24-15.白竜お姉様(中編)
<前回のあらすじ>
鋼竜さんから竜としての好み、意識についてあれこれ学ぶことができました。竜は身一つということもあって、やはり相手の身体や立ち振る舞いへの観察が半端ないですね。ちと僕の見方は雑だったと反省することになりました。(アキ視点)
居間に入ると、母さんとリア姉が待っていてくれた。
「おはよう。えっと、リア姉、その、大変だったね?」
僕の問いにリア姉も、何と答えようか迷いを見せながらも感想を語ってくれた。
「白竜様も怒っていたり、機嫌を悪くしたような感じではなかったから、そこまでピリピリした話ではないとは思うんだ。ただ、アキの新技の披露を眺めるような軽い意識でもなかった。私にはそのくらいまでしか把握できなかったけど、アキなら第二演習場で白竜様の前に立つだけである程度までは把握できるだろうね」
あー、うん。
「竜族の魔力は第二演習場全体に軽く広がるくらい遠くからでもわかるからね。話が届くくらいの距離まで行けばかなりのとこまでは感知できるとは思う。技術的な話だけなら、研究組の面々と一緒に観察するだけでいいのだから、別の意図があるんだろうけど」
そう。
単に僕の新しい魔術のお披露目でござい、というのなら、研究組の皆と一緒に、術式の発動と結果を眺めて、わいわい論じればいい。そこを敢えて白竜さんだけで、というのがちと気になるところ。
「父さんとヤスケ様は既に第二演習場に到着しているわ。一応、白竜様と軽い挨拶はしたそうだけれど、白竜様はそれ以上の話はせず丸くなって待っているとのことよ」
ん。
「白竜さんは竜らしく、自分の興味のあるとこ以外はばっさり捨てるとこがありますからね。雲取様なら待ってる間、雑談に興じるとかもありそうですけど、案外、父さんやヤスケさんの負担を考えて、交流を控えてくれたのかもしれません」
好意的に捉えた場合の解釈だけどね。実体としては、今日訪問したのは僕の銀竜を視るためだけで来ているので第二演習場にいるけど気にしないで、と気遣いを見せてくれた、ってとこだろう。他の竜達の訪問スケジュールを邪魔するつもりはなく、隅っこで地味に確認作業を急ぎでやりたい「だけ」だからって。
これがそこらの村人とかなら、軒先で休んでますがどうかお構いなく、とか言うノリなんだろうけど、うん、相手が竜だからね。
いきなり街中に武装ヘリが舞い降りてきて、あぁ、ちょっと休んでるだけなんでお気になさらず、とかフレンドリーな笑顔で言われたとしても、その通り、そうですか、今日も良いお日柄ですなぁ、などと笑顔でスルーできる自治体はいないだろう。
ふわりとお爺ちゃんが前に出てきた。
「荒事ではないようじゃから、念の為、女王陛下と賢者には緊急召喚がある可能性を伝えて、もしもの場合には対応して貰う手筈は整えておいた。杞憂じゃろうがな」
おー。
「それはありがたいね。話が拗れることはないと思うけど、控えてくれているだけでもとても心強いもの」
「じゃろう? 女王陛下と賢者が揃えば妖精百人力じゃよ」
お爺ちゃんもとても満足そうに頷いてくれたけど、そっかー、二人揃うと下手したら竜種並みか。こちらに召喚されると、僕とリア姉からの魔力供給があるおかげで、事実上、魔力残量を気にせず撃ちまくれるからね。回数制限なしで爆裂魔術連射とか、投槍を機銃掃射のように乱射しまくるとか、できちゃうもんね。都市だって二人で平らげてみせようとか言いそう。
「ま、白竜さんが単独で動かれている時点で、竜の部族は何ら関わってこない話だろうから、ある意味、個人的な要件だとは思う。後は会ってみてから考えるよ。リア姉も同行してくれる? 場合によっては話がちゃんと伝わらなかったなんてこともあるだろうから、その時はリア姉がいてくれた方が都合がいいと思うんだ」
