24-18.銀竜の在り方(中編)
<前回のあらすじ>
銀竜としての意識での心話って始めて行ったんですけど、普段の心話と違って傍観者のように白竜さんと銀竜のやり取りと眺めていて何とも不思議な感じでした。あぁ、それと、銀竜はどうにも、依代の君と同じ匂いを感じました。しっかり手綱を握っておかないとヤバい子ですよ、きっと。(アキ視点)
研究組、つまり街エルフの師匠、妖精族の賢者さん、鬼族のトウセイさん、小鬼族のガイウスさん達、それに白竜さんが勢揃いして、さぁ、やらかした、おかしな心話について話せ、と迫ってきた。
あー。
白竜さんってば、心を触れ合わせていたのだから、僕の次に何が起きたのか理解してるはずなのに、部外者ですって感じに、師匠から少し目を逸らしてる。まったくもう、困った姉様だ。
「今回試した心話は、竜としての身体記憶と強く結びついた銀竜として、それを喚んだ場合をイメージして意識を切り替えてから、その状態で白竜様と心話を行うといった試みでした。結果としては――」
意識が竜種としての銀竜という認識に変わり、そうして自身の記憶や経験を把握しながら白竜さんの心に触れていく銀竜の様子を、僕は自分とは違う存在が行っている振る舞いとして眺めている、といった不思議な体験をしたことを伝えていった。
僕が、銀竜ならこう考えるだろう、と考えて演じたのではなく、銀竜はこう考えた、と僕は認識したのだと。
それから、身体記憶と言いつつ、幻影の身体を動かす際に、幻影からのフィードバックがないので、その記憶はひどく曖昧で、白竜さんとも話したけれど、今後、銀竜がしっかりとした個としての意識を確立していくためには、五感のフィードバックの実現は必要だろう、なんて考察した話も伝えてみた。
僕は、竜としての身体記憶を持つのは銀竜という、僕とは違う存在と意識したことで、街エルフのアキとしての自己認識を安定させることができたけれど、これによって、僕の中で、僕とは違う銀竜という明確な区別が生まれたんじゃないか、とも考察してみた。そして、銀竜の側でも、竜種としての身体記憶を持つのが自分であって、脆弱な街エルフの身体のアキは別存在なのだ、と認識していた、とも伝えた。
あとは、仮想的な身体はかなり召喚体寄りで、普通の身体のような限界がろくに備えられておらず、ブレーキのない暴走機関車のように、白竜さんとの心話を際限なく続けていこうとするような、相手への配慮に欠けた振る舞いをしだしたから、心話を強制的に打ち切ったことも。その僕の割り込みに対して、銀竜が不満を持ち、拗ねていたことも伝えて、一見すると大人びて見えるけれど、その心は幼子のようだ、と評価もしてみた。
……って感じで、一通り話してみたんだけど、なんか研究組の皆さんの表情は酷く渋いし真剣さを感じる。いつもが不真面目というわけではないのだけど、遊ぶ感じの緩さが失せてる雰囲気だ。白竜さんはといえば、なんか突き刺さる皆からの視線に耐えかねて、少し視線を逸らして逃げてるし。
そうした中、師匠が重たい口を開いた。
「ケイティ、私はこいつは森エルフの精霊に近い話とみたがどうだろうね? イズレンディア殿を早急に呼び寄せるべき案件だ。実際に精霊とともに有る精霊使いの意見がなんとしても必要だろう。それにトウセイ、聞いた感じ、お前さんの大鬼とは似て非なる存在となってるようにも感じた。どうだい?」
師匠の問いに、まずケイティさんが答えた。
「私は精霊使いについて外からの印象や話をお伝えすることはできても、精霊使いとしての意見や、精霊と共にあることの意味や、気をつけるべき点などについては共感を持てないため、適切にお話はできません。私もイズレンディア殿を呼ぶべきと思います」
ケイティさんの意見に誰も異を唱えなかったので、杖を使って空中にサラサラと文字を描いて、さっそくイズレンディアさんに連絡を入れて第二演習場にくるよう伝えたようだ。
どうも、ケイティさんからの要請はかなり優先度が高いようで、返事っぽい文字が浮かんでいたけど、了解した旨を伝える短文だけだった。後は来てから聞くということなんだろう。
そして、次にトウセイさんが答えた。
「ソフィアの言う通り、私の大鬼とは在り方が違うのは間違いない。私自身はこの鬼としての身体も、大鬼としての身体もどちらも私だと認識していて、大鬼としての自分、という別の枠組みを必要とすることはなかった。実際のところはだいぶ初期の頃には苦労したが、幸い、大鬼には実体がある。大鬼としての五感を感じながら、これが大鬼なのだ、と理解して、鬼との違いを理解し、大鬼の時の振る舞いを少しずつ学んで身につけていくことができた。身体記憶は大鬼の身体が持っているのだろう。だから意識を鬼から大鬼に切り替えたなら、大鬼としての身体記憶は鬼のそれとは別に存在していて安定していた。ここが大きな差だ」
