24-22.福慈様の決断、そして(後編)
<前回のあらすじ>
意識の持ちようによって、竜の鱗の色合い、輝きが変わるという話を聞くことができました。目立たない色合いに敢えてしている伏竜さんの色々と屈折した思いなどもあるので、この件の取り扱いは要注意ですね。(アキ視点)
取り敢えず、聞きたいことは聞けたし、後は気になったことをちょっとお願いしてみよう。
『伏竜様、お願いがあるのですが』
無邪気なお願いですよ、と目一杯、純粋さをアピールするイメージを言葉に載せて送ったら、凄く身構えられた。あぁ、実際に身構えたのではなく、精神的にという意味。
<何を願うのだ? 私にはアキが望むようなことを叶えられるとも思えない>
いきなり、防衛線を張りまくってきたね。
『気の持ちようで鱗の色合いが変わるんでしたよね。で、お願いなんですけど、ここには他の竜もいませんし、その抑えている色合い、ちょっと現時点で一番輝かせたらどれくらいになるのか見せて貰えませんか?』
パチンと手を打って、ぜひ、とアピール。
どれくらい元気になってきてるか変化を診たい、と医学的見地から興味があるのだ、という気持ちだけを言葉に載せて伝えたところ、何故か凄く胡散臭そうな目を向けられた。
えー。
『なんでそんな目を? 僕は純粋に伏竜さんの体質改善を思ってお願いしてるのに』
そう韜晦してみたけど、やはり眼差しは変わらない。あー、なんか竜眼使ってるし。
<純粋な思いなら、それほど興味津々、目を輝かせたりしないだろう?>
ほぉ。
「お爺ちゃん、そんなに露骨だった?」
「うむ。儂なら、見世物ではないのだぞ、と軽く窘めるじゃろうな」
別に見せないとは言わんが、とは話してくれた。なるほど。まぁまぁの観察眼をお持ちだね。
<やはり、そうか>
『竜眼で何か違和感でも見えました?』
<いや。だが、アキが言葉に載せる思いと表情にズレがあると感じたのだ>
ん。
では、誤魔化すのを改めて、と。
『試してみてすみませんでした。今後、地の種族との交流も増えるので、竜眼頼りではなく、相手の表情や目線の変化等から違和感に気付けるようになって欲しいと思い、それを促してみたんです。それでは試しは終えましたので、さぁ、遠慮なく擬態を止めて、素の状態をお見せください』
今度はしっかりと、他の成竜と比較して、どの程度、差を埋めつつあるのかそれを把握したい、それと輝く鱗の色彩の変化も観てみたい、と素直に思いを載せてみた。
あー。
すっごく、呆れた視線を向けられた。こいつ、欲望に忠実過ぎる、とか思われてる。
ん?
あ、なるほど、そういう意識をわざと魔力に載せて示したんだ。器用な真似する。僕が気付いたのを見て、なんか笑ってるし。
<意趣返しもできたところで、では見せるとしよう。ところで擬態していると何故思ったのか教えてくれ>
ん。
『あまりに変化がなさ過ぎるから。何度も魔力の取り込みや、魔力を浸透させた食事をしているのに、それにしては見た感じ、鱗の色合いに変化がなさ過ぎる。これは敢えてそう見せているな、とピンときましたよ』
そう種明かしをすると、合点がいったようで、竜眼で覗き込むのを止めてくれた。
ふぅ。
竜眼で見るときって、少し瞳孔が開き気味になって無機質な雰囲気が増すから、人によっては怖いと感じると思うんだよね。僕は、あぁ、竜眼使ってるなー、位にしか思わないけど。
すると、少し意識を内に向けているのか、視線が揺れた感じになり、それから暫くして、ゆっくりと鱗の色合いが変わり始めた。
これまでのつや消しな感じから、色は灰色なんだけど、艷やかな金属光沢を帯び始めた。
ほぉ、ほぉ。
触れている魔力の感じからも、地味で抑えた雰囲気から、キリッと意識をクリアにして堂々とした感じに印象が変わっている。
『これは何とも綺麗ですね、まるで印象が違います、素敵です』
素直に目一杯、感じた気持ちを言葉に詰めて贈ると、少し照れたような笑みを浮かべてくれた。
<普段もそのように素直に示してくれれば、私も身構えずに済むのだが>
まぁ、そうはしないのだろう?と、苦笑してる。
『伏竜様には、他の竜にはない虚実を操る器用さがあると素敵だな、と思うので、今後も気が向いたら試しを入れてきます。今後は毎回は入れませんのでご安心を』
<気遣いに感謝しておこう>
何を言ってもやる気だろう、なんて思念波で送りつけてくる辺り、よくわかってる。良い傾向だ。
さて。
『それで、その擬態ですけど、見破れそうな方はいそうですか? 距離が離れていると竜眼でも差異はわからないでしょうし、そもそも何か違和感を覚えないと竜眼を使おうとも思わないでしょうから、んー、知ってるのは黒姫様、白岩様、桜竜様くらい?』
気に掛ける相手と見做されてないって話はあるんだろうけど、そこは繊細な話なので、そこの意識はバッサリカット。診療を担当されている黒姫様、鬼の武を活かした身体操作の研究仲間としての白岩様、桜竜さんは知っていて当然なので、そこだけ触れる。
<今のところ、その三頭だけだ>
おや、おや。
