4-2.水平線の彼方に見えた隣国(後編)
前話のあらすじ:こちらで一カ月ちょい過ごした館を後にして、隣国ロングヒルで魔術を学ぶために、馬車で移動を始めました。といっても移動中やることもないので、これまでの状況整理がてら、雑談をしてました。ケイティは、草木に関して深い知識と思いがあることが発覚しました。
「左手に見える展望台で休憩します」
御者のウォルコットさんが声をかけてきた。そちらに目を向けてみると、木製の手摺りで囲われた少し開けた場所が見えてきた。馬車を何台か停められるくらいの広さがあって、ちゃんと下草も手入れされていて快適そうだ。
「――っともうそんな時間でしたか。すみません、私ばかり話をしてしまって」
お姉さんなケイティさんが照れる姿はなかなか眼福だ。何時間見てても飽きないと思う。
「いえいえ、ケイティさんの動植物への熱い思いを知ることができて、とても良かったです」
「うむ。儂らも草木には一家言あると自負しておるが、ケイティ殿の博識振りには驚いたぞ」
お爺ちゃんもこちらの世界の、それもディープな分野について話を聞けたようで大満足っぽい。
「ケイティさんは、ハーフということでしたが、森エルフと何か関係があるんですか?」
「父が森エルフなので、草木や動物については自然と学んでいました」
「そうでしたか」
人に歴史あり、僕はまだまだ知らないことだらけだ。で、森エルフというと――
「それじゃ、ケイティさんも弓を射れば百発百中とか?」
「いえ、私はそれほど熱心ではなかったので、三回に一回は外してしまう程度ですよ。森エルフのように、走る動物を速射で狩るような真似はとてもできません」
……なんかおかしな話を聞いた気がする。
「えっと、弓術って、離れたところにある丸くて大きな的を向かって矢を放って、中心にどれくらい近いか訓練するんじゃないんですか?」
両手を広げて、これくらいと一メートルくらいの大きさを示してみる。
「止まっている的に当たるのは当然じゃないですか。それにそんな大きな的は置くのも面倒ですから、普通はお盆くらいの大きさですよ。外れると矢の回収が面倒だから、熟達するまではどうしても、そういったサイズになっちゃうんですよね」
……やっぱり、かなりズレてる気がしてきた。
「ちなみに、森エルフさんが普段使ってる的というとどれくらいなんですか?」
「掌サイズで、森の中の草木のあちこちに仕掛けて、走り抜けながら射抜く感じですね。街エルフが一時期、魔導人形技術を応用した走り回る的を提供したりもしたんですが、やはり高価で普及しませんでした」
籠から、果物を取り出して、これくらいの大きさで、半分くらい隠れるように木の高いところに置いたり、草葉の陰に置いたりするんですよ、と教えてくれた。
「そんな訓練をしてたら、森エルフの矢は全て急所を射抜くというのも納得です」
「矢で急所を射抜くのは普通ですよね? でないと皮に無駄に傷がついて傷んでしまうから」
あー、なんとなくわかった。ケイティさんの弓に関する感性は、森エルフが基準なんだ。
命中率も、多分、スタビライザーやサイトを付けたアーチェリーのように、握り拳大の中心円にビシバシ当てちゃうレベルなんだろう。
「ほぉ。ケイティ殿が使う弓は、ジョージが使うコンパウンドボウガンと同じなのか?」
お爺ちゃんの疑問も尤もだ。エルフなら長弓だと思うけどどうなんだろう?
