24-3.召喚体の改造(中編)
<前回のあらすじ>
久しぶりに研究組の活動にがっつり加わって、召喚体のチューニング作業を付き合うことになりました。複雑に組み合った立体構造物を幻影で表現するのって、ほんと大変なんですよね。以前、一ヶ月がかりで一通りの構造を部分単位で立体化した経験があって、全体像を把握できているからまだ何とかなってるけど、そうでなければ、召喚体の構造体全体を幻影で出すなんて無理だったと思います。(アキ視点)
翌日は、いつもとは違う展開のオンパレードとなった。まず、研究組からの要請で僕が呼ばれるという珍しいパターンになったということ。やることは昨日と変わらないんだけどね。あれから皆であれこれ意見を出し合って、それを元に手直しした召喚陣が積み上がったから、今日はソレが実際にどう変化するのか、召喚体の構造の可視化作業をやりたいとのこと。
どれも召喚自体は済ませていて、予め不具合が出るようなわかりやすい問題のある修正版の洗い出しは終わっていて、しかも、その問題のパターンから、修正と問題の関係についても新たな知見を得たとかで、それも踏まえての改良案の山なのだと。
第二演習場に辿り着いた際にも、皆は既に揃っていて白竜さんも僕の到着に喜んだくらいだった。
<皆、待っていた。さぁ、確認をしていこう>
うわぁ。白竜さんまでやる気満々だ。というか研究組の面々もどれだけ元気なんだか。うわ、トウセイさんまで、気力十分って顔をして準備万端だって態度だ。
「はい。それは勿論。その前に一つ。トウセイさん。召喚術式の改良というと本来の研究からは少し離れていますけど、何か得る物があったとかです?」
そう話を振ると、トウセイさんは即答しようとして、少し間を入れてから、言葉を選んで答えてくれた。
「詳しくは話せないが、召喚体と本体を繋ぐ術式の手直しに面白いヒントがありそうでね。上手く行くと変身体との繋がりにも負担を軽くする改良ができる、かもしれないんだ」
おぉ!?
「えっと、すみません。そもそも別の空間に変身体を備えておくのも手間だとは思いますけど、変身体と自身を一つの心が共有するのって、負担とかあるんですか?」
僕の問いに、意外な事を聞いたといった顔をされてしまった。
「勿論、負担はある。無意識下とはいえ、常に異なる体とも繋がり続けるという効果が続いているのだから。成人であればそう負担にはならないが、心身が確立しきってない子供にとっては害となるから許可はできない」
うわ。
それかぁ。というか鬼族も何気に「大人なら問題ない」って言う時、「鬼族の」って意識を当たり前のように使ってくるからなぁ。あー、隣にいる師匠も、そんな熱心で楽しそうなトウセイさんの様子を見るのがほんと嬉しそうだ。
っと、今度は師匠だ。
「まぁ、今日もやることは白竜様と心を触れ合わせて、竜眼で観たイメージを共有して幻影術式で可視化、違いをその場で修正した上で幻影が正しくなった時点で魔導具で記録。その繰り返しをするだけだから安心おし。あとね、召喚術式で連樹の神様を喚ぶというアイデアだけど、アレは試すのは厳禁だよ。それとやる気はないと思うが世界樹の精霊、アレも当然だが駄目だ。何故か言ってごらん」
う。
いきなり、師匠モードだ。む、む、む。
まず、師匠の表情からして、今回は研究組全員が集まっている状況での軽い雑談だから、そう手間取らせるつもりがないアイスブレイク程度のジャブだろう。となると、昨日の発言の連樹の神様が駄目という話だけでなく、敢えて世界樹の精霊も当然だが駄目、と語った。これがヒントだ。
んー。
両者の共通点はどちらも樹木の精霊系ってことからすると、あー。
「これまでに召喚術式で喚んだのって動物系だけで植物系を喚んだことがありませんでしたね。となると、例えば、本来、地面の下に広がっている根っこも含めて、樹木部分だけが召喚体として出現するから、いきなり転倒して大被害になっちゃうとか」
時間をかけるつもりはないので閃いた事を口にすると、まぁ、外れてはいなかったようだ。
「半分ってとこかね。一つはソレさ。動き回れる植物なんてのは聞いたことがないからね。そんなのがいたら、それは植物のように見える動物なんだろうさ。そして樹木は根を地面の下に広く張り巡らせて地面を掴むことでその身を安定させるのが常。ただね、きっと召喚術式では地面までセットで降臨とはならないだろうって皆で結論付けたのさ。根しかない状態で自重が加われば根は折れ、派手に転倒していきなり大騒ぎになるだろう。それが一つ」
うん、大惨事だ。
