24-20.福慈様の決断、そして(前編)
<前回のあらすじ>
精霊使いのイズレンディアさんに指導して貰い、銀竜の幻影術式に五感のフィードバックを追加するアレンジを加えてみました。鏡映しのように白竜さんの動きを真似て、その感覚を魔力越しに認識してズレを修正するといった作業は見ているとなかなかコミカルで微笑ましい光景でした。(アキ視点)
翌日。今日は伏竜さんがやってくる日だ。前回、色々と愚痴を聞いて、どう話をするか相談もしたので、その結果がどうなったのかとても楽しみでもある。
幸いにして、福慈様の三度目の魔力爆発は観測されていないから、話し合いは穏便に行われたのだろう。激怒したかどうかが何百キロと離れた地点から観測できるというのはプライバシーとかどうなのさ、とか思わないでもない。まぁ、生ける災害と言われる竜神様なのだから、そこは仕方ないことと諦めて貰おう。
「アキ様、ご機嫌ですね」
今日は急かされることもないので、自分で朝の身支度をして鏡を見ながら髪に櫛を通していたんだけど、ケイティさんに指摘されて、いつのまにやら鼻歌交じりにそれはもう丁寧に髪を梳いていたことに気付いた。
あー。
うん。まぁ、ちょっと浮かれていたかも。
「若雄竜三柱から福慈様の様子も伺ってますし、福慈様も一度は軽く暴発されたものの、その後は話をされていたと言うし、今回は雲取様、伏竜様の二柱が小型召喚の件について説得しに行ったわけですからね。揉めるような話はありませんし、あとはどれだけ勝ちポイントを稼いだかなってとこなので、気楽に楽しんでます」
そう話すと、ケイティさんは少し呆れたような苦笑を浮かべた。
「天空竜達の口論する様をそのように評されるのはアキ様くらいなものでしょう。それでアキ様はどこまで上手く事が進んだとお考えですか?」
ふむ。
「小型召喚については快諾して貰えると思うんですけど、召喚した際に僕と召喚体ではあるけれど初顔合わせとなるじゃないですか。心話では交流があっても実際に対面するのは初。それに対して、どういう思いを抱かれているのか、それを二柱が少しでも聞き出せたなら良い傾向かな、と思ってます」
「というと?」
「何を話す気なのか、そういった胸の内を明かしてくれるということは、福慈様と二柱の関係が近しいという事ですからね。語るのに相応しい相手という事か、或いは誰かに思いを伝えておきたかった、ってとこでしょうからどちらでも、良い傾向かなって」
そう話すと、ふわりとお爺ちゃんが前に出てきた。
「前者はともかく、後者が良いとするのは何故じゃ?」
「んー、ほら、竜族って基本、個で完結している種族でしょ。だから、何か悩み事とかあっても誰かに相談するとか、手伝ってもらうという話はそう多くないと思うんだよね。特に今回の小型召喚のような、竜族の文化にない話になると、相談された方とてどう答えればよいか悩む案件だろうし、相談の仕方によっては、福慈様が気弱になった、長老としての立場を続けるのにお疲れになったのかもしれない、とかとか邪推もされかねない。でも、それでも助力してくれ、というのではなく、ただ、ただ、自分の気持ちを自分だけで抱え込まず、誰かに話したかった。そういうことだとしたら、群れとしての意識が育つ切っ掛けにもなると思うんだ」
「なるほどのぉ。儂らであれば誰かに相談するのは当たり前の事じゃが、竜族、それも長老ともなれば、意味合いも変わってくるか」
そう。
「ほら、例えばシャーリス様が何か相談されるとなると、やっぱり、他の人達にどうそれが思われるか気にするでしょう? それが内密だろうと、相談をされた人や、相談があることを知った人がソレをどう思うか、なんてとこは配慮が必要になってくるでしょ。あー、そういえば、シャーリス様って愚痴とかも迂闊に言えないとか? 言葉に発するだけでそれが世に影響を与えてしまうとか言われていたし」
僕の問いに、お爺ちゃんはその通りと頷いた。
「その通りじゃ。ならばこそ何か言葉にするにも、表現には気を付けねばならん。それに意識を強く載せるかどうかでも効果は変わってくるでのぉ」
なるほど。
「お爺ちゃんはそういうの困ることはなかったの?」
「儂は気の合う者達と話すことが殆どじゃったから、大した問題は起きなかった。やはり誰と話すのか、どう話すのかが大事じゃよ」
などと、昔を思い出すように話してくれた。なかなか面倒臭そうだね。だからこそ、好事家なんて言って、ある程度切りのいいとこで現役を引退して趣味に没頭するようになったんだろうね。いずれ、お爺ちゃんがあちらではどれくらい趣味人と思われていたのかなんてとこも他の妖精さんに聞いてみよう。どうせ、本人に聞いてもはぐらかされるだけだからね。
◇
第二演習場に到着すると、既に伏竜様は到着してのんびり寛いでいるところだった。触れた魔力の感じからしてもとてもリラックスしているし、なんか、スタッフさんと楽し気に談笑されているから、地の種族に合わせた思念波の加減も上手になってきてるんだろう。スタッフさんが僕達に気付いて話をうまく切り上げてくれた。なかなか自然な振舞いで、手慣れた感があるから、伏竜さんとスタッフの交流も回数を重ねているんだろうね。良いことだ。