なにせ、世界広しといえども、今のところ、別種族に変身できるのはトウセイさんしかいないからね。唯一の実践者が語る意見というのは大変貴重だ。
なるほど。
「トウセイさんの場合、鬼の身体には鬼の身体記憶、大鬼の身体には大鬼の身体記憶といったように物理層が完全に分かれていて、意識層はその間を移動してその時点の身体と繋がって自己として活動されてるようですね。それに対して、僕のほうは、街エルフの身体には街エルフの身体記憶があるけれど、竜種としての身体記憶が対応する竜としての身体がない。そこで、僕が幻影術式で銀竜の身体を創り上げてソレと紐付けたことで、仮想環境上に竜種としての身体とそれに対応する身体記憶というセットが成立することになったってとこでしょうか」
なんて感じに説明してみたけど、物理的に異なるマシン二台だけど、違いを吸収するインターフェイス層の上、OSレベルで見ると、その上で動くソフトウェアの動作に違いはない、みたいな地球でのコンピュータ的な例えには誰もピンとくる人がいなかったので、ホワイトボードに図を描いて、トウセイさんのソレと、僕のソレの違いについて、僕の理解を伝えていくことになった。
つまり、銀竜とは、僕というOSの上で動く仮想環境アプリ、その中で独立ハードとしての幻影身体と竜種記憶、そして、それと強く紐づく銀竜としての意識、経験というソフトウェアが動いている、って事だね。
特殊なのは、僕の環境にあるデータ層、つまり僕の記憶も、仮想環境上の銀竜の記憶も、それぞれが閲覧可能であるということ。ただし、閲覧は可能だけど、自分と相手は完全に別だとどちらも認識してる。だから、知識として知ってはいるけど、実感はない、共感は持てないという本の上に書かれた知識みたいな扱いっぽい。
そして、この仮想環境上で動く銀竜は、外界と幻影術式という形で繋がって、実体を為す点が非常に特異だ。多分、これが、森エルフの精霊さんの場合、他人からは認識できないとのことだから、物理的な実体を外界には持たないのだろうね。精霊としての仮想身体を構築しているのか、それありきで精霊として独立稼働しているのか、なんてところは興味があるけど、言い方に気をつけないと精霊使いとしての彼らのプライドを傷つけて怒らせちゃうかも、なんて推測も語ってみた。
って、あれ?
なんか、皆さん、静かになってるんだけど。
あ、ふわりと賢者さんが前に出てきた。
「以前、アキを妖精界にぜひ招待したい、妖精界を楽しんでもらうためにも、その際には妖精としての異種族召喚を行いたいと話したが、試さなくて正解だったように思う。その仮想環境とやらが生じることとなっていたとして、心には限りがあることを考えると、むやみにそうした別環境を生じさせるのはかなり問題だ」
妖精族は心の隙間を利用して、そこに術式を入れて理解してないソレを使うなんてこともできているくらいだから、心に関する理解は、他の種族より一歩進んでいると言える。その彼らをして、心は有限であって、その中に仮想環境を増やすのは負担が大きいと言ってるのだから、既に銀竜という環境を用意した僕は、これ以上、仮想環境を増やさない方が良いのだろう。あと、イズレンディアさんに聞いてみないとわからないけど、森エルフの精霊使いが精霊と共にあって安定して暮らしているのを考えれば、仮想環境を一つ持つ程度なら多分、許容範囲なんじゃないかな。
なんて感じに、多分、仮想環境で別人格一つを動かすくらいならセーフ、って意見を話してみたんだけど、師匠が僕を指さしたと思ったら、額に圧縮した魔力弾を撃ち込まれて痛い思いをすることになった。
「痛っ、酷いです、師匠」
「馬鹿弟子が勝手に危ないことをした挙げ句、危機意識が薄い事を口にしたなら、文句の一つも言いたいってもんさ」
文句代わりに指で突く代わりに、魔力弾を撃ち込んでくるというのは、なかなか酷いツッコミだと思う。
ケイティさんが渡してくれた手鏡をみて、額に跡が残ってないことを確認してとりあえず安心した。
ふぅ。
というか、魔力撃と違って、魔力の塊を銃弾のように指先から放つって、別の技だよね。師匠がギロリと睨んで、今はソレについて聞くタイミングじゃないと釘を刺してきたから、聞くのは別の機会にしよう。
◇
そんな話をしているうちにイズレンディアさんが到着した。いつも通り、落ち着いた雰囲気ではあったけど、今回、参加してもらった趣旨を説明してみていたら、だんだん、小難しい表情に変わってきた。
ん?
「何か気になる事でも?」
僕の問いに、言うべきか悩んでいたようだけど、重い口を開いてくれた。
「精霊なんていないとよく言われるモノでね」
はて?