「それともう一つ、こっちは召喚術者のアキにとっての致命傷になりかねない話だ。自分の限界を超えた高位存在を喚ぶような真似をするとどうなるか。術式が失敗するならまだマシで、下手すると術式自体は発動して、顕現に必要な魔力を何もかも使い果たして、それでも足りず身も心も消耗しつくすなんて事にもなりかねない。召喚の失敗事例、こいつは実のところ記録には残ってないんだがね。召喚術式に挑むような奴は流石に誰もがその可能性を意識して、膨大な魔力を肩代わりする巨大な宝珠くらいは用意する意識はあるし、個人の魔力単体では召喚術式がそもそも発動しないからねぇ。となればいずれにせよ肩代わりの宝珠は必要になる。となるとどれだけの宝珠がいるのか、とそこで考えるからね」
あぁ、なるほど。
そして、召喚するにしても一瞬だけでは意味がない。そこまで手間をかけて喚ぶからには目的を果たす程度の間だけでも顕現し続けて貰わないといけない。となると、どれくらいの魔力がいるか、とまぁ召喚術を試す術者なら、そこは念入りに検討を重ねるだろう。やるからには成功させたいし、巨大な宝珠も高いし、魔力を貯めるのも大変なんだから。
「その流れからすると、召喚体の構築に凄く魔力を必要とするだろうから危ないと」
「そういうことさ。考えてみてごらん。連樹の神様は、連樹という連なった樹木の精霊達からなる群体、そこまで集って成立している神様、時折登ってるあの小山を覆う連樹の木々の全てが揃って初めて連樹の神様だ。召喚体を何百、何千と構築するなんてのはやりたかないだろ。それに世界樹はあの巨大さだ。召喚体構築だけで部族単位の竜族を一揃え喚ぶより大変じゃないかね?」
げげげ。
確かに考えが浅過ぎた。連樹も一本ずつが大木なのだし、それが山を覆う全部となったら何百、何千だ。しかも、集うことでその総体として連樹の神様となるのだから、連樹の神様を喚ぶということは連樹全部を喚ぶのと同義。うん、駄目だ、まったく駄目。そして当然だけど、体積だけでその更に何百倍とかいきそうな世界樹の精霊、アレはうん、そもそもアレを喚ぶとかそういう意識すら無かった。心を触れ合わせた時に感じたのは個ではなく、まるである程度の広さを持つ世界そのもの、とすら感じたくらいだもの。
「凄く理解できました。どちらの方も喚んじゃ駄目ですね。特に世界樹の精霊さんは完全にアウトだと悟りました。あの方はそもそも普通の範疇での個なのかすら怪しいですからね。それに大きくても樹木の精霊、きっと自重を支えるのは無理で派手に転倒して広域災害一直線でしょう」
「そういう事さ。実際は喚んでも降臨しきる前に力尽きるだけだろうけどね。さ、無駄話はここまでだ。先が待ち遠しい悪童共が早くしろ、と催促してるからねぇ」
いひひ、なんて意地悪な顔で笑うけれど、ふわりと飛んで来た賢者さんに杖でこつんと頭を叩かれた。
「ふん、そういうソフィアとて、待ちきれぬからとここに一番乗りしてたではないか」
わかっているんだぞ、と賢者さんに揶揄われると、師匠もバツが悪そうに苦笑した。
「老人の朝は早いんだよ。さぁ、ほら、始めるよ」
テレ顔の師匠なんて珍しいものも拝めたので、そこからは慌ただしく召喚実験が始まった。
◇
隣では、事務方の魔導人形さん達の手元を映した、大型幻影で結構な分量のリストが映し出され、それぞれの類似性、関連性を示す線や色分けなんかもされた書面が大きく映し出された。白竜さんと情報共有をするための工夫だね。芸が細かい。
そして、予め発動しないような致命的な不具合はないので、どの改良召喚術式も発動するんだけど、参考になる類似の構造体を、スタッフさんが横に幻影で出してくれて、それを参考にしつつ、違う部分を意識する時間短縮を図るなんて工夫もしてくれた。いやぁ、これは楽だ。
途中、違いがまったくない構造体が出てきた時は少し混乱したけど、ソレはそれで大切なことらしい。召喚術式を手直ししたのに、結果は変わらなかった。なら、ソレが意味することは何か、って話だ。白竜さんも見覚えがあると言ってたけど、やはり見える状態にした幻影と現物を竜眼で視つつだと、確信の持て方が段違いらしい。それにその驚きを他の人が共有するには、白竜さんしか見えない状態の構造体を僕が可視化してあげないといけない。
ふぅ。
そんな訳で、昨日と違って今日は、召喚術式が発動してお弟子さんが喚ばれるとこまでは確認済みだから、幻影が完成した時点で記録をとって、はい、次って感じで、僕は休む間もなく延々と作業に没頭することになった。
で、いくら魔力が尽きることはないと言っても集中力は続かないので、時折休憩を入れることになった。
そして、昨日との違いその二。休憩場所のテーブル席には母さんとリア姉が座ってること。
