今回の変化、ソレへの影響も大きそうでしょう?』
<その通りだ。では可能な限り話すとしよう。それとアキ、急がずとも良いが、これほどの恩恵を受けては何か返さねば釣り合いがまるで取れぬ。だが、私が与えられるもので良い対価となりそうな物がまるで思いつかない。だから、アキが欲する対価となりそうなことを考えて欲しい。必ずそれを払うことを誓おう>
ん。
貰うだけ、というのはかなり気持ち悪い事のようだ。それに僕と自身を天秤にかけてちょうど釣り合った関係と今後もしていきたい、という強い思いも伝わってきた。ここで嬉しいのは今後も、ってところだ。伏竜さんの中ではしっかりと僕は友達枠に入れて貰えたようだ。これはとてもとても光栄なことだ。いずれは座席を付けて貰って一緒に大空を飛んだりしたいね。ただ、それを対価として求めるなんてのは駄目だ。ソレは対価で貰うようなモノじゃない。
『はい。今はちょっと思いつきませんが、無理のない範囲でお願いを決めますね。では、体験されたことについて教えてください』
<うむ。ではまず三面鏡で自身の姿を視た時のことから話すとしよう。そうだな、水面に映した姿との違いから語るのが適切だろうか――>
それから、伏竜さんは時には魔力を通じてイメージを伝えるといった補助技も駆使して、とても多弁に自身の体験と新たな見識、それに反転鏡の驚きなども饒舌に語り倒してくれた。ケイティさんが途中から連絡を入れてリア姉を第二演習場に招いて話を聞くのに参加して貰えたし、これで多少は失点を挽回できたんじゃないだろうか。
何にせよ、竜種が自身を識ることが成竜になる事の必須条件であり、それができて初めて世界の外を経由する空間跳躍を駆使できるようになると言う話であり、その自身を識る精度が各段に跳ね上がることはきっと良いことだ。世界と理解すること、世界を超えて作用する技法が少ないことへの理解が進めば、地球への次元門構築への足掛かりになるかもしれない。なのでトータルでは大いにプラスになる。
……ただ、うん、ちょっと色々とミスったかもしれない。リア姉も話を聞いて、伏竜さんの様子を見た後、ふーん、って言いながら僕に向けた視線がすっごく不満ありありだったもの。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、アキですがやらかしました。まぁ道具を一つも使ってない竜種なので、何か与えれば変化が生じるのは不可避、なので起きてしまうのは仕方ない事であり、速やかにフォローできる体制づくりにしようね、とはうん、街エルフ達も理解は示してはいた訳ですが。コレは流石に大目玉な話でしょう。
勿論、アキも語っているように次元門構築にはきっと足しになる部分が多いです。が、ただでさえ最強の竜が更に実力が跳ね上がるとあっては、為政者層はかなり衝撃を受けるでしょうね。研究組はまぁ大喜びしそうですが。
旧:次回の更新は2025年2月12日(水)の21:10です。
新:次回の更新は2025年2月13日(木)の21:10です。