「森エルフが使うのは、もっとシンプルな長弓ですよ。ただ、友の木から譲り受けた枝で作るので使い手でないと引けません」
「安全装置みたいなものですか?」
「いえ。本来は大人が四、五人掛かりでも引けない強さがあるんです。友の木の加護のおかげで使い手は軽く引けるんですよ」
流石、異世界。弓一つとっても、そんな不思議パワーに満ちているなんて素敵だ。
「ぜひ、ロングヒルでも射場があるようなら、射るところを見せてください」
「儂も見てみたい」
「わかりました。拙い腕ではありますが、お見せする場を設けましょう」
ケイティさんも快諾してくれた。森エルフほどでないとはいうけど、聞いている限りだとその腕はかなりのものだと思う。
それに、友の木の加護というのも見てみたい。魔力感知はできないけど、加護なら見えるかもしれないし。
◇
展望台近くの空いたスペースに馬車を停めて、ケイティさんの手を借りながら、外に降りた。
やっぱり、この装甲化された馬車は、客室までの高さがトラックのように高い位置にあるから、乗り降りが大変だね。
「ここで、馬車は少し休ませます。皆さんはあちらで休憩なさってください。今日は晴れていて、対岸の山々も見えてよい眺望ですぞ」
ぽんぽんとお腹を叩いて、ウォルコットさんが展望台のほうに手をかざして説明をしてくれた。
確かに今日は雲も少なくて、空気も澄んでいる感じがするから、かなり遠くまで眺めることができそう。
「護衛人形達を配置しておくから、展望台からあまり離れないようにしてくれ」
空間鞄を何個も持って、護衛のジョージさんが馬車から降りてきた。ただ立ってるだけなのにイケメンは何をやっても絵になる。
「では、さっそく用意しましょう」
そう言ってケイティさんが杖を構えて『召喚』と唱えた。
すると、ケイティさんの周囲に魔法陣が三つ現れて、そこからいつもはメイド服を着ている女中人形の三姉妹が出現した。
肩口で切り揃えた綺麗な栗色の髪が印象的な整った顔立ちの美人さんだ。性能はまったく同じということで同系機らしい。
赤ネクタイの子がアイリーン、黄ネクタイの子がベリル、緑ネクタイの子がシャンタールさんだ。
同じ顔立ちだけど、一カ月以上毎日接していれば、表情や立ち振る舞いの違いで、結構区別はできるようになってきた。
魔力が感知できれば、かなり違いがあるらしいんだけど、僕には感知ができないから、色違いのリボンタイをつけてくれているのはありがたい。
ケイティさんの指示を受けて、三人はシートやパラソルを取り出して、テキパキと用意してくれる。
バスケットに入った焼き立てのパンや、一口で食べやすいサイズの鳥の唐揚げなどの入ったおかずの詰め合わせ、それにサラダなどが並ぶ。
水筒から注いで貰ったオレンジジュースも冷えてて美味しい。
ケイティさんと僕、それにトラ吉さんとお爺ちゃんがシートの上に座って、食事をとることになった。
ジョージさんもさっそく召喚の術式を発動して、護衛人形を四体呼び出し、展望台を囲むように周辺の警戒を始める。
ウォルコットさんも、同じように、助手人形のダニエルさんを召喚してさっそく馬車の整備に取り掛かった。
用意を済ませた三姉妹のうち、アイリーンさんも召喚の術式を発動して、農民人形の六人を呼び出すと、このあたりはミア姉の私有地だから問題ないと言って山菜取りに出掛けて行った。
山に入る前に、ジョージさん、ウォルコットさんにサンドイッチの詰め合わせを渡していたから、そこは安心。
ベリルさんは、測量機器を取り出して、せっかくきたのだからと、シャンタールさんと一緒にあちこちの観測を始めた。
僕達だけ休んでいて悪いかなー、とか思ったけど、せっかく見晴らしのよいところでの休憩だし、楽しまないとね。
◇
空間鞄から取り出されたパンは、まるで焼き立てのようで、豊かな香りとしっかりした噛み応えがあって、食べると満足感が半端ない。出汁巻き卵の黄色、鳥の唐揚げの茶色、緑や赤の彩野菜の彩が綺麗なポテトサラダ、あと野菜たっぷり赤い色合いが食欲をそそる煮込み野菜料理のラタトゥイユ、と色彩も豊かで、食べ応えもあって大満足だ。
「こちらでは、旅先でこれほど凝った料理を食するのか。見事じゃのぉ」
お爺ちゃんも、妖精サイズの小さなスプーンやナイフといったカトラリーを器用に使って、ちょっとずつ料理を切り取って食べている。
トラ吉さんは、焼いただけの鳥の丸焼きを、やっぱり満足そうに食べていた。