「お疲れ様。よくもまぁ、あれだけ術式を連発できるもんだ」
リア姉が労ってタオルを渡してくれた。あー、疲れた。発動に長杖を構え続けるから、気が付けば腕がぱんぱんになってるわ、足がだるいわ、と体の疲労も半端ないことになってたんだ。長杖、何せ金属の太い棒だからね。僕だとほんと構えて支えるのが精一杯で振り回すどころの話じゃない。
「見ての通り、身も心もヘロヘロだけどね。それでもあの中で熱気に包まれている間はさほど疲労は感じないんだよ。でもそれは感じてないだけで、疲労してない訳じゃない、っと」
汗を拭って座ると、母さんが杏仁豆腐を出してくれた。甘さが疲れを癒してくれてこれは美味しい。
「同席できないからと、ソレはハヤトからの差し入れよ」
おー。
「中華と言えば父さんですけど、中華デザートも美味しく作れるって凄いなぁ」
流石、何でもできる街エルフ。街エルフにとって「できる」というとそれ、プロとして仕事できます、と同義だものなぁ。にしたって、これはほんと美味しい。
こうして、離れたテーブル席で、わいわいやってる研究組の面々を見ていると、ほんと無限の体力があるんじゃないかと思ってしまうくらい熱の入り方が半端ない。あー、スタッフさんが師匠に席を用意してフォローしてくれた。うん、うん、優しい配慮だ。
にしたって、顔を突き合わせているのが街エルフハーフの師匠に、妖精の賢者さん、ガイウスさん達小鬼族の研究者集団、それに見上げるような巨漢の鬼族トウセイさん、で、それらよりずっと大きな白竜さんだもんね。いやぁほんと、壮観な眺めだ。
これほど多様な種族、それも最小から最大級まで入り混じる集いなんてそうそうないだろう。
そんな風に、疲れていた事もあって、なんか、おとぎ話の様子でも眺めているような気分で、暫くはのんびり休憩時間を楽しむことになった。
あぁ。
そうして眺めていたら、ひょいとトラ吉さんが膝の上に乗ってきて、自分もいるぞ、とアピールしてきた。撫でさせてやろう、というありがたい申し出付きだ。あぁ、こうして猫の温かい体温、毛並みを撫でていると、なんかほんと癒されるよね。
「ニャ」
当然って感じにトラ吉さんが自慢げな鳴き声で教えてくれる。うん、沢山、異種族がいるけど、僕にとって一番の癒し枠は間違いなくトラ吉さんだ。
カワイイかというと、トラ吉さんは小さいけど格好いい枠だけどね。それに比べると、雲取様や伏竜様はなんだろうね、なんか時折カワイイとこが見えてギャップがまた面白い。不思議だ。
いいね、ブックマーク、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、ということで、のんびり続いている召喚体に手を入れての試行錯誤ですが、実は変身体絡みの情報もちらほら出てきました。アキも気付きましたが、何気に変化の術、常時負担を強いる実装なんですよね。常に体が二倍あるから、片方が動いてないといいつつ、心への負荷がかかる仕様なのです。「(鬼族の)大人なら問題ないよ」とトウセイも言ってるようにあちこち地雷が埋まってるヤバい案件なのでした。
本作の樹木の精霊は、指輪物語に出てくる木の牧人ではないので、歩き回るようなことはありません。なのでまぁ、今後も試されることはないと思いますけど、もし召喚したら樹木だけが出現、細い根っこがむき出し状態で現れて落下、大惨事確定コースでしょう。弧状列島や妖精界において、地球の創作作品に出てくるような、動きまわる植物なんてのは確認されていないのでした。
それから次回、誰かが丁寧に解説しますけど、この二日間の取り組みだけで、物質界換算で言えば、数千年規模の研究時間加速が起きているのに等しい成果を叩き出していってるんですよね。召喚術式なんて歴史に残るような大魔導師が生涯研究を重ねて一度行使するかどうか、みたいなのだから、実は召喚術式の研究は結構あっても、召喚された対象、召喚体自体の研究、分析は殆ど未着手状態でした。なのかつ、連発して、竜眼で観察、比較して、なんて環境はこれまでの歴史にはありませんでしたから。
なおかつ、魔法理論学の多様な専門家集団ががっつり揃っての共同研究、それも彼らでは手が出ない実演部分は高位魔導師級がぞろぞろと待ち時間なしで実演してくれるという夢のような話です。
本来なら術者の回復や魔力備蓄を考慮すると三大勢力規模であっても月単位で行使するのが限界、実際には国家財政や人材の投入難度を考えると年一回だって屋台骨が折れるほどの難事でしょう。
これもまた、三界を繋ぐことの恩恵ですね。
次回の更新は2024年12月4日(水)の21:10です。