雲取様、結構、観察が雑だなぁ。伏竜さんとそれなりに話をしていても気が付かないなんて。まぁ、いいか。いつ気付くのか、それともずっと気付かないのか。その辺りの反応でも、普通の竜というのがどんな感じか測れるだろう。
『ではそこは今後に期待するとしまして。伏竜様、今のご自分の姿を鏡に全身を映して御覧になった事ありますか?』
<いや、ない>
あー、ふむ、ふむ。雲取様は大きな姿見の鏡を創造できたけど、それは庇護下にある森エルフやドワーフ達が鏡を雲取様に見せて、鏡について理解したからこそ創造できたって話か。で、伏竜様はそういう接点がないから、鏡について概念は知っていても現物は見た事がないんだね。
ちょっとケイティさんに長杖を出して貰って。
『では、全身が映る三面鏡を出しますので、とくとご覧ください』
創造術式を発動して、起き上がった際の伏竜さんの全身ががっつり映るサイズの巨大鏡をどーんと創ってみた。勿論、後ろの支えもセットで。なので、倒れたりしない。伏竜さんが鏡を見て、自身の全身像がしっかり映っていて、その鱗の輝きなどもしっかり観察できることを確認してから、残り二面の大型鏡もどーん、どーん、と手際よく創造してみた。
ふぅ。
いやぁ、小型ビルくらいの大きさがある繋ぎ目のない一枚鏡をどーんを三枚。我ながら良くできたと思う。日本で観た事がある低鉄ガラス製の鏡をイメージして、よりクリアで自然な色合いも再現してみた。普通のガラスは鉄分を含んでいる関係で少し緑ががかった色合いになるんだけど、低鉄ガラスはその鉄分の割合が少ないから、より自然な色合いになるって奴。高透過ミラーなんて呼ばれたりしている。美容院とか高級品を扱うお店、博物館や美術館なんてとこで使われている。まぁ、そういう訳でお高くてあまり一般家庭では見かけない品だったりする。
<なんと自然な……>
などと、むっくりと身を起こして、三面に視線を向けながら、翼を広げて見たり、尻尾を動かしてみたり、首を動かしてみたりと、自身の等身大の姿がクリアに映る様子が珍しいようで、とても熱心に眺めていた。竜眼でも少し見ていたけど、すぐそれは止めたのは、僕が創造したことで魔力属性が完全無色透明になっているから、殆ど魔力感知できないせいだろうね。
それから、無言の声で、僕の事は気にせず好きなだけ観ていていいです、って意識と、見終わったら竜爪で消すのだけ忘れずに、とお願いを届けて、今日はこれで終わりかなーって感じで、スタッフさんに用意して貰ったテーブルセットに移動して、ちょっと一息。
ふぅ。
良い仕事をしました、と満足感一杯で、アイリーンさんの用意してくれた紅茶を飲みながら、一口ケーキを頬張ってまったりしていると、ケイティさんから「あれは不味いです、怒られるのは覚悟してください」と耳打ちされることになった。
あれ?
「えっと、あのサイズの一枚鏡を出したのが不味かったです?」
僕の問いに、それもありますが、とケイティさんが続ける。
「あのサイズの高透過ミラーなんて、製造するのは恐らく不可能です。ヨーゲル様がご立腹するのは不可避かと。そもそもあのサイズの一枚鏡を作れる設備も恐らく、この世界には存在しないでしょう。……というかあちらにも存在しないのでは?」
あー。
うん、あちらだって、運搬が事実上不可能そうなビルサイズの一枚鏡なんて製造はできないだろうね。だいたいニーズがない。
「無いですね。だいたいあっても運べません」
人の口に戸は立てられぬ、とも言うし、サポートメンバーの皆さんに口止めするのも変な話だ。ミスったかなぁ。でも、色合いや輝きの正確さが今回はどうしても必要だったし、竜の全身を映すサイズも必要だったし、継ぎ目のある鏡の集合体なんてものをイメージするのは無理だ。一枚鏡ならイメージも簡単なのに。
あー、伏竜さん楽しそうだなー、なんて感じに逃避行動を取って、後の事は今は考えないことにした。やっちゃった事なんだから、何が問題だったのか、或いは問題とはならずに済むのか、その見極めに頭を使う方が建設的だろう。
うん。
と言う訳で、現実には製造不可能なビルサイズの巨大三面鏡と、そこに全身を映してあれこれポージングしている伏竜さんの振舞いを眺めながら、何か、ヨーゲルさんの怒りを少しでも和らげるアイデアないかなー、と知恵を絞る事になった。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、またアキがやらかしました。水族館の透明な巨大アクリルパネルなら目視で繋ぎ目を確認するのが無理なレベルで現地で接合とかできるんですけど、鏡の場合、反射面があるのでナノレベルで完全整合するくらいでないと僅かな角度の変化などでも、接合面がバレるでしょう。それと巨大一枚鏡を作る、それも綺麗な平滑面で、とか言うと研磨だけで何ヶ月とか、まぁ、天文台用の反射鏡なんかがソレですけど、とても時間がかかる上に大変デリケートな代物です。というわけで、はい、ヨーゲルに怒られることは確定しました。伏竜は大変満足してますけどね。ちゃんと誤解を解いておかないと。
次回の更新は2025年2月9日(日)の21:10です。