『ここにいる妖精さん達は、それこそこの世界には居なくて、妖精界からいらしてますし、どこに居るのかは些細な話でしょう?』
そもそも僕も地球から来ていて、こちらには居なかったのだから。精霊使いと共に精霊は居る、それだけの話でしょ、と実体の有無を気にするような輩はここにはいないって思いを言葉に乗せて伝えてみた。
イズレンディアさんの視線が研究組の面々を見るが、誰一人として、居る、居ないで言えば、居ると断言できる話であり、違いはどこに居るのか、ただソレだけだと皆がそう考えているのは明白だった。
「そんな事より、今は、精霊と共に在る森エルフの精霊使いに意見を伺いたいんだよ。アキと銀竜は、お前様方と在り方は似ていると思うんだが、それについて専門家の意見を聞かせて欲しいのさ」
師匠が砕けた口調で、うちには専門家がいなくてね、などと戯けて見せてるけど、目が本気だ。そして、他のメンバーも同様で、イズレンディアさんを精霊使いであり、自分達が持たない、知らない技を駆使する専門家である、と認めていた。
白竜さんですら、そうした姿勢を持って、自分達の知らない技を持つ先人として尊重する意識を向けている。他種族など軍勢規模で集めてやっと少しは気を付けるか、という個としての強さが決定的に違いながらも、優れた者の技には敬意を払う。それがロングヒルに来る竜達の誰もが示す優れた姿勢だ。
そんな研究組の凄く割り切った意識の持ち方にイズレンディアさんは、少し憧憬にも似た眼差しを向けると、重い口を開いた。
「では、私も一人の精霊使いとして、アキと銀竜に対して真摯な姿勢で取り組むことを皆に誓おう。その上で今の問いに答えると、精霊と銀竜は似た部分が多い。その上で似た部分について指導するとすれば、アキは幻影の竜、その使い手として、云わば、幻竜使いとならねばならないと言えるだろう」
「猛獣使いといったお仕事と同様、銀竜との間に明確な主従関係を築いて、その振舞いを律しなくてはならない……みたいな話ですか?」
魔法使いが魔法の使い手として、その技術を自在に駆使するように。剣士が剣を自在に振るうように。
あと、銀竜使いと言わなかったのは、結構、気を使ってくれているんだろうね。
「そうだ。その関係が崩れて精霊が主となって関係が逆転した者は、精霊憑きと言う病に至る。そうなったら、アキは竜神の巫女として皆の要としての役職を遂行するどころではなくなってしまう。だが力で屈服させるような真似はできない。精霊と精霊使いは運命を共にする仲間なのだから。精霊に向けた意識の刃はきっと本人にも突き刺さる。だから、精霊の心は慎重に育まなければならないのだ。他の者との交流ですら、幼い精霊にはその在り方を歪める害悪と成り得てしまう。だから、自身の精霊の存在に気付いた者は長い時間を森の中、一人で過ごすようになるんだ」
なんと!
というか、ケイティさんもそうだったんですか、などと感心してる。
「ケイティさん、森エルフの伝統文化なのに、この辺りの話は聞いたことがないんですか?」
「私は自身の精霊を見出すことがなかったので、精霊使い同士の取り決めや教導といった事に触れる機会がなかったのです。事前にあれこれ知識を持つことは逆に精霊との触れ合いの邪魔になるのだ、とのことでした」
あー、なるほど。
魔術の修得や訓練でも同じことを言ってるから、似た話なのだろうね。考えるな、感じろ、って奴だ。
「それで、僕がその幻竜使いになるとして、先ず何をしていけばよいと思われますか?」
僕の問いに、イズレンディアさんはあまり勧められた話ではないのだが、と前置きした上で、一つの案を口にした。
「白竜様の提案された、幻竜に五感を持たせるよう手を加えて、銀竜としての存在を高めて確固たる自己認識を確立すること。それを行うべきだろう。精霊の姿を異なるモノとして定着させるのと同じだ。精霊と主は別である、それを速やかに確立しないと両者が混ざり、主従が逆転した精霊憑きに堕ちる可能性が出てしまう。それは避けないといけない」
その提案に、師匠は凄く不満そうな顔をしながらも理解を示した。
「その点では、もうアキと銀竜は互いを異なる存在と認識し合ってるから、既にその方向に進んでいるってことなのだろうね。そして、銀竜が己と言う存在を明確に確立するということは、自分と他を分けることでもある。これはアキと銀竜が混ざる恐れを防ぐ術でもある、か。いやはや、参ったねぇ」
師匠は何とも悲しそうで、割り切れない思いをはっきりと表情に浮かべた。その苦悩が理解できたからこそ、場が水を打ったように静まり返ることにもなった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
そんなわけで、一躍、脚光を浴びることになった森エルフのロングヒルでの活動代表であり精霊使いであるイズレンディアでしたが、研究組の「必要なこと以外どうでもいい」という態度に毒気を抜かれたようで、精神的な葛藤については横において、アキと銀竜に向き合うことを決めてくれました。
そして、アキの銀竜ですが、この流れなら白竜が推奨したように、今の幻影術式をアレンジして、明確な五感を備えて銀竜自身にフィードバックを与えて、銀竜としての在り方を明確に確立させていくことになりそうです。やったね、仲間が増えたよ、ってな具合ですが。さてさて、喜ぶべき変化でしょうかね?
次回の更新は2025年1月27日(月)の21:10です。