「勿論。私が行くと話が拗れるような案件でもないからスタッフ席で控えておくよ」
「ありがとう。母さんは?」
「あまり足しにはならないでしょうけど、私も同行するわ。竜の振舞いに対しては多くの視点から捉えて評価した方が良いでしょうから」
「うん、宜しく。ヤスケ様はあまり気負わないように優しくしてあげてね?」
「え? えぇ、そうね」
母さんは驚いた顔をしたものの、一応、引き受けてくれた。うーん、どうもあの底の見えないどす黒い目と皮肉っぽい口調もあって誤解されているなぁ。ヤスケさん、結構、気を使う方だし、竜種相手の対応はストレスも感じているっぽいから、一見大丈夫そうに見えてもフォローはあった方が良いと思うんだ。
◇
第二演習場に到着したけれど、ふむ、白竜さんの魔力はとても安定していて静かだね。
「荒れた感じがないのは幸いでしたね。ケイティさん、銀竜を出す上で、何か師匠から制約とか言われてたりします?」
「はい。距離を離す際には少しずつ慎重に。それからアレンジを加えるのは厳禁。必ず自分に連絡を入れるように、とのことです」
ふむ。
「幻影術式って、僕の場合、特に距離を離すのは無茶だと思うんですけど」
この疑問には、ケイティさんはそうでもない、と新たな視点を示してくれた。
「アキ様の幻影、銀竜の場合、ある場所に展開した幻影と違いますし、翁が展開する身に纏う幻影の鳥とも違い、個として存在する、独立した幻影と化しています。ですので、召喚術式と同様、その維持には初期展開した魔力を用いたり、術式が外部魔力を取り入れて自己保存するのではなく、術者との経路を経由して魔力が届いているようにも思えますので、案外、距離を離しても存在が維持されるかもしれません。いずれにせよ試すのであれば、少しずつお願いします。その際にはスタッフ達には魔導具による計測を行わせます」
ほぉ。
「リア姉、完全無色透明の僕達の魔力は、外から観測しようがなかったんじゃ?」
「流石に一年も時間があれば解決策の一つや二つは思いつくモノなんだよ。特にアキが出す銀竜のような大物ともなれば、外部魔力の揺らぎ、かき乱しが検出可能なレベルで起こるのは不可避だからね。ただ、かき乱す結果を間接的に観測することになるから、かなり繊細な仕組みでね。今できるのは、せいぜい、空中静止飛行しているところまでかな。そちらについては技術組が揃った際にでも計測しよう。今日は多分、スタッフ達が割り込むのは無理だろうし」
ん。
「研究組を廃して白竜さんが自分だけで、と言ってる時点で、スタッフさんはちとお呼びじゃないでしょうね。巻き込まないようにしますよ」
「そうして」
竜に不機嫌そうに睨まれるだけでも一般人には、かなりしんどいんだから、と言われた。そこは要注意だ。
◇
第二演習場内に入り、僕が近付いていくと、白竜さんがゆるりと身を起こした。おや、手を出さないよ、という丸くなった姿勢じゃないとは。
『おはようございます、白竜様。えっと、その姿勢はどういった意図からですか?』
身を起こして、日差しを浴びて輝く白竜さんの鱗もまた美しいなぁ、とか感想も混ぜつつ聞くと、白竜さんは毒気を抜かれたように、表情を和らげて応えてくれた。
<アキが出す銀竜は竜種にとても近いと聞いた。なら、相手に対して丸まった姿勢で意識を向けるのは不作法に当たる。だから身を起こしただけ」
なるほど。
確かに、人同士でもせっかく訪ねて来たのに、相手が横に転がったまま受け答えをしたらいい気はしないだろう。というか、魔力に触れた感じでは、なるほどね。自分の知らない新顔の竜という稀有な存在が出現した、と看做せなくもないから、ならいち早く挨拶を交わしておこう、とかその程度のノリか。
ふぅ。
なんだろうねぇ、この温度差。リア姉の受け止め方は間違ってないけどミスリードしてるとこがあるなぁ。先入観の差かな。