「こういった行楽は、この島ではどこでも可能ですが、ロングヒルのある本島のほうでは街や整備された公園以外では行われることはありません」
「危険だから?」
「そうです。野生動物や魔獣、それに小鬼族といった危険と隣合わせなので、食事をする際も周辺警戒は欠かせません」
なるほど。でも今、ジョージさん達は周囲を警戒しているけど。
「アレは念のためです。それと本島に行く前の訓練を兼ねています」
「ふむふむ」
色々聞いてはいるけど、やっぱりこちらは物騒な世界だ。こうして眺めていると平和な雰囲気なんだけどなぁ。
眼下に広がる景色を眺めてみると、遮るモノが何もないから、僕達のいる山々と、海のあたりに残る森の間は、青々とした稲が風で揺らぐ水田が連なる風景が見えて、なかなか見応えがある。山沿いには竹林があったり、向日葵畑があったり……というか、あの海辺の森、なんか変な気が……。
「あれが、今日の目的地である港町ショートウッドです。街エルフの様式に沿って作られているので、こうして遠くから見ると、ほとんど森にしか見えませんね。ただ、続いている道をたどっていくと、町の門があるのが見えるでしょう? それに何本も立っている大きな岩の塔、先端から白い煙が出てますよね。あれは煙突なんです」
ケイティさんの教えてくれた場所をよく見てみると、確かに人工物を見つけることができた。道を眺めていてなんか見覚えがあるなぁ、と馬車付近の道を見てみて気付いた。路面がアスファルト舗装されているんだ。石油も掘ってプラスチックもばんばん使ってるというし、アスファルト自体は建材としてしか使いようもないから、舗装に使うのもまぁ当然だね。
「岩の塔って、かなり高さがあるように見えるんですけど、都合のいい岩山があった……とかじゃないですよね?」
「もちろん、あれは人工的に作られた塔です。ただ、できるだけ自然に見えるよう徹底した擬装をしているんですよ。草木が生えたり、鳥が巣を作ったことで、かなり自然っぽくなってますよね」
「あれが、人が作った塔なのか。なんとも不思議なものを作るのぉ。ただ煮炊きした煙にしては随分白くて雲のようじゃが」
「様々な魔導具を用いて、徹底して浄化してから出しているので、アレは温かいだけで、ほとんど水蒸気ですよ」
それはなんともエコだ。でも、そこまで気を遣うということは、やっぱり天空竜対策なんだろうなぁ。
「やっぱり竜対策?」
「どす黒い浄化前の煙を垂れ流していた工場が、かなり昔ですが、目障りだ、空気が汚れるといって天空竜の襲撃を受けて潰されたことがありましたからね。河川に水を流す時も徹底して浄化してから流してます。上空からみると、色が変わったりしてたらすぐ汚染源がバレますから」
それはなんとも恐ろしい管理人だ。警告とかをすっ飛ばして、いきなり竜の吐息で薙ぎ払って消し飛ばすなんて怖過ぎる。きっと天空竜からすれば、都市開発ゲームで区画整理をするような軽いノリなんだろう。ボタン一発でボンッと更地に戻す感じで。
「今は自然に優しいようで良かったです。それでショートウッドですが、帆船の母港という以外に何か特徴があるんですか?」
全部で十隻と存在しない大洋を渡れる大型帆船、その母港となれば軍港という特徴はあるんだろうけど。
「そうですね、港町としての特徴以外に……あ、そうそう、ショートウッドには温泉があるんですよ。肌がすべすべになる美人の湯としても有名で、船乗りや探索者達の楽しみの一つでした。あとはやはり港ですから、海の幸は豊かでとても美味しいですよ」
温泉! それは素敵だ。あ……でも。
「でも、僕は入れない……ですよね」
きっと温泉施設は、魔導具ごろごろで僕が近づくのはNGだろうし、うーん、残念。
「そこはお任せください。部屋にも家族用の風呂があるので、そちらであればアキ様でも問題ありません」
「それは良かった」
「儂も大丈夫かの?」
「もちろん平気ですよ。ただ、今日はあまり余裕がないので、アキ様と私は一緒に入ることになります」
「ケ、ケイティさんと一緒ですか!?」
「はい。いつもご一緒してるじゃありませんか」
「それは、いざという時に備えて控えて貰っているのであって、一緒に湯舟に入ってないです」
ケイティさんのいう通り、僕が入浴する時、意識を失ったりした場合に備えて、入浴介助のための服装に着替えてスタンバイしてくれているけど、それを指して、『ご一緒してる』はミスリードも甚だしい。
「お嫌ですか?」
「いえ、その、なんというか……」
