24-2.召喚体の改造(前編)
<前回のあらすじ>
伏竜さんには、福慈様の説得の際には、雲取様と一緒に行うといいですよ、とアドバイスしてあげたんですけど、なんか種族としての在り方が「遠い」とか言われてしまいました。まぁ、そう言われるのもわからないではないですけどね。これから学んで共感してくれるのか、理解に留まるのか。さて伏竜さんはどちらでしょう?(アキ視点)
ケイティさんに確認したところ、ちょうど白竜さんがやってくる予定とのことで、研究組のメンバーとも調整を行い、僕が参加できる検証作業を急遽行うことになった。
まぁ、そうは言ってもエリーからも重々お願いされているように、危ない実験はあらかじめロングヒル王家や関係各所に連絡をして、対応を協議してからじゃないとできないから今回はとても大人しい地味な検証作業だ。
僕が第二演習場に到着すると、もう白竜さんはやってきていた。
「白竜さん、こんにちは。先日の障壁の試験、大丈夫でした?」
何かというと、福慈様が無造作に放つ程度の熱線術式に、白竜さん、紅竜さんの展開した障壁が耐えられるかという事前検証だ。小型召喚体で喚んだ福慈様が無意識に僕に向けて放つ「かもしれない」熱線術式を、両竜があらかじめ射線を遮るように重ねて展開した二枚の障壁によって防ぎきり、召喚主の僕の安全を確保する事が実際に可能か、って疑念があったから。
<耐えた。ただ、二重にして正解。それと本番時には小型召喚して、熱線の威力は大きく下がるから平気>
白竜さんの魔力から伝わってきた印象からすると、ギリギリとは言わないけど余裕とは言い難い感じだったようだ。とはいえ、小型召喚にすれば、本体の時に比べれば二百分の一くらいの威力になるから、かなり余裕ってことになる。しかも二重、その上、僕の前には依代の君も立って万一に備えてくれるというから、護りは万全だ。
「どうもありがとうございます。本番時には頼りにしてます。それで、何と言って検証に付き合って貰ったんです?」
そう。伏竜さんが雲取様とともに説得する予定だから、小型召喚の話はまだしてないんだよね。でも、熱線術式を撃って障壁で耐えられるか確認したい、と先にお願いして実際、試してみた。さて、なんと言って協力して貰ったのやら。
<いずれは他の竜と同様、福慈様もアキと対面する時もあると思った。だから、万一に備えてあらかじめ障壁を展開しておいて、無意識に放たれてしまうかもしれない熱線術式を防ぎきれるか試しておこうと考えた、と話した。嘘は言ってない>
なるほど。
竜眼があるから、嘘とか言っても見透かされるものね。でも本当のことしか言ってないからそれならバレにくい、と。
「良い誘い方でしたね。あと、福慈様ですけど、放とうと意識せず熱線術式を発動させた経験ってあるんでしょうか?」
<何回かあると言ってた。幼竜の見守りをしていた頃、近づいてきた蛇を見つけて、危ないと思った瞬間、蛇は熱線術式で焼き滅んでいたそう>
え。
「えっと、年齢を重ねて老竜になって、保有する魔力量も膨大になったから、意識せずとも術式の発動レベルに足りる魔力に達してるが故に、排除の熱線術式が発動しちゃうという話ではなかったんです?」
<それは若竜の頃からそうだったと話されていた。それからかなり自制するようになって、気が緩んでる時でなければ、発動を防げるようになったけれど、つい放たれる場合があると>
うわぁ。
なんか、思った以上に危ない感じだ。
「桜竜さんも似た話があったり?」
<桜竜はまだそこまでではないし、アレでも自制できてるからそうした発動までは起きない。せいぜい、竜の咆哮に似た圧が放たれる程度>
あー、うん。でた、竜族目線の「程度」。そりゃ、竜族同士ならあぁ、ついでちゃったごめんね、で済むけど、地の種族からすれば洒落にならない話だ。というか集束して相手に向けて放つ殺害宣言の竜の咆哮と似た圧が集束もせず放たれる、ってどんだけパワーが有り余ってるんだか。
とはいえ、桜竜さんはやってきた時もちょっと荒々しい程度で、結構、気遣ってくれていたし、心を触れ合わせた感じでは、元気の有り余ってるお嬢さんってとこで、実は粗暴とかでもなかったりして、他の成竜達からも好感を持たれているというのも頷けるところだ。
「何にせよ、安全性確認が実証できたのは幸いでした」
<本当にそう。本当なら翼の影に入れておきたいくらい>
翼を広げて、覆い隠すのは幼竜を護るのによくする行為のようだ。幼竜がうろちょろ動いて護りにくくするのを防ぐ意味もあるっぽいね。あー、でもほんと、白竜さん意識だと、僕は完全に幼竜枠だ。
◇
さて。
少し離れたところにいた研究組の面々がぞろぞろとやってきた。その中でもふわりと飛んできたのは賢者さんだ。
「待っていたぞ、アキ。今日何をやるかは聞いているか?」
「はい。確か召喚体の改良を色々試してみるんでしたよね」