『伏竜様、おはようございます。その様子だと説得は無事成功されたようですね』
成功すると信じてましたよ、と信頼感マシマシな思いを声に載せると、伏竜さんはそういうところが苦手だ、とばかりに目を細めた。
<確かに承諾の言を得られた。だがアキはその先に興味があるようだ>
ほぉ。
伏竜さんがわかってるぞ、という視線を向けてくる辺り、うん、うん、良い傾向だ。竜族は個で完結している生き方が基本だから、よほど相手に興味があるか、自分の損得に関わるようなことでなければ、さほど興味を向けず、それ以外をばっさり捨てるドライなとこがある。そんな中、伏竜さんは僕に興味を持ってくれた。これはとても嬉しいことだ。
『そうですね。福慈様が三重の備えがある中、小型召喚を避ける理由はないと考えていたので承諾して貰える事は確信してました。なので、僕としては福慈様との間で何を話されたのか、そちらが気になります。雲取様と共にやってきた二柱に対して、小型召喚に応じるとだけ話して終わりなんてことはなかったのでしょう?』
実際に小型召喚を行うとなれば、予め紅竜さん、白竜さん、それに依代の君にも集まって貰わないといけないからね。そうした段取りが必要となれば、説得しに来た二柱に対して、小型召喚に応じるとだけそっけなく返事をして終わりということはないだろう。そもそも福慈様の巣に二柱がやってくる訳だからね。誰かがやってくることを福慈様は楽しみにされているとも言うし、その意味でも何がしら、+αはあったとみていい。
さぁ。
聞く準備はできてますよ、とアピールすると、伏竜さんは仕方ない、という雰囲気を見せながらも、要望に応えて話してくれた。
<アキの予想した通り、福慈様は小型召喚に応じるとの事であった。それとな、明言はされていなかったのだが――>
それから、伏竜さんが饒舌に話してくれたところによると、福慈様は例のV字編隊飛行の件について話をされたり、ロングヒルに足繫く通う若竜達の様子を聞いたり、それから各地にいる竜神子の皆と交流する若竜達の間で流れている話題などにも興味を持たれ、福慈様の起きている時間ギリギリまで多くの事に興味を示されて、二柱が語るそれらについて、熱心に耳を傾けていたという。
ほぉ。
さーて。なかなか興味深い振舞いをされたけれど、その福慈様の様子から、伏竜さんが何を感じたか、そこが一番重要だ。
ん?
『えっと、どうされました?』
じっくり竜眼を僕に対して向けている伏竜さんに対して韜晦してみたけど、伏竜さんは目を細めて笑みを浮かべた。
<そう、その表情だ。私もアキや他の者達を見ていてある程度、表情が読めるようにもなってきた。アキが興味を示して目を輝かせている、その時は要注意だとな>
あら。
そんなに外から見てわかりやすい表情してるかなぁ? なんて思ったんだけど、そこはふわりとお爺ちゃんが前に出てきた。
「アキは気持ちは表に出やすいからのぉ。儂も隣で見ていて、アキが前のめりになって深く興味を示すタイミングはよーくわかるわい」
今回の例はわかりやすい方じゃな、なんて訳知り顔で話し、伏竜さんも、それに対してその通り、などと意気投合する有様だった。
まぁ、うん。
分かりやすいとこがあるというのは認めなくもない。というか、意図を隠すような振舞いは竜種に対してするのは悪手だからね。在り方が大きく異なる種族同士なのだから、むしろ、ストレートに伝わるよう、オーバーに振る舞うくらいでちょうどいい。なので、二人が見抜いた通りですよ、と降参のポーズを取ってから切り込むことにした。
『お見事、その通りです。と言う訳で、伏竜様。かなりこれまでにない慎重とも取れる振舞いをされた福慈様ですけど、その胸の内についてどう考えました? あと、福慈様の根底にある思いについて、何か探りを入れてみたなら、それらについても是非お聞きしたいです』
委細漏らさず、言語化が難しいなら心話を併用してでも、さぁ、さぁ、と促すと、僕が興味を持っている相手が福慈様ではなく、そのような振舞いをした福慈様を見た伏竜さんなのだ、とはっきり示したこともあって、伏竜さんは少し目を見開いて驚くのだった。
おやおや。
甘いなぁ。福慈様のようなある意味、完成されている域にある年老いた方より、これからを担う、可能性を秘めた伏竜さんの方が遥かに重要だというのに。まぁ、そこはこれから学んで、そして自覚していって貰おう。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、随分長い事放置してた感がありますけど、伏竜との対面は僅か数日後なので、お久しぶりというほどの間も空いてないんですよね。それに伏竜もこれまでの経験から、アキの振舞いや表情をそれなりに見極めることができるようになってきました。なかなかの進歩です。とはいえ、アキの今回の興味を向ける最大の対象が自分自身だと理解していなかった辺りは、まだまだ精進が足りませんね。
旧:次回の更新は2025年2月2日(日)の21:10です。
新:次回の更新は2025年2月2日(日)の24:10です。