ご一緒できて嬉しいですっ、などと言うだけの度胸がないのはチキンハートだと思うけど、美人のお姉さんとお風呂にご一緒などと言われて、平然としていられる男子高校生なんていないと思う。
「アキ様も、お風呂に入る時に慌てるようなことも減ってきたではありませんか」
この身体はミア姉のものである訳で、最初の頃は鏡に映る姿に慌てて、お風呂に入る時も視線を下に向けるだけで慌てて、と大変だった。
心臓もばくばく、ミア姉の許しなく覗き見てるような気がして申し訳なかった。でもまぁ、流石に一カ月もすれば慣れるものだ。
まぁ、中の人が僕ということもあって、ミア姉に瓜二つといっても、なんか子供っぽくて、落ち着く雰囲気がないからかもしれない。
「それはまぁ、そうですけど。……ケイティさんは気にならないんですか?」
僕が、アキの中の人は、男の子だと知ってるはずなんだけど。
「実は男の子と言われても、私にとってアキ様は初めからその姿ですから。それに子供に見られても別になんとも思わないですよ」
くすくすと笑うケイティさん。うーん、高校生ともなれば、子供って感じでもないと思うんだけど。
……でもまぁ、ちょっと手を見ても、ちっちゃい女の子の手だし、これを見て、男だと思えってのが無理かもしれない。
「……のぼせたら助けてくださいね」
僕は半分、本気で心配になって念押しした。ケイティさんは笑って快諾してくれたけど、普段、抱き締められただけでも、顔が熱くなっちゃうくらいなんだから、ほんと、心配だ。
◇
「アキ様。ご家族から預かってきている手紙があります。ミア様からの手紙です」
「ミア姉の? 何か条件を満たしたんですか?」
「はい。今回の旅で複数の条件を満たすということで、三通の手紙を預かりました。ここは一か所目で、国外に出る際には、必ず港町ショートウッドの見える展望台を通ることになるので、そこで読むように、とのことです」
そう言って、手紙を渡してくれた。
前回同様、飾りつけのないシンプルな封筒には『出国時、港の見える丘で読むこと』とミア姉の字で書かれていた。
ミア姉は地球に行ってしまって音信不通だけど、そうなることを見越して、様々な条件を満たした時に読むようにと、僕当ての手紙を山のように書き残していた。条件を満たすとこうして、手渡してくれる。
僕はちょっと離れた木陰に移動して、一人で読むことにした。
手紙を開いてみると、ミア姉の字で次のように書かれていた。
<五十>
あなたは、街エルフの国だけの活動ではもう足りず、国外への足を伸ばすことを決めた。
幸い、伝手を頼って、国外に出航する帆船に同行させて貰えることになった。
仲間達と共に眼下に広がるショートウッドの街を眺める。
水平線の向こうに見える山々は、延々と続く山脈の端に過ぎず、広大にして長大な本島に比べれば、街エルフの国など小島に過ぎないと理解できる。
本島は多くの種族が住み、様々な国が存在する争いの絶えない土地でもある。
目の前の光景をよく見ておこう。次に見るのは何年後か、あるいはもう見ることはないかもしれない。
さぁ、旅立ちの時だ。
さて、展望台からの風景はどうだったかな。秋には木々が赤く色付き、水田は黄金色に輝く稲に覆われてとても綺麗だから、ちょうどその頃だと素敵だね。もちろん、他の季節でも綺麗で私のお気に入りの場所なんだ。
国外に行くのは、他の種族に何か聞きに行くためかな? やっぱり街エルフの国にいるとどうしても、情報も又聞きになっちゃうからね。
でも、本島には鬼族や小鬼族、それに天空竜もいるから、注意するんだよ。
追伸:安全第一だからね。
追伸二:仲間を頼ること。マコトは大人に頼ることを忘れないように。
追伸三:街エルフ達からの子供扱いは当分続くから諦めよう。
……やっぱりミア姉らしく、番号付きの最初の文は『ゲームブック』を模して遊んだ文だ。相変わらず、書き足しが多いね。
そっか。
僕は、眼下の光景を眺めた。ミア姉のお気に入り、か。
ミア姉もこうして、ここからの景色を見ていたのかな。
僕は、ケイティさんから呼ばれるまで、飽きることなく、眼下の景色を眺めていた。
その光景はとても平和で、とても美しかった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
馬車一台で移動という割に、空間鞄から出てくる、出てくる魔導人形が合計十四体。便利ですよね。
次回の投稿は、十月二十八日(日)いつもより早くて十七時五分です。