ケイティさんから長杖を受け取って、と。白竜さんが無言の思念波で早く出せとせっついてきたから、慌てず騒がず銀竜を召喚する演出と共に出現させて、と。
銀竜はゆるりと出現すると、鋼竜さんとの会話で得た注目ポイントにさらりと視線を向けてから口を開いた。
『招きに応じて参上したものの、何をすれば良い?』
竜同士の作法なんて知らないから、こてんと首を傾げて問い掛けたけど、白竜さんは目を少し見開いてから、銀竜と僕に視線を迷わせていたものの、方針を決めたようだ。
<貴女の在り方を知りたい。竜眼を使っても良くて?>
おっと。
『お好きなように』
銀竜はソレをされてもなんら気にしないといった態度を示し、僕は言葉に全幅の信頼を乗せて答えたんだけど、白竜さんはと言えば、かなり勝手の違う感じなのか、戸惑いすら見せながら、控えめに竜眼を使い、銀竜を、そして僕の様子もまじまじと仔細に観察していく。
そのまま、ちょっとぐるっと回って後ろ姿なども見せて欲しいと言われ、それならば、とふわりと空中静止飛行してゆるりと一周して見せてみた。そして、ゆっくりと舞い降りる姿を演じてみたんだけど。
おや。
白竜さんがやはり困惑したような表情を浮かべたまま、こう断言した。
<銀竜、貴女の指導は今後は私が行うわ。それでいいかしら?>
なんと。
『竜社会の振舞いには疎いので、その申し出はありがたい。何とお呼びすれば?』
<姉様と呼ぶことを許してあげるわ>
なんだろ、こう、嬉しさを隠しきれない中、精一杯、見栄えのする振舞いをしながら、尊大な言葉を告げる白竜さん、めっちゃカワイイんだけど!
『では、今後は姉様と。委細はアキと話されるように』
あ、あれ? そう語るのが妥当とは思ったから自然とそんな言葉が口から出て、銀竜は白竜さんに礼を告げると、演出を出して消えてしまった。
いや、うん。
そうするのが自然と思って、なんか殆ど僕として考えることなく、幻影術式の展開を終えてしまった。
あれれ?
僕の振舞いに、白竜さんはなんか溜息をつきながらも、ゆるゆるといつものように尻尾の上に頭を乗せた丸い姿勢になると、無言の思念波で話をするから、まぁ、座れ、と指示してきた。
スタッフさんにお願いしてテーブルセットを用意して貰い、席に座ると白竜さんが語り出す。
<アキ、貴女の銀竜は多分、トウセイの出す大鬼に近い特性を持っているわ。アレは貴女だけど貴女じゃない。竜眼でも召喚体のような構造が見えず、普通の竜となんら区別がつかなかった。銀竜はそういう存在ね。だから、今後は私を姉と慕い、竜種としての常識を学ぶように>
『え、えぇ?』
まさか、そんなのに成っているとは予想外だった。それに僕が演じている「だけ」と思っていたのに、違うとまで断言されるとは。単なる幻影術式のつもりだったのに、銀竜がまるで独り歩きを始めたような錯覚さえ覚えてしまった。うーん、なんか色々と騒ぐ人達が出てきそうだ。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい。アキの幻影術式ですけど、アキの竜としての身体記憶と連動させて独自に振る舞わせるとかしてる時点で、いろいろと普通の幻影術式から逸脱してましたけど、ソレが何を意味するのか、白竜がある程度見極めることができました。なお召喚術式ともまた違います。召喚術式はその体の構成に召喚対象からの情報入手、利用が必要ですけど、アキに竜としてのソレはありませんからね。でも白竜ですら見通せない体を形成している=単なる立体映像ではない、ことも確定しました。古典術式の良いところ、そしてかなり面倒臭いところが露呈してきましたね。さてさて、いくつの術式が混ざりあって混沌となってそして、それでも調和を取って成立していることやら。
次回の更新は2025年1月15日(水)の21:10です。