「そうだ。アキが絡む他の検証の多くは、妖精の国の大規模検証で心話や魔力共鳴の情報が揃ってから行うのが妥当と判断して、それ以外を行うことにした。今回の目的は同期を落としても自律行動できる召喚体の構成に必要な魔力量を低減しようという試みになる」
ふむふむ。
「使節団に同行する妖精さん向けの高機能召喚体だと、同期を低くして動きが止まってしまうのは不便ですものね」
「それと、ずっと召喚し続けて枠を圧迫するのもできるだけ避けたいのだ。他文化圏への使節団派遣は年単位で続くことになる。その間、アキやリアが行使できる魔力の余剰分が減るとその分、研究組の活動に制限が入る。それは避けたいからな」
「はい。支障がない程度にできるだけ抑えましょう。それでどこらへんを削るんです?」
「通常召喚と自立できる高機能性を両立できればと思っているところだ」
ほぉ。
「通常というと、賢者さん達クラスではなく、他の一般の妖精さん達を喚ぶ時用ですか。流石に省力召喚は厳しいと」
「アレは安全性が担保できる場合に限定した人数を増やすための窮余の策に過ぎん。何があるかわからぬ地に行くのだ。それに一度召喚が切れてしまえば、近場の残り二つの使節団で再召喚をして向かわせるしかなくなる。距離からすれば一日もかからず使節団に再合流できるだろうが、召喚体が失われるような事態にそれは悠長過ぎる。故の通常召喚、それと同期を落としている間も自立行動ができる高機能性の確保を目指すのだ」
なるほどね。
「同期率を落として停止している間は、安全を確保する箱の中に入ってて貰うという案は?」
「同期を戻した際に、狭い箱の中から起きるのは何とも気持ち悪かったからアレは避けたい。まだ派遣するまで時間はあるのだ。目指すならもっと上であるべきだろう」
「その意見は納得です」
体にピッタリの箱に身動きせず入ってるって、まるで棺桶みたいだものね。居心地が良いとも思えないし、普段、最低でも羽が広げられるスペースの部屋にいることが前提の妖精族からしたら、羽を出してない状態の体のサイズにぴったりというのは酷く窮屈に感じるんだろう。戦闘機のコックピットを考えれば、あれなんて体にぴったり、大きく背伸びするような広さなんてないのだから慣れの問題って気はするけどね。
◇
それからは賢者さんが手を加えた召喚術式で、お弟子さんを召喚。それを白竜さんが竜眼で観察して、僕は白竜さんの魔力に触れてそのイメージを共有。そして僕が幻影術式を使ってそれを可視化、白竜さんが竜眼で見た内容との差異を指摘して、僕が幻影を手直しして召喚体の構造の可視化が完了。この立体幻影を魔導具で記録したら一回の作業が完了。
そうしたら、記録した幻影を出して、ガイウスさん達、理論魔法学の専門家の皆さん達を中心に、本来の召喚体の構造と見比べて、違いがどこにあるのか、それが何を意味しているのか類推。
で、その類推を元に、新たに召喚術式をまた少し手直しして、という作業をひたすら繰り返すという地味な作業だ。
なお、僕は敢えて、召喚体同士の比較検証をしている談義の際には距離を離して休憩している。僕のように理解が浅い術者が、魔法理論を先に学ぶと術式発動の害になってしまい良くないのだ、と師匠から止められていたからね。
考えるな、感じろ。
そもそもこれが、古典魔術の基本にして真髄とのこと。細かい理屈なんざ無視して結果に直接手を届かせる。僕の場合、常に魔力の位階も投入する魔力量も最大値固定だから、細かい工夫なんて不要だって言ってた。そもそも細かい工夫は、必要な結果により少ない魔力で手を届かせるための触媒みたいなものなんだって。だから適切な工夫をすれば、より少ない魔力で同じ結果に手が届く。
そして人族の魔術の場合、術者の負担軽減をしたいからその工夫をするのではなく、そこまでして必要魔力量を絞らないと、魔術が発動できないからだ、と切ない実態も明かしてくれた。全力でやっても手が届かない。だから、何とか工夫してより少ない魔力で届かせようとする。それも一工夫程度ではだいたい駄目で、いくつも工夫を重ねて、何段も必要な魔力を減らして、そこに全力で挑んでやっと手が届くんだと。
先日、僕が乱発した創造術式、あれで創り出した偏光板とか、あんなの一般魔導師からしたらめちゃくちゃな発動だと呆れられてしまった。そうした軽減工夫一切ゼロで、強引に結果をもぎ取るような発動だって。
ん。
まぁ、確かに物の理を深く理解していた方がより小さな力で同じ結果を引き出せるとか妖精さんも言ってたし、そういうものなんだろうなぁ、とは思うのだけれど。僕やリア姉は、常に位階も魔力量も最大値固定、調整不可能だからそういうのは全然共感できないんだよね。リア姉は以前は調整できたから、記憶としてはソレを認識できているとは話してたけど、今はもうどう発動しても魔力を絞るなんて真似はぴくりとも無理と匙を投げていたもの。
熟練の魔導師であるリア姉で無理なら、魔導師見習いの僕なんて尚更無理ってもんだ。
