24-17.銀竜の在り方(前編)
<前回のあらすじ>
白竜さんから、僕の出している銀竜について、その在り方をあれこれ聞くことができました。その在り方はトウセイさんの大鬼に近いって。幻影のつもりだったんですけどね。不思議、不思議。(アキ視点)
心を触れ合わせてみて感じたのは、自身の心の空っぽさ。あぁ、本当に銀竜には何もないのだ、と自身の心を意識するとよくわかる。存在している時間を全部集めても一時間にも満たないのがだから当然だ。銀竜だけの経験、記憶が殆どない。
そうして、白竜、姉様の心に触れてみると、その強さもよくわかる。幸い、銀竜には何もない分、触れて壊れるだけの心すら乏しいこともあって、姉様の心にするりと入っていく、というか浸透していくことができた。
不思議な感覚。
誠の時も、アキの時にもなかった不思議な心の触れ合い方。そして、竜の心に触れて思うのは、これが仲間、同胞だ、という強い確信。そうあれ、と望まれた事で生じた「マコトくん」や依代の君に近いのかもしれない。
なんてことは空っぽの銀竜だけどさらさらとイメージできる。
何故なら、銀竜はアキの記憶も触れて識ることができるのだから。ただ、触れても自身の記憶とは思えない。違いはソレだけ。
そうして姉様の心に浸透していくと、浮かび上がってきたのは姉様が幼竜だった頃の記憶の数々。若竜達に見守れて、他の幼竜達と共に遊んで食べて眠っていた、そんな幼少期。
あぁ、なるほど。
幼い頃には重力偏向が大人ほど上手く使えないから飛び方が凄く下手で、ふらふら飛んで方向も速度も安定しない。翼をきっちり広げて風を掴むのも何とも大変で、墜落しそうになるたびに若竜達が物体移動でひょいと助けてくれる、そんなゆったりとした時間。
幼竜の口には果物はとても大きく、一口、一口食いちぎるように食べていくのがなかなかワイルド。食事の記憶はとても多彩で、竜種は幼少期には雑食なのだということがよくわかった。
あぁ、虫でも蛇でも鳥でもバリバリ食べるんだ。なんてワイルド。食べる草や木々の葉は、食べる時期や部位など拘りもある。竜種らしく、一番おいしい時に、一番おいしい部分を必要な分だけつまみ食い。そして齧ったらそれ以上は食べないで次のところにふわりと飛んでいく。
ん。
同じところで食べ尽くさないように配慮しているんだね。
あぁ、幼竜の頃から、対象を意識しただけで魔術を瞬間発動させて熱線術式を撃てるんだ。あぁ、でも姉様、ちょっと頑張り過ぎて対象を消し炭にしてしまったのか。もっと若竜達のように格好良く急所を撃ち抜くつもりだったのに、全然集束されず全体をこんがり熱線が飲み込んじゃった。
でも、他の幼竜も撃つことはできても、細く絞って撃つのはどの子も下手で、こんがり焼いてしまうのは幼竜なら誰でも経験することのようだ。
そして、焼き過ぎた消し炭でも、ちゃんと捨てずに食べるよう言われて、じゃりじゃりした獲物の慣れの果ても食べた、と。あぁ、酷い味。
そうして、銀竜が記憶に触れることで姉様が昔を思い出し、そして、銀竜が興味を持ったことを示すと、それに関連する記憶が思い起こされて色々と端折ったり、都合よく手直しされていたり、誇張されていたりする出来事の追体験をすることになった。
あぁ、なんて心地よい。
何もなかった空き地に雪が降り積もるように。幼少期の記憶から徐々に年を重ねていき、それを追体験して、銀竜だけの記憶にしていく。
そう。
これは銀竜の体験、銀竜の記憶だ。きっとアキがこれに触れても自分のこととは思えない。だからいい。同じ身体を持つ銀竜だからこそ、自身のこととのように姉様の体験に触れて共感することができる。アキのひ弱な体では竜種のソレは理解できても共感はできない。
そう。だからこれは銀竜だけの心。
同じ記憶に触れても、銀竜という視点から捉えることで、それは姉様のそれとは違う思い出になる。姉様は他の雌竜達より生まれたのが遅かったから、体格が少し小さい。それを気にしている。けれど、銀竜にはソレがさほどの差を持つように感じられない。
それと。
姉様視点の雲取様は、それはもう格好良く、雄竜として他の連中とは全然違う、というのがよーく伝わってきた。あぁ、何か食べた事なんてないのに胸焼けして酷い。甘過ぎて歯が痛くなるようなケーキを食べたような素敵で甘くて切なくて嬉しい記憶。
アキの記憶にある雲取様と比較すると、あぁ、雌竜視点だとこういうとこに魅力を感じる、と。太く響く重低音、その声もまた素敵なのね。ロングヒルにやってきた竜達は、思念波を使うことが殆どだから、アキの記憶にはない竜達の素の声。それを竜が聞くと感じ方もまた違う。面白い。
あぁ。
