24-10.幻影術式の銀竜(後編)
<前回のあらすじ>
心話って、移動中の連絡には全く向かないことがわかりました。歩きスマホより更に酷い。竜族が今後、広域で群れで作戦行動を取るには伝話が必須でしょう。あと幻影の銀竜を出して目一杯力を入れて演技をしたら、なんか皆さんから不評ですぐ消すことになりました。えー。(アキ視点)
前パートのタイトル変更しました。V字編隊飛行を終えるとこに全然入ってないので。
旧:24-9.V字編隊の試験飛行を終えてみて(前編)
新:24-9.幻影術式の銀竜(前編)
幻影の銀竜だけど、やり過ぎだと皆から何故か非難轟々となってしまった。うーん。
「えっと、結構上手く演じられたと思うんですけど、皆さん、何をそんなに問題視されているんです?」
なんか、皆さん、本物の天空竜を前にしたかのように緊張してたところは気になったんだよね。そもそも今回ここにいるメンバーは、スタッフ席に控えていて目立たないですよ、というポーズを取ってる保護者枠のヤスケ御爺様やうちの家族も含めて、全員、幻影の銀竜は既に観た事がある筈なのに。
僕の疑問に、一番良い反応をしてくれた街エルフの参謀マサトミさんが答えてくれた。
「確かにアキの属性が完全無色透明ということもあり、魔力を感じる事は無かった。だが、我々は同じように魔力を感知することができない小型召喚体の天空竜達と対面を何度も果たしている。そして、アキの幻影の銀竜はその小型召喚体の竜達と比べても、余りに実在感があり過ぎた。小型召喚体の方が比較すれば少し本物より劣ると感じる程だった。そして我々は、小型召喚体がいくら魔力感知できずとも、その後ろに生ける災害である本体の天空竜が控えていることを識っている。……アキの銀竜はその背後に本物の銀竜がいる、その確信が揺るがぬほどの存在感があった」
あぁ、なるほど。
魔力が感じられないことが恐怖を感じずに済むかといえばそんな簡単な話ではなかった、ってことか。
「それだけリアリティ溢れる演技ができた、という点では嬉しい評価ですね。えっとでも、それならネタはバレてる訳で、どれだけリアリティがあろうと、銀竜の幻影の後ろには僕しかいない訳ですから、便利な隠し芸の一つくらいに思っておけばよいのでは?」
そう韜晦すると、ケイティさんがこれに異を唱えた。
「アキ様、事はそう単純な話ではありません。あまりに高度な幻影は現実すら浸食するのです。先ほど連絡を入れて、ソフィア様も後ほどいらっしゃいますので、その件を整理しておきましょう。三柱が戻られるまでには話し合いは十分終えられるのでご安心を」
あら。
「幻影はどれだけ作りが良くても単なる立体映像であって精々及ぼすとしても、それを観た人の意識、心に影響を与えるって話じゃないんです?」
僕の問いに、そうではないとケイティさんは全否定してきた。
「普通の幻影であればそうなのですが、ある域を超えると、そういった観る者の意識と言った範疇を超えていくのです。アキ様、先ほど幻影の銀竜を出現させた地点をよく御覧ください。上空に浮き上がった銀竜がその巨体で静かに着地した地面ですけど、銀竜の足跡が残っていますよね?」
ん? おや。
ケイティさんが杖を一振り、指し示す矢印マーカーを幻影で出してくれたので、そこに注目できたけど、あー、うん、なんかそれっぽい足跡が残ってる気はする。
「確かに足跡っぽいのが残ってますね。でもそれ、三柱の若雄竜の誰かの足跡ってことは?」
「いらっしゃった三柱に比べて明らかに一回り小さな足跡ですから、間違えようがありません。これは銀竜の足跡と断言します」
うわ。
確かに言われてみれば、そこに残る足跡は、若雄竜のどれに比べても小さめではある。というかさっきまで出してた銀竜のソレとぴったりそうだ、と僕も思う。
「えっと、幻影の銀竜が足跡を残せるほど実体化していた、って話ですか?」
僕の疑問にケイティさんは静かに頷いた。
「そもそもアキ様、銀竜の体表を覆う偽色に輝く鱗の体表ですが、呼吸や鼓動、身体を動かした際の筋肉の力み具合などで、陽光を受けて輝く様が変化していましたけれど、アキ様は太陽の位置を考慮して鱗の一枚一枚に至るまでの輝きなどイメージされてないでしょう?」