<アキ、次やるから来て>
「はーい」
さてさて、新たな召喚か。さーて、頑張るぞー。
◇
そうして、午前中に三回ほど、お昼休憩を挟んで、更に午後に三回召喚をしたところでタイムアップ。僕が起きていられる時間がそろそろ終わりということで、今日の召喚術式改良の検証作業はここまでとなった。
実は他の皆さんは、この後も引き続き細かい検証作業を継続するそうで、僕がいる間は大雑把な違いを確認する程度として、僕が不在の時間帯は、それまでの召喚術式同士を比較して更に詳しく調べる、といった地道な作業を行うそうだ。なんと、同時召喚をしてお弟子さん達が実際に動き回ってみたり、同期率を少しずつ変えてみたり、なんてこともするそうで。いやはや、研究ってほんと大変だ。
まぁ、召喚体の構造って全体の可視化は、白竜さんが竜眼を駆使することで可能になったけど、それは人の遺伝子の白地図ができたようなもので、その見えた構造が何を意味しているのか、誰も何もわかってないとこからスタートしてるんだよね。しかも、召喚対象によって召喚体の構造は違ってくるからこれまたややこしい。
まぁ、だからこそ、妖精さんが人の六分の一サイズであることに着目して、竜族のそれと比較して違う部分をごっそり入れ替えてみたら、小型召喚ができたー、なんてことにもなったんだけど。
「賢者さん、どうせなら連珠の神様を喚んで差異を調べるのはどうでしょう? 同期率や自立性は召喚体の根幹部分に該当するなら、それでかなり領域を絞れると思いますよ?」
「ふむ。それは良いアイデアかもしれない。動物と植物となれば一致している部分のほうが僅かであり、共通する構造こそがそれに該当する可能性は十分ありそうだ。ケイティ、調整を頼む」
賢者さんは出前でも取るようにさらりと依頼してきた。
「承りましたが、要望が通るとは限らないとご認識ください。もう秋も終わろうとしており、樹木の精霊の方々は不活発になる頃合いですから」
「ほぉ。そのような違いがあるのか。興味深い。ケイティ、このまま残って皆に説明を頼む」
まぁ賢者さんならそう言い出すだろうねぇ。
「そちらについては、連珠の巫女ヴィオに連絡を取り、説明する場を設けましょう。私が又聞きした事をお伝えするよりはそのほうがよろしいかと」
「ではそれで行こう」
ふぅ。
賢者さんはもう話は終わったとばかりに、労いの挨拶を済ませるとさっさと、研究組の輪の中に戻り、ひょいひょいと弟子の方々を召喚してあれこれ指示し始めた。いやぁ、ほんと元気だね。お爺ちゃんもそうだけど、ほんと妖精族の皆さんは高齢になっても元気一杯だ。
おっと、ふわりとお爺ちゃんが前にでてきた。
「アキ、アレは儂ら妖精族の中でも特別じゃよ。集中し始めると寝食も忘れて没頭するからのぉ。流石に歳だから他の者が中断させるようにしておる。気が抜けた途端にふらふら倒れるような事もあったんじゃ」
あー。
前にも召喚に熱中し過ぎてお孫さんの手を借りて、何とか節度ある召喚利用をするよう生活習慣を改めたくらいだものね。うん、熱心なのはいいけど、物事には限度があるってもんだ。
「ずっと続けられる範囲での全力、それで行かないとね。街エルフの教えは良く考えられてる」
なので、その範囲で、と話したらケイティさんに苦笑されてしまった。
「アキ様、それは他の種族の方々から、限界ギリギリでいつまでも働かせられる悪魔の手法だ、と陰口を叩かれたりしてますので、あまり額面通りには受け取らないほうが宜しいでしょう」
おや。
「うーん、短距離走ではすぐバテてしまうから、マラソンを意識して一晩寝れば回復する程度の範囲で頑張りましょう、という立派な提言だと思うんですけどね、なんでそんな誤解が広がるのやら」
不思議だよねー、とお爺ちゃんに同意を求めると、まぁ、義理程度のお愛想で頷いて貰えてた。はて? お爺ちゃん、そんな全力でずっと取り組むようなことをさせられた事なんてあったんだろうか。不思議だ。
いいね、ブックマーク、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい。久しぶりに研究組のお仕事のお話です。召喚される召喚体、その構造を解析して召喚術式を改良して、何とか翁のような超高性能召喚体と同じ、同期率低下時にも自立して動ける機能を標準召喚体に実装しようという何とも意欲的な試みなのです。まぁ、これ、成功すると、寝ている間も動き続けた召喚体と、同期率を戻した際に一気にその間の活動記憶が流れ込んでくるので、なかなかキツイ体験(翁談)ってことなので、同期率を落とした状態の召喚体は、瞑想でもして心を空にしておくとか、何か工夫しないと、毎日のようにそんな真似をしていたら、精神的に疲れてしまいそうですよね。まぁ、その辺りは一週間連続運用実験とかやれば明らかになってくるでしょう。ご愁傷様。
次回の更新は2024年12月1日(日)の21:10です。