本当にとても素敵。もっと、もっと、触れていかないと。
◇
っと。
あぁ、ストップ、ストップ。
まったく銀竜は全然加減ってものを知らない、終わり、終わり。白竜さんがひたすら心話の最高速で、興味の赴くままに記憶を思い起こし、互いに触れ合い、反応がまた新たな記憶を呼んで、という連鎖に次ぐ連鎖に付き合い続けて、だいぶ心がお疲れだ。
あぁ、もう。
触れあってるのに、そういう疲労感は……あぁ、無いのか。竜種に近いといいつつ、召喚体のようにその活動に限界がない。常に回復して気力、体力がフル充填、「マコトくん」や依代の君に近い在り方かな。それに感覚も酷く朧気で、自身のしっかりとした体験とするには、身体からのフィードバックが無いのがキツイ。
銀竜には五感が必要だ。それに敢えて魔力を絞って疲れる、という体験もできるようにしないと。
<白竜様、心話はここまでとしましょう。これ以上は休みたくなるレベルでしょう?>
<……そうね、ここまでにしておきましょう。アキ、銀竜は?>
ん。
<途中で打ち切られたことになんか不満を持ってる感じですね。なんでしょう、これ、不思議ですね。銀竜ならそう考えるだろう、と僕が思うんじゃなく、銀竜はそう思ってる、と僕はそう感じた。これってかなり違いますよね>
<そうね。私には今触れているアキと先ほどまでの銀竜は似ているけれど別と思えた。きっとそういう在り方>
白竜さんの受けた印象からすると、他人というほど強い心と思えなかったけれど、抵抗感なく内に入られ、更に記憶に触れているうちに、透明感があるまま存在感を増していった、そう感じられた、と。
取り敢えず合意も得られたので心話はここまでとしよう。
◇
内に向いていた心が外に戻ると、街エルフとしての身体に意識が通って、僕としての自覚がだいぶはっきりしてきた。
『やっぱり、身体があってこその心ですね。こうして五感が戻ってくるとほんとそう思います』
<なら、次は銀竜を喚ぶ際には、自身の身体への感覚を与えてあげて>
ふむ。
『創造術式とは違う、幻影術式としてソレを為せ、と』
<明確に思い描くことでそれは叶う。古典術式の良いところ。それにアキは細部まで思い描く必要はない。アキは銀竜自身がそれを為す、その在り方を思い描けばいい>
ほぉ。
『竜としての身体記憶を持つ銀竜にそこは丸投げすればいいってことですか。それは面白い発想ですね』
<そう? アキは銀竜を喚ぶ時に、幻影としての銀竜の全体を思い描いているのではなく、銀竜という存在がそこにやってくることを思い描いているのでしょう?>
おや。
んー、言われてみれば、しっかりきっちり白岩様の出してくれた銀竜イメージを自分で再現しつつ、動かして、その動きまで細かく思い描いていたのは最初だけだった。今はもうフルセットで揃ってる銀竜を纏めてポンっと喚ぶイメージだものね。
『言われてみれば確かに。ならそこを少しアレンジすれば、機能も更新できそう』
<そう、その意気>
なんて感じに白竜さんと楽しく話をしていたところに、ずかずかと音を立てて研究組のメンバーが集まってきた。
あぁ、なぜか師匠が不機嫌そう。
「まったく、何がその意気なもんかね。アキにおかしなことを吹き込まないでください。きっとアキは結果を出せてしまう。けれど、それが何を意味しているのか理解できてない。危ういことなのですから。白竜様が自重していただけないと心話でアキを止める者がいません。ご自覚ください」
口調こそ丁寧だけど、止め役が煽ってどーする、とかなりご立腹だ。白竜さんも少しバツが悪そう。
<次からは相談する>
「そうしてください。できれば最初から」
師匠はあぁ、なんだろうねぇ、などと愚痴りながら、スタッフさんの用意した椅子にどかっと座ってジロリと睨んできた。
「で、アキ。なんでもおかしな心話をやったようだね。何が起きたか説明してごらん」
などと怒ってないアピールな声をかけてきたけど、残念、明らかにその声色は異端審問官のソレだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、というわけで、物凄く駆け足ですけど、銀竜は白竜の幼少期から若竜となるまでの膨大な量のエピソード記憶に触れて、それに関連する感情、感覚なんてとこまで疑似的な追体験をしたような有様になりました。この銀竜だけの記憶が増えて育つことは何を意味するのか。次回、研究組があれこれ検証していきます。その中で古典術式と現代術式の大きな差についても説明が入ることになるでしょう。その中で、なぜ古典術式が廃れていったのかも紹介されていきます。いろんな意味でアキは例外なのです。
次回の更新は2025年1月22日(水)の21:10です。