「それはしてないですね。そういう細かい部分は意識しなくても幻影が形作れるのって術式って便利だなー、とは思ってました。あー、もしかして、幻影といいつつ、立体映像というよりは召喚体に近い感じになってて、そうした物理現象はそこにあるから整合性の取れる形で鱗の輝きまで再現されていたとか?」
「はい。そう考えて良いでしょう。幻影術師の腕の優れた者を本国から招いても良いかもしれません。アキ様の幻影術式はスタッフ達が魔導具で表示している拡大幻影の図式などとは同列に扱ってはいけない。私はそう判断しました」
げ。
うーん、うーん、えっと、こういう時はお爺ちゃんに意見を聞いてみよう。
「お爺ちゃんの目から見て、僕が幻影で出していた銀竜と、小型召喚体の竜達だと、そんなに違いがあった?」
「うむ。アキの銀竜はやってきていた三柱と見比べてもなんら違和感を感じない域にあった。それに比べると小型召喚体の竜は、よくできている、と評する範囲じゃろう」
なんと。
「小型召喚体の竜も凄く生々しい感じがするけど、そこまで気にしたことが無かったよ。あと自分で演じてる関係で、銀竜の幻影についてじっくり評価するような意識も持てて無かったからね。というか、幻影を出している時って、あぁ、これが僕の竜体だ、って意識でいる感じだから」
自分自身だとすら思うのだから、ソレを作りものとか紛い物とかそういう意識すら浮かぶことなんてなかった。特に黒姫様や白岩様に指摘されて、生きている竜としての振舞いにまで配慮するようになってからは尚更だった。
◇
そんな話を皆としているうちに、師匠がズカズカと急ぎ足で第二演習場にやってきた。
「まったく老人をもう少し労わって欲しいものだねぇ。で、アキ。今度は幻影術式で何かやらかしたって?」
師匠は到着するなり、そんなことを言って、スタッフさんが置いた椅子にずかっと座ると、さぁ話せ、と言ってきた。
おっと。
お爺ちゃんがふわりと前に出て割り込んできた。
「その件じゃが、ちとうちの賢者を混ぜても良いかのぉ。高位階の魔術が及ぼす領域となると儂らの知見も役立つじゃろうて」
「あぁ、そいつはいい。とっとと喚んでおくれ」
師匠の了承も得られたので、少しの間、お爺ちゃんは同期率を下げて、妖精界の方で動いてたようだけど、それから同期率を戻すなり、召喚魔方陣を展開して、賢者さんを喚び出した。
「幻影術式で実体への影響を為したと聞いたぞ。物質界のような魔力の薄い地域でソレを為すとは興味深い」
僕の周りをふわふわと飛びながら、大喜びで賢者さんがどうやったのか見せろ、説明しろ、と騒いでる。
「賢者も少しは落ち着くんだよ。取り敢えずは現物を見てからだ。ほら、銀竜を出してみな」
師匠がさぁ、とまるで素振りでもしろと言わんばかりの雑さで、ほらやれ、と促してきたけど、ケイティさんもこの流れは予定通りだったようで、長杖を渡してくれた。
ふぅ。
意識を集中して幻影術式を発動、先ほどと同様、召喚術式の演出を伴って幻影の銀竜が出現した。
『出ろと言い、消えろといい、また出ろと言う。何とも忙しなき事よ』
言葉に力を乗せて感想を告げる。うん、僕の心情に沿っているから自然と言葉が紡げるね。それに力ある存在ということで、賢者さんにも視線がそれとなく向くし、竜眼を使ってジロリと眺める仕草も流れるように行えて負担も無い。
賢者さんはふわりと銀竜の前に出ると、下の地面を指して面白い提案をしてきた。
「銀竜よ、今は其方の在り方について見極めたい。ちとそこの地面を竜爪で抉ってみてくれんか?」
なんと。
少しその真意を読み取ろうとジッと視線を向けるけど、賢者さんはソレができると信じて疑ってないようだ。なるほど。
では、これまでに何度か見せて貰った黒姫様の技をイメージしながら、ちょっと前に屈んで手を一振り。
お。
イメージした通り、竜爪が薙ぎ払った通り地面がごっそり抉れて、残土もなくそれが消え失せた。
……って?
あれ? ほんとに抉れてるんですけど。銀竜の目がちょっと見開いて、自身が抉った地面をまじまじと眺めてて、なんか仕草がカワイイ。
ふわりと賢者さんが僕の前まで飛んで来た。
「アキ、在り方は理解できた。もう確認はできたから幻影は終わりとせよ」
ん。
『賢者よ、後の事はアキにしかと話すのじゃぞ』
銀竜ならきっとこう言うだろうという言葉が自然と口から出て、僕は送還の演出を出して銀竜を消した。
◇
さて。
幻影は消したんだけど、あー、なんだろうね、幻影の銀竜の筈なのに、ソレが放った竜爪が実際に地面を消してるってどういうことなんだろう? 竜族の竜爪を幻影が行使した、とかじゃないよねぇ。不思議だ。まるで魔法みたいとか、他人事みたいに思ってしまう。
師匠はといえば、今のやり取りをみて、これ以上無いってほど深い溜息をついて、椅子に深々と沈み込んだ。
「ケイティ、長杖はしまっておくれ。そいつは必要な時以外、出していちゃいけない」
師匠の言葉にケイティさんも頷いて長杖を空間鞄に仕舞い込んだ。
僕も師匠と同じテーブル席に戻ってきて座ったけど、師匠は少し考え事をしてて、目線で話しかけるなと釘を刺してきたからちょっと黙ってることにする。
思った事が実現できる、イメージこそが全て、それが古典術式の便利なところ。だから、僕がさっき使っていた幻影術式も、普段の他の術式も発動の仕方は何も変わらない。望んだ結果を思い描いて世界を己の意識で描き変えていく。それが全てだ。
とはいえ。
確かに銀竜に手を振らせて竜爪を発動、地面がごっそり抉れる様をイメージはしたけれど、その通りに地面の側が沿った結果に変わったというのは、ケイティさんの言うように幻影という言葉から受ける印象からは完全に逸脱してる。どちらかというと銀竜を創造したかのような結果だ。ただ、これまでの創造した品と違い幻影を維持するのを止めて消すことで、そのまま残り続けるなんてことはなかったから、創造術式が間違って発動してた、ということはないとは思う。
思うんだけど。
むむむ。
皆が固唾を飲んで見守っている中、賢者さんはそうして悩む師匠の様子をとても楽しそうに眺めている。
そして。
師匠が口を開いた。
「賢者、こいつはシャーリス様が妖精界において、半端な事は口にできない、なぜならそれ自体が術式となって発動して世界に影響を及ぼしてしまう、って奴にだいぶ入り込んではいやしないかね?」
師匠の問いに、賢者は満面の笑みを浮かべて、興味深い実験体でも眺めるような眼差しを僕に向けて来た。
「良い考察だ。恐らくはソレもあるだろう。それに幻影術式の行使自体も大変興味深い。アキの出現させる銀竜、それはかなり特異な例と言えるだろう。召喚術式的な要素や創造術式の要素も複雑に絡んでいると考えた方がいい。実に面白い」
賢者さんはうむ、うむ、と頷きながら更に師匠の傍に寄って囁いた。
「ソフィア、これは研究組が総出でかかるべき貴重な事例だ。召喚術式によって覆い隠されていた召喚者と召喚対象の実体と召喚体、それらを繋ぎ、奏でる魔術が起こす事象、そいつを我々は直接観察できる稀有なチャンスを掴んだと言える。どうかね?」
その囁きは師匠に覿面に効果を発揮した。様々な考えが師匠の脳内で点が線となって次々に繋がっていき、賢者さんと同じところまで辿り着いたようだ。
「あぁ、なんてことだい。確かにその通りだよ。耄碌したかねぇ。目の前にある金貨を見落としていたなんて」
などと言いながら、師匠がケイティさんに他の研究組の面々を呼ぼうとしたところで、ケイティさんからストップがかかった。
「お二人ともそこまでです。本日はこの後、V字編隊飛行を終えて戻られてくる若雄竜三柱をお迎えせねばなりません。スケジュールの調整は明日以降で調整といたしましょう」
僕の幻影術式で発動させる銀竜だから、慌てず準備を整えた方が宜しいのでは? などと促されて、師匠も賢者さんもヒートアップしていた頭がだいぶ冷静さを取り戻したようだ。
ふぅ。
結局、ケイティさんの言う通り、僕の幻影術式による銀竜を出す件については研究組預かりとなり、僕は銀竜を出す際に実体のある竜と看做して慎重な上にも慎重に第二演習場でだけ、必要な時だけ出すように、と師匠から厳命されることになった。
そして、参謀本部の皆さんやスタッフ席にいるヤスケさんや家族の皆はすっかり置いてけぼりって感じだけど、二人に後でしっかり話を聞かせろ、と予定を組ませていたから、その辺りは上手くやってくれるんだろう。軽く幻影の銀竜を見せますよ、という程度の話だった筈なのに、なんでこんなことになるのやら。
いいね、ブックマーク、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
本作においてこれまでに出ている幻影術式って、よく言われる幻術のような対象の心に働きかけるものではなく、そこに実際に幻影が存在しているという点が特徴なんですよね。投影とも違うから立体も描けるという便利仕様。ただ、それゆえに一定以上のレベルを超えた幻影術式は「現実を浸食する」というおっかない話も露呈しました。これまでにアキが幻影の銀竜に竜の吐息とか吹かせないで良かったですね。アキは心話で福慈様がぶっ放す閃光の竜の吐息とかもイメージできちゃいますから。幻影の竜爪が地面を消し去ったように、超遠距離に至るまで現実を浸食するかどうかは試してみないとわかりませんが、まぁ、そんなの試すなと総ツッコミが入るでしょう。
次回の更新は2024年12月29日(日)の21:10です。